第18話 強くなろう

「というわけで、まずは君の名前を教えてくれるかな?」


 リヴァイアは返り血を魔法で拭った後、銀髪の少女に優しく微笑みかけた。少女は少しまごついた様子だったが、意を決したように顔を上げた。


「えっと、マリアーヌです」


「マリアーヌちゃんか。いい名前だ。お家は?」


「えっと、王都西区の……」


 マリアーヌと名乗った少女の家は、意外にも近かった。彼女曰く、家の中で遊んでいたら怪しい人影が見えたので、外に出て追いかけてみたらゴブリンだったということらしい。


「それは災難だったね。ゴブリンはもう倒したから安心するといい。家まで送るよ」


 リヴァイアは武器を消滅させ、代わりに水の羽衣を作った。それを震える少女の肩に掛けると、手を取って歩き出した。それを見たペン太は慌てて2人を追う。


「ま、待ってだペンよー!」


「おっとすまない。忘れていたわけではないんだよ。ただ、君にはちょっと現場に残っていてほしくてね」


「現場ペン?」


「そう。もし誰かが通りかかってあの惨状を目撃してしまったら大騒ぎになる。だから状況を説明する者が必要なんだ」


 ペン太は人語を喋れるし、テイム済モンスターとしてそれなりには有名だ。人々に警戒されることもないだろう。


「僕はこの子を送り届けたら、冒険者ギルドに報告してから帰ってくるよ。それまで待っていてほしい」


「分かったペン。でもなるべく早く帰ってくるペンよ」


 こうしてペン太は現場に残ることになった。その間特に何もなく、数分後無事にリヴァイアが冒険者ギルドの役員達を連れて帰ってきた。


「事情は先ほど話した通りです。冒険者ギルドの方で調査をお願いします」


「分かりました。しかし、ゴブリンですか……」


 ペン太は知らないが、冒険者ギルドの中には警察のような治安維持組織もある。王都や冒険者達の治安を管理するのが彼らの主な仕事であり、こういった王都に侵入してきたモンスターの後片付けも担っている。そんな彼らですら、ゴブリンには困惑しているようだった。


「ひとまず僕らは行こう。これ以上はプロに任せるべきだ」


 冒険者が戦闘のプロであれば、彼らは捜査のプロである。リヴァイアは彼らを信頼し、後のことは任せることにした。彼らならば上手くやるだろう。


「そうペンね。ところで、リヴァイアペンはよく助けに来てくれたペンね。路地裏だったし、誰も来てくれないかと思ったペンよ」


「ふふ。ちょっと聞き覚えのある声がしたから寄ってみただけだよ。それより、積もる話もあるだろう。冒険者ギルドに行かないかい? 今日は僕、オフの日なんだ」


 リヴァイアはバチコリとウインクをした。それを受けてペン太もウインクで返す。リヴァイアと冒険者ギルドに行くということはつまり……。


 □■□■


「ぷっはぁーっ! やっぱりこれだペンよねぇーっ!」


「ふふ。いい食べっぷり飲みっぷりだ。今日は僕の奢りだから、じゃんじゃん頼んでよ」


 リヴァイアと冒険者ギルドに行くということは、お金を気にせず料理を食べられるということである。


「それにしても、ヒラタくんが魔王とねぇ……。片腕で済んだのは彼の実力の賜物かな?」


「くっちゃくっちゃ……知らないペンよ。でも多分そうだペン。ヒラタはなんだかんだ頭がキレるペンよ」


「ふむ、やはり君から見てもそう思うかい。僕もだよ。ヒラタくんと君と、初めて会ったあの日のことを思い出すね」


 リヴァイアとペン太は少し遠い顔をした。そう、あれはヒラタとペン太が王都へ旅している時の話。道中のバラー村という場所で、リヴァイアと出会ったのだ。


「バラー村にリヴァイアペンがいなかったら、多分ペン達は王都に着く前に死んでたペンよ。感謝してもしきれないペン。あっ、お肉追加ペン」


「それはこちらのセリフだよ。ヒラタくんがいなかったら僕はオアシス砂漠で死んでいたかもしれないのだからね」


 バラー村から王都へ向かう際、オアシス砂漠という場所を通らねばならなかった。そこは凶暴なモンスター達が跋扈する、わりかし危険なエリア。そこでリヴァイアはヒラタとペン太に命を救われたのだ。具体的には、モンスターの攻撃でダウンしたリヴァイアが復帰するまでの時間を稼いでくれた。


「僕は普段、あまりパーティーを組まないのだけど、あの時ばかりは助けられたよ」


「まぁー、可能なら大人数で行動するのが正義だペンよ。モッチャモッチャ」


 ペン太は暴飲暴食を重ねながら、リヴァイアに最近のヒラタの様子を話す。片腕を失ったことで討伐依頼に対し、消極的になっていることも、まとめて。


「ふむ。だけどそれは仕方ないことだよ」


「そうペンか? ぷはぁー」


「普通、部位欠損をした冒険者は引退する。ギルドに申請すればある程度の資金援助は受けられるからね」


「じゃあなんでヒラタは引退しないんだペン?」


「多分だけど、彼がニホンジンというヤツだからじゃないかな。ほら、彼って異世界から来たって言ってただろう?」


 ヒラタはリヴァイアに、自身が異世界人であることを話していた。もちろんペン太にもだ。そして多くの人は信じないだろうが、この2人に限ってはヒラタの言葉を信じていた。


「彼の目的は元の世界に戻ること。そのために仲間集めと、戻る方法を探してる。そしてそれらを同時に行うなら、冒険者以上に最適な職業は他にない」


「そういうもんペンかねー。うまうま」


 ところで、とペン太は話を転換させた。一通りの食事を終え、とりあえず腹を半分くらいは満たした彼は、いつになく真剣な表情で言う。


「正直、今のヒラタは弱体化してると思うペン」


「それは、どちらが?」


「肉体的にも、精神的にもだペン。片腕になってもまだ左腕がある時の感覚が抜けてないペンし、本人もそれを自覚してるから戦いに対して弱腰になってるペン」


 事実、先の大蛇戦において、ヒラタはほとんど役に立っていなかった。


「だから、ペンがその穴を埋めたいペン」


「君が失った片腕の代わりをすると?」


「そうだペン。ヒラタが弱くなった分、ペンが強くなるんだペン。……きっとペンがゴブリンにも勝てるくらい強くなれば、ヒラタも今以上に楽ができるはずなんだペン」


 ペン太の第六感は告げていた。このままでは、ヒラタは遠くない未来、残酷な死を迎えると。それを防ぐためには自分が強くなるしかないと。


「だからリヴァイアペン、頼みがあるペンよ」


「頼み?」


「ペンに、修行をつけてほしいペン」


 人間とモンスターの違いは何か。多くの学者が考えてきたこの議題は、現在いくつかの結論が出されている。そのうちの1つに、このようなものがある。それは、努力の有無。文明を持つモンスターはいるが、努力をするモンスターはいない。練習、勉強……修行。そういったものは人間しか行わないという説を、ある学者が唱えたのだ。


 だが、その説は今日をもって否定された。


「いいだろう。君を強くしてあげよう」


 ペン太の燃え上がる闘志によって、その説は否定されたのだ。

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