第35話 勝利のビクトリー

 ぶっ飛ばされたヒラタは全身を焼かれながら地面に激突した。なんとか受け身を取り、ダメージは最小限に押さえた。だが、突然のことに理解が追いつかず、目を白黒させて数秒固まってしまった。その隙にイザキは倒壊した建物の奥からこちらにやってくる。


「バカ……! あの中で火を使う奴があるか!」


「し、知るかぁ! 粉塵爆発なんて義務教育で習ってねぇんだよ!」


 ヒラタはなんとか立ち上がる。出血はあるがまだ動けそうだ。〈炎球ファイヤボール〉を右手に出した。


「だがおかげでチャージすることができた。『毒』をな」


 ゴポリと毒液が泡立ち、イザキの体を包んでいく。心なしか先ほどより量が多いように見えた。なるほど、どうやら毒液は使いすぎるとリロードしなくてはならないようだ。


「持久戦に持ち込めば勝てるか……?」


「いいや勝てない! これで全てを終わらせる!」


 イザキは再び〈ポイズンウェーブ〉を発動。と同時に〈ポイズンミサイル〉も使い、ヒラタの逃げ場を削っていく。


「しゃーねぇ。魔力の消費が激しいからあんまり使いたくなかったんだが……」


 ヒラタはそう言って攻撃を回避し、小さな〈炎球ファイヤボール〉を複数生成。それを棒状に繋げていき、形を作っていく。


「〈炎剣ファイヤソード〉」


 咄嗟の思いつきだったが成功した。ヒラタの思惑通り、〈炎球ファイヤボール〉は剣の形になって手に収まったのだ。形を作り保つ分、魔力はかなり使うが、これなら剣技が使える。


「なんだ? 何かしたのか……?」


 イザキは困惑気味に踵を鳴らす。その表情に焦りが生まれた。ヒラタは深く腰を落とし、〈ポイズンミサイル〉の隙間を狙い……。


「〈グッさん流剣技・居合〉!」


 音速の剣を振るった。まるで瞬間移動のようにイザキの背後に立ち、次の瞬間、イザキの体に大きな切り傷が生まれる。


「が……ぐっ……! 何が……!?」


 切り傷から鮮血が吹き出て、イザキは戸惑いながら傷口を押さえた。どうやら毒液で無理矢理傷を塞いでいるようだ。だが自分が何をされたのかは分かっていないようだ。ヒラタは先ほどからの様子から薄々察していたのだが、おそらく彼は――。


「〈ポイズンミサイル〉!」


「おっと、それくらいなら切り伏せて……」


「〈ポイズンミスト〉!」


 飛んできた毒液を対処していると、突如イザキは紫色の煙を噴射。それが辺りに滞留する。名前からして明らかに吸ってはいけないものだ。イザキ自身は毒が効かないのか、煙の中で必死に止血しているようだ。よほど近接戦闘が苦手と見える。


「また〈炎球ファイヤボール〉……いや、多分普通に防がれるか。弱ったなぁ」


 ヒラタは頭を掻きながら次の行動を考える。うーむ、どうしたもんか。だが今の一撃がそれなりに効いているなら、近づいてしまえば勝ち目はありそうだ。そのためには厄介な毒の霧をどうにかしないといけないが、アレをどうこうする術は持ち合わせていない。


「〈もぐゾンさん流剣技・待ち伏せ〉も、イザキ相手じゃああんま使えそうにないんだよなぁ。うーん……」


 ヒラタは悩みながらとにかく〈炎球ファイヤボール〉をグミ撃ち。それらはことごとく〈ポイズンウェーブ〉によって弾かれ、逆に毒液の猛攻を躱すハメになった。ヒラタの体力も無限ではないため、剣技の使用回数にも限界がある。


「しゃーない……。おーいイザキ、聞こえるかー?」


 ヒラタはとりあえず話しかけて時間稼ぎをすることにした。相手の体力も回復するだろうが、こちらの体力の回復にもなる。足止めしてれば援軍が来るかもしれないため、ヒラタは長期戦を展開することにした。


「……なんだ」


「イザキ、お前、盲目だろ」


「……なぜ」


 なぜ分かったのか、とイザキは問う。ヒラタは少し悩んだ後、自身の推察を話した。


「まず、ちょくちょく足で地面を蹴る仕草があった。靴を履いてるわけでもないのにな。その仕草単体で見れば、まぁ癖なんだろうなぁとしか思わなかったが……お前、俺の〈炎球ファイヤボール〉が見えてなさそうだったからさ」


 イザキは〈炎球ファイヤボール〉を迎撃する際、〈ポイズンミサイル〉ではなく〈ポイズンウェーブ〉を使っていた。単に〈炎球ファイヤボール〉を無力化するなら〈ポイズンミサイル〉でも事足りるはずだ。


「毒液にリロードが必要な時点で、〈ポイズンウェーブ〉はあんまり使いたくない大技のはずだ。あの技だけめちゃくちゃ毒液を使ってるからな。しかも〈ポイズンウェーブ〉は〈ポイズンミサイル〉より動きが遅いから簡単に回避されちまう。そのことはイザキも分かってるはずだ」


 つまり、イザキはわざわざ〈ポイズンウェーブ〉を使う理由などないのだ。普通であれば。だが現に彼はそれを連発している。それはなぜか?


「〈炎球ファイヤボール〉……というか魔法全般は感知できないんだろう? 音響で周囲の状況を把握しているから」


 足を地面に打ちつける仕草。あれは僅かに音を出して音響で周囲の状況を把握するために行っている、とヒラタは考察した。本当にそんなことが可能かはさておき。


「つうか普通にずっと目ぇ瞑ってる時点で怪しいだろ。もしそれで普通に見えるんならとんでもない舐めプされてることになるけど」


「いや……そうだな。だいたい合ってる。お前の言う通りだ。俺は目が見えない」


「それが、お前が神に復讐したい理由?」


「あぁ、その1つだ。他にもあるけど」


 そう言うと、イザキはポツリポツリと語り始める。


「俺は確かに目が見えない。でもそれは後天的なもので……俺は事故で失明したんだ」


「事故……」


「あぁ。爆発事故だった。それで俺は目をやられて、6歳の時に視力を失った」


 イザキは強く拳を握った。その表情には、理不尽への怒りが見て取れる。


「それから俺はずっと……。でもそれだけじゃない。俺が失明してから数年後、今度は父さんが失踪した」


 イザキの父親は寺の住職であった。真面目で几帳面、それでいて優しく、地域の中ではちょっとした有名人でもあった。そんな父親がある日突然失踪したのだ。理由は分からず、いまだに遺体どころか目撃情報すらない。


「どうして……いったいどうして俺だけこんな責め苦を味わわなくちゃいけないんだ。しかも、この世界に来た時、神は言ったんだ。向こうの世界の肉体とは違う肉体で生きてもらうって」


 ヒラタもこの世界の神と会ったことがあるが、その際そんなことを言われたような気がする。まぁ言われなくても明らかに髪色が違うもんで、分かるだろう。だがイザキは盲目だったので、体の変化に気づかない可能性も考慮して教えてもらったのかもしれない。


「違う肉体だと……? じゃあなんで俺はまだ盲目のままなんだ? おかしいだろ。どうして健康な体に移してくれなかったんだよ!」


 彼の言い分ももっともである。なぜ神が、イザキに盲目の肉体を与えたのかは分からない。


「うーん、まぁ言いたいことは分かったよ」


「だろう!? お前だって、腕が片方ないじゃないか。苦労してるよな。それと同じなんだよ!」


「まぁ……そうだな。確かにイザキの運命は残酷で、復讐したい気持ちは分かる」


 きっと彼は途方もない苦労をしてきたことだろう。音響の技術の習得や点字の読み取り……おそらく彼の言い方から察するに、点字でなくともインクの染みや細かい凹凸から文字を読み取る能力も会得しているようだ。そこに至るまでどれほどの思いをしてきたか、ヒラタには計り知れない。


 それに、日本にいる時のイザキは無力だったが、こちらの世界に来て魔王になったイザキは力を手にした。その力があれば神と戦うことだってできると、彼は考えているのだろう。


「分かる。分かるよ、イザキ。お前の気持ちはよーく分かる」


「なら……!」


「でもな、お前が俺の大切な人達に危害を加えるってんなら、俺はお前を殺す」


 だが、ヒラタの意見が変わることはない。イザキを哀れむ気持ちはあるが、だからと言って彼の行いを見過ごすつもりはない。


「どっちにしろ、俺程度も倒せなきゃ神に復讐なんて無理な話だぜ」


「そう……か……。ヒラタは……俺の味方にはなってくれないのか」


「いやぁ、敵か味方かっつったら味方寄りではあるんだぜ」


「……だったら俺にも、考えがある」


 そう言ってイザキは足裏から毒液を噴射し、宙に浮いた。


「今からお前を無視する」


「……なんだと?」


「ヒラタとの戦闘から離脱し、速やかに王都の異世界人共を殲滅する。俺の『毒』はそっちの方が得意だからな」


 それは挑発だった。もしヒラタがヒットアンドアウェイでのらりくらりと時間を潰すつもりなら、イザキは逃走して他の人々を攻撃する。この時点でヒラタは、長期戦の択を捨てざるおえなくなった。


「人の嫌がることが分かってるじゃねぇか……」


「どうする? このまま俺を逃がしてもいいのか?」


 イザキを逃がせば甚大な被害が出るのは確実。機動力ならヒラタの方が上だが、持久力ならイザキの方が上だ。なぜならヒラタは体力をすり減らすばかりだが、イザキはリロードで毒液を補充できる。鬼ごっこになれば分があるのはイザキの方だ。


「冷静になられると厄介だぜ。時間なんてやるんじゃなかった」


 ヒラタは短期戦をしなくてはならない。イザキを逃がさず、仕留めなくてはならない。そして全力を出すなら人的被害がまだ少ない今のうちだ。つまり、全身全霊の攻撃を繰り出さなくてはならない。それを強制されているのだ。


「どうする!? このまま俺を! 逃がしてもいいのか!?」


「いいわけねぇだろ! ここで殺す!」


 ヒラタは〈グッさん流剣技・居合〉でイザキに肉薄。だがイザキはもうヒラタのスピードに慣れたのか、距離を取りつつ〈ポイズンミサイル〉で迎撃を行う。


 だが、イザキの狙いは〈ポイズンミサイル〉の直撃ではない。確かに〈ポイズンミサイル〉は速いが、ヒラタの身体能力であれば避けられるだろう。問題は避けた後だ。右か左か……下や上という可能性もある。〈ポイズンウェーブ〉で隙間を潰すのも手だが、もっといい手がある。それはを使うことだ。イザキ自身、色を認識することはできないが、他の魔王から教えてもらった。出す毒液の性質は自由自在なので、強酸も強塩基も透明な毒液も出せる。


 イザキの狙いはこれだった。つまり〈ポイズンミサイル〉も〈ポイズンミスト〉も囮。本命は透明な毒液の方だ。ヒラタには今まで透明でない毒液を見せてきた。だから突然透明な毒液が飛んでくれば、対処が遅れるに違いない。さらに、イザキは透明な毒液を即効性の神経毒に調整している。ほんの少しでも触れれば最後、ヒラタの体は動かなくなる。そうしたら後はゆっくりと他の異世界人を殺せばいいだけ。イザキは脳内でそのような戦略を立て、ほくそ笑みながら有色の〈ポイズンミサイル〉を放ったのだった。


 そしてそれがイザキの敗因だった。彼は知らなかったのだ。


「うおおおおおおおおッ!」


 ということを。


「ッ!?」


 イザキの放った〈ポイズンミサイル〉が、ヒラタの顔面に着弾。主に左側をジュウジュウと溶かしていく。ここまでで毒液の危険性は大いに分かっていたはず。なのにヒラタは避けなかった。なぜか? それは自分の命より、ここでイザキを殺すことを優先したからだ。


「バカなァァァァァァ!?」


 それにより、ヒラタは最短距離でイザキの懐に侵入。イザキが二の矢としてつがえていた透明な毒液は、ヒラタが避けるだろうと思われていた方向へ発射され、空を切った。そしてヒラタの放つ炎の剣は確実に、イザキの胴体を捉えた。


「ぎゃあああああああああああああ!!!」


「ぎゃあああああああああああああ!!!」


 ヒラタは叫んだ。顔の左側が溶けている感覚がする。神経が刺激され激痛が走る。


 対してイザキも叫んだ。炎が毒液を貫通し、体を切り裂く感覚がする。傷口が開き、大量の血液がほとばしる。


「それでも俺はァ!」


 大上段。イザキは斬られた。深い傷。だが倒れていない。耐えきった。耐えきったのだ。気合いと信念、根性でヒラタの剣技を耐えきった。そしてそのまま反撃の毒液を――。


「しゃらぁッ!」


 直後、イザキの頭を殴ったのは、だった。


「がべッ!?」


 不意。完全に不意を突かれた。だがなぜ? ヒラタは左腕を失っているはず。なのにどうして殴られた? イザキは必死に頭を回す。だがすぐに思考がこんがらがってきた。今の一撃が脳震盪を起こしたのだ。


「〈炎腕ファイヤアーム〉」


 薄れゆく意識の中、イザキはそんな言葉を聞いた気がした。そしてそのまま彼は地面に強く頭を打ちつけ、今度こそ、完全に、気絶してしまった。


「腕みたいな複雑な形を作るのは、魔力の消費が半端ないんだ。できれば使いたくなかったぜ」


 そう言ってヒラタは魔法を解除し、炎の左腕と別れを告げた。


「にしても痛てぇ……痛てぇよぉ……。つうかこれもう治んないレベルで溶けてなぁい……?」


 痛みを紛らわすためか、ヒラタは1人で軽口を言いながら、ひとまずその場を去ろうとする。が、ようやく毒が回ったのか、体がだんだん動かなくなってきた。そして……。


「あ、やば」


 ヒラタもその場に倒れ込み、気を失ってしまった……。

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