第5章 強くなろう編
第17話 不穏な影
大蛇を倒した後、一行は村の人達に大層感謝されたという。結局、大蛇が本当に魔王の手下だったのかどうかは分からなかった。しかし、冒険者ギルドのギルドマスターは言うのだ。
「魔王が手下を作る可能性は極めて低い。そもそも今の魔王というのは、かつて世界に破滅を招いたあの魔王とは別物だ」
つまり、ほとんどの魔王は部下を率いるような能力を持っていないのである。ある程度知能があればそれも可能ではありそうだが、魔王が手下を作らないのはそれ以外にも理由がある。
「まぁ……そういうことだからあんま心配すんな! ガハハのハ!」
そんなわけで、コリオン村に魔王がやってくる可能性は低いだろうと推定。ギルドマスターは特にそれ以上のことは言わなかった。
4人はこうしてコリオン村を去り、元の日常に戻ることになった。しかし彼らも冒険者。大蛇を討伐した報酬として、白米を貰えないか交渉してみた。するとコリオン村の村人達は「いつでも白米を食べにきていい」と、お礼の気持ちを込めて4人に言ったのだとか。ちなみに倉庫の米を食い荒らした犯人はいまだに見つかっていないのだとか。不思議だなぁ。
こうして、日本からやってきた4人は普段通りの日常に戻っていった。そしてこれは、そんな日常の裏で進行していた小さな冒険譚である。
□■□■
「あー、暇だペン」
ペン太は暇していた。時刻は昼。場所は王都のテイマーギルド。現在、ヒラタは元気に薬草採取に行っている。彼は片腕を失ってから討伐依頼には消極的になった。それは仕方ないのだが、そのせいでペン太は留守番することが増えたのだ。
「暇だペンよー」
「ペン太っち~、暇なら書類仕事手伝ってもいいんだよ~」
「ちょっと用事を思い出したペン」
ルーンさんの誘いを華麗にスルーし、ペン太は外へ出た。だがやることがない。観光には飽きたし、お小遣いも銅貨3枚しかないから食べ歩きすらできないのだ。
「まったく……ヒラタはケチ臭いペンよ」
文句を言いながらフヨフヨ羽ばたくペン太。彼とヒラタが知り合ったのはだいたい2ヵ月か3ヵ月くらい前。ちょうど、ヒラタが異世界にやってきた時くらいだ。彼との出会いはまさに劇的であったことを、ペン太は強く覚えている。
「はぁ~あ、ギルドから出たはいいペンけど、やっぱりやることないペン。ペンはモンスターだからほとんどの施設の出入りを制限されてるペンし……」
そう呟くペン太だったが、西門の付近まで来たところ、妙な声を聞いた。
「……け……」
「ペン?」
か細く消え入りそうな声だったが、確かに聞こえた。それは幼児の声に似ていた。ペン太は声の方向に飛ぶ。すると、家と家の間、暗い路地にて、3つの影を発見した。
「た、助けて……! 誰か……!」
「哀れなる人の子よ。我らの姿を目撃したことが運の尽きだ。諦めよ」
影のうち1つは、腰まで銀髪を伸ばした少女であった。そして残りの2つは……。
「ゴ、ゴブリンだペン!?」
濃い緑色の皮膚が特徴的なモンスター、ゴブリン。ペン太はその存在をテイマーギルドに保管されてある『モンスター大百科』で知っていた。筋肉質な肉体、スマートな八頭身体型。知能は非常に高く、人間と同等以上の文明を持つ。おまけに揃いも揃って容姿端麗。かつて起こった亜人戦争では「ゴブリンこそ最強の亜人」と言われるほどだった。
「何奴だ? モンスター……テイム済みモンスターか」
「ふむ。やはり王都ともなればモンスターテイマーもいるのか」
ペン太は戦いていた。ペン太は確かに、悪漢くらいなら片付けられる程度の実力を持っている。つまりだいたい、Dランクモンスターなら簡単に倒せるというレベルだ。だが、ゴブリンはAランクモンスターである。高い知能を持ち、食物連鎖の頂点に位置するモンスター。それが2体。
「ど、どうして王都にゴブリンが……?」
「おっと、我々が迂闊に情報を喋ると思ったなら大間違いだ。そうだな、貴様には羽があって厄介そうだ。人の子よりもまずは貴様の方を殺害するとしよう」
ゴブリンは近づいてきた。ペン太は不利を悟り、羽ばたいて逃げようとする。だが……!
「動くな。動いたら人の子の命はないぞ」
ゴブリンは少女を人質に取った。その行動がペン太の動きを一瞬鈍らせる。刹那、ゴブリンの右ストレートが容赦なくペン太に襲いかかってきた。
「グヘェペン!?」
内臓が潰れたような音がして、ペン太はぶっ飛ばされる。空中での制御を失い地面に転がると、ゴブリンは長い足で踏みつけようとしてくる。
「〈フリーズン〉!」
だがペン太は諦めない。咄嗟の判断で、ゴブリンに吹雪をお見舞い。
「スキルか。だが効かぬよ」
「なっ!?」
「理由を知りたいか? 教えるわけがなかろう」
相手に一切の情報を与えず、逆転の芽を潰していく。策を高じ、相手を騙し、心理戦すら制する。それがゴブリンの戦い方であり、そこに強靭な肉体が加わることでAランクモンスターの地位を確立しているのだ。
「ぐっ……ペン……」
「どうやらもはや切れるカードはなさそうだな。ならば殺害する」
ゴブリンの振り上げた拳がペン太に叩きつけられる、その時!
「〈水のフランベルグ〉!」
それは流水のような剣撃であった。一切の無駄なく空間を切り裂き、そのままゴブリンの頭部をはね飛ばしたのだ。そしてそれを可能にしたのは、水で作られた波のような刃の剣。
「!? 今度は誰だ!?」
ゴブリンは初めて焦ったような声を出した。一拍遅れて切り飛ばしたゴブリンの首が地面に落下し、体が崩れ落ちる。もう1体のゴブリンは銀髪の少女を必死に拘束して、現れた青髪の青年に向けて叫んだ。
「動くな! 動いたら人の子の――」
「シッ!」
彼は短距離ワープのような、凄まじい速さの1歩で間合いを詰めると、少女を拘束していたゴブリンの腕がボトリと落ちた。ゴブリンは痛みに顔を歪ませるが、せめてもの足掻きとしてもう片方の腕で少女を殺害しようとする。
「させないよ」
青年はまるでレイピアを操るようにして、ゴブリンだけを正確に穿つ。そして生じた隙を狙って少女を奪い返す。
「あ、あなたは……!」
突然現れ、ゴブリンを圧倒する謎の青年。ペン太は彼に見覚えがあった。そして銀髪の少女も、彼に見覚えがあった。その中性的な美貌は誰が見ても忘れ難く、気品に満ちた態度はいつまでも記憶に残る。
「おっと、驚かせてしまったかな。僕はリヴァイア。王都の貴族さ」
「リ、リヴァイアペン! 助けに来てくれたペンね!」
「やぁペン太くん、久しぶりだね。ヒラタくんは元気かな?」
「元気だペンよ! この前片腕落としてきたペンけど」
「片腕を落とした……? 話を詳しく聞く必要がありそうだ。だけどその前に……」
貴族リヴァイアは改めてゴブリンに向き直った。ゴブリンは仲間をやられたことに怒りを覚え、目を真っ赤にして睨んでいる。
「リヴァイア! そうか、貴様のことは知っているぞ!」
「へえ。僕はゴブリンの間でも有名なのかい? それは嬉しいような困るような、複雑な気分だね」
「貴様ほどの実力者を、ゴブリンの諜報部隊が見逃すはずがないからな。Aランク冒険者の中では最強と呼ばれる武人にして、貴族の中では最年少の賢人……ここで合間見えたことを光栄に思う」
ゴブリンは隠し持っていたナイフを取り出した。そして隙のない構えを取りながら、走ってくる。
「手加減はしてくれるなよ! いざ勝負!」
「望むところだとも。ちなみに、王都へはどうやって入ったんだい?」
「答えぬ!」
ゴブリンは意外にも善戦した。だいたい30秒くらいはちゃんと戦いになっていた。だが、次第にリヴァイアの剣が冴えてくる。
「ぐっ……、さっきより速い!? いや違う、これは……!」
「優れた冒険者は、相手の癖を瞬時に看破して利用する。君の動きは見切ったよ」
防戦一方になるゴブリン。だが負けるわけにはいかない。ゴブリンは右手に魔法の力を溜めはじめた。
「よし、このまま貴様を倒し、ゴブリンの国に報告する! そして昇進するんだ!」
「ふむ。君にもそれなりの思いがあるのは理解した。ヒラタくんも、モンスターと和解する必要がある、なんて言ってたしね。きっと君にも家族や友人なんかがいるのだろう」
だが、命を奪い合う戦いにおいて、情けは無用。ゴブリンもそれを望みはしない。だからリヴァイアは全力で叩きのめす。
「しかしながら、人間の都市に侵入し、あまつさえ子供を殺害しようとした罪は重い。そんなに昇進したいのならば、2階級昇進するといい」
リヴァイアは左手から水を出し、渦を作った。それを右手に持つ水のフランベルグにかざす。すると刃に渦が纏わりつき、高速で回転する刃となった。
「うおおおおおおッ!」
叫びながら肉薄してくるゴブリン。リヴァイアは強化した剣を掲げ、かと思うと瞬時に振り下ろした。
「ッ……!?」
ゴブリンのナイフがリヴァイアの喉に届くことはなかった。水の剣によって肉体を半分に裂かれたからだ。強化され切れ味を増した刃は、まるで豆腐を切るようにゴブリンを切った。その筋肉も骨も魔術による防護も、一切合切をまとめて切り裂いたのだ。
「見事……!」
ゴブリンはそう言い残し、鮮血と共に倒れて死んだ。
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