第31話 メアリー、彼女はブブ
南に向かったメアリーは惨状を目にしていた。
「ぐっ……誰か助けてくれ!」
「市民の避難を優先するんだ!」
一般市民がまるで石ころのように放り投げられ、地面に激突して血を流す。それを軽々とやってのけるのは、緑色の人型モンスター、ゴブリンだ。
「グッハッハ! 冒険者共は弱いなぁ!」
「グレーターゴブリンめ! 覚悟!」
暴れまわる大きなゴブリンに、2人の冒険者が向かっていく。だが腕のひと振りでなぎ払われ、数メートルほど飛ばされる。まったく歯が立っていない様子。
「よし、このまま中央へ進み……おや? あそこにいるのは、女じゃないか」
グレーターゴブリンはメアリーを発見し、舌なめずり。グレーターゴブリンの腰巾着をしている2体のゴブリンも、下品な声を上げた。
「こいつぁ上玉だ。将軍に献上すればさぞや喜ばれることだろう」
「グヒヒ、だがその前に俺達で味見してしまおう。なぁに、ちょっとくらい構いやしないさ」
ゴブリン達の注意は完全にメアリーに向いたようだ。先ほどぶっ飛んだ冒険者達は気絶してしまったようで、メアリーに加勢する者はいない。Cランク冒険者になったばかりの彼女に、Aランクモンスター3体はあまりに荷が重すぎる。メアリーもそう思ってか、後退りした。
「おっと逃げるなよ」
「速いッ!?」
だがゴブリンは一瞬でメアリーの背後に回り、その背中を蹴り飛ばした。メアリーは前のめりに倒れ、鎧がガチャガチャと音を立てて傷つく。咄嗟に体勢を立て直し、腰の剣を抜くが……。
「けひゃあ! 遅い遅い」
ゴブリンは剣の刃を手刀で砕いた。まさに人外のパワー。目を見開くメアリーに、ゴブリンは追撃の魔術を発動する。
「けひゃあ!」
「くっ……!」
魔力が爆発を起こし、メアリーの体が弾き飛ばされる。しかも落下の際に受け身を上手く取れず、頭を強打した。血が流れ、王都の綺麗な路地を赤く染める。
「おいおい、殺すなよ。それと顔に傷もつけるな。そいつは生け捕りにする」
グレーターゴブリンはズンズンとメアリーに近寄る。そして巨大な手でメアリーの片腕をひっ掴むと持ち上げ、その顔をまじまじと眺める。
「くっくっく、なんと整った顔立ち。花に例えるなら……えっと……ちょっと思いつかないけど、とにかく美しい顔だな!」
「女の口説き方も知らないのかしらッ!」
だがメアリーはグレーターゴブリンの股間を足で痛打。強靭なゴブリンと言えど、さすがにソコは鍛えられなかったようで、あまりの激痛に思わずメアリーを離した。
「ぐっ……気の強い女だ……。お前、名前はなんと言う?」
「……私はメア――」
グレーターゴブリンから距離を取りながら、会話で時間を稼ごうとするメアリーだったが、名前を聞かれた瞬間固まってしまった。なぜなら、先ほどヒラタの言った言葉を思い出したからだ。
「私は……」
気張りすぎるな、何があってもお前はお前。その言葉をすんなり受け入れられるわけではない。だが、少なくとも、ほんの少しでも、彼女は自分のことをメアリーではなくブブと名乗ってもいいような気がした。だから……。
「私の名前は……ブブ」
「……ブブだとォ? お前、それは確か……」
「神に成った伝説の姫の名だ……。まさか伝説の姫と同じ名前だなんてな。よほど両親から愛されているらしい」
ブブ。亜人戦争以降に生まれ、数々の武勇伝を残して最終的に神に成ったとされる、伝説の姫。彼女についての記録は多く残っているが、そのどれもが突飛なモノでにわかには信じがたい。学者の中には、ブブは亜人戦争以後の荒んだ世の中が生んだ、ただの創作だとする者もいる。
「ブブは手をかざすだけでドラゴンを殺したという逸話もある……。ひょっとしてお前にもそれだけの力があったりするのか?」
「……いいえ、ないわ。私には……彼女と同じ力なんて……」
「ククッ、まあそうだよなぁ。あんなもん、実在の人物のはずがない」
だが、メアリーにとって伝説の姫ブブが実在の人物であるかどうかなど、どうでもいいことだった。この名前は両親から受けた期待の証。
「私の両親は……私に期待を込めてこの名前をくれた……んだと思う」
「そりゃあ随分残酷な両親だなぁ! 重すぎる期待だ」
「だから私は……その期待に答えたかったのかもしれない。だから冒険者になって……私は……」
身の上話に飽きたのか、ゴブリンのうち1体がメアリーに近づいた。それを見たグレーターゴブリンは一瞬で顔をひきつらせる。強者故の本能というヤツだろう。
「待て!」
「〈イガグリ〉」
メアリーは右手を近づいてきたゴブリンにかざして呟いた。するとどうだろう。
「ガハッ!?」
ゴブリンの喉に、針が生えた。
「ゴ……ゴブバ……!?」
「あなたの血管に、イガグリを出したわ」
ゴブリンの喉元はどんどん膨張していく。まるでそこに何かが生み出されているようだ。ゴブリンは喉をかきむしり、それを出そうとするが、それが更なる出血となり、苦しそうに呻いた後、倒れた。
「お前何をした!?」
「近づくな! スキルだ! おそらく射程距離がある。そうでなければ我々に使わない理由がない。あるいはクールタイムか。どちらにせよ……」
グレーターゴブリンは配下のゴブリンを制止し、巨大な左腕をメアリーに向けた。
「魔術!」
「無駄よ。〈スーイーカ・ブラスト〉」
だがグレーターゴブリンが魔術を発動するより速く、メアリーの手から発射されたスーイーカが彼を襲う。それを阻止したのは配下のゴブリン。飛んできたスーイーカを拳で破壊した。
「けひゃあ! 大した威力は……」
かと思うと、ゴブリンはガクンと膝をつく。
「どうした!?」
「い、いや……なんか体が重く……」
「当然よ。〈スーイーカ・ブラスト〉に触れた者の体内にはスーイーカが生成されるから」
「なんだと!?」
スーイーカは1つ約2~3キロほどの重さ。それが体内に生成されれば当然体は重くなる。ゴブリンは突然の体重変化に困惑している様子。そこに容赦のない追撃が来る。
「さぁ、その状態でコレは避けきれるかしら?」
メアリーが手を挙げ、指を鳴らすと、空間に無数のスーイーカが生成される。10や20といった数ではない。それらが全て、ゴブリン達へ襲いかかってくる。
「ぐっ! 避けろォ!」
グレーターゴブリンは巨体に似合わず軽々とスーイーカを回避。だが先ほどスーイーカを喰らった方のゴブリンは動きが鈍っている。たどたどしく避けていたが、とうとう1発命中してしまい、その場に倒れてしまった。
「ゴブ助!」
その後は地獄だった。無数のスーイーカが雨のように降り注ぎ、そのほぼ全てに命中したゴブリンは、腹がパンパンに膨張してしまい、最後には体内から爆裂して死んだ。血かスーイーカの果肉か分からない赤いモノが、グレーターゴブリンの頬に付着する。
「あ……悪魔だ……」
「ふふっ、そうね。私は悪魔よ」
「このッ……子娘ごときが! 殺してやる!」
グレーターゴブリンは激昂。再度魔術を発動しようとする。
「あらそう。でも足元はちゃんと見ておきなさいな」
「何ィ!?」
グレーターゴブリンの足元には丸い……スーイーカと瓜二つのシルエットの果物が転がっていた。グレーターゴブリンもその果物には見覚えがある。
「メーロン……!」
「〈メーロン・ショット〉」
メーロンは爆発する。大量の果肉や果汁がグレーターゴブリンに降りかかり、彼は思わず怯んでしまった。だがなんともない。メーロンの果汁を浴びても、体内にメーロンが生成されるということはないようだ。ただ辺りに甘い匂いが充満しただけ。
「こけおどし……いやまさか!?」
グレーターゴブリンはある可能性に思い至り、空を見上げた。
「知ってる? 屋外にメーロンを放置していると、5分で食い尽くされてしまうらしいわよ」
空には、晴天のはずの空には、黒い点が浮かんでいた。それは徐々に近づいてくる。いや、それはよく見ると黒い点ではない。蠢き、犇めき、群がる虫達だ。
「アマトリバエにね」
「ア……アマトリバエだとォ!?」
アマトリバエのアゴは人体を軽く引きちぎるほどの強さを持つ。そしてそんなアマトリバエは、メーロンの匂いに集まってくる。
「嫌だ……やめろ……!」
グレーターゴブリンは魔術を放つ。それはアマトリバエを数千体ほど蹴散らしただろう。だがやってきているアマトリバエの数はそんなものではない。100万体は下らないだろう。
「し、死ぬのか……!? 俺はこのまま死ぬのか!?」
「えぇ、そうよ。あなたはこのまま死ぬ。でも安心して。あなたのおかげでちょっとは自分の気持ちに整理がついて吹っ切れたわ。あなたの死は無駄じゃない」
グレーターゴブリンは恐怖した。アマトリバエにではない。目の前の女に恐怖したのだ。なぜなら彼女は、この状況を作り出した張本人は、何がおかしいのか笑っていやがったからだ。
「なんなんだ……お前はいったいなんなんだ!」
「あら、あなたさっき言ってたじゃない。私は悪魔よ」
アマトリバエの羽音が聞こえてきた。ブブブブ、ブブブブと。嫌悪感を抱かずにはいられない羽音が。
「そして王都の貴族、ベルゼ家の一人娘でもあるわ」
グレーターゴブリンの右腕に激痛が走る。そこを見ると、既に黒い羽虫がびっしりと付いて腕の肉を齧っていた。左手でそれを取り払ったら、今度は顔の方に飛んできた。
「改めて自己紹介した方がいいかしら? 私の名前はベルゼ・ブブ」
今度は顔すら齧られる。痛い。痛い。痛みが止まらない。口の中に虫が入ってきて、体内すら蹂躙される。眼球を噛み取られ、喉を裂かれ、脳ミソを掻き回される。文字通り地獄。悪魔による拷問。
「ハエに食われて死んでなさい」
グレーターゴブリンが最期に聞いたのは、そんな声だった。
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