第36話 王都防衛戦、終結――
猛者達の活躍により、3体の魔王は退けられた。王都に侵入したゴブリン達も掃討され、市民の避難も終わりを迎える。残す敵は王都を包囲するゴブリンの大軍のみ。だがその防衛戦も優秀な冒険者達によって終止符が打たれんとしていた。
「西側のゴブリンはほとんど壊滅したペン」
「分かったザンス。ギルドマスターは討伐した魔王の回収、後に東側に向かうよう指示しているザンス。人員を徹底的に北と南に集中させるよう、アナウンスするザンスよ」
「分かったペン。こっちも引き続き空から情報を探るペン」
ペン太は防衛戦が始まってからずっと、空から戦況を観察していた。そして得た情報を逐一セザンスに報告。セザンスはそれを受けて放送塔から各防衛戦線にアナウンスを行う。これにより各門の戦力が均等になるように調整しつつ、攻め込まれているところには増援を送るなどして指揮を行っていた。そしてそれにはペン太の情報も役立っている。
「にしても西側はなんかやけに騒がしいというか、たくさんモンスターがいたペンねぇ。ヒラタ以外にもモンスターテイマーがいたってことだペン?」
ペン太が知る限り、ヒラタ以外にモンスターを使役しているのはコクザンしかいない。そもそもモンスターテイマー自体あんまりいないのだ。そのため西側にてゴブリンを虐殺する大量のモンスターが、どこから湧いて出たのかは分からない。だがモンスター達によって西側が最速でゴブリンを殲滅できたのは事実。王都にも優秀なモンスターテイマーが数十人ほど隠れていたということだろう。
「にしても内部に侵入したゴブリンは大抵倒し終わって……ペン?」
空をふよふよ飛び回っていたペン太の目に、見慣れた出で立ちの人物が映る。ゴテゴテした仕事服のまま、ひいひい言いながら彼女は走っていた。
「おーい、ルーンペ~ン!」
「あーっ! ペン太っちじゃん! こんなところで何してんの」
走っていたのはテイマーギルドの受付嬢、ルーンさん。彼女はペン太を見つけると、肩で息をしながら立ち止まった。
「それはこっちのセリフペンよ。今の王都は危険な状態ペン。早く避難所に避難するペンよ」
「そっ、そんなこと言われてもぉ。南の方に行けってペジの野郎に言われたんだもん」
ペジの野郎が誰を指す言葉なのか分からないが、どうやらルーンさんはこんな時にまで仕事をしようとしているようだ。しかもかなり運動してきたのか、ゴテゴテした受付嬢の制服は汗でびっしょり。受付嬢の仕事というのはこうも大変なのだろうか。
「ペンン……お仕事するのは大切だけど、ここは命大事に……」
「なぁ~に言ってんの。市民を守るのが私達冒険者の役目じゃない」
「ルーンペンは冒険者じゃなくて受付嬢だペンよ……」
とはいえルーンさんの目には確かなる意志が宿っている。引き留めるのは難しいだろう。
「分かったペン。こうなったらペンが南の方まで運んであげるペンよ」
「マジ!? ペン太っちってそんな力持ちだっけ?」
「ふっふっふ、ルーンさん1人持つくらいなんてこと……意外と重いペン……」
ペン太はルーンさんの首根っこを掴むと、どうにかこうにか浮上した。だが首を絞められてルーンさんは苦しそうだ。そうとは知らずペン太タクシーは荒運転で急発進。ヒラタ顔負けの速さで南門付近まですっ飛んだ。
「到着だペン!」
「ぐぇ……でも走るよりは早かった。ありがとーペン太っち!」
そう言ってルーンさんは南門の方へ駆けていく。
「あっ、そっちではまだ戦いが――」
言い終わらないうちに、ルーンさんは冒険者達の中へ突入していった。ゴブリンに苦戦していたBランク、Aランクの冒険者達は、突然現れた彼女に目を白黒させる。それはゴブリンも同じだったが、彼らの心情とペン太の心情はまったく違っていた。ペン太は早くルーンさんを連れ戻さなくては、彼女が危ないと思っている。だが他の者共は違ったのだ。
「エンブレム」
そう言って彼女が掲げた左手から、滝のようにエンブレムが流れ出た。数にしておよそ300個。そしてそれら全てが光を放ち――。
「むわっはっはっ! キングライオン様のおでましだァ!」
「我が主の命にて、プラチナナイト参上!」
「どうやらアタシの出番のようねえ。ヒュヒュドラード、行くわよお~!」
現れたのは大量のモンスター。そのどれもがAランク以上であり、中にはSランク、SSランクモンスターもいた。それが300体、戦場に召喚されたのだ。
「な、なんだコイツらァ!?」
ゴブリンの将軍も驚いている。魔道具でコテコテに武装した彼らも、このレベルのモンスターを相手する機会などそうそうないのだろう。驚きと焦り、恐怖が見える。
「おお! Sランク冒険者だ!」
「Sランク冒険者様が来てくださったぞ!」
一方冒険者達は歓喜の叫びを上げた。その視線はルーンさんに注がれており、彼女はそれを受けてニカッと笑う。
「Sランク冒険者4位、『個人軍隊』ルーンさんだ!」
「1人で1000体以上のモンスターをテイムしてるって話だぞ」
「やったぞ! これで戦線を押し上げられる!」
ルーンさんの出したモンスター達が、ゴブリン軍を蹂躙する。多腕のライオンが拳で粉砕し、白銀の騎士は剣からビームを出し、双頭の蛇竜は巨体で押し潰す。1体1体がまさに無双の活躍をし、たった300のモンスターが一瞬で1万のゴブリンを葬り去った。
「よーし、じゃあウチも頑張りますかー」
「そうはさせんぞ! 我はゴブリンジェネラル! 貴殿は王都イチの女傑、シャルル・ド・キャルル・ド・ルルルルーン殿であるな! 噂はかねがね存じ上げる!」
ルーンさんの前に現れたのは、全身を武装した巨大なゴブリン、ゴブリンジェネラルだ。SSランクモンスターである。魔王に劣るかそれに匹敵するくらいの強さを持つモンスターだ。
「うーん、王都イチの女傑ってわけではないかなー。Sランク3位はウチより強いしー。あ、でも今あの人王都にいないんだっけ」
「前々から貴殿とは手合わせしたかったのよ……! いざ参る!」
ゴブリンジェネラルは正々堂々名乗りをあげ、ルーンさんに突っ込んできた。だがルーンさんは適当にエンブレムを5枚ほど取り出し、ゴブリンジェネラルに投げつける。
「あーウチは一騎討ちとかはごめん被るー。雑魚狩り専門なんで。その子らと遊んどいてー」
エンブレムはまばゆく光り、ゴブリンジェネラルと同格のモンスターが5体ほど現れる。どのモンスターもルーンさんが手塩にかけて捕まえ、育てたモンスターだ。タイマン勝負を所望していたゴブリンジェネラルは悲しみの叫びを上げながら、モンスター達に呑み込まれていった。
そしてその一部始終を、ペン太は眺めていた。開いた口が塞がらないといった様子。ほどなくして南側のゴブリン軍も壊滅した。その頃になるとゴブリン側もこれ以上被害を出したくなかったのか、東側と北側にて攻めていたゴブリン軍が退いていった。
□■□■
こうして、王都防衛戦は開始から3時間足らずで終了した。結果は王都側の大勝利。まぁ被害は結構甚大であったが、あれだけの規模の軍隊を捌ききったのだからヨシと言えよう。
なおこの勝利の立役者は、魔王を討伐及び撃退した、ヒラタとリヴァイア(ついでにベルト)で間違いないだろう。彼らがいなければ王都内はさらに荒らされまくったし、多くの死者が出たに違いない。ともすれば、門の防衛戦線を背後から奇襲して壊滅させるという結果もあり得た。ギルドマスターの弱点は体が1つしかないことなのだが、今回の襲撃はその弱点を見事に突いたものであった。
「まーウチなら魔王くらい倒せたけどね」
とSランク4位は語る。が、そもそも彼女がいなければ西側と南側のゴブリン軍を対処しきれなかった可能性がある。勝利の立役者は上記の2名(3名?)だが、MVPは彼女だろう。なんならルーンさんは此度の防衛戦において、テイム済モンスターを700体くらいしか使っていないため、まだまだ余力は残っていたのだ。その余力をもっと他のところに回せればよかったのだが、それは結果論である。
「ガハハのハ! まぁ魔王の臭いを辿っていったらもう倒してたってのは驚いたがよう! まさかそれをやったのが坊主どもだったとはな!」
とギルドマスターは語る。ルーンさんと違ってギルドマスターはわりと全力を出して、かなりカツカツの戦いをしていたため、魔王との3連戦はかなりしんどいものになると予想していた。しかしそうはならなかった。
「リヴァイアはよう、もう実力的には充分Sランク冒険者だぜ。魔王の撃退を成し遂げるとは思わなかった。大金星だぜ!」
ギルドマスターはそう言ってリヴァイアを褒めたのだが、リヴァイアは浮かない表情だった。
「いえ、僕は撃退したというより、戦って負けただけですので」
本人がそう言うもんだから、ギルドマスターもやりづらい。リヴァイアは、褒賞なら直接撃退したベルトという冒険者に与えるよう、ギルドマスターに進言した。のだが……。
「俺はほとんど何にもしてねぇよ。昇格なんていらね」
当のベルトはそう言って褒賞を拒否。ギルドマスターも困惑だ。まぁこの件はおいおいということで、話はうやむやに終わった。
そして、襲撃から2日後。この2日間でヒラタは教会で治療をしていたもらっていた。毒が全身を回っており、一時は命も危なかったが、なんとか一命を取り留めた。
「なんか魔法やらなんやらで、一応顔面の形は保てるみたい。あ、でも皮膚のただれは治せないし、左目は失明だってさ」
ヒラタのイケメンフェイスは見る影もない。だがまぁなんとか顔の左側を隠せれば、まだまだ全然大丈夫そうだ。なおルーンさんにはしこたま怒られた。
「はぁ……ヒラタは無茶しすぎだと思うでごわすよ」
「しゃーないべ。なぁコクザン。冒険者の宿命だよな」
「いや、まぁ、否定はしきれねぇけど。……とにかく助かってよかったな」
そう言って一行は復興中の王都を練り歩く。今、ヒラタとコクザン、それからオオヤマとカレキの日本人パーティーは、ギルドマスターに呼ばれて冒険者ギルドの本部に向かっている。呼ばれた理由はなんとなく察しがついている。おそらく、魔王を倒したことの褒賞授与だろう。ヒラタはワクワクだ。だがなぜコクザンやオオヤマ、カレキが呼ばれているのかは分からない。
「つうわけで、ギルドマスターに呼ばれて来たヒラタと愉快な仲間達ですけれども……」
ヒラタは受付嬢にそう伝え、ギルドマスターの部屋へ案内される。そこは冒険者ギルド本部の一角に存在し、ギルドマスターは普段そこで仕事をしているらしい。ヒラタがノックをすると、中からギルドマスターの声で入るように促された。
「邪魔するで~」
ヒラタがそう言って入ると、そこにいたのはギルドマスターと、紫色の髪を長く伸ばした中性的な人であった。彼……いやおそらく彼女はメガネをしており、キリリとした目つきがヒラタを射貫く。
「ど、どなた……?」
「おうヒラタ。それとお前さんらも。とりあえず座ってくれい」
一行は促されるまま、机を挟んで椅子に腰掛けた。ヒラタの正面に座っているギルドマスターは、さっそくと言わんばかりに話し始める。
「えー、じゃあな。まずヒラタ。お前は先の防衛戦にて魔王を討伐した」
「いえーす。俺が魔王を討伐したヒラタ イヨウで~す」
「というわけで、その功績を称え、褒賞を与えたいと思う。あぁ、勘違いしないでほしいのだが、この褒賞は防衛戦と関係なく、魔王を討伐したことのある全ての者に与えられる褒賞だ」
「なるほど。要は魔王を倒したボーナス的な?」
「まぁそうだな。防衛戦での功績に対しての褒賞は、また近いうちに全ての冒険者に与えられる。ひとまずは魔王討伐祝いだ」
そう言ってギルドマスターはコホンと咳払いをする。
「えー、そもそも此度の事件は奇しくもBランク推薦を賭けたトーナメントの最中に発生した。結局トーナメントはやり直しになるが、魔王を討伐した功労者を再びトーナメントに参加させるわけにはいかない。よってただ今より、ヒラタをBランク冒険者として認める」
「おぉ! Bランク冒険者にしてくれるってこと!?」
「あぁ。本当はAランク冒険者にしても物足りないくらいだが、如何せん2階級の昇格は前例がなくてな。他の冒険者からの反発も考えられる。だからとりあえずはBランクに昇格ということにしておいて、それからまた時期を見計らってAランク冒険者に昇格にさせよう。適当に実績を積んでくれれば、こちらとしても推薦しやすくて助かるのだが」
つまり、ヒラタはAランク冒険者への昇格も約束されたということだ。そんなにポンポン昇格させていいものか微妙ではあるが、まぁギルドマスターがいいと言うのならいいのだろう。
「とまぁ、そんな感じだ。して、ここからが本題でな」
そう言ってギルドマスターは隣に座る紫髪の女性に目をやる。彼女は右手の中指と薬指で前髪を耳に掛けながら、コクザン、オオヤマ、カレキ、そして最後にヒラタの方を見た。
「初めまして。私、マモン様の秘書をしております、ブスジマ ミツと申します」
「ブスジマ ミツ……」
聞き慣れないようで、聞き慣れた言葉。4人は互いに顔を見合せ、同時に叫んだ。
「「「「日本人!?」」」」
「はい。3ヶ月ほど前からこちらの世界にやってきました」
まさかのここに来て新たな日本人発見である。どうしてこうもたくさんの日本人が異世界に来ているのか。これは何者かの陰謀が影にありそうである。
「ビックリした。まだ俺達以外にもいたのか」
「つうかマモン様って誰だ?」
「あぁ、マモンは王都の貴族だな。俺と同じくらいの歳の老いぼれよ」
ギルドマスターはコクザンの疑問に答え、何がおかしいのか爆笑する。それを見てブスジマはわりと大きめの咳払いをし、その場の全員を黙らせた。
「本日皆様をこの場にお呼びしたのには理由があります。というのも、我々が異世界転移なる現象に巻き込まれた理由についてなのですが」
その言葉を聞いた途端、4人はスッと表情を固くした。真剣な話だ。しかも異世界転移の理由についての話。特にヒラタにとっては喉からハンドな情報である。元の世界に戻る手掛かりになるかもしれないからだ。ブスジマはそんなヒラタの心情を知ってか知らずか、驚くべき疑問を投げ掛けてきた。
「皆様、大災害プロジェクトをご存知ですか?」
――第1幕、完。
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