第27話 こうするしかない

「俺、実はハーフでさ。父さんがハーバード卒で、母さんが京大卒……どっちも研究者やってて、それでも子供に愛情を注いでくれた……」


 ヒラタの家は裕福であった。別荘をいくつも持ち、使用人を何人も雇えるほど。そんな環境の中、長男として生まれたヒラタ イヨウは、普通とは程遠い生活を送ってきた。


「父さんも母さんも、いい意味で子供に期待しない人間だった……。特に習い事とか塾を強制されたこともなかったよ。ただ、自分から行きたいって言った場合はちゃんと行かせてくれた。俺の弟達は5歳の頃から塾通いだったんだぜ」


「……恵まれた環境だな」


「あぁ、恵まれた環境だったよ。その結果、育ったのが高卒無職の俺だ」


 ヒラタ イヨウが勉強についていけなくなったのは中学生の時。今でも彼は鮮明に覚えている。算数から数学に名前が変わった途端、全く解けなくなった問題。彼は学者の子供でありながら、理数系に弱かった。


「父さんも母さんも、何も言わなかった。ちゃんといい大学出た弟達と分け隔てなく接してくれた。それが俺は嬉しかったし、悔しくもあった」


 大学受験に失敗し、3浪の末に諦め就職。そこでは人間関係のイザコザで追い出されるように退職。次の仕事を探しているうちに、そのまま働く気力を失ってしまった。


「生活保護を受けながら、インターネットに潜り込む日々。何か自分にもできることはないかって探してみたけど全然ダメ。そうこうしてたら40超えてこんな歳になっちまった」


 光陰矢の如しとはよく言ったものだ。時間はあっという間に過ぎる。人生とは1秒の積み重ねなのだ。だがヒラタがそれを理解した時には、既に遅かった。


「だからよぉ、コクザン。俺は俺のことが嫌いなんだ。恵まれた環境にいながら、何もできずに時間を浪費して、親に迷惑かけちまう、自分のことが……」


 コクザンはヒラタの話を黙って聞いていた。かと思うと、何かを決したような顔つきでポツリポツリと語り始める。


「俺は、孤児だった」


「孤児……」


「親に捨てられたんだと、院長は言っていたよ。それが分からないほどバカなガキじゃなかった。俺は親の顔も名前も覚えちゃいない。住んでた孤児院も、日常的に暴力が振るわれるような劣悪な場所だった」


 コクザンの脳裏には今でもあの光景が染み着いている。泣き叫ぶ子供達と、拳を振り上げる職員。躾と称して飯を抜かれる時もあった。


「でも、そんな俺を救ってくれたのは法律だった。勇気ある子供が孤児院のことを警察に通報して、それで俺達は別の、普通の孤児院に移ることになったんだ。それが12歳のことだ」


「なんか……お前も色々大変なんだな」


「ふん、大変なのはそこからだ。なんせ偏差値低めの公立中学から最終的に法学部を卒業して弁護士になったんだからな。死ぬ気で勉強したよ」


 今でもあの勉強漬けの日々が思い出せる。寝る間も惜しみ、必死に頭を働かせた。そしてコクザンは大学にも弁護士試験にも1発合格することができた。


「……ヒラタ、俺には友達がいたんだ。昔の孤児院のことを警察に通報した勇気ある子供……そいつと俺は友達だった。同じ弁護士を目指して、一緒に歩んでいく友達だった」


「そうか。じゃあそいつもコクザンと同じ弁護士になったんだな」


「死んだよ。自殺だった」


 ヒラタは思わず息を飲んだ。コクザンは構わず続ける。


「あいつは、何度やって弁護士試験に受からなかったんだ。俺は何度も励まして、一緒に飯行ったり遊びに行ったりした。でもあいつはだんだん精神的に衰弱していった。それで去年……」


「……そうか」


 沈黙が流れる。重たい空気。それを打ち破ったのはヒラタの方だった。


「さっきは、悪かったな。謝るよ」


「いや……こっちこそすまなかった。それに、答えを出すのはメアリーであって俺達じゃないしな。熱くなってたよ」


 和解。互いの過去を知ったことで、彼らは歩み寄ることができた。少なくとも何も知らない時よりは、相手のことを分かってやれるようになっただろう。


「キンツテ! なんなんだこいつら!? 会話しながら俺達の攻撃を完璧に捌いていやがる!」


「ヒラタが強いのは知ってたけどなー、黒髪の方も実力者だなー」


 会話中、拳や剣撃、魔術を容易く防ぎ、易々と打ち落とす2人。防御に徹すればこの程度は可能なのだ。


「ふぅ……とまぁそういうわけなんだが、ぶっちゃけここから勝てそうか? コクザン」


「ふん、俺1人であれば厳しくはあるが……ヒラタ、お前がいるなら話は別だ。呼吸を合わせるぞ」


 剣士の放った鋭い一撃を躱しながら、コクザンは左手でスキルを発動する。


「〈黒球ダークボール〉」


 魔術師の放った激しい一撃を防ぎながら、ヒラタは右手でスキルを発動する。


「〈炎球ファイヤボール〉」


 そして2人はキンツテの拳を前にして少しも怯むことなく、〈黒球ダークボール〉と〈炎球ファイヤボール〉を押しつけ合い、融合させた。


「まっ、まさかこれは!? 世界でも使える人間はほんの一握りしかいない、合技ザンスか!?」


 〈黒球ダークボール〉と〈炎球ファイヤボール〉は水と油が乳化によって混じり合うようにして、新たな姿を形成していく。


「ま、まずいぞー! 全員、防御体勢!」


 キンツテと剣士は魔術師の後ろに下がり、魔術師は魔術で防壁を出現させる。一方、混じり合った〈黒球ダークボール〉と〈炎球ファイヤボール〉は泡のように膨れ上がっていく。


 合技。それはスキルや魔法、魔術などが融合することでより強大になる異世界特有の現象である。その威力は、例えるなら5+5が5×5になるくらい、上昇する。術者同士の相性が極端に良い場合でなければ発動しないこの現象は、セザンスの言う通り世界にも使える人間は100人といない。珍しい技術であり、珍しい現象なのだ。それがヒラタとコクザン、正反対の2人の間で起こっている。


「「合技!」」


「来るぞー! これを耐えれば勝てるぞー!」


 キンツテは仲間達を奮い立たせる。合技の方は既に完成していた。形容するならそれは、黒い龍。〈黒球ダークボール〉の魔力が変容し、龍の形になったのだ。その内部には〈炎球ファイヤボール〉の魔力が変容した炎が詰まっている。それが口先からチロチロと漏れているかと思うと、黒い龍はガパリと大口を開けた。


「「〈黒龍の息吹〉!」」


 一瞬。ほんのまばたきの合間。黒龍から放たれた何人をも蒸発させる極高温のブレスが、キンツテパーティーの3人を包んだ。そこに追撃するように黒龍は突進。体をくねらせ蹂躙する。それが終わると黒龍は絶叫にも似た雄叫びを上げ、天に昇って霧散した。


 そして地上の、円形闘技場のフィールドでは……。


「……キンツテパーティー3人ダウン!」


 目をグルグルさせて伸びているキンツテパーティーの姿があった。


「勝者! ヒラタパーティーザンス!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」


 肩の力が抜ける。どうにか1回戦を突破したようだ。


「あー、しんどっ」


 思わずヒラタはその場で尻餅をつく。肉体的にはそんなにだが、精神的な疲労がヤバい。


「ふっ、まだまだトーナメントは始まったばかりだ。へばってくれるなよ」


 そう言ってコクザンはヒラタに手を貸した。


「へいへい。でもこの調子で戦ってたら決勝戦の頃には魔力が尽きて戦えなくなるぜ。次からは省エネで行こう」


「そうだな。ひとまず、アイツらを回収するか」


 こうしてヒラタとコクザンは、オオヤマとメアリーを引きずりながら控え室に戻っていった。4人の戦いはまだまだ始まったばかりだ。

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