第10章 アンデッド領編

第41話 危険なんやで

 目覚めたヒラタはまず、酷い倦怠感を味わった。どうやら長いこと眠っていたらしい。頭はガンガンと痛むし、思考は上手くまとまらない。


「二度寝……と洒落込むか」


 寝返りを打ち、再び目を閉じた彼だったが、そのような怠惰が許されるはずなかった。


「おうおう起きやがれヒラタ! 1日中寝やがって、何時だと思ってやがる」


 声と共に伸びてきた草が、ヒラタの体を持ち上げる。そのまま丁寧に彼を椅子に座らせて、その寝ぼけ眼に水をぶっかけた。


「うぎゃ! な、なんだ!?」


「なんだじゃないが。ヒラタお前よぉ、止めたのになーんで突っ込んでいくかなぁ!? しかも弱ぇし!」


 と、グッさんはカンカンな様子。


「い、いやぁ、勝てると思ったんだけどなぁ」


「どこがだよ!? てめぇ素人も素人じゃねぇか! アンデッド領に来るくらいだからそれなりに戦えると思っていたが……」


「だから言ったろ。俺、異世界から来たんだって。で、神様が降ろしてくれた場所がここだったの」


 グッさんは信じられないといった表情。だが、魔力の排泄すらまともにできず、挙げ句戦いも素人なヒラタが、こんなところまでやってくるというのは不可能に近い。ともなれば神様の仕業というのもあり得るのかもしれない。


「まア、そうカッカすんナ。無事だったンだかラ、よかったじゃないカ」


「それはそうだが……この調子じゃあいつか本当に死んぢまうぞこいつ」


 グッさんともぐゾンさんはヒラタと同じように椅子に座った。ヒラタにとっては少々窮屈さを感じるような、小さな椅子だが、2人にとってはジャストフィットなサイズのようだ。もぐゾンさんは喋りながら茶色い魔石をボリボリ食っている。


「あ、魔石狩り……」


「もう終わったぞ。あの後お前を手当てして、俺ともぐらゾンビで調達した」


「そっかぁ……」


 ヒラタは残念がる。前回は残念だったが、次戦えば勝てるかもしれないと思っているからだ。しかし魔石狩りが終わったとなると、再戦の日は遠いかもしれない。


「だガ、少しばかリ問題があル」


「問題?」


「あア、実は手に入れタ魔石の数が少なイんダ」


 グッさんはもぐゾンさんのアイコンタクトを受けて、魔石を入れている棚を開いてヒラタに見せた。そこには魔石がこんもりと置かれてあったのだが、確かにあまり数は多くない。


「スカルラビットは普通、群れで生活するんだが、今回の狩りではまったく群れに遭遇できなかった」


「はぐれのスカルラビットばかりだったナ。そのせいであまり魔石も取れなかっタ」


「へぇ~、あいつ群れで生活するんだ。てことはもし群れに遭遇したら俺ってひょっとして瞬殺?」


「当たり前だ。つうかお前、スカルラビットに遊ばれてた自覚あるか? あいつら普通は魔法使って攻撃してくんだぞ」


「……マジ?」


 ヒラタは遅ばせながら、いや正確には確かに理解していたのだが、脳が拒んでいたその事実をようやく、受け入れた。どう足掻いても、この異世界においてヒラタは弱いという事実を。異世界チート無双など、決してあり得ない話なのだと。


「いいやまだだ! タマゴから生まれてくる美少女が俺を待っている!」


「なんでタマゴから人間が生まれてくるって発想になるんだよ……」


「いやいや! 人間みたいな姿のモンスターだっているだろ!? いるよな……?」


「……まぁ確かにいるっちゃいるな。このアンデッド領にも」


 グッさんが言うが早いか、もぐゾンさんはどこからか取り出した紙を机に広げた。なんとそれは地図であった。奇妙な山脈に囲まれ、中央に都市のようなものが描いてある、そんな地域の地図であった。


「ヒラタの言うことガ正しいなラ、この世界について何も知らないはずダ」


「あぁ。俺、まだこの世界のことな~んにも知らない」


「だったラ教えてやル。今俺達がいるのはここ、アンデッド領ダ」


 そう言ってもぐゾンさんは指の骨で地図全体を指し示した。どうやらこの地図はアンデッド領という地域の地図らしい。


「正確に言うト、俺達がいるのハこの辺ダ」


 と、次に地図の左下の方をトントンする。


「そんデ、中央の都市はスケルトンの都市ダ」


「スケルトンの都市!?」


「あァ。スケルトンの王ガ統べる、スケルトンの都市ダ。近づかない方が賢明だナ」


 そして彼は、都市から少し離れたところにある2ヵ所を指した。そこは右上と右下に位置しており、黒っぽい建物のマークだった。


「ここはブラックナイトの村ダ」


「ブラックナイト?」


「あア。ナイト系モンスターの上位種族サ。スケルトンほどではないガ、Aランクモンスターだから普通に強力ダ。見かけたら逃げろヨ」


「ちなみにブラックナイトは人間によく似たモンスターだぜ。昔は亜人として扱われていたらしいが、亜人戦争に敗北して今ではモンスター扱いだ。ったく人間も酷いよなぁ」


 また新しい単語が出てきて、ヒラタの頭はさらにこんがらがる。だがもぐゾンさんは気にせず続ける。


「んデ、この山脈がアレコレで、こっちが毒の沼地。あっちにハ屍竜の巣があル」


「な、なんか一気に情報が押し寄せてきて頭痛くなってきた。いや元から痛いんだけど」


「そういやこいつ死にかけてんだっけ。あんま動かない方がいいぞ。身体中の骨バキバキに折れてるから」


「えっ折れてんのマジ!? つうか死にかけてんの!?」


「あア。まあ魔石いくつカ無理矢理食わせたから、すぐによくなると思うゼ」


 もぐゾンさん曰く、魔石には傷の治りを早くする効果もあるらしい。人間なんかは回復薬の材料に使ったりするそうだ。とはいえ魔石は普通こんなにポンポン取れるものではないから、人間にとってはかなり貴重なものらしいが。


「そっか~、それなら安心……できるかぁ! 魔石って魔力の塊ってこの前言ってませんでしたか!?」


「ああ言ったな」


「俺って魔力の排泄が下手だからあんまり魔力溜めすぎると体爆発して死ぬんじゃありませんでしたっけ!?」


「あぁ! そういやそうだったな!」


「いや軽っ!? 人の命かかってるんですけど!?」


「あア、それなラ心配はいらなイ。出血した際に血液と一緒二たくさん魔力を失ってルからナ。そうすぐに爆発することはないゼ」


「あぁ~。なんかそういうことらしいぜヒラタ! よかったな! じゃあさっそくスクワットしやがれ。足の骨は折れてねぇだろがい」


「こいつ怪我人に運動させるとかマジ!? 鬼! 悪魔! モンスター!」


「ワハハ、なんとでも言いやがれ。俺が地獄の鬼教官だ」


 こうしてヒラタは今日もしごかれながら、魔力の排泄に勤しむのであった……。


 □■□■


 そして、1週間が経った。


「おはようグッさん! 聞いてくれよ、なんと骨折完治したぜ!」


「おぉ、やっぱり魔石ってすごいんだなぁ……」


「当たり前ダ。俺達は日常的二食っているガ、本来は薬の材料に使うようなモンだゾ」


 1週間も経てば、ヒラタの傷も完治し、体もわりかしできあがってきた。だがこの1週間でヒラタが鍛えたのは足だけである。右腕が骨折していたのだから腕立て伏せはできないし、左腕だけで片腕立て伏せできるほどの筋肉は彼にはなかった。よってほとんど足だけ。たまに体幹トレーニングもやったが、もうわりと足だけを鍛えていた。


「たんぱく質取ってないのに筋肉付くから不思議よな~。魔石ってすげ~」


「そうだろうそうだろう。ところでヒラタ。お前も魔力の排泄に慣れてきた頃だろう。せっかく木刀もあるんだ。そろそろ戦闘訓練をしてみてもいいんじゃないか?」


「マジ!? やったぜ! サンキューグッさん! いやぁ、地道な努力ってのはあんまり好かんけど、それでも自衛できないよりはいいからなぁ。それに強くなったら本当のスーパーヒラタスラッシュが使えるようになるかもしれないし」


「……うん、できるといいな」


 3人は朝ごはんを食べ、その後各々の生活を過ごす。もぐゾンさんは散歩に。グッさんは木材を使って日曜大工。そしてヒラタはタマゴを磨き、それから筋トレを行う。筋トレは確かにキツいが、実のところ3日目を過ぎた辺りから、逆にもう何も感じなくなっていた。それがいいことなのか悪いことなのかは、この際考えないものとする。


「あっ、水なくなっちった」


 筋トレの休憩中、水分補給をしていると、水溜にもうすっかり水がなくなっているのに気づいた。水道なんて便利なものはないので、近くの川に水を汲みに行かなくてはならない。だが、アンデッド領にはたくさんの凶暴なモンスター達がいる。当然水汲み作業も危険なので、これらは普段グッさんかもぐゾンさんがしている。


 だがこの時、ヒラタは慣れか、はたまた慢心からかこう思った。


「俺もたくさん筋トレして強くなったし、水汲みくらい1人で行っても大丈夫だろうか」


 この判断がとんでもない事件を巻き起こすことを、彼はまだ知らない。グッさんの目を盗み、彼は危険なアンデッド領、その外界へと足を踏み出してしまった……!

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