第38話 ラノベの定番、森!

「ん……?」


 ヒラタは目を覚ました。最初に感じたのは嫌な臭いであった。青臭く、土臭く、わずかにヘドロのような臭いもする。


「ここは……」


 辺りを見渡すと、そこは森であった。だが何かおかしい。捻れた木々が不規則に乱立しているのだが、葉の色がなんだか気色悪いのだ。暗い紫だったり、濃い緑だったり、絶望的な青だったり。それに形もなんだか歪で、中には人間の顔のような模様のものもあった。


 ヒラタはおずおずと足を踏み出す。地面に積もった枯れ葉がザスリと音を立てて壊れる。その瞬間、薄ら寒い風がどこからか吹いてきて、かと思うと遠くから形容し難い鳴き声のような音が聞こえてきた。


「なんか……思ったよりダークな異世界なんすね……」


 初期リスポーン地点が森というのは、ラノベならよくある設定だ。それに習ってあの戦さんという神も、ヒラタを森に送ってくれたのだろう。だがあまりにも不気味すぎる。少なくともゲームによくある『さいしょの森』みたいな場所ではなさそうだ。


「えっと、ひとまず俺はこのタマゴを孵化させればいいんだよな?」


 ヒラタは抱えられるほど大きなタマゴに視線を移して考えた。タマゴを孵化されるにはどうすればいいのだろうか? 温めるとか? だとしたらさっき貰ったスキル、〈炎球ファイヤボール〉が有効なのではないか?


「でもスキルの塩梅ってもんを知らないからなぁ。先に試し撃ちでもしてみるかぁー」


 いきなりスキルを使って、万一にもタマゴを傷つけてしまっては大事。このタマゴからはヒラタの主戦力が生まれるのだ。


「美少女モンスターだといいなぁ……! いや、きっとそうに決まってる! あの神様融通利きそうな顔してたし! いやぁ楽しみだなぁ」


 ヒラタはとりあえずタマゴをその場に置いた。わりかし重いのでずっと持っておくのも疲れるのだ。それから辺りをキョロキョロと見回し、〈炎球ファイヤボール〉の的になりそうなものを探し始めた。すると幸運にも、木々の奥に人影が見えるではないか。


「第一村人か?」


 とよく目を凝らしてみる。が、違う。その人影は異様に痩せ細っているように見えたのだが、それもそのはずその人物は骨だけであったのだ。肉も皮も一切ない。まるで骨格標本。それが謎の力で歩いているのだ。


「こいつは、スケルトンというヤツか!」


 ヒラタは自身の異世界知識と照らし合わせ、そう判断した。間違いない。ヤツはスケルトン。骨だけで動くヒト型のモンスター。どのラノベでも大したことない雑魚モンスターとして扱われている。転移してきたばかりのへっぽこでも充分倒せるだろう。ヒラタはそう判断し、スケルトンに向けて手のひらを突き出した。


「行くぜ! 〈炎球ファイヤボ――」


 と叫んだその時! ヒラタの口を謎の草が封じた!


「ムッ!? モゴゴ!?」


 伸びてきた草はヒラタの口と、ついでに首もぐるぐる巻きにして拘束してくる。ヒラタは懸命にそれを外そうと踠くが、ヒラタの力ではどうにも外せない。それくらい草のパワーは強かった。やがて手足も拘束され、ずるずると引きずられていく。


「モガゴー!」


 だがヒラタはさらに恐ろしい光景を見る。なんと伸びた草がタマゴまで絡め取ったのだ。あれが奪われたら大変なことになる。ヒラタは自身のチートハーレム異世界生活を死守するため、全力で草に抗った!


 が! ダメ! そのままヒラタもタマゴも引きずられ、大木の根本に隠されていた穴の中に吸い込まれていった。


 □■□■


 穴の中に吸い込まれたヒラタは、軽く地面に打ちつけられ、かと思うと拘束から解放された。どうやらそこは土を掘って作られた空洞のよう。しかししっかりとした作りをしており、ヒラタは坑道のようだなと思った。だがそれはそれとして。


「何奴!?」


 ヒラタは振り返り、自身を引きずり回した何者かの姿を目撃した。そこにいたのは……!


「草!?」


 草であった。例えるなら、お弁当に入っているアレだ。アレがそのままいる。だが目や口があり、その姿はどう見てもモンスターだ。


「草じゃねぇ。モンスターだ」


「喋った!?」


 口があるのだから喋るのは当然と言えば当然だ。ヒラタはわなわなしながら両手を突き出した。


「って、そうじゃない! モンスターなら倒さなきゃ! 喰らえ俺の必殺――グエー!」


 スキルを発動しようとしたヒラタの喉を、伸びた草が締めつける。これにはヒラタも堪らずギブだ。


「ちったぁ落ち着け。まぁ混乱するのも分かるが」


 草モンスターはそのままヒラタは椅子に……なぜ存在するのか分からないが、とりあえず木製の椅子に座らせた。喉の草も緩め、再びヒラタを解放する。


「くっ……いったい何が目的だ!」


「そりゃあこっちのセリフだぜ。なんでスケルトンに攻撃しようとしてんだ」


「……見ていたのか?」


「あたぼうよ。なんか妙な気配がしたからスッ飛んできたんだよ」


 草モンスターは口をへの字に曲げて不機嫌そうにする。何を考えているのかは分からないが、とにかく敵意はなさそうだ。


「えと……とりあえず状況がよく分からんのだけど、スケルトンに攻撃しちゃダメなの?」


「そりゃあなおめぇ。命が惜しくないなら勝手にすりゃいいがよ。スケルトンはSランクモンスターだぜ?」


「エッ、Sランクゥ!?」


 名前はドンピシャだったが、どうやら相手の強さを見誤っていたようだ。よもやあんな貧弱そうなモンスターがSランクモンスターだとは思うまい。


「やっぱり知らなかったのか……。まぁ俺が止めなくてもスキルは不発に終わっただろうが。万が一という可能性もあったからな」


「スキルが不発? なんで?」


「そりゃあなおめぇ。魔力の排泄がまったくできてねぇからよ。生後数ヵ月の赤ちゃんでももっと上手く魔力を放出できるぜ」


 ヒラタはショックを受けた。が、よくよく考えたらそれも当然だ。ヒラタは異世界に転移してきたばかり。日本にいた時は魔力なんてなかったのだから、その排泄のやり方が分からなくても仕方ないのだ。


「ちなみに魔力を排泄できないとどうなる?」


「死ぬ」


「死ぬ!?」


 草モンスター曰く、今のヒラタは呼吸や汗といった排泄物にすら魔力を込められていないらしい。つまりこのままでは魔力が体内に蓄積し続け……。


「爆発して死ぬ」


「嫌だああああああ! なんとかしてくれ草の兄貴!」


「うるせい寄るな暑苦しい!」


 草モンスターの背丈はヒラタの膝下程度なので、ヒラタに抱き着かれるととても邪魔そうであった。そうしている間にもヒラタはわめき続ける。


「分かった、分かったから離れろ。魔力の排泄ができなくてもすぐに死ぬわけじゃないんだから」


「そっかぁ、なんだ安心。ちなみにこのままだとどれくらい持つ?」


「3日だな」


「助けてえええええええええ!!!」


「あああああうるせい寄るな暑苦しい!」


 草モンスターは草を操り、無理矢理ヒラタを退かした。それから額に(どこが額なのかは置いといて)青筋を立てながら、ゆっくりと話す。


「いいか、俺がお前に魔力の排泄の仕方を教えてやる。だから騒ぐな。この場所がもしスケルトンなんかにバレたら殺されちまうんだ」


「マジか……。でも魔力の排泄の仕方を教えてくれるってのは本当なのか? 俺、お金とか持ってないけど……」


「モンスターに金がいるかよ。対価なんていらねえやい」


 と草モンスターは言っているが、彼は内心焦っていた。このよく分からん男を放置するのは簡単だが、いかんせんコイツは声が大きい。1人で野垂れ死んでくれるなら助かるが、スケルトンやら他のモンスターやらを呼び寄せてから死ぬ可能性の方が高い。


「逆恨みでスケルトンとか連れて自爆特攻されても困るしな……」


 つまり、やんややんやと騒ぎ立ててこちらに被害が及ぶようなことをする前に、早めに静かにさせてしまおうというのが草モンスターの考えだ。何なら殺害してしまっても構わんのだが、さすがにそれは夢見が悪い。


「ん? 何か言った?」


「何も何も。要はおめぇが死ぬと困るから助けてやるってだけよ」


「おお、やっさしー! 感謝するぜ。あ、そうだ、まだ名前言ってなかったよな。俺の名前はヒラタ イヨウ。よろしくな!」


「あぁ。俺に名前はないが、俺のようなモンスターはお化け草って呼ばれてる。おめぇもそう呼んでくれ」


「お化け草か……。名前がないってのも不便じゃない? 名前呼んだら他のお化け草さんも振り向いちゃうよ。人違い……いや草違いが起きるかも」


「構いやしねぇよ。それに他のお化け草には人語を理解する知性はねぇ」


「でもなぁー」


 とヒラタは不満げ。口の中で何かをブツブツ呟いた後、ハッと顔を上げた。


「よし、決めたぜ! お前の名前は今日からグッさんだ!」


「はぁ……じゃあもうそれでいいぜ。まぁ短い付き合いになるだろうが、よろしくなヒラタ」


「あぁ、よろしくグッさん!」


 こうしてヒラタの異世界生活は、奇妙なモンスターと共に幕を開けたのだった。

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