第46話 作戦会議は踊る

 俺と神聖王、そしてビルス枢機卿の内密の作戦会議は続く。


『次はマリーさん、そして要塞に帰ったらエリカ嬢でテストすね』


「意図を知らない方がゲージが上がりそうだな」


 ビルス枢機卿が言うとおりだと思う。おそらく必要なのは『無償の愛』なのだ。俺の胸の紅玉に軽く触れ、アニス神聖王は俺の中に意識を飛ばす。エリカ嬢も似たような魔法を使って視界をリンクさせた。あれに近い。そして俺の視界の中のゲージを確認すると、現世に戻ってきて言った。


「ほらあ。私のせいじゃないんだって、わかっていたんだからぁ」


 アニス神聖王は名誉回復といった様子で胸を張る。ビルス姉さん並におっぱいが大きいので、胸を張っただけで大きく揺れる。揺れる揺れる。


「では継続して謎ゲージについては実験を続けよう。コールはきちんと私に報告するように」


 俺は大きく頷いた。


「じゃあ真面目な話をすると――」


 どうやら今までアニス神聖王は真面目ではなかったらしい。


「正直、男の魂があることで、人類軍に大義があることが、示せると思う。順番としては、一、ゲージを満たす 二、平行して甲兵くんの身体を創造する 三、適切なタイミングで甲兵くんの魂を身体に移す、だと思うの」


「それは間違いないな。だが、どうやって甲兵の身体を作る?」


「それはデーモン族の方が研究が進んでいると思うの。今から男の身体を創造する研究を始めても、おそらくデーモン軍に蹂躙されるのが先。それほど戦力差があるわ。私が女神様を召喚して奇跡を起こしても、劇的な改善にはならない気がする」


 そうだった。女神様はあまり戦争に興味はないようだった。その効果については一定の評価をしていたくらいだ。破壊的な力を顕現させてはくれないだろう。


「では、デーモン族の輪廻システムがある施設を急襲して、実験成果を奪うか」


「協力者をデーモン族の中に見つける方が、いいでしょうね。強襲か、スパイ行為かは条件次第だけど」


 つまり今のところ、しのぶ姉ちゃんが候補に挙がる。あの飛龍隊の騎手も話次第によっては動いてくれるかもしれない。あと、人類軍が仕立てたスパイがデーモン族の中にいても不思議はないし。


『停戦で全面協力とかない?』


「ブラックバードを叩いて一時的に侵攻は止まっているが、デーモン軍の再侵攻は時間の問題だぞ。自分たちが不利な戦況なら飲むかもしれないが」


 うーん。ビルス枢機卿の言うとおりだ。それはそうだろう。この世界で唯一の男性をどちらの陣営で保有するか、それは歴史の転換点だと素人でも分かるだろう。


『俺の魂の紐をたどって俺の世界から新しい男の魂を召喚するってのは? デーモン族にもさ』


「考慮されるべき案だ。しかし、お前の世界って、人間しかいないのか? それなら可能性は高いんだが」


『うーん。引きがよくなる程度か』


「でもそれは確かに考慮に値する案だわ。交渉材料にはなると思うの」


 アニス神聖王にそう言われて俺は少し得意げになる。


『要塞に戻って、交戦中にでもしのぶ姉ちゃんとコンタクトとれるといいんだけど』


「協力して貰えそうなのか?」


 ビルス枢機卿が疑いの眼差しで俺を見る。


『なにせ異世界人でもあるわけだから、こちらの世界の常識に染まっていないと思うよ。平和な世界だったと思うから、きっと考えてくれると思う』


「それも考慮できる案だな」


 ビルス枢機卿は頷いた。だが、そう上手くいくだろうか。戦場でピンポイントでしのぶ姉ちゃんに会えるなんて――これ以上考えていても仕方がないという結論に達し、俺とビルス枢機卿は神殿から出ることにした。待たせすぎるのも心配させるだけだ。


「ビルス」


「アニス」


 2人は長い抱擁をかわしたあと、少し距離を取った。


『あのー 少しくらいなら待ちますよ』


「い、いや、勤務時間中だし」


「神殿ではしないわよ!」


 2人は真っ赤になって俺を見上げた。いや、そこまでは言っていないのだが。


 別れを惜しみつつ、ビルス枢機卿と俺はアニス神聖王の前から去った。


『ビルス姉さんはどうして死地に赴いたんですか?』


 だいたい見当はついているが良い機会なので聞いてみる。


「人類軍は形勢逆転のためにアニスに女神の奇跡を強要する可能性があった。私というスペアがいれば必ず、私の出身国がそうさせるはずだと思ったんだ。一石二鳥だろう。あと、エリカとマリーを連れて行っても2人だけならエリカの力で戻れる公算は高かったんだ。前もやったという話はしていたよな」


 俺は頷いた。


『陛下を愛していらっしゃるんですね』


 ビルス枢機卿は小さく頷いた。


 あっ、と思わず俺は声を上げてしまった。


『ゲージが上がった!』


「そうなのか? キスが条件ではないのか?」


 ビルス枢機卿は驚いていた。ほんのちょっとだが、上がったことに間違いはない。


「そうみたいです。微少ですけど」


「そうか……」


 ビルス枢機卿は満足げに頷いた。彼女のアニスへの愛は男神に本物だと認めて貰ったようなものだからだろう。


 外に出るとマリーさんとエリザベス卿が露骨に心配そうな顔をして待っていた。


「ビルス姉様、心配しました!」


「奇跡を使うのかとまで思って心配したぞ」


 2人はビルス枢機卿の前に駆け寄った。


「ああ、大丈夫だ。神託がどの程度、皆に伝えられるかは神聖王次第だが、状況はかわったぞ」


 それからマリーさんとエリザベス卿は俺に向き直った。


「無事で何よりだ」


 マリーさんが俺の太ももをバンバン叩くと、またゲージが上がった。


「本当だ。マリー殿はひどく心配していたんだぞ」


「猊下だって心配されていたではありませんか」


「いやいや、貴殿ほどではないよ」


 そうエリザベス卿はくすりと笑い、俺の膝を撫でてくれた。


「無事、お帰り」


 またゲージが上がった。俺は小躍りしそうになったが、それをガマンしているだけで、ビルス枢機卿は何が起きているのか分かっているようだった。


 この調子でゲージが上がっていけば、男神が復活する日も近いかもしれない。――いや、ゲージが上がるのが先で、俺の身体の創造が間に合わなかったらどうなるんだろう。


 自律機構が言った。


 さあ?


 お前、無責任だぞ。


 とはいえ、こうして俺のアニス神聖王と女神様への謁見は終わった。そして俺はまたすぐに戦場に戻ることになるのだった。

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