第2話 ドロドロ時々グロ

「まず、どうして私が無理強いしてると思った?」



 李氏りし様は私に問う。果物用のナイフをぺちぺちともてあそびながら。



「なんか、噂あったし。兵士らが喋ってた」


「なんて?」


「変態って」



 李氏様は下唇を突き出して、呆れた表情。



「まあ、そんな噂があることは知っている。例えば?」


「20歳過ぎても結婚しないのは、まともじゃないからだって。女より男の方が好きで、子ができないから、誰も嫁ぎたがらないとか。サディストで女を痛めつけて死んでくのを見るのが好きとか」


「なるほど」



 李氏様はうんうんと頷いている。変態のくせに。



「なるほど?」



 なに余裕ぶっこいてんだろ。本当に噂通りで、翠蘭すいらんは今も怖くて言いなりになってるだけって可能性がある。


 先日、李氏様が翠蘭に何か囁くのを見た。不審に思っていたら、深夜、翠蘭の部屋へ李氏様が入って行った。翠蘭は声を出せない。それをいいことに、あのヤロウ、セクハラかよって怒りが込み上げた。


 それだけでも怒り心頭なのに、李氏様は女を痛めつける性癖があると聞いた。

 その時、繋がった。声を出せない翠蘭と自分の言われた言葉とが。


『承諾を得られない場合、秘密を守るために喉を潰さねばならなかった』


 だから、翠蘭を救うために李氏様を殺すことにした。


 ちらりと翠蘭に目をやると、うつらうつらと眠そうにしている。ん? マジでセクハラは勘違いっぽい。


 李氏様はふんぞり返った。



「確かに私は20歳を過ぎているのに正妻も側室もいない。周りからの縁談は掃いて捨てるほどある。当たり前だ。生まれが良く、家には財力があり、出世頭で地位も高い。何よりも見た目。女どころか男にまでモテまくってきた。怪しい噂がある今でもマニアにモテる」


「事実でも、そこまで自分で言っちゃうのってどーよ」



 私は胸焼けを抑える。



「まず、1つ目の、女性に興味がないって噂はーーー自分で流した」


「は?」


「結婚する気なんてこれっぽっちもないのに、あちこちから縁談があるし狙われまくる。家のための結婚は嫌だ。幸い私は三男。弟もいる。姉や妹は私と同じく見目麗しい。家のための嫁ぎ先に事欠かない。1人くらい家に貢献しない者がいたところでどーでもいい」


「だからって翠蘭を……」



 弄んでいいってことにはならないと言いたかったけど、隣に本人がいるから口を噤んだ。



「翠蘭がいるから」



 と李氏様。



「え?」


「私は妻は1人でいいんだ。翠蘭だけで。しかし翠蘭は平民の出。結婚は難しい。だから誰とも結婚しない」



 李氏様は私に話しているはずなのに、ハートを飛ばしながら、じっと翠蘭を見つめる。一方の翠蘭は、あくびを噛み殺していた。



「そーだったんですね」


「翠蘭は後宮で下女として働いていた。なのに、皇帝の目に留まってしまった。嫉妬に狂った妃の1人が翠蘭を監禁した。拷問のとき、喉を薬で潰した」


「お妃様が!?」



 国で最高クラスに貴い女の人が? 蝶よ花よと育てられて、教養があって、美しくて、恵まれた生活してるのに?



「後宮ってのは、ドロドロなんだよ。皇帝の寵愛、皇子を産むかどうかが自分の一生だけじゃなく一族の勢力に関わる。毒なんて日常。時にグロさは戦場よりも遥か上」


「怖っ」


「翠蘭の命が危ないと知った知人が、翠蘭を私のところに連れてきた。知人は妃の手の者に殺された。翠蘭は死んだことになっている。一緒に暮らすうちに想いが通じた」



 翠蘭の方を見ると、肘掛けに腕と頭を置いて眠っている。

 眠ってしまえるほど安心できる場所ってことなのかもしれない。白い陶器のような肌。艶やかな黒い髪。絵画のような目鼻立ち。長いまつ毛。リアル天女。誰だって好きになる。

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