異世界転生

鈴美

異世界転生

「勇者殿、あなたにこの国を救っていただきたい」

 目の前の煌びやかな服を身に纏った王は、その高い位にもかかわらず俺の前で膝をつく。普段下げることがないであろう頭を深く下げ、懇願する。

「森の奥に住む魔物を退治していただきたい。勿論、成功した暁には、報酬を差し上げます」

 俺は迷った。平凡な人間が魔物退治の勇者になるとは全くの予想外だ。普通なら断るだろうが、なんせ今の俺には魔物退治にうってつけの力が備わっている。

「あなたのお力で、我が民を救っていただきたい」

 こちらの世界に来た時から、自然に使えるものだ。何故かはわからない。

「あなたの魔法で!」

 俺は死後、この世界に転生し、魔法使いになった。


 事は、まあ、よくあるアニメなんかであるように、交通事故に遭ったことから始まる。平凡な人間である俺は、特に当たり障りのない平凡な人生を歩んでいた。その日も、アニメなんかであるような、轢かれそうになった誰かを救って自分が犠牲になった、とかそんないい話はなく、単純に運転手が操縦を誤り、たまたま歩道を歩いていた俺に突っ込んできて即死しただけの話だ。

 そして、気づいたらこの世界にいた。テクノロジーが蔓延る現代とは打って変わり、この世界は人の手で世の中を回しているような前時代的な印象を与える。街は馬車があちこちで走り回り、最新のニュースを伝える為に紙一枚の新聞がばら撒かれる。街の一角には市場があり人で溢れている。活気みなぎるその風景は、俺が生きていた場所では見られないものばかりだった。

 初めての光景をぼんやりと眺めながら歩いていると、これまたよくあるように、強い風が吹いたために高い木の枝に帽子を取られてしまった女の子がいた。泣きそうになりながら帽子を見つめ、周囲に助けを求めるも、枝は高く、そして細い。登って取れるような状態ではなかった。俺も、これは無理だな、と一目見て思った。

 それでもなんとかできないか、と思い、手をなんとなく伸ばしてみた。ここで風が吹いて、あの帽子をふわっと浮かせてここまで運んでくれれば楽なのに、とそう思った。すると、どこからともなく風が沸き起こった。その風は俺が望んだように帽子に向かい、枝から外した後、ゆっくりと降りてきて女の子の頭にそっと帽子を乗せた。周囲は驚き、息を飲んだ。

「魔法だ!」誰かが叫んだ。「魔法使いがいるぞ!」

 初めはこの世界には魔法使いがいるのか、とぼんやり思っていたが、やがて自分を指して言っていることに気付く。周囲は「兄ちゃんやるな!」と俺に拍手を送った。

「魔法使いのお兄ちゃん、どうもありがとう!」女の子は俺の手を握って言う。

 俺自身、状況がよくわかっていないのだが、誰かから感謝されるというのは悪い気はしない。そうしていると、噂を聞きつけた兵士が群衆をかき分けてこちらにやって来た。

「魔法使いというのは、あなたのことかな?」

 馬に乗った格式の高そうな兵士が俺に話しかける。俺は「そうみたいです」となんとも締まりなく答えた。

「国王陛下があなたの引見をご所望です。城までわたくしがご案内いたします」

 引見ってどういう意味だ? と頭の辞書を必死に引くも俺の辞書は役に立たなかった。とりあえず王様は俺に会いたいらしい、と何となく解釈し、兵士に連れられるまま馬車に乗った。馬車から見える街はのどかで平和そのものだ。最先端の技術がないために不便そうではあるが、自然に溢れたこの世界では、なぜか空気が美味しく感じる。

 そうこうしているうちに馬車が止まる。どうやら城についたらしい。馬車を降りると、目の前には瀟洒な城が広がる。巨大な扉が開き、俺は中に導かれた。


 そして話は冒頭に戻る。俺は慣れないながらも国王に会えたことに感謝を伝え、国王も民に親切にした俺に感謝の意を述べる。軽く世間話を交わした後、国王は俺に膝まづき、懇願した。

 俺は正直に、魔法を使ったのは今回が初めてだと話した。魔物を退治できるほどの力があるとは思えないということも。

 すると、国王の側近が言う。「もともとこの国にも魔法というものは存在しません。これは外の世界から持ち込まれたものであることは、すでに研究で明らかになっています。恐らく勇者様も外の世界から何かしらの方法でこちらに来られたものとお見受けします。過去に何人か同じように来られた方がいらっしゃいました。今はでは皆、高齢になってしまいましたが。彼らは元の世界では魔法は使えなかったようですが、この世界に来た時に使えるようになったと話しております。またこの世界で魔法を使い続けることでその能力が向上する、とも話していらっしゃいました。ですので、勇者様も同じ方法でご自身のお力を強くすることが可能かと存じます」

 側近曰く、魔物も恐らく外の世界から来たらしい。魔法を巧みに使い、国民を虐殺したために、この国は恐怖に貶められた。ここ最近は魔物は大人しいらしいが、またいつ暴れ出すかわからない。退治したいが、魔法が使えないこの国の人達では手も足も出ないという。

 なんてことだ。俺はこれから大量殺人鬼と戦う羽目になるのか。断るべきだ。

「では、魔物退治に必要なものなどがありましたら、いつでもおっしゃってください。すぐに用意いたします」側近は言う。

「本当に感謝いたします。勇者殿」国王が言う。

 なぜかもう、俺がやらなければいけない流れになってしまった。


 旅の準備は側近がかいがいしくやってくれた。保存がきく食料と水、その他細々必要なものと、この国の地図。地図を開き、側近は説明する。

「北の方に深い森があります。森の中にある大きな洞窟に魔物が住んでいると言われています」

 なるほど。恐らく森に着くまでに3日程歩かなければいけない。なかなか遠い所にある。

「このマントにはこの国のマークが縫われています。これは国王の命により旅をしている証です。旅の途中、宿や食料に困った時は民があなたをお助けします。このマークを背負ったものを援助するのは国民の義務なので、遠慮なく頼ってください」

「わかりました」

「ご無事をお祈りしております」

 国王一向に見送られ、俺は魔物退治の旅に出た。


 旅はそれなりに順調だった。初めの2日はただ北に向かって歩き、時々道に迷いながらもなんとか目的の方向に進んでいった。宿は2夜とも親切な人の家に泊めてもらい、野宿せずに済んだ。魔物退治に向かっている、と話すと両手を上げて喜ばれ、豪華な料理を振舞われた。それほど皆魔物に怯えているらしい。

 魔法の練習も順調だ。歩きながら、俺は自分に何ができるのか色々試してみた。まず、最初にやったように風を自由に操ることはできる。どれくらい強い風が出せるのかやってみた。何度か同じ魔法を繰り返すうちに、最終的には竜巻を起こすことができるようになった。次にできるようになったのは火の魔法だ。初めはマッチ棒のように指先に小さな火を灯す程度だったが、次第に大きな火を自在に出せるようになった。水はどうだろう、と試してみたが、液体はなかなか難しい。結局うまく扱えないまま2日目が終わった。

 3日目。泊めてもらった家を出て、俺は北に向かう。どうやらこの家はこの一角の端の地域にあるらしく、少し歩くと全く違う風景になった。一面薄らと霧が立ち込め、不気味な雰囲気を醸し出す。気温は、体感で数℃低く、肌寒い。自然と活気が溢れる街とは異なり、しんと静まり返った殺風景な道と木々が薄気味悪い。俺はマントで体を覆い、ひたすら歩いた。

 数時間程歩くと、人影が見えた。小さい、と思っていたその人影はどんどん大きくなり、最終的にその姿を現した。それは、人間とは程遠い姿をした二足歩行の獣だった。全身は毛で覆われ、頭には角が生えている。ぎょろりとした目をこちらに向ける。額には切り傷があった。手に大きな斧を持っている。盛り上がった筋肉と、口を開いた時に見える鋭い歯が俺を威圧する。獣は俺を見た瞬間、奇妙な声を上げて笑い出し、こちらに向かって歩いてきた。

 俺は恐怖で震えた。なんだ、この生き物は。もしかしてこいつが、魔物? まだ魔物が住んでいるという洞窟には辿り着いていないはずだが、散歩でもしていたところに鉢合わせたのか?

 獣はこちらに向かって走り出した。俺は怯えながらも戦闘態勢に入る。手を獣に向け、風を起こした。強力な風がガタイのいい獣の足を止め、そのまま吹き飛ばした。獣は木に頭を打ち、そのまま気絶した。

 動かなくなった獣を見て、安堵する。何だったんだ、あれは。側近が言うには、魔物は魔法を使うという。しかしこいつが魔法を使おうとした素振りはなかった。恐らく魔物ではない。魔物の洞窟が近いのは地図で確認した。恐らくこいつは魔物の部下か何かだろう。

 アニメでもボス戦の前には、よくその部下たちとの戦闘が付き物だ。ボスはその姿を簡単に現すものではない。ということは、俺はこれからボスの部下と戦わなくてはいけなくなる。思っていた以上に骨が折れそうだ。

 気絶した獣を横目に見ながら、俺は歩みを進めた。少しすると、集落が見えた。こんなところにも人が住んでいるのか、と思っていると、近くの家から出てきたのは先程の獣と全く同じ様相をした生き物だった。獣は俺を見ると、また奇妙な声を上げて、俺に向かって走り出した。俺は先程と同じように風を起こし、獣を押しのける。今度はぶつかるものがなかったために獣は気絶しなかった。飛ばされた先で起き上がり、奇声を上げる。劈くようなその声に俺は耳を塞いだ。

 すると、他の家からもぞろぞろと獣が現れた。数はどんどん増えていく。5体,10体,20体,30体、どんどん増えていく。まだいそうだ。これだけ多いと1体ずつ倒すのは効率が悪い。俺はこちらを睨んでいる獣の一体に火をつけた。厚い体毛のお陰で火は難なく周り、すぐに全身を覆う。獣は悲鳴を挙げのたうち回り、そのまま動かなくなった。他の獣たちも恐れからか、あとすざりし始める。

 ここで逃がしてしまってはまた民を襲う可能性がある。俺は他の獣にも火をつけた。そしていくつかの家にも火をつけた。そして風を起こして火を大きくする。火はたちまち大きくなり、他の家や獣にも燃え移った。あっという間にこの集落は火に包まれる。獣たちは散り散りになり逃げようとするも、俺は集落全体を火で包み込んだ。巨大な火の壁に阻まれ逃げ場を失った獣たちは、何も出来ずにそのまま火の海に溺れていった。

 数時間程してすべてが片付いた。雨が降ってくれたおかげで俺が起こした火は消え、辺りは燃えカスのみが残った。

 部下の獣たちはそこまで強くなかった。ガタイの良さを見るに、力自慢タイプなのだろう。魔法を使えば、退治するのはそこまで難しくなかった。しかし問題は魔物だ。奴は魔法を巧みに使うという。魔法対魔法では、これ以上に過激な戦闘になるだろう。構えなければ。

 俺は歩みを進めた。


 魔物の洞窟は獣の集落からさらに数時間ほど歩いた先にあった。森は深く、歩くのはなかなか骨が折れたが、洞窟は意外とあっさり見つかった。というのも、どう見てもここしかないだろう、という巨大な洞窟で、その雰囲気は周囲と一線を画す程に異様な雰囲気を漂わせていた。

 洞窟は暗く、手元に明かり火を灯しながら奥へと進んでいく。そして大きな扉に辿り着いた。押して開けられるだろうか、と考えていると、扉は勝手に開いた。まるで迎えられているようだ。魔物は恐らく俺がここに来たことも知っているのだろう。俺はゆっくりと進む。

 扉の奥は広い空間だった。東京ドーム1個分くらいか、と思ったが、そう言えば東京ドームには行ったことがないんだった。しかし、そう思わせる程に広い。中心には、奥にそびえる玉座に向かって長い道が確保され、その脇には土でできたテーブルやイスがある。テーブルには石でできた皿とコップが立ち並ぶ。壁からドーム型の天井にかけて、隙間なく人物画が描かれいた。玉座もまた土でできていた。形は立派だが、色は質素だ。そして、そこにすわっていた人物はゆっくりと口を開いた。

「ようこそ。客人は初めてだ」

 顔を上げた魔物は、俺と同じ人間だった。


 なんとなく予想はしていた。側近は言うには、魔法は他の世界から来たものが持ち込んだものだと。だとすれば、魔物も俺と同じようにこの世界に転生した人間である可能性は否定できない。そうであってほしくないと思っていた。同じ人間を手にかけるなど、したくない。

魔物は不敵に笑った。見た目は若く、幼い顔立ちをしていた。薄汚い服を身に纏い、目には覇気がない。しかしその雰囲気がまた不気味さを増していた。

「おい、みんな! 客が来たぞ! 初めての客だ!」

 魔物は両手を振って叫ぶ。俺に向かって言っているわけではない。彼は空のテーブルに向かって話している。

「長年誰もここを訪れなかった。寂しかったなあ。でも今日は客が来たぞ! お祝いをしよう!」

 魔物は両手をテーブルに向ける。一瞬間を置いて、テーブルには豪華な料理が次々と現れた。石のコップにはワインが注がれる。

「みんな存分に楽しめ!」魔物も手にワインを持ち、乾杯の合図を取る。

 なんだ、この光景は。しんとした広い空間で、魔物が1人高笑いをしながら誰かと話している。

「お前は誰と話している?」俺は聞く。

「誰って、みんなさ! ここにいるだろ?」魔物は焦点の合わない目で周囲を見渡す。

「誰もいないだろ」

「いるさ。お前には見えないのか?」

 魔物は玉座から下り、次は近くの壁の絵に話しかける。

「おい、シャーロット。聞いたか? こいつにはお前たちが見えていないらしいぞ。おかしいな」魔物は壁に描かれた女性に話かけている。「ははは、アラン。面白い冗談をかますなあ」今度は男性の絵を指差し、腹を抱えて笑っている。「悪いな。アランの冗談で気を悪くしないでくれ。みんな初めての客に興奮してるんだ」

「お前、ふざけてるのか?」俺は言う。

「ふざけてない」魔物は真顔で答える。

「ここには誰もいない。俺とお前の2人だけだ」

「いいや、みんないるさ。お前には見えないだけだ」

「とんだ殺人鬼だな。偶然得た魔法で人を殺しまわって、てっきり愉快犯か何かかと思っていたが、どうやら頭がおかしくなっているらしい」

 魔物は俺の言葉を聞いて、息を飲んだ。「俺が、殺した」そう小さく呟いた。

「そうだ。お前がこの国の人達を殺したんだ。ご丁寧に部下まで募って組織して、民を恐怖に陥れたんだ!」

「違う!」魔物は叫ぶ。「そんな、そんなつもりじゃなかったんだ! 俺は、ただ、知らなかっただけなんだ!」

「知らなかった? それで人を殺したのか!?」

「違う、俺は、そんなつもりじゃ……。違うんだ、違うんだ」魔物は頭を抱えて膝まづく。頭を地面にこすりつけ、同じ言葉を繰り返した。「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 俺は異様な光景に動揺するも、徐々に彼を哀れに思うようになっていた。彼は見たところ10代後半といったところだ。恐らく何かあって元の世界で亡くなった後、こちらの世界に来たのだろう。突然得た強力な力に酔い、蛮行に走り、気づいた時には魔物と呼ばれ忌み嫌われた。今更後悔したところで亡くなった命は戻らない。彼は重すぎる業を背負い、その罪の意識と孤独から逃れるためにこの空間と存在しない友人達を作り出したのだ。

「殺してください」魔物は俺のマントを掴み、懇願する。「俺を殺してください。ここで終わらせて」

 涙で濡れた目は、先程の焦点の合わない目とは違い、強い意思を孕んでいる。でも俺は躊躇っていた。人を殺すなんてできない。俺は人を殺しに来たんじゃない。助けに来たんだ。

「俺はできない」魔物の肩を掴み、俺は言う。「それにまだ終わりじゃないと思う。償う方法があるかもしれない」

「そんなの、ないよ」魔物は震える声で言う。「俺は償いきれない程、人を殺したんだ」

「でも何かあるかもしれない。俺も手伝う。だから……」

 言い切らないうちに目の前が赤の一色に染まる。それが血だと気付くのに少し時間がかかった。それは魔物の首から飛び出しているものだった。魔物の右手の人差し指は鋭い刃物に変わっていた。彼は魔法で形を変え、自ら首を切ったのだ。

「おい、なんで!?」

 俺の問いかけは空しく響く。魔物は虚ろな目で俺を見つめ、しばらく痙攣した後、息絶えた。一面に血が広がる。血の海に膝をつきながら、俺は魔物の死に顔に悔しさをにじませた。まだこんなに若いというのに。殺人鬼に同情するなど馬鹿げているかもしれない。けれど、彼は精神が狂う程に後悔していた。この空間そのものが、彼の自責を表している。

 しばらくその場から動けなかったが、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。俺は彼をどこかに埋めることにした。遺体を運び、洞窟の傍に埋めた。花を添え、簡単な墓を作る。墓石に似せた石を置いた時、彼の名前を聞いておくべきだった、と後悔した。街に帰ろうと振り返ると、ふと地面に光るものが見えた。ネックレスだ。そう言えば、彼はネックレスをかけていた。遺体を運んだ時に落ちたのだろう。墓に添えようと思ったが、そう言えば魔物を退治した証のようなものを、俺は持っていないことに気付いた。これでは虚言を疑われる可能性がある。このネックレスが証明になるかもしれない。俺はネックレスをポケットにれ、帰路についた。


 街に着くと、異様な雰囲気が漂っていた。初めてこの世界の降り立った時とは打って変わり、人々の顔には恐怖の色が見える。魔物はもういない。心配する必要はない。俺が国王に報告すれば彼らの顔にも笑顔が戻るだろう。そう思いつつも、その雰囲気は俺を不安にさせた。なんだ? いったい何が起こった?

 城に着き、国王への謁見を申し出る。兵士たちは俺の顔を見た途端に武器を構え、槍を俺の首元に突きつける。

「この裏切り者め!」

 兵士たちの怒号に、俺は混乱した。どういうことだ? 俺は依頼通り魔物を退治した。(正確には彼は自ら命を絶ったのだが)裏切るような行為は何もしていないはずだ。説明をしようとするも取り押さえられ、縄でくくられた。そのまま発言を許されないまま、城の中まで連れられる。

 城では国王が俺を待っていた。俺は国王の前で、縄で縛られたまま膝まづく姿勢を強要された。国王の顔は怒りに満ちていた。

「なぜ我が民を殺したのだ」

「我が民?」

 まさか魔物のことか? 彼は確かに人間だが、この国の人達が彼を魔物と呼び、退治を依頼したはずだ。まさか別人だったのか?

「国王陛下、私は魔物退治の為旅に出て、それを遂行いたしました。私のマントのポケットにその証拠があります」俺は必死に話した。

 兵士はポケットからネックレスを取り出し、国王に見せる。

 俺は続けた。「これは魔物が首にかけていた物です。彼は私と同じ人間でした。しかもまだ若い。彼は国民を手にかけたことを後悔しておりました」

「私が言っているのは魔物のことではない。彼が人間だろうが、知ったことではない」国王の怒号は城に響き渡る。「私が話しているのは、我が民のことだ」

「我が民、とは?」

「彼らのことだ」

 国王に促され、そこに現れたのは、あの額に傷がある獣だった。彼は涙に濡れた目に憤怒の色をにじませ、俺を睨む。

「この男で間違いないな」国王は獣に聞く。

「はい、間違いありません」獣は低い声で答える。「この男は、私を突然魔法で吹き飛ばし、私は頭に傷を負いました。その後は私の集落を襲い、人々を虐殺し、集落を火の海にしたのです!」

 獣の咆哮は俺の耳を劈くように響いた。俺は冷や汗をかいて、状況を飲み込もうと必死だった。魔物の部下だと思っていた獣たちは、この国の民だったのか?

「待ってください。彼ら獣は鋭い牙と角を持ち、見た目も狂暴です。またその者は斧を持って私に近づいてきました。私はてっきり……」

「彼らは獣ではない!」俺の弁解は国王の怒号で遮られた。「彼らはサイ族という立派な我が民だ。この国には他にも多くの民族が住み、多種多様な文化を共有している。我が誇るべき民を獣呼ばわりとは何事か!」

 国王の激高に周囲は静まり返る。俺の顔から血の気が引く。

「それに私は木こりです。木こりが斧を持つことに何の問題がありますか!」サイ族の男は続ける。「確かに私は声もかけずあなたに近づきました。しかし、それはあなたのマントを見たからです。あなたが国王が遣わした勇者だと確信し、喜びのあまりあなたに駆け寄りました。決して危害を加えようとしたわけではありません!」

「そんな……」

「私達があなたに何をしましたか? 私の家族は、友人は、集落の者達は、1人でもあなたに危害を加えましたか? ただ見た目が狂暴だという理由だけで、私達は殺されなければいけないのですか!?」

サイ族の男はその場に崩れ落ち、泣き叫ぶ。国王も、側近も、兵士たちも俺に侮蔑の目を向ける。俺は、なんてことをしてしまったんだ。

「この人殺しが」国王は吐き捨てるように言う。「お前の罪は殺人罪。サイ族の集落を襲い、実に100にも上る民を虐殺した。これは以前魔物が行った60人のクル族虐殺事件を遥かに上回る残虐な事件だ。お前には弁解の余地などない。即刻死刑に処す!」

 俺は震えた。人を殺してしまった罪悪感と、自分が死刑になる恐怖から。嫌だ、死にたくない。何かの間違いだ。俺が殺人鬼になるわけがない。誰か、助けて。

 気づけば俺は魔法で風を起こしていた。突然現れた竜巻に、その場にいた人達は悲鳴を上げ、逃げ惑う。混乱の中緩んだ縄をほどき、俺は逃げ出した。死にたくない、死にたくない。

 俺はひたすら走った。誰にも会いたくなかった。とにかく逃げないと、殺されてしまう。特に方向は意識していなかったが、皮肉にも俺が向かった先は北の方角だった。道の途中で焼け野原になった集落を目にし、自分の行いに罪悪感が募る。

 どれくらい走ったかはわからない。気づいたら俺はあの洞窟にいた。扉を開け、中に入る。今ならわかる。あいつがここに引き籠った理由だ。俺達のような殺人鬼がいていい場所なんてこの世界にない。ここを除いて。人殺しのくせに、人から殺される覚悟はなく、ただ恐怖と罪悪感に苛まれる者の為の監獄。俺はここから出てはいけない。

 玉座に座る。座り心地は良くない。ごつごつと固い岩と砂で作られたそれは、まるで痛みで俺に罰を与えているようだった。ふと脇に目を向ける。玉座の脇に捨て置かれているのは、マントだった。ボロボロになったそれを広げると、大きなマークが縫われている。国王から遣わされた勇者の証であるそれは土に汚れ、その権威を失っていた。

 しばらく玉座に座り壁の絵を眺めていた。どれくらいそうしていただろう。ぐうっと腹が鳴る。こんな状況でも腹は空くらしい。何か食べたいな、と思っていると横からすっと手が伸びてきた。彼女は優しい笑顔を携え、俺に石のコップに入ったワインを差し出す。

「ああ、ありがとう、シャーロット。君は優しいな」俺は彼女にそう言う。

 その隣には不満そうな顔をした少年が立っている。

「わかっているよ、アラン。パーティがしたいんだろ?」

 俺がそう言うとアランは両手を上げて喜ぶ。俺は魔法でテーブルを豪華な食事で満たす。シャーロットもアランも、他のみんなも喜んでカップを持ち上げ、乾杯の音頭を待っている。

「さあ、宴を始めよう」

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異世界転生 鈴美 @kasshaaan

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