第26話 だからどうするか

「むっ! アレ、ヒラタじゃないかー! おーい」


 闘技場に向かうと、そこには予想外の人物が待ち受けていた。なんとキンツテだ。かつてヒラタと即席のパーティーを組んだ、金髪の少年。彼も試験に参加し、見事合格したのだ。


「まさか1回戦の相手がヒラタのパーティーとはなー。手加減はしてくれるなよー」


「お、おう……」


 などと会話していると、アナウンスが試合開始の合図をする。


「えーそれでは1回戦第4試合、ヒラタパーティーVSキンツテパーティーの試合を開始するザンス!」


 観客達はワッと沸く。ヒラタはすぐに腰から木刀を抜いた。


「まずは……ッ!」


 オオヤマを前に出し、〈ガード〉で敵の遠距離攻撃をシャットアウト。その後ろからヒラタとコクザンが魔法で攻撃するというのが、あらかじめ考えておいた作戦だった。だがさっきコクザンと喧嘩したばかりだったため、ヒラタは彼に声を掛けるのを一瞬躊躇ってしまった。


「うおおおおおッ!」


「あ、待て!」


 コクザンはヒラタの指示を受ける前に飛び出した。そして銀色に輝く剣を構え、先頭にいるキンツテに突撃していく。しかし……。


「動きが雑だぞー」


「ぐっ!?」


 コクザンの剣の合間を、キンツテの拳が打ち付ける。腹に一撃を喰らったコクザンは思わず怯み、動きが止まった。そこにキンツテの本気の拳が容赦なく振るわれる。


「〈雷拳〉」


 キンツテの拳に黄金の雷がまとわりつく。それが少年らしからぬ圧倒的な膂力と共に弾き出され、コクザンの顔面を捉えた。耳をつんざく雷音と、空気を揺らすほどの衝撃波がヒラタの肌を撫でる。直撃を喰らったコクザンはピンボールのようにぶっ飛んだ。


「メアリー! カバー!」


 メアリーは飛んでいくコクザンに間一髪手を伸ばしてしがみついた。なんとか場外にはならなかったが、コクザンは痙攣しながら泡を吹いている。


「おおー、咄嗟の連携だなー。すごいぞー」


「悪い、指示が遅れた。オオヤマ、前線を頼む」


「分かったでごわす」


 ずんずんと前に出て、〈ガード〉で障壁を生成。キンツテの背後からパーティーの魔術師らしき人物が、障壁にいくつかの魔術を放つが、ヒビすら入らない。


「おー、固いな」


「おいどんの防御は破れないでごわすよ」


「破る必要もないかもしれないけどなー」


 第六感。ヒラタはその場から飛び退いた。そこには黒い針のような物が飛んできており、ヒラタのいなくなった空間をズサリと切り裂く。


「外したでござるか」


「ッ!? 忍者!?」


「次は仕留めるでござる。ニンニン!」


 忍者は手裏剣らしき物を放ってくる。ヒラタはそれを木刀でなんとか落とす。しかし反撃に転じれない。腕が1本しかないため、攻撃と防御を同時に行えないのだ。そうこうしているうちに、オオヤマの方にも危機が迫っていた。


「よっ!」


 キンツテの拳が障壁を打つ。だがヒビすら入らない。


「固いなー」


「キンツテ、俺もやろう。3人で力を合わせれば破壊できるはずだ」


 キンツテと肩を並べるのは若い剣士。腰から抜いたのは剣というより、刀に近い形の得物であった。背後では魔術師が再び魔術の発射用意をしている。


「そうだなー。じゃあ俺のタイミングに合わせてくれー。〈雷拳〉」


 再びキンツテの拳に雷が発生。彼はそれを大きく振りかぶり、障壁に叩きつける。と同時に剣士も刀を振り抜き、障壁に斬撃を加えた。最後に魔術師の魔術が突き刺さり……。


「……! おいどんの無敵の障壁が……!」


 障壁にヒビが入った。それは少しずつ大きくなっていく。


「もういっぱーつ」


 キンツテがさらに殴りつけると、障壁は粉微塵になって消滅してしまった。


「ヒ、ヒラタ! 破られたでごわす!」


「マジかよ!? こっちも忍者で手一杯なんだが!?」


「私がサポートに入るわ! ヒラタはそっちをお願い!」


 メアリーがオオヤマの背後から現れ、相手の剣士に剣を振るう。だが、剣士はそれを軽くいなしてカウンター。


「力任せな剣だな。技術が稚拙」


「くっ……うう……!」


 トーナメントはあくまで試合形式で、本気の殺し合いではない。使う剣は殺傷能力の低い木刀などでなくてはならない。最初から木刀しか使っていないヒラタはともかく、メアリーも相手の剣士もいつもとは違う木刀で戦っているため、普段通りの戦いができていない。だが、優れた剣士は得物が違えど実力を発揮するものだ。


「俺の木刀は刀型……お前の木刀は剣型だ。その違いが分かるか?」


「くっ……」


「お前の木刀より、俺の木刀の方が軽いってことさ」


 剣は斬るという役割の武器だ。だが、叩きつけたり刺したりすることもできる。だが刀は斬ること一点に特化した武器。叩きつけたり刺したりすればすぐに壊れてしまう。それでも斬ることに関しては剣をも上回るのだ。


 すなわち、刀は剣に存在するいくつかの利点を削ぎ落としているため、その分軽いのだ。


「それでいて、剣士としての腕は俺の方が上! お前が俺に勝てる道理はない!」


 メアリーは相手の剣士にボコボコにされてしまう。一方でオオヤマは……。


「力なら……おいどんに分があるでごわすよ!」


「おおー、お前すごいなー」


 キンツテとの押し合いに、なんとか勝っていた。だがオオヤマがキンツテの足を刈り転倒させようとした瞬間、キンツテは再びそのスキルを発動させる。


「〈雷拳〉」


「ぐっ!?」


 まるで雷の直撃を喰らったかのような衝撃がオオヤマに走る。すぐに体が思うように動かなくなり、痙攣し始める。だが……!


「おいどんは……倒れるわけには……」


「ふんばるなー。すごいぞー」


 キンツテはオオヤマのガッツに称賛を送る。そして背後の無口な魔術師に合図をした。


「じゃ、やっていいぞー」


 魔術師は無言で杖をかざす。そこから赤青黄色の光が迸り、うねりくねった光線となって照射された。


「まッ――」


 派手な音。会場が沸く。魔術の直撃を受けたオオヤマは黒焦げになり、白目を剥いてその場に倒れた。


「ヒラタパーティー1人ダウンザンスー!」


 そうこうしているうちに、メアリーの方もやられていた。もはや動けなくなったメアリーを、若い剣士は担いで場外まで持っていったのだ。


「ヒラタパーティー2人目が場外ザンス! 残りは2人ザンスが……おおっと、ここでキンツテパーティーも1人ダウンザンスー!」


 一方、ヒラタは忍者を倒していた。


「ばたんきゅー」


「クッソ、手こずらせやがって……」


 地面に伸びた忍者に悪態をつきながら、ヒラタはキンツテに向き合った。その隣には剣士と魔術師。


「3対1か……」


 もしヒラタに左腕があったなら、まだなんとかなったかもしれない。だがそうでない以上、人数不利は覆せない。だが、敗北を覚悟したヒラタの耳に声が届いた。


「俺はまだ死んでないぞ……」


「……コクザン」


 電撃によって動けずにいたコクザンだったが、ギリギリのところで意識は失わず耐えていたのだ。ようやく体が動かせるようになったため立ち上がることができた。


「はぁ……はぁ……」


「コクザン。ここで勝つには協力して――」


「うるさい!」


 よほどのダメージだったのだろうか、コクザンは肩で息をしながら、それでも怒声を発した。


「お前に、俺の何が分かる……。お前に……」


 ヒラタは口を閉じるしかない。彼は何も知らないのだ。コクザンの過去も、人となりも。知らないからこそ主義主張が食い違ったのだ。ヒラタは歩み寄る努力をしなかった。それはコクザンも同じである。コクザンはヒラタのことを何も知らない。ヒラタの過去も、人となりも。知らないからこそ、こうなった。だから……。


「少し、話そう。コクザン」

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