第16話 蛇揉め! 蛇揉め蛇を揉め!

「何ィ!? 倉庫のお供え物が盗まれただって!?」


 それを聞いたらヒラタ達も黙ってはいられない。急いで村に戻った。


「そ、それは本当か!?」


「は、はい。倉庫の扉が破壊されており、中を覗けば全て……」


 それを聞いた村民達は慌てふためく。子供ですら事態の緊急性に気づいている様子だ。


「あぁ……どうすれば。大蛇様がいらっしゃるのは今日だぞ!? もう終わりだ。この村は滅ぶ……」


「待つのだ、者共よ」


「あなたは、村長!?」


 そこに現れたのはヒゲの長い老人。仙人のような出で立ちで、落ち着きのない村の民達を一喝した。


「これは試練である。我々は今、選択を迫られているのだ」


「選択……?」


「さよう。供物がなければ大蛇様は怒って村を破壊なさるだろう。それを受け入れ村と共に死ぬか……」


「そ、そんな……!」


「……大蛇様に立ち向かい、支配から脱却するかの2つだ。前者であれば我々は全滅。生き残る可能性なんて万に一もあり得ない。だが後者ならば……」


「ですが村長! 村に戦える若者はいません! 今から冒険者ギルドに依頼を出しても間に合うはずが……」


「ちょーっと待った!」


 ヒラタはとうっ! と回転しながら村長の前に着地。そして決めポーズを取る。


「話は聞かせてもらった。俺達は通りすがりの冒険者パーティーだ」


「おお! これはなんと運のいい。頼む、この村を大蛇様から救ってくだされ。大蛇様は定期的に供物を捧げねば怒って村を破壊するのです」


「しかし、大蛇様のバックにはあの魔王がいるのだとか……。もし大蛇様を倒せば、それは魔王に喧嘩を売ることと同じ……」


「ですが、どうせ死ぬならせめて一矢報いたい。それに魔王の件は大蛇様の嘘かもしれませんし……。助かる可能性が僅かでもあるのなら……」


 ヒラタはおおよその事情を察した。つまりこの村は昔から大蛇に目をつけられていて、しかも大蛇は魔王の手下とかなんかだから迂闊に討伐できなかったんだ。だが、供物がなぜか無くなってしまい、このままでは村を大蛇に滅ぼされる。それだけは嫌だと、村人達は奮起しているのだ。


「よぅし分かった。俺達がその大蛇を倒してやる!」


「なんと頼もしい。……つかぬことを伺いますが、皆様のランクはいくつでしょうか? Bランク……あるいはAランク……」


 ヒラタ達は顔を見合わせた。実は、先輩風を吹かせているコクザンも、相撲大会で無双していたオオヤマもDランクなのだ。カレキにいたってはこの間ギルドに加入したばかりだからEランクである。


「ま、まぁそんなところ……かな? とりあえず任せておけって! ちなみに大蛇ってどれくらい強いの?」


「推定Aランククラスかと……」


 ヒラタは片目をつむった。Aランクモンスターは、両腕がある状態であればヒラタだけでも何とかやれる程度の強さだ。だが今のヒラタは隻腕。相当厳しい戦いになると予想できる。


「いや、大丈夫だ。俺には仲間がいる!」


「それなら安心でございますね。大蛇様はいつも夕暮れ時にいらっしゃいます。ですのでもうすぐ……」


 村民の1人がそう言った瞬間、地響きがした。なんだなんだとそちらを見れば、家ほどの大きさもある蛇が顔を覗かせていたのだ!


「あれは、大蛇様!」


「た、確かにデカいな……」


 コクザンが驚くのも無理はない。モンスターの跋扈するこの世界だが、意外にも巨大なモンスターというのは少ないのだ。それには異世界特有の食物連鎖が関係している。この世界は大きさ=強さではないため、巨大なモンスターは小さくて強いモンスターに蹂躙されるのだ。そもそも、小さいモンスターの方が群れを作ることが多く、文明を持っているのもそういったモンスターの方が多い。


「こ、これは確かにデカいでごわすな……」


 だからこそ、大きいモンスターは肉の多い獲物として認識され、狩り尽くされてきた。ゆえに、今現在巨大で有名なモンスターは、ドラゴン系を除けばそう多くない。ほとんどの巨大モンスターが食物連鎖の波に呑まれたのだ。つまりこの大蛇はそんな過酷な食物連鎖の中で生き残ってきたということ。その理由は――。


「あらぁ〜、アタシの食事はどこにあるのかしらぁ〜?」


「しゃ、喋った!?」


「うん〜? 見慣れない輩がいるじゃない。へー、ふーん、なるほど。そういうこと。あんたら、アタシを討伐しに来たんだね」


 知能。それが食物連鎖に抗う唯一の術。ランクの高いモンスターになればなるほど、高い知能を持つ者が多くなる。人語を解するモンスターもいれば、人間のように村を作るモンスターもいるほどだ。知能の有無でランクが大きく上下すると、冒険者ギルドも公言している。


「でもねぇ、アタシはせっかく手に入れたこの快適な暮らしを奪われたくないの。あんたらには悪いけど、ここで死んでもらうわよ!」


 大蛇はキッと4人を睨みつけると、その巨体からは考えられない速さで迫ってきた。


「キエエエエイ!」


 民家と民家の間を縫うような高速移動。あっという間にヒラタ達に接近。そのまま巨体で押し潰そうとする。が……!


「〈炎球ファイヤボール〉!」


 ヒラタは大蛇に向けてスキルを放った。炎の球は正確さをもって頭部に命中。大蛇の動きが一瞬止まる。


「効かないわねぇ……!」


「くっ……、だったらエンブレム!」


 だが炎は効かない様子。ならばとヒラタはエンブレムを取り出し、ペン太を呼んだ。


「ペン太だペン!」


「ペン太! 凍らせろ!」


「任せろペン! 〈フリーズン〉!」


 極寒の冷気が大蛇を包む。蛇は変温動物。寒さには弱いはずだ。


「やったか!?」


 大蛇の姿が吹雪で包まれ、完全に見えなくなった。ヒラタは思わず歓声を上げる。しかし……。


「無駄よォーッ! アタシの鱗は耐熱性も耐冷性も兼ね備えた天然の究極装甲ッ! そんな攻撃屁でもないわァーッ!」


 吹雪はヘドバン一振りで切り払われ、中から元気ピンピンな大蛇が現れた。


「耐熱性だと!? ならば俺のピツ山も役には立てない……」


「つうか俺にいたってはスキルもペン太も封じされてんだが。まぁ前に似たような奴と戦ったことがある。その時と同じ方法で行きたい。だからまずは……」


 ヒラタは辺りを見渡す。必要なのは隙。それを作るには……。


「〈グッさん流剣技・居合〉!」


 ヒラタは木刀に手を伸ばし、会心の一撃を大蛇の横っ腹に叩きつけようと技を繰り出した。踏み込み、駆け、体が浮く。まるで弾丸のように一直線。


「グハッ!?」


 木刀による攻撃は大蛇の腹にクリーンヒット。だが、強靭な鱗に防がれて肉体に傷は付いていない。


「痛いわね……。でも痛いだけェーッ!」


 大蛇は尻尾を巧みに操り、ヒラタに強烈なビンタを喰らわした。ヒラタは2メートルほどぶっ飛び、そのまま受け身を取らずに地面に激突した。


「ヒラタッ!」


「くっ……そ……」


 いや、ヒラタは受け身を取らなかったのではない。取れなかったのだ。彼は受け身を取る時、いつもの癖で左手を使おうとした。だが彼に左手はない。判断をミスしたのだ。受け身を取ろうとしたが、取れなかったのだ。


「やべ、血ィ出た」


「そこで大人しくしてろ!」


 コクザンは煌めく銀色の剣を携え前に出た。ヒラタがダウンしている今、自分しか前線を張れないと判断したのだ。


「残念だが、俺のスキルは炎でも氷でもない。だからお前の自慢の鱗は役に立たないぜ」


「な、何を……」


 コクザンは左手を突き出し、そこに力を集中。自身のスキルを発動させる。


「〈黒球ダークボール〉」


 直後、放たれたのは闇夜を思わせる漆黒の球。その球は闇魔法で作られており、鱗であっても防ぐことはできない。


「い、痛ッ!」


「クックック! さあ苦しめ! やはり俺のスキルは最強――」


「でも効かないわァーッ!」


 防げないだけで、有効打を与えることはできなかったようだ。


「クッソ! しっちゃかめっちゃかに暴れまわりやがる!」


「だったらおいどんに任せるでごわす! 〈ガード〉!」


 勢いよくオオヤマが四股を踏むと、翡翠色の半透明な板が出現した。人よりも大きいその板は、大蛇の攻撃を防ぐ。相当重い攻撃だったにも関わらず、板は衝撃を全て吸収した。


「それをさっき使ってくれよ……」


「ご、ごめんでごわす。咄嗟だったから上手くスキルが出せなかったんでごわすよ」


 ヒラタはようやく立ち上がると大蛇を睨みつけた。血はまだ出ているが、この際無視だ。


「アタシの攻撃を防ぐなんてなかなかやるわね」


「褒めても何も出ないでごわすよ」


 大蛇は一旦攻撃を止めた。どうやら隙を探しているらしい。だが、ヒラタ達の布陣はわりかし完璧だ。まず前衛は〈ガード〉で守り、肝心のオオヤマは後方で待機している。前衛を退かさねばオオヤマに攻撃することはできないが、オオヤマを倒さねば前衛に致命的なダメージは与えられないという状況。


「でもねェーッ! アタシは頭がいいのよッ! その程度簡単に攻略できるわ!」


 大蛇は不利を察知したのか逃げる……わけではなく、近くの民家に目を付けた。


「動かないでちょうだい! もしほんの僅かでも動いたら、村の建物を破壊するわ!」


 人質……この場合人質と呼ぶのは正しいのだろうか。とにかく、大蛇は人質を取ることにした様だ。これは厄介。


「さぁさ、早くその厄介な壁を取り払ってちょうだい。さもなくば家を壊すわよぉ~」


「くっ……邪悪なモンスターめ」


 ヒラタは悪態をつきながらオオヤマにスキルを解除させた。壁は消え、ヒラタ達を守るものはもうなくなった。


「お前はそうやって力で脅し、何人もの村人を食べてきたんだろ!」


「ちょっと、誤解しないでちょうだい。アタシはヴィーガンなの。だから人間は食べないわよ。アタシが食べるのは植物だけ……」


「なんだって!?」


「それに、アタシは確かに供物を要求するけれど、その見返りとして周りのモンスターを村に近づけないようにしてるのよ。つまりアタシは善なるモンスター」


「ぜ、善なるモンスターだと!? 確かにそういう風に見えてきたかも……」


「だ、騙されないでくだされ冒険者の方。大蛇様はいつもこのように、何か気に入らないことがあると暴れて建物を破壊するんです」


「なんだって!? じゃあやっぱり邪悪なモンスターじゃないか!」


「というか魔王の手下がどうしたこうしたって話じゃなかったか。だとしたら普通に邪悪なモンスターだろ」


「確かに!」


 魔王の手下が善のモンスターなわけない。ヒラタは改めて大蛇に木刀を向けた。


「ふん、どうやら騙されてはくれないようね。でもどうするのかしら? あなた達の攻撃はどれも、アタシの鱗の前には無力よ。このまま戦いを続けていけば、先に疲れで動きが鈍るのはあなた達人間のはず」


 確かに、現状打開策はなかった。だからこそヒラタは藁にも縋る思いでカレキを見る。


「カレキ、お前さっきから何もやってないだろ。スキルとかなんか使えないのか?」


「スキル……スキルってどうやって使うのかしら?」


「そ、そこからか……。えっとだな、なんかこう、技というかなんというか……グッ、シュッ、バーンだよ!」


「説明下手でごわすね」


 カレキはいまいちピンと来ていない様子。だが現状をぶち破るにはカレキの活躍に期待するしかないのだ。


「頼む! なんか必殺技とか……」


「必殺技? それならあるわ。私の48の殺人技を披露してあげる」


「おぉ! なんだかよく分からんが、とにかくすごい自信だ!」


 殺人技が蛇に通用するのかはさておき、カレキの実力は折り紙つきだ。なんたって彼女がまだ森の怪人と呼ばれていた頃、素手で凄腕の用心棒を倒しているのだから。ヒラタは彼女の行動を見守ることにした。


「喰らいなさい! これが48の殺人技の1つ……!」


 カレキは大蛇を掴むと飛び上がり、そのまま頭を自身の肩口に乗せて固定! ついでに尻尾もいい感じに掴んで固定! そのまま地面に勢いよく着地!


「キ◯肉バスター!」


「ギイヤアアアアアアアアアアアアア!!!」


 大蛇の頭蓋骨、破損! 背骨、骨折! 頸椎、損傷! その他なんか色々とヤバめの骨、全部折れた!


「す、すげぇぜカレキ! でも絶対怒られるから名前は変えてくれ!」


 そして大蛇は泡を吹いて白目を剥く。そのままピクピク痙攣したかと思うと、ぐったりして動かなくなった。


「どうやら……勝ったようね」


 それはちょうど夕日が沈む寸前。ほとんど夜のような暗さ。その中で黒髪の少女はVサインを掲げた。村人達の大歓声が上がるまでに、時間はほとんど必要なかった。

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