第39話 力こそパワー

「んで、魔力を排泄するにはどうしたらいいんだ?」


「筋トレだな」


「筋トレ!?」


 グッさん曰く、魔力の排泄に慣れるにはまず、汗をたくさん出すのが効果的なのだとか。たくさん汗が出ればその分、汗に含まれる魔力量も増えていき、たくさん魔力を排泄できる。


「よく剣士と魔術師は両立できないって言うだろ? なんでだと思う?」


「えっ、なんで?」


「剣士を剣を振るう。剣は重いからその分汗が出る。汗をかきまくってると魔力がたくさん排泄されるから、魔力切れを起こしやすくなる」


「なるほど……。じゃあ魔術師はなるべく汗をかかない方がいいんだ」


「そうだな。だが魔力を出さないとそれはそれで問題だから、魔術師の連中はちょっとずつ垂れ流してる感じだよ」


「そっか。そういえば俺のスキル、〈炎球ファイヤボール〉は魔力を使わないの?」


「いんや使う。おめぇのそれは魔法だからな。魔術よりも魔力に依存してる」


 ヒラタの頭にハテナが浮かぶ。魔術と魔法って何が違うのだろうか? その疑問を口にする前に、グッさんは草を鞭のようにして床に叩きつけた。


「よし! ひとまずスクワットだ! 俺がいいと言うまでやれ!」


「ひええ! ちょっとは加減して……」


「つべこべ言わずにやれ! やらないと体が爆発して死ぬぞ!」


「嫌だぁ! やります!」


 ヒラタはスクワットを開始した。だが30回を過ぎた辺りで足がキツくなり、100回を過ぎたらもうギッチギチである。


「もう無理……!」


「どうした? 俺はまだいいなんて一言も言ってないぞ?」


 倒れそうになるヒラタを草で支えながら、無理矢理スクワットを再開させる。まさに拷問のような筋トレ。ヒラタの皮膚は徐々に汗で濡れてきた。


「うむ、多少は魔力を排泄できているな!」


「こひゅー! こひゅー! もう無理ィ!」


「誰が休んでいいと言った!? とっとと再開しろ!」


「ぴえええ!」


 グッさんの熱血指導により、ヒラタの足は限界突破。もはや気合いと根性だけで動かしているような状態。乳酸が溜まり、筋肉が固くなっていくような錯覚を覚える。もう無理だ。このままでは先に足の筋肉が壊死してしまう。ヒラタがそう思ったその時だった。


「おウ、来客がいたのカ」


 聞こえてきたのはグッさんのとはまた違う声。どこか妙な響きを含んだ、がさがさした声であった。ヒラタは死にそうな顔で声の主を見る。するとそこにいたのは、骨だけのもぐらであった。


「骨のもぐら!?」


 びっくり仰天。その拍子に足から力が抜けて倒れてしまった。だがグッさんはヒラタのことなど気にも止めず、現れた謎のモンスターに声を掛けた。


「来客ってか、居候だ。見ての通り人間だよ」


「人間カ、珍しイ。しかもまだ生きているなんてナ。食うのカ?」


「食わねぇよ。俺もお前も魔石食ってりゃ充分だろ」


 ヒラタはぜえはあと汗を拭いながら、改めて骨のもぐらを凝視した。だが骨のもぐらとしか言いようがないのだ。もぐらの骨格標本。つまりもぐらのスケルトンだ。ということはスケルトンの仲間かもしれない。ヒラタはいぶかしんだ。


「それもそうだナ。人間、名ハ?」


「えっ、俺の名前はヒラタ イヨウ……」


「そうカ。俺はもぐらゾンビというモンスターダ。まぁよろしく頼むヨ」


「もぐら……ゾンビ……?」


 ヒラタは改めて、再度、骨のもぐらをくまなく観察した。


「ゾンビ……?」


 もぐらではあるが、ゾンビには見えない。だってただの骨だもん。いやだが、膝下くらいの大きさなのでもぐらにしても不自然かもしれない。だがまあゾンビではない。確実に。だって肉がないんだもん。


「どうしタ? 俺の顔に何かついているカ?」


「……いや! まぁいいや! よろしくなぁもぐゾンさん!」


「……なんか妙なあだ名をつけられた気がすル」


 もぐゾンさんはゆったりと歩きながら、近くにある椅子に座った。もぐらが椅子に座るというのも妙な話で、ヒラタは興味津々に見つめていた。


「とまあかくかくしかじかまるまるうしうしで、ヒラタをウチで飼うことにした」


「俺はペットかよ」


「まァ、お前がいいならいいガ……。妙なモンを拾ったナ」


 ペット扱いされたり妙なモン呼ばわりされたり、ヒラタの尊厳はどこに行ってしまったのだろうか。ヒラタは天を仰いだ。だがそこは穴の中だったため、見えたのは天井の土だけだった。


「つうかもしかしてこの穴ってもぐゾンさんが作ったの?」


「あァ。俺はコイツの同居人でナ。強いモンスターから身を守るため二、隠れ家を作ってんダ」


 確かに、大木の根本にモンスターが穴を掘って住んでいるなんて想像できない。なんだかちょっとメルヘンな感じさえある。


「てことは、もぐゾンさんが掘って、グッさんが木とかで補強したってこと?」


「あぁそうだ。枠組みはもちろん、そこの木とか本棚とかも全部、俺が作ってんだ」


 そう言いながらグッさんは棚から赤い宝石のようなものを取り出した。それ自体が若干発光しているようで、煌びやかである。グッさんはそれをヒラタの前まで持ってきて……。


「食え」


「えっ!? これを!?」


「これハ、魔石と呼ばれるものダ。魔力でできていテ、栄養はたっぷリ。というかここにはこれくらいしか食えるモンがなイ」


「ついでに言うなら俺達の主食だ。お前もここで生活していくならこれくらい食えるようになっとけよ。これ食わないとお前、餓死するぜ」


「そ、それは嫌だ! おとなしく食います……」


 どうやら魔石は異世界の主食らしい、とヒラタは思った。確かに見た目は美しい宝石のようで、傷つけないように丁重に扱いたくなる。だがそれが唯一の食べ物と言われれば、躊躇う暇などないのだ。


「いただきます!」


 ヒラタは思いっきり1口でそれを食べ、咀嚼した。見た目よりはずっと柔らかく、ほんのり温かく、なんだかフルーティーな味わい。これが魔石というものなのか、とヒラタは少し感動した。


「わりと美味いな。よかったぜ、唯一の食料が激マズじゃなくて」


「ちなみにそれ魔力の塊だから、お前が食ったら魔力が溜まりすぎて爆発して死ぬ」


「それを早く言えよ!? もう飲み込んじまったさじゃねぇか!」


「はぁー、ったく仕方ねぇなぁ。これじゃあまた筋トレするしかないねぇ。次は腕立てな」


「謀ったなこのヤロ!」


「うるせい! おとなしく腕立てしとけい! 俺がいいと言うまでな!」


 足の次は腕。ヒラタの全身がいじめられ、悲鳴を上げる。その感覚は脳にダイレクトに入ってきて、抗いがたい苦痛に苛まれる。こうしてヒラタはグッさんともぐゾンさんに見られながら、筋トレに励んだのであった! なお、筋トレ開始から5時間後、とうとう耐えられなくなって眠るように気絶してしまったのは言うまでもないだろう……。

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