性欲処理用のサキュバスですが、ご主人様(23歳・独身冒険者・女性不信)に恋愛を教えようと思います

ガジュマル

サキュバスはモノである

 Tips

「冒険者」地位・名誉・金、あるいは何らかの目的で危険に挑戦する者達


「迷宮」ダンジョン。迷路に似た構造を持ち、得体の知れない存在が蠢いているとされている。地下に行くほど危険である


「スタンピード」大型の動物が恐怖や興奮から同じ方向に走り出す現象。ここでは迷宮からの魔物達の脱出を意味する


「淫魔」女性の場合サキュバス、男性の場合インキュバスと言う。夢魔とも呼ばれ、夢に現れ性行を迫るとされる。しばしば、その人の理想の異性像を形取る












 ──俺がまだガキの頃、不思議な女に出会った。

 

 ウドの大木みてえにでけえ奴で、女のくせして身長が高いなと幼心に刻んだ覚えがある。爆乳でか尻のそいつに、まだ女に夢を見ていた当時の俺は興味津々だったが、向こうも俺に話しかけてきた。人を疑う理由も、その必要性も知らなかった俺は不用心に自分の知っていることを教えてまわり、頭を撫でられる度に胸のところがザワザワした。

 

 今はもう久しい、幼い頃の思い出だ。

 

「……はぁ」

 

 目の前に女の体が転がっている。そう、ではなく女の身体だ。

 これは淫魔サキュバスだ。

 自分で歩くことも喋ることもできない。

 ただ周囲にいる男を誘惑し、性を吸い取るケダモノだ。

 

 人の血から生まれ落ちる彼女らを、人間たちは一時忌避していたという。


 しかし、その有用性に気づくとすぐに売り買いされるようになったのだとか。

 

 何のためかって?


 決まってるだろう。

 

「……仕事、行くか」

 

 俺は仕事着に袖を通してブーツの紐を縛ると、壁に立てかけていた槍を手に取る。

 そして、家を出た。

 

「行ってくる……」

「……」

 

 やはり、桃色の髪をしなだらせたそいつは何も言わなかった。

 家を出てしばらくすると一人の女が寄ってきた。

 見てくれからして10代だろう。

 短髪の、妙にはだけた格好の女だった。

 

「ねえお兄さん、あたしといいことしない?」

「……間に合ってる」

「そう言わずにさ。冒険者なんでしょ? これからお仕事?」

「ああ、クソッタレなだ」

「それなら夜まで待つからさ、帰ってきたら私とシようよ」

「……」

 

 隣を見る。

 顔は悪くない。

 体つきは華奢だが、年齢は17といったところか。


 まともに働きたくない奴が売春で生計を立てようなんて考えるのはよくあることだ。

 怠惰な性格を拗らせた娘の悲しい黒歴史だとよく言われる。

 世間では専ら若気の至りだと認識されていた。なぜなら、大抵うまくいかない。

 相当に顔に優れていて、技術があって、対人スキルがある奴でないとダメだ。

 

 しかし、そういう奴ならどこへ行ってもうまくやれる。要するに社会というのはそう甘くないという話なのだ。


 社会の社の字も知らない子供が夢見るおとぎ話だと、家庭を持った二十代の女は語る。

 男なら、無理な話だよなと仲間と一緒に飲みながら嘲る。

 俺もそのうちの一人だ。なぜなら、それは彼女らの妄想で終始するしかないものなのだから。

 

「うちにはもうがいるんだ。間に合ってる」

「どうせあいつらじゃ反応も返さないんでしょ? どうよ、シテみたくない? 私の生まんこで♡」

「……」

 

 俺は決意を固くしながらも、ちらりと女の下腹部を見た。

 しかし、首を振る。

 

「間に合ってる」

「夕方までここにいるから! 気が変わったらお願いね〜!」

「……」

 

 去る俺の背中に、そいつは健気に手を振っているようだった。


 なぜ、売春で生計を立てるのが不可能かという話が度々酒場で持ち上がる。


 それは結局のところ、男側がそこまで乗り気でないからだ。

 

 淫魔と呼ばれる奴らは人間の腹から生まれる。

 

 働き手にならない彼女らはすぐに親たちによって奴隷買いに売られる。

 

 大量に淫魔が出回る。


 誰も買わなくなる。


 商人が値段を吊り下げる。


 若く性欲を持て余した男らが、それを買い漁る。

 

 つまり、そういうことだ。


 全て自明の理だ。当然のことだ。案の定というべきだろう。

 

 淫魔に手を出してしまう男は、とてもお利口とは言えないだろう。

 なぜなら淫魔は精気を吸うからだ。

 最初のうちこそ最高だと気分を昂らせる。

 バカみたいに何度も何度もあいつらの体を使って自分の欲を処理するのだ。

 しかし、回数を重ねていくと次第に興奮しなくなる。

 それどころか、段々と女への興味自体が失せていく。

 あれはきっと、俺たちの『精』以外の何かを吸っているのだろう。


 最早習慣とでもいうように淫魔を安く買った奴は肉袋で射精する。そのせいでだんだんと女に興味が湧かなくなり売春にも頼らなくなる。


 要するに淫魔なんていう誰からも迷惑がられる存在が、生身の女の価値を下げているという話だ。だから、売春なんて流行らない。


 この世界では、売春婦という存在が在庫余りになっているのだ。

 

「遅れた」


 路上で待っていた仲間の一人に声をかける。

 俺の到着に、そいつは振り返って不機嫌そうな顔をした。


「何やってたんだよ」

餌付け・・・だよ」

「よくやるね」

 

 嘲にも似た言葉を皮切りに、俺たちはいつもの場所へと歩き出した。


 ──淫魔への射精は餌付けと呼ばれる。


 それはあいつらが精液だけで生きているからだ。


 先ほどの通り、きっとそれだけではないと思う。


 あいつらとやるたびに感情とか意欲とかそういったものが失われているようだ。

 

 淫魔としらばく肌を合わせなければ、きっと元には戻るだろう。


 しかし、一度淫魔の手軽さを知ると小難しい女の尻なんぞ追う気にはならなくなる。


 そもそも、我慢すればするほど手元にあるそれを使わないというのは難しいことなのだ。

 

 だから、惰性で男は淫魔に出してしまう。


 女は錆びれる。


 売春は人気商売じゃなくなる。

 

 そういうふうに社会ができているから、売春で生計を立てるのは無理なのだ。男の方に需要がない。男を釣りまくるぞと息込んだ娘が一ヶ月後には家の稼業を手伝っているなんて珍しくもない光景だ。

 

「コボルトが出た」


 俺は隣にいる奴の言葉に振り向いた。

 そいつはマジな顔をして俺の方を見ている。

 コボルト……犬のような顔を持つ二足歩行のやつだ。


「嘘だろ、低階層に?」

「スタンピードかもしれん」

「死ね」

「俺にいうなよ」

「じゃあ誰にいうんだよ」


 俺の言葉に、そいつは薄く笑った。


「少なくとも俺じゃねえだろうよ」

 

 同業のとギルドの入り口に向かう。

 他の仲間たちといつも待ち合わせているテーブルを見ると、すでに揃っていた。

 

「よう、来たか。ベック、バラッド」


 リーダーの顔が俺たちを見る。


「よう」

「おう」

 

 二人で適当に返事する俺達を、馴染みの顔が待っていた。

 

 俺と同じ槍使いのベンダー、格闘家のマゼンダ、魔術使いのバーバラ。

 

 三人ともある程度の歴を重ねた冒険者だ。マゼンダに関してはベテランと言ってもいい。


 俺たちを合わせて五人でいつもは迷宮に潜る。

 数は武器だ。いればいるほど良い。

 しかし、人数が多いと食い扶持が減る。いざこざも多くなる。

 そうやって解散していったパーティを何度も見てきた。

 だから、ウチは五人で固定してある。

 今のところ新規メンバーを募集する予定もないようだ。

 

「それじゃあ、今日は一階からだーって降りて、5階を探索でいいな?」

「待て、マゼンダ。君はいつも気が急いてるんだよ。急ぎすぎだ」

「なんだよ。臆病者よりはマシだろ?」

「後衛の僕をそれで置いていくのはどうかと思うぞ」

 

 二人の憎まれ口をバックに、ベンダーの方に水を向ける。

 

「低階層にコボルトが出たって聞いたが、どうなんだ?」

「ああ、見たってやつがいる。もう何匹かは退治したようだが……」

「なら、今日は四階までにしておこう。スタンピードが近いならあまり深くまで行かない方がいい」

「──お前も腰抜けかよ、バラッド。男らしくねえぜ」

「……お前に比べられたくねえよ」

 

 俺の安全策がマゼンダは気に入らなかったようだ。

 挑発的な口調に、挑戦的な視線が添えられる。

 

(お前とは比べられたくねえよ……誰が頑丈なキャタピラー相手に突っ込んでいって、粘液喰らいながら撲殺するやつと漢気を比べるんだ)


 ※キャタピラー:大型の芋虫型モンスター。毒性の粘液を射出する


「うちには治療術師がいないんだ。用心に越したことはない。命あっての物種だろ」

「あたしは戦いたいんだがね」

「自殺願望者は黙ってろ」

「あ?」

「は?」

「待てよ、二人とも。喧嘩してる場合じゃないだろ」

 

 ベンダーが仲裁に入ってくる。

 こいつはうちのリーダーだ。

 誰かが喧嘩した時はこうやって仲裁に入ってくれることもよくある。

 

「なら、今日はバラッドの言うとおり4F周辺を回ろう。それから、切り上げも早めで。最近は迷宮に潜りっぱなしだったからな」

「──それよりさ。二人はどうして遅れたんだ?」

 

 ベンダーの指示を遮るような形でマゼンダは聞いてきた。


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてくる。

 

 こいつ……分かって言ってるな。

 

「……ウチのに餌付けしてたんだよ。悪いか」

「いや〜? お前も男なんだなって思ってさ。何だったら私がやらせてやってもいいんだぜ?」

「どうせお前は相場の二倍ふっかけてくんだろ」

「残念、三倍のつもりだったね」

「こいつ……!」

「二人とも、そこまでだ。マゼンダも、そういうことはダメだと最初に言っただろう」

「はいはい。お堅いねぇ、リーダーはさ」

 

 ベンダーの言葉にマゼンダも渋々と言った様子で従った。

 

 このパーティを創設したのはベンダーだ。


 俺とベックがあいつに誘われて、そこから発足したという経緯を持つ。

 

 最初にパーティを組む際に、あいつに提示されたルールは五つあった。

 

 一、仲間同士で殺し合わない。

 二、仲間を故意に傷つけない。

 三、仲間のミスを責めすぎない。

 四、仲間の恋路に首を突っ込まない。

 五、仲間同士で売春しない。

 

 最後の項目はなぜあるのかと理由を聞いたことがあるが、その時は「風紀が乱れるから」と言っていた。


 なるほど。堅い奴だが、いざこざを避ける上では合理的だ。

 

 売春にも多少の恋愛話は絡んでくる。

 同じ女をめぐってトラブルなんて、そうない話でもないのだ。


 ならば、せめてパーティメンバー間での売春は取り締まらなくてはならない。

 そういうので拗れたパーティもあるにはあるのだ。

 といっても、そもそもマゼンダは俺を揶揄うためだけに言っている。

 きっと本気ではないだろう。本気だったとしても、こいつの場合完全に金目当てだ。

 こいつの邪悪な笑みを見れば分かるというものである。

 

「ほら、さっさと行きましょう。バカマゼンダも、早く来ないと取り分なしだからな」

「なんでお前が決めるんだよ、この腰抜け!」

「このっ、言ったな⁉︎ 同じパーティの後衛に喧嘩を売るってことがどういうことか、教えてやる!」

「あーこいつ! アタシに魔法を撃つって宣言してきやがった! 誰かー、こいつを捕まえてくださーい!」

「なっ、卑怯だぞ!」

 

 後ろの方でもまだやっている。

 マゼンダとバーバラが喧嘩して、ベックがそれに油を注ぐ。頃合いを見計らって三人をベンダーが窘める。

 いつもの光景だ。だが、尊くもある。


「なー! バラッドはどう思う⁉︎」

「……へいへい」


 まったく、うるさい奴らだ。

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