第40話 異世界初戦闘!

 翌日。ヒラタは全身筋肉痛。ほんのちょっぴりでも体を動かせば、とんでもない激痛でショック死しそうになっていた。


「起きたか」


「おはようグッさん。今何時?」


「一大事だ。魔石の備蓄が底をついた」


 グッさんは器用に体を動かしながら、木製の棚を引いて中を見せた。そこには爪ほどの大きさの魔石しか残っていなかった。


「昨日見た時はわりとあったような……?」


「魔石にも消費期限があるんだ。きちんと管理してないと魔力が空気中に溶けて霧散する。さすがの俺でも魔石を保存する装置だけは作れなかったからな」


 どうやら偶然たまたま、魔石の消費期限が昨日だったようで、ヒラタ達が目を離している隙に溶けて消えてしまったらしい。まさに一大事。ヒラタの腹はぐうぐう鳴っている。


「もぐらゾンビは一足先に魔石狩りに出掛けた。ヒラタも起きたんなら魔石取りに行くぞ」


「お、おう……。あ、でも……」


 ヒラタはそう言ってチラリと部屋の隅に置いてあるタマゴの方を見た。昨日、ヒラタと一緒にこの部屋に吸い込まれて、それからずっと放置されていたタマゴだ。


「大事なモンなのか?」


「あぁ。神様からの贈り物だよ。美少女が生まれるんだ」


「頭でもぶつけたか?」


 ヒラタは痛む体に鞭を打ち、タマゴの方に近づいた。表面を優しく撫でるとほんのり冷たい。


「あー、なんだ。心配なのか分かるが、ここに置いてりゃ大抵のモンスターにはバレねぇし盗まれねぇよ。安心しろ」


「うーん……まぁ、信じるしかないか」


 不安ではあるが、事態が事態だ。仕方ない。ヒラタはグッさんと魔石狩りに行くことにした。出入口をかけ登り、外へ出るとそこは大木の根本。薄暗く不気味な森は、昨日とまったく変わらぬ表情をしていた。


「早めにもぐゾンさんと合流したいな」


「あぁ。あいつなら多分、いつもの平原に向かったはずだ。そこに行こう」


 ヒラタはこの辺の地理なんて分かんないので、とりあえずグッさんに着いていくことにした。薄気味悪い森の中、2人は静かに歩いていく。ヒラタは何か話題でも振って会話しようかと思ったが、グッさんはそれを雰囲気だけで制してみせた。


「っ……、いたぞ」


「えっ?」


 数分ほど歩いたところ、突然グッさんがそう呟いた。彼が草で指し示す先には、何やら白い生物がいる様子。ヒラタが目を凝らしながら近づくと、それは骨のうさぎであることが分かった。のだが……。


「デッカ……」


 そいつはヒラタの胸元に届くくらいの大きさであった。正確に測ったわけではないが、ヒラタは今の身長がだいたい165センチメートルくらいだと予想している。それの胸元くらいの大きさなのだから、相当大きい。あんな大きなうさぎは見たことがない。しかも骨。


「あいつはスカルラビットだ」


「捻りのない名前」


「人間がつけた名だ。そんなもんさ。んで、あいつの腹辺りをよ~く見てみな」


 ヒラタはもう一度目を凝らす。すると、最初に見た時には分からなかったが、茶色く輝く石のようなものが、腹辺りに浮いているではないか。大きさはちょうどヒラタの拳大くらい。


「あれが魔石だ」


「あれが? 昨日食ったのは赤かったけど……」


「魔石は属性によって色が変わるんだ。昨日のは火属性、あの魔石は土属性だな」


「おお、ファンタジーっぽい」


 などと会話をしていると、スカルラビットはこちらに気づいたようだ。巨体をのっしのっしと揺らしながらこちらに近づいてくる。その窪んだ眼窩には明らかな敵意があった。


「スカルラビットは非常に凶暴。見つけたものは人間だろうがモンスターだろうが容赦なく襲いかかる」


「なるほど。モンスターらしくていいじゃねぇか」


 ヒラタは両手で木刀を構えた。だが剣を握るその姿はてんで素人。端から見れば隙だらけ。


「おいヒラタ、ここはまず俺が手本を見せてやるから、お前は下がって……」


「いいや! 心配はいらないぜグッさん。異世界にやってきたこのヒラタ イヨウには、無双の戦闘能力が備わっている! むしろ筋肉痛がハンデになってるくらいだな!」


「お、おい、本当に大丈夫かよ……? スカルラビットはBランクモンスターだぞ?」


「Bランクモンスター? なんだ、ただの雑魚モンスターじゃねぇか。こんな雑魚モンスターなら、俺でもやれるぜ」


 ヒラタは舞い上がってしまい、まったく言うことを聞かない! グッさんは両目をつむってため息をついた。


「どうなっても知らんぞ」


「ふっふっふ……、この俺の超パワーを見せてやる! 行くぞ俺! 異世界初戦闘だ! どおりやあああああ!」


 ヒラタは駆け出した! が、筋肉痛のせいか、はたまた普通に身体能力が低いのか、足がめちゃくちゃに遅い! スカルラビットは隙だらけの構えで走ってくるヒラタを前に、退屈そうにあくびした。


「喰らえ必殺! スーパーヒラタスラァァァァッシュ!」


 刹那、放たれた木刀はまぁそれなりの速さでスカルラビットの頭部に叩きつけられた! そしてその頭蓋骨にはヒビが……入るわけもなく、ちょっと高い音を出しただけであった。


「あれ?」


 おかしい、とヒラタは思った。異世界転移で新たに得た肉体。戦闘能力も異世界仕様になっているはずだ。なのにまったく、微塵も、ダメージが通っているようには見えない。夢か、幻術か。否、現実である。ヒラタがそれを実感した直後、スカルラビットはその前足でヒラタを切り裂いた。


「ぎゃあああああああああ!?」


 ヒラタに激痛が走る。腹を見れば、とんでもない量の血液が溢れ出しているではないか。どういうことだ。これではまるでただの一般人ではないか。愕然とするヒラタに、スカルラビットは追撃を繰り出した。しかも今度は、その巨体を十二分に活かした体当たりだ。


「ぐぼッ!?」


 まともに防御もできず、体当たりは直撃。数メートルほどぶっ飛ばされ、地面に背中を強く打ち付けた。もちろん受け身なんて取れるはずもなく、その時点で肋骨を数本と右腕の骨が折れた。


「ぐっ……痛い……! 痛い! た、助けて……!」


 額に何か生暖かい、ドロッとしたものが流れる。左手でそれに触れてみれば、それは血だ。頭を打った時に出血したのだろう。それを自覚した瞬間、視界がぶれて音が遠くなる。吐き気と得体のしれない不快感で、どんどん気分が悪くなる。脳震盪に近い症状だ。


「あ、やめ……」


 そんなヒラタを見て、スカルラビットは近づいてくる。獲物にトドメを刺そうと近づいてくる。ヒラタの心に恐怖が芽生え、それが急激に肥大化していった。そして次の瞬間、彼の脳内には『死』の文字が浮かび上がる。死。死だ。


「死ぬ……のか……?」


 目の前の存在から放たれる、圧倒的な暴力を前に、ヒラタは死を覚悟した。もはや立てず、逃げることもできない。もうダメだ。おしまいだ。ヒラタは目を閉じた。だがその瞬間、妙にはっきりと声が聞こえた。


「あーあ、だから言ったのによ」


 次いで、ほんの僅かな音がした。それは草が擦れ合うような音。集中していなければ聞き取れないような、小さな音。その音がした瞬間、目の前から放たれていた殺意がスッと消えた。何事かと目を開くと、そこには力を失ったかのように倒れゆくスカルラビットの姿があった。


「何が……」


「何がって、魔石を奪ったんだよ」


 そう言うグッさんの操る草には、確かに茶色く輝く魔石が握られていた。


「あ、あの一瞬で……?」


「あたぼうよ。こちとらもう何年何十年とここで暮らしてんだ。慣れたもんよ」


「でも、どうして……?」


 ヒラタは死んだように動かないスカルラビットに目をやる。まるで電池を抜かれたおもちゃみたいだ。最初から死んでいたと言わんばかりの佇まい。ヒラタはスカルラビットの様子についての説明を求めた。


「あん? 言ってなかったか? 魔石ってのはモンスターの心臓みたいなもんで、これを取られるとどんなモンスターでも死んぢまうんだぜ。まぁほとんどのモンスターは魔石なんて体内に仕舞ってるから、奪う方が難しいんだけどな」


 などと話を聞いていると、不意に視界がグルンと回る。血を出しすぎたせいか、はたまた安心したせいか、急に意識が遠のいた。こうしてヒラタは異世界生活2日目にして、2度目の気絶をすることとなった。

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