第8章 王都襲撃編
第29話 交差する、つまりクロスする
「魔王……!」
辺りに緊張が走る。ヒラタ達の眼前にいるこの男が放つオーラは、まさに強者のソレ。戦おうものなら瞬殺されるだろう。
「ガハハのハ! 厄介な奴が来てんじゃねぇか!」
その空気を破ったのは笑い声。空から声の主が降ってきて大地を揺らした。現れたのは背の低い老人……ギルドマスター、マッケマさんだ。
「ギルドマスターか。面倒臭い……」
「ガハハのハ! 魔王のクセに辛気クセェこと言ってんじゃあねぇよ。お前さんの相手は俺だ」
魔王の注意は完全にギルドマスターに向いている。ヒラタ達は彼に感謝しながら、全速力でその場を後にした。
さて、残された魔王とギルドマスターは、ほとんど誰もいなくなった円形闘技場にて睨み合っていた。
「ギルドマスター……大丈夫ザンスか……?」
「セザンス! お前さんには冒険者達の指揮を頼む。俺は魔王をやる」
アナウンスのセザンスと会話しながら、ギルドマスターは魔王にじりじりと近づいていく。猛者同士の間合い。だが魔王はそんなギルドマスターを意にも介さず、鬱陶しそうにくっちゃべる。
「あぁ、面倒臭いなぁ……。ギルドマスター、俺が誰だか分かるかい?」
「さぁな。だがその容姿……元人間か」
「そう、大正解。僕の名前はヌァル=ザーバスト。『虚』の魔王、ヌァル=ザーバストだよ。まぁ覚えなくてもいいけど」
魔王はそう言った。それに対して、ギルドマスターは驚きを隠せない。
「……!? ヌァル=ザーバストだと? お前さん、名門ヌァル家の人間だったのか」
名門ヌァル家。商業都市ヌァルヘイゲンを作った大商人の家名だ。王都の貴族にも劣らない財力を持ち、世界富豪ランキングでは毎回上位に名を連ねる。
「まさかヌァル家の者が魔王に堕ちたとはな……。仕方あるまい。お前さんの死をもって、汚されたヌァル家の名前を綺麗サッパリ洗浄してくれる!」
「面倒臭い……。やる気なのはいいけどさ、それでいいの?」
『虚』の魔王はあくびしながらギルドマスターに問うた。
「今王都には僕以外にもあと2体魔王がいるよ。今頃暴れまわってるだろうね」
「なっ……!?」
「ギルドマスター。君は勘違いしている。僕の目的は君の足止め。君が僕に手間取っている間に、他の魔王やゴブリンによって王都は壊滅する……」
ギルドマスターは絶句した。だが同時にこうも思った。
「まさか……この大災害は……お前達魔王が計画したのか……?」
「うん、そうだよ?」
「なぜ!? なぜそうまでして王都を潰そうとするのだ!?」
「さぁ? 本能?」
魔王と問答など成立しない。ヌァル=ザーバストは虚空から鎌を取り出した。
「セザンス……王都に出た3体の魔王は全員俺が殺す。他のSランク冒険者は魔王ではなくゴブリンの方に集中させろ」
「……分かったザンス」
こうして、円形闘技場にて魔王とギルドマスターの戦いが始まった。
□■□■
一方、円形闘技場を出たヒラタ達。
「まず、気絶してる奴らを安全な場所に置かなきゃいけない」
「安全な場所といえば冒険者ギルド本部だろうな。そこの地下が一番安全だ。市民もそこに避難させた方がいい」
「この中で一番力が強いのは私よ。私がオオヤマと夫達を地下まで運ぶわ」
カレキはそう言うと4人をヒョイと持ち上げた。
「分かった。なら俺達3人は各自別れて市民の避難誘導をしよう」
「別れて? まとまってた方がいいんじゃないの?」
「いや、そうとも言えない。俺やコクザンはもちろん、メアリーでさえも冒険者の中ではわりと強い方だ。多分、みんなゴブリンくらいならソロで倒せるだろう。そう考えたら散らばって動いた方が、効率的に王都内のゴブリンを掃討できる。これがCランク冒険者の俺達にできる精一杯だと思う」
ヒラタの言葉に異を唱える者はいなかった。彼はそのまま話を進める。
「カレキは4人を運んだらそのまま冒険者ギルド本部付近の防衛。俺は北の方に向かう。2人は?」
「なら俺は西に行くぜ」
「だったら私は南に行くわ。東の方は他の誰かが守ってくれてると思いましょう」
「よし、なら決まりだな。各自頑張って俺らの王都を守るぞ!」
おおーっ! という掛け声と共に4人は走り出す。だが、ヒラタは途中で立ち止まった。
「メアリー!」
「な、何よ!?」
「お前、あんま気張りすぎんなよ。どうあってもお前はお前だからなー!」
それだけ言うとヒラタは満足して走り去る。残されたのは何とも言えない感情に包まれたメアリーであった。
□■□■
「というわけでエンブレム!」
「ペン太だペン!」
ヒラタはエンブレムを使ってペン太を呼び出す。久方ぶりの登場に、ペン太はやる気満々だ。
「やってやるペンよ! さぁ、敵はどこだペン!?」
「いや、まだ敵はいない。というか、今回ペン太にはやってほしいことがあるんだ」
そう言ってヒラタは青空を指す。
「ペン太、お前は空が飛べて、しかも王都の人間にはある程度顔が利く。その利点を活かして、今回は情報収集に徹してほしい」
「ペン!? 戦わないペン!?」
「普通とは違って、これはもう戦争の域にあるんだ。こっからは情報がモノを言う。頼む、これはペン太にしかできないんだ」
上空から王都の状況を俯瞰して見ることができる者が、果たしてどれくらい存在するだろうか。ヒラタの知る限りはペン太しかいない。だからこそ、ペン太にしか頼めないのだ。
「くっ……分かったペン」
「ありがとう、助かる。集めた情報は、セザンスさん辺りに伝えてくれ。多分上手く使ってくれる。それから、もしペン太の実力で助けられそうな人がいたら手を貸してやってくれ。ペン太の機動力は貴重だからな」
「人使いが荒いペンね。ったくーだペン」
そう言いながらペン太は上空に羽ばたいていく。ヒラタはそれを見守りながら、北方向に走り出した。
だが、ヒラタが異変に気づくのにそう時間はいらなかった。
「うわぁーっ!」
「だ、誰か助けてくれ!」
声だ。しかも近い。ヒラタは急いだ。声の方向に向かって、家の間をいくつか抜け駆けた。すると突然開けた場所に出る。だがそこが元々広場だったわけではない。ツンとした臭いを放つ、紫色の液体によって家屋が溶かされていたのだ。
「ッ……!」
ヒラタの足元には血を流し突っ伏す市民。そして紫色の液体によって胴体を溶かされて死んでいる衛兵。通りでここに来るまで他の冒険者に出会わなかったわけだ。
「ヤバい! こいつ強い……ぐわァーッ!」
「取れない! 嫌だ、溶かされたくない……!」
ヒラタの目の前で、1人、また1人と死んでいく。数十人がかりで飛びかかってもそれは同じで、ただ死体の山が築かれていくだけだった。そしてその中心にいたのは……。
「……魔王ッ!」
青少年だった。ちょうど今のヒラタの肉体と同じくらいの歳。全身に紫色の液体を纏っており、それを滴らせている。猫背で背は低く、常に目を閉じている。
「みんな引け! そいつは魔王だ! 勝てない!」
「だがここで引いたらこいつは市民を殺すぞ! 付近の避難誘導が終わるまで、俺達は引けない!」
確かにその通りだった。まだ避難できていない市民がいる。この魔王と戦う人がいなくなれば、魔王が市民に危害を加えることは火を見るより明らかだ。
「だったら俺も戦うぜ! 俺の名前はヒラタ イヨウ! Cランク冒険者だ!」
そう言ってヒラタは十数人の冒険者達のパーティーに加わり、木刀を構えた。魔王相手にどこまで戦えるかは不明だが、役には立つはずだ。そう思い彼は魔王を見やり……。
「ヒラタ……イヨウ……?」
そう呟く魔王と目が合った。白く濁り、一切合切の光を受け付けないような、淀んだ瞳と。
「お前……日本人か……?」
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