第33話 リヴァイア、彼はまだ青い
王都。東門付近。そこにはおぞましい光景が広がっていた。かろうじて東門防衛戦は続いていたのだが……。
「……これは」
それはリヴァイアの持つ天性の勘によるものか、あるいはただの幸運か。防衛戦に参加していた彼は、王都側がやたらと騒がしいことに気づき、様子を見にきた。そして惨状を目撃した。
民家には火の手が上がり、住宅街は面影すらなくなっていた。ガラスは割れ、爆発でも起きたのか木片やコンクリ片なんかが辺りに散乱している。そこに覆い被さるように、動かなくなった冒険者達……既に事切れている様子の者達が積み重なっていた。それだけで既に異常な光景。だがさらに目を引くのは……。
「あああああああああ!」
「うわあああああああ!」
石に頭を打ちつけ血を流す主婦。自分の目玉を抉る幼子。四肢をもがれ泣きわめく男と、もいだ四肢を泣きながら貪る冒険者。人間から理性と倫理観を抜き去り、暴力だけを添加したような光景がそこには広がっていたのだ。おぞましい。まるで地獄のよう。
「精神操作系の能力……それにこの気配は、魔王か」
リヴァイアは辺りの様子からそう推察した。明らかに正気を失った人々……そして辺りにうっすら残っている魔王特有の臭い……。リヴァイアは以前にも数回ほど魔王と遭遇したことがあるため、魔王特有の臭いが分かる。その臭いを辿れば魔王を探すことなど容易。だがそれよりもまずは……。
「水の魔法よ、この者達を沈めたまえ」
リヴァイアは手からほんの僅かな水を放った。それはまるで昆虫のように飛翔し、正気を失った人々の首筋を打ち、意識を奪っていく。それと同時に水魔法の回復効果も付与し、傷を癒していく。その作業をひとまず見える範囲の全員に行っていき、その後……。
「この惨状を呼び起こしたのは君だね。到底許すことはできない」
リヴァイアは迷いなく、ある家の中に突撃していき、水魔法で一帯をなぎ払った。するとそこから姿を現したのは――。
「ッ!?」
「くるくるくるくる」
ゲイザーというモンスターがいる。湿気の多い沼地や雨季の森、あるいは水源のある洞窟といった水辺を住処にするモンスターだ。人の頭ほどの大きさもある目玉が特徴的な単眼モンスターで、目以外には触手が5本ほどあるばかり。念能力が使えるのか常に浮いており、その眼には特殊な力が宿っているとされている。つまり異形のモンスターだ。目の前の魔王はそのゲイザーというモンスターによく似ていた。似ていたのだが……。
「ゲイザー種の……奇形か!」
奇形。それはモンスターにも存在する。そも、モンスターにDNAやら生殖機能があるのかは定かではないが、モンスターにもたまに突然変異やら奇形やらが出てくるのだ。それらは希少種と呼ばれることもある。また、地域によって別の姿を持つモンスターもいるが、それらは原種亜種と呼び分けられる。
「くるくるくるくる」
ゲイザーは発声器官を持たない。知性も持っていない。テレパシーを使える種類もいるらしいが、大抵は思念を直接送ってくるだけで言葉は使わない。
「くるくるくるくる」
それは目の前の魔王にも言えることだった。魔王には、その魔王には目しかなかったのだから。
「くるくるくるくる」
中央に本体と思わしき巨大な……1メートルは超えるであろう目玉があり、その周りを円環状に繋がった小さな目玉が回っている。例えるなら、土星とその輪のような感じだ。
「くるくるくるくる」
まさに異形。心臓の悪い人間には見せられないような、グロテスクな姿。それを目撃したリヴァイアは一瞬、固まってしまった。その隙を魔王は見逃さなかった。
「くるくるくるくる、『狂』」
「ッ!? 〈レジスト〉!」
放たれた狂気の波動がリヴァイアを包む直前、リヴァイアは抵抗魔術を発動。魔力と引き換えに狂気を弾いた。弾いたのだが……。
「ガハッ!?」
リヴァイアは膝をつく。額に脂汗が流れる。抵抗魔術は魔力の消費が激しい。その代わり毒や精神攻撃といった、ゲームで言えば状態異常全般を無効化することができる有能魔術だ。リヴァイアは周りの人々の様子から、魔王の能力が精神攻撃であることは理解していたので咄嗟に抵抗魔術を発動した。なのだが、思ったよりごっそり魔力を持っていかれてしまった。
「これは短期決戦を目指した方が良さそうだね」
「くるくるくるくる」
さすがに『文字』の解放は連続して使えないのか、魔王はその場で様子を見るように佇む。リヴァイアは両手を突きだし、自身の体内の魔力を寄せ集め、自身の必殺技を発動する。
「悪いが手加減はできない! 〈水龍〉!」
手から溢れる水。それは徐々に巨大な龍の形を成していく。奇しくも、ヒラタとコクザンが合技で放ったものと似た……だがそれよりずっと精巧で高い魔力を持った水の龍が顕現した。
水龍はまず大きく咆哮すると、そのまま魔王に向かって突進していった。龍の突進をまともに喰らえば死は免れられない。リヴァイアは勝ちを確信した。だが、その確信は一瞬で打ち砕かれる。
「くるくるくるくる、『狂』」
邪悪な狂気が再び放たれる。だが対象はリヴァイアではなく、水龍の方だ。魔王の能力を喰らった龍は硬直したかと思うと、その場でしっちゃかめっちゃかに暴れ始めた。
「な、なんだって!?」
リヴァイアの放った水龍には知性も理性もない、ただの魔法だ。その魔法が自身のコントロールを離れて暴れ始めたのだから、彼が驚くのも無理はない。
「もしや、精神攻撃ではないのか……? だとすればいったい……」
魔法に精神などないのだから、魔王の能力は精神攻撃などではない。ならばいったい何なのだろうか。リヴァイアはほんの少し、考えるそぶりを見せたが、今は必要のないことだと割りきった。魔法が敵に狂わされるという事実さえ分かれば、今はそれでいい。
「ならば近接戦だ。来い、〈水のフランベルグ〉」
リヴァイアは魔法で剣を生成。それを右手に駆け出した。対して魔王は再び『文字』の解放をしようとするが……。
「遅いッ!」
魔王が能力を発動するより早く、リヴァイアはソレを切りつけた。血飛沫が飛び散るが、魔王は痛がる素振りすら見せない。それどころか、カウンターだと言わんばかりにリヴァイアに体当たりしてきた。突然の行動にリヴァイアも対応できず、なかなかのパワーで弾き飛ばされる。空中で体勢を整え着地するが……。
「くるくるくるくる」
「ッ! 〈レジスト〉!」
「『狂』」
リヴァイアに二度目の狂気が走る。抵抗魔術でまた弾けはしたのだが……。
「がっ……あああああ!」
消耗が激しい。リヴァイアは体内から魔力を無理矢理奪われ、全身に鋭い痛みを感じる。針で穴を開けられているような痛みだ。だがそれでもリヴァイアは立ち上がると、剣を振るう。
「くるくるくるくる」
魔王はリヴァイアから距離を取り、今度は目からビームを発射してきた。リヴァイアは間一髪回避する。背後にてビームが家屋に着弾すると、爆発と共にごうごう燃える。
「うおおおお!」
リヴァイアは薄々勘づいていた。魔法を主体に戦うリヴァイアは、魔法すら狂わせて無力化するこの魔王とは相性が悪い。それは必殺技の水龍を無力化された時にもう分かっていた。だがここで引くことは、彼のプライドが許さなかった。
「うおおおおおおッ!」
「くるくるくるくる、『狂』」
「〈レジスト〉ォ!」
もし自分が引けば、この魔王はどうする? 再び能力で無辜の民を虐殺するか? あるいは東門の防衛戦を邪魔しに行くか? どちらも許しがたいものであり、絶対に止めねばならなかった。
「くるくるくるくる、『狂』」
「〈レジスト〉!」
だから引かなかった。引くつもりなどなかった。最悪、自分がここで死んだとしても、魔王は止めねばならないと思っていた。
「くるくるくるくる、『狂』」
「〈レジスト〉……!」
……こうして、リヴァイアはおよそ10分。魔王相手に奮闘を続けた。当然のことだが、戦えば戦うほど疲労は溜まるし、抵抗魔術は発動する度にリヴァイアの魔力を削っていく。長くは持たない。リヴァイアは当初の目標同様、短期決戦のつもりで戦った。その結果。
「くるくるくるくる、『狂』」
「〈レジスト〉――」
およそ何度目か分からない抵抗魔術の行使の末、リヴァイアは力尽きた。魔力が切れて気絶したのだ。彼は糸の切れた人形のようにその場に倒れ、動かなくなった。
「くるくるくるくる」
魔王はそれを不思議そうに眺めていた。魔王はおびただしいほどの傷を受け、満身創痍の状態だ。相性が悪いながらもリヴァイアはわりと頑張った。だが所詮この世は弱肉強食。リヴァイアは魔王にあと一歩及ばなかった。魔王はリヴァイアにトドメを刺そうと、ビームを発射――。
「うおおお! やらせるかァーッ!」
投擲されたナイフが魔王に突き刺さる。予想外の一撃だったのか、魔王のビームはあらぬ方向に飛んでいった。
「くるくるくるくる」
「クソッ……クソがァ……なんで俺がこんな、こんなヤバそうな奴と戦わなきゃなんねぇんだ……」
ナイフを投げた男は震えながら悪態をつく。その様子は、魔王の持つ邪悪なオーラに呑まれているようでもあった。
「俺は魔術なんか使えないから、あの変なのが来たら1発だってのに……クソッ!」
男は痩せた中年だった。革でできた鎧を来ており、湾曲した剣を抜いている。茶髪で、顔には緊張からかべったりとした汗が流れている。およそ清潔感とはほど遠いその男の名はベルト。かつてヒラタやキンツテとパーティーを組み、『紅』の魔王と遭遇することになった哀れな冒険者だ。
「なんで……なんで助けに入ったんだろうなぁ。俺ごときが来ても変わんねぇってのに……」
ベルトがこの場に来たのは、ちょうどリヴァイアが魔王の能力を抵抗魔術で弾き、気絶した瞬間であった。彼はCランク冒険者として市民の避難誘導に勤しんでいたのだが、たまたま来てしまい、リヴァイアが負ける瞬間を目撃してしまったのだ。
「以前の俺なら絶対踵を返して逃げただろうに……クソッ」
ベルトの脳内に浮かんだのは、赤髪の剣士だ。魔王と戦い隻腕になってなお、冒険者を辞めなかった彼は、とうとうCランク試験すら合格してみせた。
「決して憧れてるとかじゃあねぇ。ただ嫌だったんだよ。俺は……あいつに並ばれるのが……ッ!」
「くるくるくるくる」
ベルトはへっぴり腰になりながら、少しずつ魔王に近づいていく。そして剣を振り上げ、そのまま魔王を切りつけた。浅いが傷が入り、血が流れる。
「や、やったぞ! これなら倒せ――」
「『狂』」
次の瞬間、ベルトを邪悪な狂気が包む。狂うという結果を押し付ける、この異様な能力は抵抗魔術などでしか防ぐことはできない。ベルトの正気は失われ、そのまま廃人に……なることはなかった。
「うぎゃああああああああああ!」
ベルトはへし折った。自分の左手の指を。人差し指から小指までを全て、一思いに、関節とは逆の向きにへし折ったのだ。
「痛ってえええええ!」
そう叫びながら剣を拾い上げ、先ほどより強い力で斬撃を放つ。顔は苦痛に歪んでいるが、狂気に埋もれてはいない。
「クソ、クソだぜ! 痛てえ。やっぱり痛てえんだよ! あの野郎、腕斬られて平気そうな顔してやがったがやっぱり痛てえじゃねぇか!」
今も王都のどこかで戦っているであろう隻腕の剣士に向けて、ベルトは暴言をわめき散らす。それを糧に痛みに耐えながら、魔王をとにかく斬りまくる。
「あぁ、痛てえ。痛てえけど、痛みで変な術は回避できるみたいだな。でも右手の指折ったら剣握れなくなっちまうからなァ!」
喋ることで痛みから気をそらす。だが痛いものは痛いのだ。だんだん攻撃に勢いがなくなってくる。それでもベルトは攻撃を続け……。
「くるくるくるくる」
魔王の放ったビームによってぶっ飛ばされた。コンクリの壁に叩きつけられノックアウト。意識を失った。Cランク冒険者なんてそんなもんである。むしろ攻撃を1発耐えただけ上出来と言えよう。
「くるくるくるくる」
それに、魔王の方もベルトからかなり攻撃を喰らってしまった。元々リヴァイアによって満身創痍にまで削られていたのだが、その傷をさらに抉られたのだがたまったものではない。
「くるくるくるくる」
その魔王がどのような思考で行動していたのかは分からない。ただひとつ、分かることがあるとすれば、魔王はリヴァイアやベルトにトドメを刺すことなく消えた。文字通り、空間に溶けるようにして消えたのだ。勝ち……と言えるのかは分からないが、少なくとも、王都から魔王を1匹追い出すことには成功したようだ。
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