そして誰もいなくなった2030

尼子凜太郎

そして誰もいなくなった2030

 ネトウヨはリベラルを蛇蝎のごとく嫌っており、SNSで次々と敵を「リベラル」とレッテルを貼って攻撃し続けていた。

 リベラルはネトウヨを蛇蝎のごとく嫌っており、SNSで次々と敵を「ネトウヨ」とレッテルを貼って攻撃し続けていた。


 両勢力は拮抗しており、日に日にその抗争は激化していった。

 ネトウヨは、諸外国への憎悪を剥き出しにした低俗なつぶやきと共に、リベラルの偽善性とお花畑的理想主義に対してヘイトを垂れ流し続けた。

 リベラルは、マイノリティーに寄り添っている自分に陶酔するようなつぶやきと共に、ネトウヨの幼稚性に対してヘイトを垂れ流し続けた。


 両者は激しくぶつかり合っていたが、現実の与党は何年も変わることがなかった。与党がヘマをするとネトウヨが屁理屈を並べ立てて擁護し、リベラルは感情的な物言いで与党とその親衛隊であるネトウヨを攻め立てた。


 抗争は、膠着状態に陥った。


 この時、ネトウヨ陣営の中でほんの少しだけ頭のキレる者が注目を浴び始めた。彼は、それまでのように自分たち、つまりネトウヨ陣営の幼稚で無内容な持論を繰り返すだけでは、もはや何の効力も持たないことに気づきはじめていたのだ。

 そこで、自らはネトウヨなのにも関わらず、頭の悪いリベラルのフリをして発狂したようにつぶやき始めた。その主張は、いかにもリベラルが言いそうな内容ではあったが、巧妙に品の悪さと歪んだ攻撃性が誰の目にもわかるように書かれていた。


 それはつまり、ある種の偽装工作だった。


 本当の姿はネトウヨであるにもかかわらず、世間一般に「リベラル」とラベリングされるような振る舞いをしてイメージダウンを計るという偽装である。実際、その主張を見た第三者は、「リベラル」と呼ばれる者たちの人間性を疑うようになっていた。そしてそれこそが、彼の意図するところだった。


 これに気づいたリベラル陣営の中のある者が、同じことをやり始めた。自らの正体はリベラルでありながら、いかにもネトウヨ陣営の人間が言いそうな主張を、ありったけの下品さとともにつぶやき始めた。もちろん、その主張内容は書いている本人の心にもないことだった。しかし、この作戦はその主張をしている者たちの下劣さを強調するのが目的だったので、効果はてきめんだった。


 抗争は新たなフェイズに突入した。もう誰も、これまでのように馬鹿正直に自分の主張を口にしなくなった。つまり自分たちではなく、あえて敵方のレッテルを貼られるよう偽装した上で、いかにその陣営が品性下劣であるかを印象づけるやり方が流行り始めたのだ。


 この国のネット空間で、声高に自分の主張を叫ぶやり方はもう好まれなくなっていた。両陣営とも今や、いかにして巧妙に敵方になりすまして印象操作をするかに血道を上げるようになっていた。


 それが功を奏したのかどうか、そのうちこの国で久しぶりに政権交代が実現した。それは、どちらかといえばリベラル陣営が肩入れする側の政権だった。


 政権交代が起こってから、ネット上の抗争に飽きたネトウヨの一派は実力行使に出た。新しい与党の党本部に火を放ち、リベラルたちが現実に街に出ているデモ隊に火炎瓶を投げつけるようになった。「ネット上での言論による闘争」などは、完全に時代遅れになっていた。


 物理的な攻撃を受けたリベラルたちは結集し、仮面を付けて街頭でネトウヨたちを襲った。「死には死を」が双方の合言葉になった。前途ある若者たちが次々と命を落とした。SNSではもう、政治的な発言をする者など誰もいない。抗争の舞台は、ネット空間から現実の街中へと移ったのだ。


 ネトウヨの武力行使はエスカレートしていき、ある日ついに首相が暗殺され、国会議事堂に火がついた。党首を殺されて復讐に燃えた与党サイドは戒厳令を発令し、ネトウヨ狩りを始めた。

 ネトウヨとリベラルが互いに憎しみ合い、街中で敵を見つけるやいとも簡単に命を奪い合う、という光景が日常化した。


 これら全ては、米国でも中国でもない、とある大国の思う壺だった。その大国の大統領は、すでに30年間同じ人物だった。


 それでも両者の抗争はとどまることを知らなかった。国会議員に続き、一般市民の無差別な殺戮が始まった。

 正式には軍隊を持っていないことになっているこの国の惨状を見て、「人道的支援」を名目に、30年間大統領であり続けているその男が海を越え、この国の首都を制圧した。

 そしてこの国は名実ともに、その属国となった。


 それでもなお、両陣営の残党たちによる潰し合いは止まらなかった。海の向こうの「あの男」ただ一人がほくそ笑んでいるとは露知らず、誰もかれもが隣人を殺し続けたのだ。


 そして、誰もいなくなった。

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