第20話 ペン太

 王都を空から見下ろすと、だいたい円形になっていることが分かる。東西南北に存在する4つ門からのみ出入りが可能であり、各門の付近には2本の監視塔が建っている。もちろん、門以外の場所には高く壁が築かれており、まるで要塞のようだ。もし魔王が攻めてきたとしても、王都であればなんなく迎撃できるはずだ。それくらい堅牢な守りとなっている。


「ペン……どこにいるペン……。確か、中央広場の近くって言ってたはずペンけど……」


 王都の中央には冒険者ギルド本部や国会議事堂、中央広場なんかが存在している。中央広場は誰でも出入りできる自然豊かな公園で、噴水の周りではよくホームレスが水浴びをしている。だが王都の民は基本みんな優しいので、そういった人達を咎めたりはしない。ホームレスも道行く人を襲ったりはしないのだ。つまり王都の治安は非常にいい。


 そんな治安のいい王都で発生した失踪事件。ペン太は事の重大さを理解していた。もしや、またゴブリンの仕業ではないだろうか。もしそうなら連れ去られた子の命は……。


「くっ……早く探さないとペン」


 中央広場の付近にはたくさんの人が歩いていた。その中から失踪した子を探すのは難しい。ここは頭を使って推理しなくては。


「まず、マリアーヌちゃんの友達は音もなく連れ去られているペン。しかも連れ去られたのは中央広場。人目が多い場所だから大々的な犯行は不可能なはずペン。となると……魔法やスキルを使用した可能性が高いペンね」


 そして、連れ去るということはきっと人のいないような場所に行くに違いない。そのことから考えるに、犯人は裏路地にいるか、あるいは……。


「民家……。家の中に連れてかれた可能性もあるペン」


 もしそうなら救出は難しい。そもそも王都にはたくさんの家があるのだ。魔法やスキルを使って連れ去ったと仮定するなら、中央広場付近以外の場所も捜索する必要がある。だがそうこうしているうちにも時間は過ぎていく。


「裏路地を探すか……家を探すか……」


 二択であった。もちろん、それ以外の可能性もあるだろう。そもそも魔法やスキルを考慮すれば、さまざまな可能性があるのだ。だがここでペン太が取った行動は……。


 □■□■


「ぐへへ、良さげなガキを捕まえられてよかったぜ」


「こいつを売れば金貨5枚……いや、マニアなら10枚は出す。ったく、王都の奴らはみーんな警戒心が薄くて仕事がしやすいねぇ」


 王都。裏路地。人が全く通らない、家と家の間のようなそこに、2人の男と1人の少女がいた。


「あんまり派手にやるとさすがにバレそうだからな。ひとまず後2~3匹ガキ連れてきて、とんずらしようかぁ」


「それにしても俺達は本当に幸運だぜ。変身系のスキルを持った俺と、精神操作系の魔法を持つお前。相性はバッチリだぜ。王都の門番共も全く気づいてなかったぜ」


 男達はほくそ笑む。傍らに立つ少女の瞳は虚ろで、操り人形のようになっていた。これが男達のうち、長髪の方の魔法による効果である。一方、頭を丸刈りにしたタンクトップの男は顔をこねくりまわす。するとみるみるうちに顔が変わっていく。


「次は衛兵に変装して誘き寄せるぜ」


「いいねぇ。ガキの絶望する顔を拝むなら、お前のスキルの方が適当さぁ」


 下卑た会話。だがそれを聞いていた者がいる!


「そうはさせないペンよ!」


「誰だぜ!?」


 男達は空を見上げる。鳥か? 飛行機か? いや違う……!


「ペン太だペン!」


「モ、モンスターだとぅ……? なぜ王都にモンスターが……?」


 ペン太は男達の側にいる少女を発見。こいつらが正真正銘の誘拐犯であると確信した。


「やはり、マリアーヌちゃんの友達を浚ったのはお前らだペンね!」


「クソッ、なんだこのモンスター、人間の肩を持つのかぜ? 気味が悪いモンスターだぜ」


「おいモンスターぁ、お前どうしてここが分かったんだぁ……?」


「へん、簡単なことだペンよ。お前らは、王都の人達を見くびりすぎたんだペン」


「な、何ぃ……?」


 そう、ペン太はあの時迷った。路地裏を探すか、家を探すか。だが考えても考えても、合理的な理由が出てこずに決断できないでいた。そんな彼は頼ることにしたのだ。王都の人々に。


「王都の人々はみんな知ってるんだペンよ。マリアーヌちゃんとその子が普段から仲良くしていることを!」


「そ、それがどうしたんだぜ!?」


「まだ分からないのかペン? 見ていた人がいたんだペンよ。その子がまるで何かに操られるように、ひとりでに路地裏に入っていく様子を!」


 中央広場で事を起こしたのは失敗であった。王都の人々は皆優しく、他人を思いやり、社会性を持っている。


「普段から目にしてる子供の様子がおかしかったら、誰だってそのことを気にするし、覚えておくペン」


「バカなぁ……赤の他人の子供など、どうでもいいはずぅ……」


「王都の人々の価値観は違うペンよ。残念だったペンね」


「だ、だとしてもモンスターごときが人間と会話するのはおかしいぜ! 王都の人間はモンスターを野放しにしていて、怖くないのかぜ!?」


「何度も言わせるなペン。王都の人々の価値観は、お前らなんかと違うペン」


 男2人は冷や汗を垂らしながら目配せした。


「こうなったら……お前を始末するぜ!」


「俺達は元Bランク冒険者……貴様のような生意気なモンスターはもう何百体も殺したことがあるぅ。貴様を殺した後、俺達は再び人攫いの仕事を全うさせてもらうよぅ」


 丸刈り男はポケットから鉄球を取り出した。


「俺の変身系スキルは自身や他人だけでなく、無機物にも発動することができる! 鉄球をこうすれば……即席のナイフが完成だ!」


「そして俺は精神操作の魔法が使える。これで貴様を足止めさせてもらうぞ」


 長髪の男が両手をかざすと、ペン太の体が急に重くなった。そのまま姿勢を崩し、地面に落下してしまう。


「でもペンにはスキルがあるペン! 〈フリーズン〉!」


 飛べなくなっても冷気は吐ける。極寒の息吹が放たれ、2人を包んだ。だが……!


「効かないぜ……!」


「な、なんでだペン!?」


「くっくっく、俺は魔術学園で魔術を習ったことがあってねぇ。さっき俺達に防護魔術を掛けておいたのさぁ。貴様の貧弱なスキルでは俺の防護魔術を破ることはできないぃ!」


「ク、クソッペン……」


 ペン太は動けない。丸刈り男は1歩、また1歩と近づいてくる。まさに絶体絶命!


「ペンは……死ぬのかペン……? 弱いまま、死んでしまうのかペン……?」


 丸刈り男がナイフを振り上げる。そして這いつくばるペン太に――。


「いや! 違うペン!」


「な、なんだぜ!?」


 男はナイフを取り落とした。急に右手から感覚がなくなったのだ。何が起きたのかと顔を動かし見てみると、そこには……。


「こ、こ、凍ってるぜ……!?」


「な、何が起きたぁ!?」


 ペン太の嘴から極寒の冷気が漏れる。防護魔術をも貫通して凍らせた、その暴力的なまでの冷たさが、彼の口腔内で凝縮される。


「ペンには、たくさんの友達や仲間がいるペン……」


「な、何を言ってるんだぜ!? 早く氷を溶かすんだぜ!」


「待て、動くなぁ。火の魔術を使えばすぐに……」


「ペンには、ペンに良くしてくれる人達がいっぱいいるんだペン。リヴァイアペンや、ヒラタもそのうちの1人だペン。ペンはみんなの期待を、裏切るわけにはいかないペン……!」


 ペン太の体内に渦巻く、未覚醒の氷が牙を剥く。今のペン太が放つ冷気は、過去最低温にして過去最高量。つまり万全、最高調なのだ。今なら、普段はできなかったスーパーなスキルが使える。


「〈フリーズン〉は、広範囲に吹雪を振り撒いて相手を凍らせる技だペン。でも範囲攻撃だから凍らせるまでにちょっと時間が掛かるペン。だから……」


 例えるなら、ホース。水が出るホースだ。蛇口を動かさず、ホースから出る水の威力を上げるにはどうしたらいいだろうか? それと同じことをペン太はやってのけたのだ。


「だから、んだペン。〈フリーズン〉を出すときに、んだペンよ!」


「もういい! こいつは早く殺さないとダメだぜ!」


 丸刈り男は左手でナイフを掴むと、震えながらペン太に刺した。ペン太の体からは血が出る。痛みも走る。だが、その程度で怯む男ではない。


「これがペンの新技、〈フリーズン・ストライク〉だペン! 範囲を狭くすることで威力とスピードを上昇させたんだペン! 今の絶好調のペンなら、お前達を倒せるペン!」


 ペン太の調子がいいのは、単に昨日の食事が理由だろう。そもそもペン太は普段からめちゃくちゃ食べるモンスターなのだ。それが金銭不足で抑圧されていたために、本来の調子を取り戻せずにいた。昨日の暴飲暴食によって足りない体に栄養が染み込み、冷気生成能力が向上したのだ。


「クソだぜ! 早く死ぬんだぜ!」


「死なないペンよ。少なくともペンは、ペンの目的を叶えるまでは死ぬつもりなんてないペン!」


 空気が揺れる。冷気が生成される。嘴が僅かに開き、白い息と共に極寒が放たれる。


「〈フリーズン・ストライク〉!」


 目にも止まらぬ速さで発射されたそれは、まばたきの合間に長髪男の両手両足を凍らせた。


「ぎゃあああああ!?」


「まだまだペン!」


 逃げようとする丸刈り男の手足にも冷気が放たれ、凍結する。地面に釘付けにされ、手も使えなくなった男達は寒さに震えながら肩を落とすしかなかった。


「ペンの勝ちだペン!」


 □■□■


「あっ、マリアーヌちゃん!」


 人攫いの男達を倒した後、ペン太はマリアーヌちゃんの友達を冒険者ギルドに連れ戻した。あの後すぐに警察を呼んだので、男達は今頃逮捕されているだろう。適正な裁判が為された後、刑務所行きになることは想像に難くない。


「よかった……よかった。私、もう会えないんじゃないかって……」


「ペン……感動の再会だペンよ」


 抱き合う少女達を優しい目で見守りながら、ペン太はふと腕時計を見る。


「む、そろそろヒラタが帰ってくる時間だペン。ペンはクールに去るとするペンよ」


 ペン太は帰ろうとした。が、マリアーヌはペン太を引き留める。


「あのっ、本当にありがとうございました! 今日のことは一生忘れません」


「ペンン……別にそんな大したことしてないペンよ。とはいえ、感謝されるのは気分がいいペンね」


「私、決めました。私も将来モンスターテイマーになって、あなたみたいなモンスターさんと仲良くなって、人を助けたいです!」


 マリアーヌの瞳がペン太を射貫く。彼女は本気の目だった。ペン太は嬉しいような、恥ずかしいような、複雑な感情になる。


「それで、もしよければあなたの名前を教えてくれませんか?」


「? ペン太はペン太だペンよ?」


「えっと、そうじゃなくて……。もしかして、本当にペン太さんなんですか? あまりモンスターっぽくない名前なんですけど……」


「あぁ。これはヒラタが付けた名前だからペンね。ペンの元の名前から発想を得て新たに付けた名前だペンよ」


「それです! その元の名前を教えてください」


 どうやらペン太の勇姿はマリアーヌの心に火を点けたようだ。彼女はすっかりペン太のファンになってしまった。ペン太は肩を竦めながら、自身の本名を明かした。


「アーサー・ペンドラゴン」


「えっ……?」


「それがペンの本名だペンよ。覚えておくといいペン」


「っ! はい!」


 こうしてペン太の冒険は終わった。だが明日にはまた新たな冒険が彼を待っているのだ。ヒラタとペン太、2人の冒険者人生はまだ始まったばかりなのだから!

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