第6章 Cランク試験編

第21話 お風呂に入りたい

「お風呂に入りたいわ」


 開口一番、カレキはそう言った。彼女がそう思うのも無理はない。この世界で水浴びの機会は本当に貴重なのだ。少し裕福な家庭ならお風呂もあるそうなのだが、俺達のような冒険者はそう易々と入れるものではない。


「我慢しろよ。俺やヒラタだって入れてないんだから」


 対面に座る黒髪の男、コクザンはどこか遠い目をしながら呟いた。確かに、俺もお風呂は随分入っていない。


「私は女の子よ? 一緒にしないでちょうだい」


「つってもなぁ……王都って意外と大浴場みたいなところないんだよなぁ」


 そもそもこの世界の人々はあまりお風呂に関心がないように思える。


「でも確かに、体が汚いままってのは嫌だぜ。俺も最近体から変な臭いがするような……」


 コクザンはそう言って自分の腕を嗅いでみる。が、すぐになんとも言えない表情になって、嗅ぐのをやめた。


「でもヒラタはあんまり臭わないよな。なんでだ?」


「あぁ、俺、実は服に水のエンチャントが付与されててさ」


「水のエンチャント?」


「そう。知り合いに水の魔法が得意な人がいて、その人に付けてもらったんだ。おかげで洗濯しなくても服は綺麗だし、体も常に清潔にしてくれてる」


「えっ、ズルくない?」


「そうだそうだ! なんでこの世界、あんまり風呂の文化がないのかと思ったらそういうことかよ。魔法で上手いことやってんのか」


 憤慨する2人。やいのやいのと騒ぎ立てるが、それを咎める者はいない。ここはテイマーギルドの中であり、テイマーギルドは普段から閑古鳥が鳴いているような施設なので、今もヒラタ、コクザン、カレキ以外にはルーンさんしかいないのだ。そのルーンさんも書類仕事に集中しているため、彼らを叱る者はいない。ちなみにペン太はお出かけ中。


「そういうこと。意外と便利だぜ~これ。つっぱ男は清潔感が大事だからなぁ」


「クソウゼー。おいカレキ、ヒラタ殴ろうぜ」


「良いわね。ついでに服も剥ぎ取りましょう」


「待て待て待て待て待て待て待て、お、お前ら落ち着け! そ、そんなに水のエンチャントが欲しいなら、俺の知り合いを紹介してやるから……」


 ヒラタは無様に命乞い。それがちょうど数十分前の出来事である。そう、ヒラタ達は今、王都の一等地にそびえ立つ屋敷の前にいるのだ。2人に紹介すると言ってしまった手前、ひとまず住所だけでも教えとくかという発想になり、ヒラタの友人の家までやってくることになった。


「一応、いるかどうか確認してみるか。あの人忙しいだろうから多分いないけど」


 ヒラタは備え付けのインターホンを鳴らす。するとすぐに扉が開いた。そこにいたのは……。


「リヴァイアさん!」


「おぉ、ヒラタくんじゃないか! 元気にしてたかい?」


 屋敷の主人にして、ヒラタの数少ない友人、リヴァイア。彼はイケメンであり、貴族であり、Aランク冒険者でもある。


「むっ、結婚!」


 当然カレキのセンサーにも引っ掛かる。だが彼女が何か行動を起こすより前に、リヴァイアは2人に気づいて丁寧に挨拶をした。


「これはこれは。ヒラタの友人かな? 初めまして。僕は貴族のドラゴンズ・リヴァイア。普段はAランク冒険者として活動しているよ。どうぞよろしく」


「あぁ、こちらこそよろしく。カレキもほら、挨拶しなさい」


「クッ……このイケメン、弱点が何もないわ!」


「またバカなこと言ってやがるなこいつ」


「それで、今日はどんな用事があって来たんだい? どうやら何か事情がありそうだけど……」


「あぁ、それは、実はかくかくしかじかで」


 ヒラタは、元いた世界の文化とこの世界の文化のギャップに着いていけていないことを話した。


「なるほど。君たちは普段から水浴びをかなりの高頻度で行ってきたのか」


「そうっす。でもこっちの世界ではその水浴びができなくて……。噴水の汚い水では洗いたくないし……」


「なるほど。確かに体を清潔にすることは大切だ。分かった。僕が君たちの服にもエンチャントを付与してあげよう」


「やった、感謝します」


「お礼に結婚してあげるわ」


 こうしてコクザンとカレキも、水のエンチャントによって汚れない服を手に入れた。これで体は常に清潔に保たれる。


「おっ、確かに臭いが消えてってる感じがする」


「エンチャントってすごいのね……」


「ふふ。当然さ。エンチャントが使えるってだけで就ける職業もあるくらいだし」


 リヴァイアはどこか誇らしげ。ヒラタは2人が満足したようでほっと一安心といった表情。


「そういえば、ヒラタくんと友達ということは、君たちも冒険者なのかい?」


「はい。俺はDランク冒険者で、こっちの彼女がEランク冒険者です」


「いいえ違うわ。ついこの間、Dランク冒険者になったわよ。つまり私達は全員Dランク冒険者……」


「そうだったのか。それはちょうどよかった」


 そう言ってリヴァイアがポケットから出したのは、見慣れないチラシ。


「実は今度、Cランク冒険者選抜試験があるんだ。もしよかったら出場してみないかい?」

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