第42話 女神と話す

『女神様と会うって言ったって、それでどっちか死んじゃうんならやめましょうね、ね』


 奇跡を起こしてもらうのはありがたいが、目の前で美人に死なれるのは困る。トラウマものである。しかもその理由が分からない。


「あら~~大丈夫よ~~ 会うだけならちょぴり寿命が縮むだけ~~」


「修行中にはよくお茶しに行ったものだ」


『そういうものなの???』


 俺の中の神様に会うのは大変だという常識がガラガラと崩れていく。記憶がないのに常識も何もないとツッコまれそうだが。同調シンクロ率が高いというのは女神の神聖力との同調という意味だと思っていたが、どうやら本当に女神そのものとの同調を指すらしい。この2人が特殊なのは分かる。うん。聞くまでもない。


『でも俺は????』


「私とビルスがいれば女神様がいる高次世界まで引っ張り上げることくらいはできるわよ~~」


「コールは生き霊だったな。きっと元の世界へ伸びている魂の紐を自分でも見ることができるぞ」


 2人の気楽さを目の当たりにするとどうにも調子が狂う。


「ではコール。私達を抱き上げてくれ」


『ラーサ』


 俺は右手にアニス神聖王を、左手にビルス枢機卿を抱え、頭部の位置まで上げた。


 2人の豊満なおっぱいが肩に押しつけられ、俺は緊張するし、コアにエネルギーが満ちていくのが分かる。しかし目的はそこではない。


「じゃあ行こうか」


「うん、行こう」


 そして2人は同時に俺の頬にキスをした。俺に膨大な量の情報が流れ込むのが分かる。超圧縮された術式だというところまでは俺と自律機構もわかる。そしてその術式が俺を守るように取り囲み、自律機構から俺の意識を切り離した。


 あいぼぉぉう~~ 無事に帰って来いよ~~


 無論だ。自律機構、もう1人の俺よ。それまで身体は預けたぞ。


 自律機構に見送られ、俺は術式に取り囲まれたまま暗闇の中から引き上げられ、一糸まとわぬアニス神聖王とビルス枢機卿に両手を引かれ、光の中で時間が過ぎていく。そして後方を振り返るとベタに魂の紐が伸びている。しかしこれはおそらく俺のイメージによるものなのだろう。だから俺自身の身体もぼやけている。記憶にないからだろう。少し従神の身体のイメージが見えるのは俺自身が従神の身体に馴染みつつあることを意味するのだろう。このまま従神の身体に定着しそうで怖い。


 2人に導かれ、緑溢れる小惑星に到着した。箱庭的な小惑星だ。地平線が本当に丸い。界王様が住んでいる星よりは大きいが、あんなイメージだ。小さな家に、犬が駆け回る庭があって、芝生はきれいに刈り込まれていて――なんだ、これ。


「コールからはこの世界がこう見えるのか。不思議な世界だな」


 ビルス枢機卿が言った。どうやら俺のイメージから作られているらしい。やっぱり界王星のイメージなんだな、これ。ということは家から出てくる女神様も界王様に似ていたりして。


「お見えになったぞ」


 小さな畑を手入れしていたオーバーオールの優しげなご婦人がこちらを向いた。顔はあの女神像の顔が老けたらこうなるかという感じだ。お若い頃は女神像の顔そのものだったのだろう。今でも見ていて安心できるお姿をしている。


「あら久しぶりね、2人揃ってくるなんて。ちょうどいい区切りがついたところだし、お茶にしましょうか」


 お優しい声だった。なるほど、女神のイメージとしては意外だが、世界を創造された1柱がこんな優しいイメージであれば平和な世界になりそうだ。なりそうなものなのに。


「はい!」


 ビルス枢機卿とアニス神聖王は声を合わせた。


「そっちの子は余所の世界の子ね。しかも男の子。2人揃ってここまできた訳ねえ」


 女神様は微笑んだ。


「甲兵といいます。姓はまだ思い出せなくて」


「そう、甲兵くんっていうの。ついに男の子を呼び出すのに成功したのがビルスちゃんなんて嬉しいわ。これで世界の再生に1歩近づいたって訳ね。よかったわねえ」


 世界の創造主にしては他人事っぽい。作ったらもう後はもう自由だとでも言うのだろうか。


「そんなことないわよ。でも、無限の絶望と無限の後悔が度重なるとどうしても――ね。永い、永いことだったわ」


 どうやら俺の思いは言葉になっていたらしい。


「あなたもお茶をどうぞ。きっと落ち着くと思うから」


 女神様は家の中に入っていった。俺とビルス枢機卿、アニス神聖王は庭のテーブルの椅子について、女神様が入れてくれるお茶を待った。

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