第八話 置手紙

「あれえ、いませんねえ」

 無惨にひしゃげた倉庫たちの真ん中で、賢治が首を傾げる。

 賢治の視力をもってしても見えないのだから、与謝野と乱歩は本当にいないのだろう。

「僕達と同じように、何かがあって移動したのでしょうか」

 与謝野と乱歩のことだから、自分たちでどうにもならない事態にはなっていないだろうが、連絡が取れないとなると不安である。

「あ」

 賢治が声を上げた次の瞬間、彼の手には一枚の紙が握られていた。

「奥の倉庫の柱に貼ってありました。ええと――花袋が襲われたらしい。花袋の自宅に向かう。与謝野、乱歩――ですって。流石さすが与謝野医師と乱歩さん。誰かがここに来ることを分かっていたんですね」

 賢治は与謝野の字で書かれた置手紙を胸元むなもとに握ると、嬉しそうに身体を揺らす。

「僕達も花袋さんのおうちへ向かいましょう」

 賢治は手紙を半下裾着ズボン衣嚢ポケット仕舞しまい、鏡花に手を差し出す。

「でも、罠だったら……」

 手紙の字は与謝野のものであるように見えるが、一方でわざとらしすぎるようにも思える。

「そうだとしても、大丈夫です。僕達は一人じゃありません。それに、皆さんが苦しい思いをしているかもしれないのに、黙って立っていることはできません」

 ――そうだ。

 彼は、そういう人だ。

 鏡花は、賢治の手を取った。

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