第34話 戦う、ファイト
王都、北。そこでは魔王とヒラタが睨み合っていた。
「日本人……まさか、お前も……」
ヒラタは右手で他の冒険者に、下がるよう合図をする。もしかしたら交渉が可能かもしれないと思ったからだ。
「俺の名前はヒラタ イヨウ……日本から異世界転移してきた」
「ッ! やはりそうか。俺はイザキ シンジロウ。俺も日本人なんだ」
なんという偶然。まさか魔王が日本人だとは思わなかった。ヒラタは武装を解除し、警戒しながらもイザキに近寄った。
「すげぇ偶然だぜ。まさか同じ日本人の仲間に出会えるなんてよ。お前も2ヶ月前に転移してきたのか?」
「2ヶ月前……かは分からない。けどそれくらいだったと思う」
会話は成立している。イザキもヒラタに対して拒否反応を示していない。ヒラタはさらに近づいた。
「いやぁそうかそうか。にしても災難だよな。俺達全く知らない世界に急に飛ばされるんだもん」
「……あぁ。そうだな。俺もいきなりで驚いたよ」
と、イザキは靴を直すように爪先で地面を叩いた。ヒラタはその行為に違和感を覚える。イザキは素足だったからだ。服は溢れ出る紫色の液体に埋もれて見えないが、足先はしっかり露出しており、間違いなく素足であることは確認できる。ヒラタは引っ掛かりを感じながら、さらに近づいた。
「実は、俺以外にも何人か日本人が来ていてよ。ちょうど日本人の仲間を探していたんだ!」
「仲間……確かに、同じ日本人なら異世界人よりも信頼できるかもしれない。それでヒラタは仲間を探して、どうするんだ?」
好感触。ヒラタはそう思った。瞼を閉じて小首を傾げるその様子から、敵意はない。声からしておそらくイザキは男だろう。年齢は分からないが、肉体的な年齢であれば今のヒラタと大差ない。ヒラタは触れ合わんほどの距離まで近づき、イザキと肩を組もうとした。
「おっと、悪い」
だがイザキはそれをひょいと躱す。
「俺の体から出てる液体、毒なんだ。触らない方がいいぜ」
「へぇ。魔王の能力ってヤツ?」
「まぁ、そんなとこ。それでヒラタはどうして……」
スキンシップは失敗に終わる。だがまぁこの感じならよほどの地雷を踏まない限り大丈夫だろう。ヒラタはそう判断し、続きを話すことにした。
「あぁ、仲間を集めてる理由な。それは、元の世界に戻るためだよ」
「元の世界に……?」
「あぁ! 体はちょっと変わっちまったけど、俺はやっぱり日本に帰りたい。だからその方法を探すために、仲間を集めてるんだ。もしよかったらイザキも俺に協力してくれないか?」
ひとまず、イザキが魔王になっている理由だったり、王都を襲撃している理由なんかは聞かない。まずは事態が収まるまでイザキに大人しくしてもらうことが最優先だ。会話を続け、どうにかイザキや他の冒険者達の気を静めなくてはならない。
「……ヒラタはなんで元の世界に帰りたいんだ?」
イザキは小さく呟いた。
「日本に帰っても、いいことなんて何もない。何もないんだよ」
「そんなことないだろ。ゲームとかラノベとかあるし……あと、襲ってくる危険なモンスターもいないし」
「でも俺は、日本に帰ったらまた弱者に戻ってしまう。誰かの助けを借りなきゃ生きられないような弱者に。でも、この世界でなら違う!」
「違う……?」
「この世界でなら! 俺には力がある。他の魔王から聞いたが、これは『文字』って力らしい。これがあれば俺はもう弱者じゃない。この力があれば、俺は復讐ができる!」
「お、穏やかなじゃないな……。いったい誰に復讐するんだ……?」
「それは、神にだよ」
「神ィ? ○ngel ○eats!じゃあるまいし神に復讐なんて……」
ヒラタは感じ取っていた。これは何かまずいぞ、と。イザキの気持ちが昂っているのを肌で実感していた。
「なんで復讐なんてしたいんだよ」
「理由なんて……数え切れないくらいだ。体のことも、父さんのことも……この異世界に飛ばされたことだって! 理不尽だとは思わないのか!?」
「そりゃあ思うけど……。まぁイザキの言いたいことは分かったよ。でも神に会う方法なんてあるわけないんだし――」
「いいや、ある」
何の根拠があるのか、イザキは言い切った。ヒラタは言葉の真意を問う。
「この世界には神がいるんだ。実在は確認してる」
「あぁ……それはまぁ、いるにはいるが……」
「まずはその神に復讐をする。神を地上に降ろす方法は2つある。神都の浮上を待つか、大量の人間が死ぬかだ」
ヒラタの額に嫌な汗が流れる。彼はイザキの方を警戒しながら視線を近くの冒険者に向ける。視線を受けた妙齢の冒険者は、意図を理解したのかゆっくり首を縦に振った。
「そんな話は初見なんだが……それは確かなのか?」
「あぁ。他の魔王の手引きで商業都市ヌァルヘイゲンの大図書館に侵入し、機密文書を読ませて得た情報だ。俺も確かにこの指で確認したから間違いはない」
ヒラタは知らなかった。神都の話も、そもそも地上に神を呼ぶ方法があることも。
「神都の浮上は不定期……そんなものは待っていられない。だから俺は大虐殺を起こすことにしたんだ。かつて起きた大戦のような大虐殺を。そうすればまたかの大戦の時のように神が現れるはずだからだ」
「かの大戦……人魔大戦のことかよ。随分勉強熱心なんだな」
人魔大戦。それは亜人戦争が起こるより遥か前。およそ1万年以上に起きたのではないかとされている、人とモンスターの間で起きた大戦争だ。その大戦争は世界を滅ぼさんほどの勢いだったため、最終的には神が降臨して戦争を終わらせたのだという。
「……てことはなんだ。イザキはつまり、神を降臨させて復讐するために、王都の人々を殺すってことか?」
「あぁ。まずは手始めに王都を滅ぼし、次に裏王都を滅ぼす。世界の主要都市が2つも滅亡すれば神も姿を現すはずだ」
「そっかぁ……。なぁイザキ、王都には俺の大切な知り合いとかがいてさ、つうか俺結構この世界のこと好きなんだよね。もしよかったら考え直してくれたりは……しないか?」
「……考え直すことはできない。同じ日本人と言えども。でも安心してくれ。ヒラタを殺すつもりはない。お前は大切な仲間だ。殺すのは異世界人だけにするさ!」
イザキはそう言って微笑んだ。瞼を閉じたまま、優しく。それを受けたヒラタは困ったように笑う。
「うーん、そっかぁ……!」
そう言って近くに落ちている鉄の剣を拾った。辺りで倒れている冒険者が使っていたものだろう。刃は鋭利だ。木刀よりは確実に攻撃力があるだろう。それを右腕でぶんぶんと数回振るうと、イザキに向きなおり、笑顔のまま言った。
「殺す」
交渉は決裂。ヒラタは音の速さで鉄剣を振るった。それはイザキの首を的確に捉えた。
「〈グッさん流剣技・居合〉」
だが手応えがない。何事かとヒラタが鉄剣を見れば、それは紫色の液体を浴びてドロドロに溶けていた。どうやら単に毒と言っても、さまざまな種類のものが出せるようだ。強酸性の毒を纏うことで剣を溶かしたのだろう。
「えっ……?」
イザキは数秒ほど愕然とし、首に手を当てた。そして信じられないといった様子でヒラタの方に振り返り……。
「〈
その顔面に炎の直撃を受けた。
「ッ!?」
「なんだ、魔法なら喰らうんだな。斬撃無効はかなり厄介だが、これならまだやりようはありそうだ」
自慢の剣技が効かないのは痛いが、それなら別の方法で倒せばいい。ヒラタの目は既に獲物を狩るハンターの目になっていた。
「なん……で……」
「ん?」
「なんで……攻撃して……? 仲間だって……言ったじゃないか……?」
「あぁ、仲間だぜ。それは嘘じゃない。でも殺す。お前が人を殺すなら、俺がお前を殺す」
瞼を閉じたまま、イザキの表情が絶望に染まる。そして次いでそれが怒りに変わった。
「なんで……同じ日本人だろ!」
「あー、別に俺、あんま日本人同士の絆とかは感じないんだよね」
「!? じゃあなんでお前は異世界で日本人を探していたんだよ!? 矛盾してるだろ!」
「そりゃあ、同じように元の世界に戻りたいって思ってる奴もいるかなーて思って。あとはまぁ……利用しやすいから?」
ヒラタは敢えて露悪的に言うことでイザキを挑発。そしてイザキは上手いことそれに乗ってきた。
「……ッ! 許さない! 許さないぞ! ヒラタ イヨウ!」
「よっしゃ来いやぁ! お前の相手は俺だァ!」
イザキは足裏から毒液を噴射し、それを推進力にして猛スピードで迫ってきた。ヒラタは〈グッさん流剣技・居合〉による高速移動で逃げる。行き先はなるべく人のいない場所だ。イザキの毒液は広範囲攻撃が可能な代物。タイマンの方が人的被害は減らせる。ヒラタはそのように考え、イザキを人のいない場所に誘導した。
「と、いうわけでこの辺ならいいだろ。〈
ヒラタは頃合いを見てイザキに攻撃。だがイザキは毒液を壁のようにしてそれを防ぐと、毒の壁をそのまま飛ばしてきた。
「〈ポイズンウェーブ〉!」
「捻りのない名前だなぁおい!」
毒の壁は高さがだいたい2メートルほどはある。ヒラタは〈グッさん流剣技・居合〉で空中に飛び上がり、それをなんとか回避した。毒に触れた家はドロドロに溶けてしまっている。1発でもヒットしたらお陀仏確定だろう。
「〈ポイズンミサイル〉!」
空中で思考を練っていると、毒液をミサイルのようにして飛ばしてきた。さすがに空中を蹴って移動なんかはできないので、ヒラタはそれを〈
「うおお! 〈
「〈ポイズンウェーブ〉!」
再び魔法で攻撃を試みる。が、またさっきと同じような展開になった。
「シンプルに斬れないってのがキツいな。つうか毒液纏ってる限り物理攻撃全般効かねぇだろアイツ」
ヒラタは試しに石ころを投擲。それは確かに命中するも、イザキの纏う毒液の鎧によって一瞬で蒸発した。やはり魔法でしか攻撃できないようだ。それに加え、〈グッさん流剣技・居合〉がなければ回避も難しい広範囲攻撃。しかも触れたら即死。ヒラタは思った。こいつ、わりと強くね?
「……ちぃ!」
「ん?」
次の手を考えていると、イザキは突然身を翻した。理由は分からないが、どうやら屋内に入っていくようだ。逃げるつもりか、あるいはヒラタの魔法を鬱陶しく思っているのか。
「ひょっとして火が弱点だったりするぅ? 毒の性質なんか知らねぇけど、そういうこともありそうだよなぁ!」
ヒラタはイザキを追いかけ民家に入る。するとそこにはまるで霧のように、白い粉が舞っていた。その奥にはイザキが何か袋のようなものをぶちまけているのが見える。どうやらこの粉は小麦粉のような物質のようだ。
「これなら……!」
「おうおう、目眩ましのつもりか? 変な小細工なんか使ってないで正々堂々勝負しろよなぁ!」
そう言ってヒラタは〈
ヒラタの脳内に浮かんだ、『粉塵爆発』の文字。
「あっ」
カッと目の前が光ったかと思うと、凄まじい爆発がヒラタを襲った。
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