第7章 トーナメント編
第25話 そういうこともある
控え室。ヒラタ達一行は試合を観戦した後、すぐにここに戻ってきた。なぜなら……。
「うっぷ……気分が悪いでごわす……」
「あーなんかイライラしてきたわ! もう! あーもう!」
なんと、オオヤマとメアリーが緊張でおかしくなってしまったのだ!
「ヒラタ……これ大丈夫なのか……?」
「言うなコクザン……信じるしかない……」
ヒラタとコクザンの2人はなんともない。というか、普段から冒険者として命の奪い合いをしているのだから、これくらいで緊張するわけがないのだ。
「落ち着けオオヤマ! お前いつも相撲大会出てただろ! あの時と同じだよ」
「うっぷ……おいどん、チーム戦にはトラウマがあるでごわすよ……。ちょっとキツイでごわすう」
オオヤマは泣き言を言いながら控え室から出ていった。トイレで吐いてくるつもりだろう。
「メアリーも冷静になれって。見てたけど相手もあんま大したことなかったじゃん」
「う、うるさいわね! 誰もビビってなんかないわよ!」
「痛てて、蹴らないでよぅ……」
なんとか2人を宥めにかかるも、失敗。コクザンはやれやれといった顔で見ている。打つ手ナシか……。そう思われた矢先、控え室の扉が開いた。
「ガハハのハ! お前達、もうすぐ試合だがチビッちまってねぇだろうなぁ!」
「あ、あなたは!」
入ってきたのは老人。背は低く、それでいて筋肉質。少ない白髪を乱雑に上げ、おでこを出した髪形をしている。身なりは歴戦の冒険者といった格好で、顔についている傷からも、相当な猛者であることが伺えるだろう。
「ギルドマスター!」
「おおう、赤髪と黒髪のガキンチョどもじゃねぇか。コリオン村でのことは助かったぜえ」
ヒラタとコクザン、それとこの場にはいないがオオヤマとカレキも、ギルドマスターには会ったことがある。コリオン村で大蛇を倒した時、そのことを報告に行った際、彼と話をすることができたのだ。コリオン村の大蛇は冒険者ギルドからしても手を出しづらいモンスターだったようで、大変感謝された覚えがある。
「それから……おっとお前さんはブブちゃんじゃねぇか。すっかり大きくなったなぁ」
ギルドマスターは次にメアリーのことを見つけてそう言った。メアリーは先ほどまでの様子とは打って変わり、姿勢を正して礼をする。
「お久しぶりです、クルさん」
「そう畏まるなよい。それにしても、まさかブブちゃんが試験に出ていたとは驚きだ。両親の説得は済んだのかい?」
メアリーはなんとも言えない表情になった。ギルドマスターはそれを見て察したようだ。
「……そうか。まぁ、なんだ。なんか相談とかあったらいつでも乗るからよ。時間掛けてゆっくり話し合ったらいいと思うぜ」
「お気遣いに感謝します」
ヒラタとコクザンは互いに顔を見合わせるばかり。なんかシリアスめな話をしていたため、会話に入っていいのか分からずにいたのだ。
「しかしパーティーは4人1組のはずだが、1人いないな?」
「あぁ、ちょっと今トイレに行ってて」
「ガハハのハ。そんなんで大丈夫かよ。俺を見習えってんだ。83になってもまだまだ現役だぜい?」
ギルドマスターは筋肉を見せつけるようなポージングを取った。服が分厚いためか、筋肉の様子は窺えなかった。
「いやぁ、それにしてもギルドマスターさんが83歳だなんて驚きました。その歳になってまだSランク冒険者1位の座に君臨し続けているなんて」
「ガハハのハ! 足りめぇよ、気合いと根性、覚悟が違けえ。他のSランク冒険者なんて俺にしてみればヒヨッコよ」
まさに自信満々。とはいえ実績がそれを物語っている。何しろ彼、ギルドマスターは約50年間Sランク冒険者1位の座を守り抜いてきた、正真正銘の覇者。まさに世界最強の1人なのだ。
「にしても、メアリーがさっき言ってた、クルさん? ってのは、ギルドマスターの名前なのか?」
「あぁそうさ。俺の名前はマッケマ・クル。世界最強の俺が負けまくるなんてことはないから安心していいぞ」
ヒラタの言葉に、ギルドマスターのマッケマ・クルは豪快に笑う。
「すげぇぜ! きっと毎回章ボスの噛ませになって負けまくるなんてことは、絶対にないんだろうなぁ!」
「当たり前よ。このマッケマ・クルが負けまくることはあり得ん。なぜなら俺は世界最強のマッケマ・クルだからだ!」
すごい自信だ。ヒラタも思わず震える。
「つうことで、トーナメントは俺も観戦してるからよ。いい試合見せてくれよ」
そう言ってギルドマスターのマッケマ・クルは去った。彼がいなくなってヒラタが開口一番言ったのは、先ほどの会話についてだった。
「なぁ、メアリー。お前ってブブって名前なの?」
「……そうよ。メアリーは偽名。ブブを名乗ることができるようになるまでの、偽名なの」
コクザンは首を傾げる。メアリーの言いぐさは、自分の名前なのに名乗ることができない、と言っているようで不思議だったからだ。
「あなた達、伝説の姫様のお話を知らないの?」
「伝説の姫様?」
「絵本とかで習わなかった? 昔栄えた国に、美しくも高慢、そして何より大食いの姫様がいたって話よ」
「知らないなぁ。そもそも俺ら異世界から来てるわけだし」
「だが、なんとなく話が読めてきたぞ。その伝説の姫様の名前が、ブブなんだな?」
「えぇ、そうなの。神になったという逸話もあるような伝説の姫様と、同じ名前なのよ。私。プレッシャーを感じても当然でしょう?」
確かに、自分の名前が織田信長とか、聖徳太子とかだったらプレッシャーになるかもしれない。ヒラタはメアリーの気持ちが分かったような気がした。
「理解したぜ。ひょっとしてお前が冒険者になったのも……」
「伝説の姫様ブブは、武勇にも優れていたと聞くわ。だったら私もそうならないといけないの。そうならないと私は、ブブを名乗れない」
強く拳を握ったせいで、メアリーの手から赤い液体が流れ出る。だがそんなことは彼女の眼中にない。あるのは焦り。そうだ、メアリーは焦っていた。メアリーの親は貴族。力でメアリーを押さえつけることもできるのだ。メアリーには時間がない。
「私は、早く、もっと早く伝説の姫様に……」
「なるほど……、オークに捕まってクッ殺されそうになってた奴にそんな過去があったとは……」
ヒラタは知らない。メアリーの想いも、彼女を縛りつける重圧も。だがそれでも彼にはできることがある。
「メアリー、お前の言いたいことややりたいことは分かった。だからはっきり言わせてもらうぜ」
「な、何よ……?」
「いや、多分その伝説の姫様? って普通に創作だから。お前、漫画のキャラクターに憧れて空を飛ぼうとしてる少年とおんなじ思考回路じゃん」
「おいおい、それは解釈の矮小化だぞヒラタ。たとえ創作の中の人物に憧れたとしても、そこに向かって努力していくのは大切なことだ」
「いやいや、ちょっと考えてみろよ。メアリーの言ってることってまんまそうじゃん。日本でもいるだろ、子供にアニメのキャラクターの名前つける奴。それと同じだって」
「だとしても、本人の気持ちを軽んじるべきではないはずだ。彼女は真剣に悩み、行動に移った。ならば我々もそれと同じくらいの真剣さをもって接しなくては無礼だろう」
「な、なんだと……? 俺が真剣じゃないって?」
「少なくとも俺にはそう思えるが。人の悩みを自身の解釈でねじ曲げ、取るに足らないものと断定して嘲笑うその姿勢……。育ちの悪さが出ているぞ」
メアリーは感じた。あれ? これなんかまずい流れじゃない? と。
「コクザン……俺はそれなりの家庭で育ってんだ。マナーや作法については口うるさく言い聞かせられてきたんだ。育ちが悪いなんて言わせねぇぞ」
「どうやら、他人の気持ちを汲み取ることは教わらなかったようだな。それを育ちが悪いと言うのだよ。親は大層な野蛮人だったようだ」
先に斬りかかったのはどちらだったか。双方卓越した剣の腕を持っているため、メアリーの目にはほぼ同時のように見えた。まばたきの合間に剣と剣がぶつかり合い、派手な音を立てた。
「ッ! 言葉で勝てないと分かるとすぐに暴力に走るとはな」
「うるせぇ! テメェに俺の親の何が分かる!」
剣の腕が互角ならば、勝敗を分けるのはフィジカル。その面で見ればヒラタは左腕がない分、コクザンに劣っていた。
「人の気持ちが分かってねぇのはどっちだよ!」
「お前の方だ! 俺はお前より何倍も感情に機微に敏感だ。比べるまでもない」
「いいや違うね! お前は人の気持ちも感情も何にも分かっちゃいない! どうせお前みたいな奴は日本でも――」
コクザンの〈
「あ、もうやめ――」
「お前、今なんて言った!? ふざけるなよ! 俺は、俺はアイツを――」
メアリーは言葉が届かないと分かると、すぐに控え室を飛び出した。そこにはちょうどトイレから戻ってきたオオヤマの姿がある。
「ふぃ~、すっきりでごわすねぇ~」
「ッ! オオヤマさん、2人が!」
血相を変えたメアリーを見たオオヤマが事態を察するのに、1秒も掛からなかった。開きっぱの控え室からは争う音が絶えず聞こえてくる。
「まずいでごわす! 〈ガード〉!」
オオヤマはひとまず、2人を物理的に離すことにした。箱形のガードで双方を閉じ込めたのだ。オオヤマの〈ガード〉は強力で、2人であろうと壊すことはできない。これで安心か、と思いきや……。
「続いての試合です。ヒラタさんパーティーとキンツテさんパーティーは5分以内にお越しください」
最悪のタイミングでコールが掛かってしまった。果たして彼らのパーティーはいったいどうなってしまうのか……!
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