第9章 異世界転移編
第37話 異世界
第2幕――。
□■□■
時は遡ること約3ヶ月前。日本。
「あー、やることねーえ」
とあるマンションの一室。パソコンを眺めながら中年の男は呟いていた。特に何をするでもなく、ただSNSを漁ったり動画投稿サイトを開いたりして、時間を潰している様子だ。だが何かを待っているというわけでもない。
「にしても掲示板の奴らは本当にバカだなぁ。日本政府は水道水に有害な物質を流してるってのは赤ん坊でも知ってる常識だってのに。これも愚民政治の賜物かぁー?」
やけにイライラしているようだが、それも仕方ない。現在室温は29度。真夏の日差しは部屋の中を熱気で蹂躙している。それに対抗できる唯一の兵器、エアコンは昨日からボイコットしている。つまり、今彼は扇風機で暑さを紛らわすしかない状態なのだ。
「こんな奴らに選挙権があるなんて信じられないぜ」
中年男性の皮膚にはねとりとした汗が流れる。やや小太りなせいか、常人より汗かきな彼は、ひたすら服で額を拭うしかなかった。
「くそ……、政府は今まさに、国民を口減らしのために間引こうとしているってのに。実際◯ou◯ubeでも政府が怪しげな実験をしていた証拠も上がってる。なのに掲示板の奴らと来たら……」
グチグチと言いながら、パソコンの側に置いてあるカップ麺を啜る。近年日本の物価はうなぎ登りで、こういったカップ麺ですらかなり高くなっている。その理由は20年ほど前に起きた人口爆発であるとされており、インターネットはこの人口爆発こそ日本政府の仕業と考える人もいるようだ。それはこの中年男性もそうであった。
「はぁー、にしても暇だなぁ」
エアコンの修理業者は明日にならないと来ない。それまでは扇風機で夏を凌がねばならぬのだ。中年男性は一瞬クラッときてヤバいと感じたのか、ゆっくりと椅子から降りた。
「うーんもう歳かぁ? なんか最近目眩が……」
床に膝をつき、目頭を押さえてその場にうずくまる。そうして深く呼吸をすれば、体調は若干楽になる。彼はいつもやっているように、慣れた動作でそれを行い、顔を上げると……。
「ハァイ!」
そこには見慣れぬ男がいた。
「うわあ!」
中年男性は驚きのあまり腰を抜かしたまま後退り。目の前の男を見上げた。体格は細身よりで背は180センチほど。髪は金色で目は青い。顔は異国風だが非常に整っている。そして着ている服は古代ギリシアの神々を思わせるような、ゆったりとした白い布のよう。
「だ、誰だ?」
思わずそう口にした。と同時に中年男性は驚く。声が変わっていたからだ。高くなっている? というか、若くなっている。これはいったいどういうことか。ふと、彼は隣に鏡があることに気づいた。おそるおそる覗き込むと……。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
鏡の中の自分は、若々しい青少年に変貌していた。元々あった高いタッパは見る影もなく縮み、髪は染めたような赤になっている。
「えっ……何が……これ俺……?」
「そうデース! 驚きマシタカー?」
驚かないはずがない。目眩がしてちょっと身を屈めたら、なんか全然別人の体になっていたのだから。
「しかもここ俺の部屋じゃないじゃん!?」
さらに、いつの間にかまったく知らない場所にやってきていた。当たり前だ。彼の家に鏡など、洗面所にしかなかった。それがすぐ隣にあった時点でおかしかったのだ。辺りを見渡すと、そこは武器庫のような場所であった。だが床も壁も白く、淡く光っているように見える。どういった原理なのかはさっぱりだ。
「というワケで、ハロー。突然デスが、お名前ハー?」
「えっ、あぁ。俺の名前はヒラタ イヨウ……。あ、あんたは?」
「ハイ! ワターシは戦さん。神デス!」
「はぁ……。宗教勧誘的なヤツっすか?」
「そしてここは異世界デス!」
「えっ、異世界?」
「異世界デス!」
ヒラタは数秒固まった。意味が分からなかった。だがよくよく考えてみるとおかしい。これが仮に宗教勧誘やイタズラ、あるいはテレビのドッキリ番組だったとして、これだけ大がかりな仕掛けを用意できるだろうか? 一瞬で場所を変え、よもや姿さえ変えられている。眠らされて特殊メイクでもされたのだろうか? いや違う。特殊メイクでは身長が縮んでいる理由にはならない。というか声まで若返っているのだから余計にあり得ない。
「つまり……マジに異世界なのか……」
「おー、飲み込みが早くて助かるデス。実はあなーたみたいな別世界からやってきた人達を送り出すのは、神の役目なのデス」
「送り出す? ここは異世界じゃないのか?」
「うーん、厳密には異世界デス。異世界の中の、空間の狭間デス」
「なんだかよく分からんが、とにかく分かった。それで、神様ってことはきっと俺にチート能力を与えてくれるってことだよな」
ヒラタは最初驚き、困惑し、焦っていたが次第に状況を理解すると、冷静になってきた。というかむしろ嬉しいくらいだ。いや、確かに日本に帰りたいのはやまやまだが、どうせ帰るならちょっとくらいチート能力で遊んでから帰った方がいいに決まっている。
「えーと、チート能力というのがどういうものかワカリマセンがー、ひとまずヒラタには3つのショキソービを与えマス」
「初期装備! 3つもか! やったぜ! まず1つ目はなんだ?」
「これデス」
「木刀じゃねぇか!」
戦さんが差し出したのは何の変哲もない木刀。周りに鉄剣やら斧やら光ってる杖やら色々あるのに、選ばれたのはまさかの木刀。
「木刀じゃアーリマセン。ウッドソードデス」
「それを木刀って言うんだよ!」
とはいえ貰えるというのなら損はない。素手よりはマシだろう。いや、だが結局チート能力を貰えるのなら大して使わないだろうし、誤差かもしれない。ヒラタは自分にそう言い聞かせて納得した。
「で、次はなんだ?」
「次はスキルを与えマス」
「おぉ! やっぱり異世界と言えばスキルだよな! どんなチート能力をくれるんだ?」
「それは今からとあるアーティファクトを使って決定しマス」
「アーティファクト! すげぇ異世界っぽい響き! それでそのアーティファクトってのはどれだ?」
「これデス」
「サイコロじゃねぇか!」
戦さんは取り出したのはちょっと大きめのサイコロ。クッション素材でできており柔らかい。きちんと1~6までの目がある、スタンダードなサイコロだ。
「振ってくだサイ」
「マジにこれで決めんの……? まぁ振るけど」
ヒラタはえいやっ、とそれを投げた。コロコロとサイコロは転がり、そしてピタッと1の目を上にして止まった。
「おめでとうございマース!」
「おお! やっぱり1の目が最強のチート能力なのか!?」
「あなたのスキルは〈
「ん弱そう!」
ガックリと肩を落とすヒラタ。だがまぁ一応どういったスキルなのかを聞いてみた。
「手から球体の炎を出せマス」
「それだけ?」
「それだけデス」
ヒラタは床に伸びた。うつ伏せの状態で。
「話が違うじゃん……チート能力は……?」
「充分チート能力デース。いじけても無駄デース。じゃあ最後のショキソービデースが……」
ヒラタはもう期待しなくなった。どうせまたしょうもないものだろう。異世界に来て初期装備と聞いたら誰だってすごい武器や能力だと思うはずだ。だが現実に出されたのは木刀と炎出すだけのスキル。これでどうやって無双しろってんだ。
「最後のショキソービはコチラ! モンスターのタマゴデース」
戦さんはそう言ってヒラタの首にタマゴを押し当てる。するとそれがなぜか異様に冷たく、思わずヒラタは飛び上がった。
「な、なんだ!?」
「モンスターのタマゴデース」
「モンスターのタマゴ……」
そこでヒラタはハッとする。そうか、そういうことだったのか。近年は主人公がモンスターテイマーというラノベも多い。そういったものは大抵主人公も強いのだが、稀に主人公は弱くても配下が強い! みたいな作品もあるのだ。つまり……。
「真のチートはこいつだったか……」
「確かにそうとも言えマース」
モンスターのタマゴから激強モンスターが生まれ、それを使役して異世界を無双する。ヒラタの脳内に、そんな構想が浮かび上がった。するとなんだか元気が湧いてくる。
「よっしゃー! そうと決まれば急いでタマゴを孵さないと」
「慌ててはダメデース。今からヒラタを地上に……人々やモンスターが住まう地上に降ろしマース。あなたが最初にやるべきことは地上の者共からタマゴを全力で守ることデース」
「なるほど! つまりこれは試練なワケだな! そしてタマゴを孵せばその瞬間から俺の異世界無双が始まるんだ!」
「その可能性もあるデショーウ。では、これよりあなたを地上へ降ろしマース。荷物は持ちましたネー?」
ヒラタは木刀をズボンの中に入れ、両手でタマゴを抱えた。その目はルンルンに光っており、これから異世界で楽しい無双生活が始まることを信じてやまないという表情だった。
「それデハ、行ってラッシャーイ!」
戦さんがそう言うと、ヒラタの足元の魔法陣が光り出す。それが視界をいっぱいに埋めつくし、ヒラタの姿を消し去ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます