第15話 白米狂想曲
「ここが、コリオン村……」
村の雰囲気を一言で表すと、陰鬱。誰もが暗い顔をして歩いているのだ。子供は家の中から静かに4人を見つめるばかりで、騒いだりする様子はない。大人は……大人というより老人が多いが、彼らはヒラタ達を見ると、まるで観察するようにじっと窪んだ眼を向けてきた。それがなんだか恐ろしく感じ、ヒラタは身震いする。
「なんか歓迎はされてないようだな。アポ取った?」
「取ってないでごわす」
ひとまず白米がどこにあるかを聞かねばならない。ヒラタは笑顔を浮かべて近くの老人に話しかけた。
「すみません。白米……いや、村長さんってどこにいますかね?」
「……」
白米の場所を聞くより村長の場所を聞いた方がいいだろう。どうせ白米を貰うなら村長の許可がいるのだろうし。ヒラタはそう思って、まずは村の一番偉い人の居場所を聞くことにした。だが……。
「……よそ者が、何をしにきた」
「えっ……?」
「この時期に何をしにきたと聞いているんだ!」
老人は唾液を飛ばして髪をむしる。その様子はまるで悪魔にでも取り憑かれているようだった。思わずヒラタも後退り。
「と、とりあえず落ち着いて……。俺達はただ……」
「誰だ! 誰の差し金だ! どうせいつもの冒険者ギルドの輩だろう!」
狂乱した老人はヒラタに掴みかかる。だが力はヒラタの方が上だ。簡単に抜け出して距離を取る。
「ギルド長には通達してあるはずだ……! 大蛇様の討伐など許さん!」
「大蛇様……?」
ヒラタは勘づいた。これは因習村というヤツではないか? 異世界にもあるのかは分からないが、老人の様子から察するにその可能性が高い。
「よそ者は帰れ! さもなくば……」
「さもなくば?」
「帰れェーッ!」
このままでは埒が明かない。ヒラタは退散した。
「ヤベェヤベェよ。ここ因習村だよ」
「因習村か……。あったなそんなもの。創作の中の話とばかり思っていたが……」
「しかし、だとすると厄介でごわすよ。白米分けてもらえるでごわすかね?」
「きっと無理でしょうね。世知辛いわ。辛いのは嫌いよ」
村人があんな感じなのを見るに、村長も多分そんな感じなのだろう。話が通じそうには思えない。
「仕方ねぇ。とりあえず話を聞くのは諦めて、自力で探そうぜ」
「賛成でごわす。ただ探すにしても警戒はされるでごわすよ」
「うーん……それはそうだな。じゃあ俺達は、依頼を受けて遥々北の地まで旅するパーティーってことにしよう。そんで宿を探しているふりをして、村長さんか白米を探すんだ」
そんなわけで話は整った。4人は宿を探すふりをしながら、村の中を散策することにしたのだ。彼らが意気揚々と歩くと、村人達が怪訝な顔をして見てくる。だが気にしてはいけない。
「あー宿宿、宿はどこかなー」
「あー早く休みたいわー。眠れる場所はどこかしらー」
「お前ら棒読みすぎだろ」
こうして歩くこと5分。村はかなり小さく、一瞬で回り終わってしまった。村長の家らしきものは見つからなかったが、ひときわ目立つ倉庫を発見することができた。それは村の隅に、隠れるように建築されており、ガッチリと鍵が掛かっていた。
「やっぱりあそこが怪しいよなぁ……」
「ただ、あそこに白米があるとして、そもそも村長さんを見つけなきゃ白米は貰えないでごわすよ」
「普通に事後報告じゃダメかしら?」
「ダメだろう。普通に犯罪だ」
とはいえ頭を悩ませたところで解決策は思い浮かばない。
「そういえば、最初に老人が言ってた大蛇様って結局なんだったんだ?」
「さぁ……?」
「村独自の信仰ってヤツでごわすかね」
「ふん、気にする必要はないだろう。それよりどうする。結局あの倉庫に入るのか、それとも村長を探すのか……。だが村長を見つけてもあの様子じゃ白米を分けてもらえそうには……」
3人の視線はヒラタに向いた。この後の行動をどうするか。その決定権は彼に委ねられたのだ。皆が彼をリーダーと認めたと言ってもいい。いや、この場合はリーダーというより責任の所在を定めておきたいという方が正しいかもしれないが。
「うーん、まぁ、正直……さ」
「……?」
「ここまで来て帰るって選択肢……あるか?」
3人の視線は互いに向けられた。ヒラタの言わんとしていることが分かったのだ。そして彼らは声を合わせて答えた。
「「「ない」」」
□■□■
「どすこーい!」
倉庫の扉が張り手でぶち破られる。建築が木製でよかった。中世ナーロッパなこの世界だが、鉄で建築する技術くらいはある。もしこの村の倉庫も鉄製だったなら、こうも簡単に扉を破ることはできなかっただろう。
「中は……暗いな」
「ひんやりしてるわね」
「一応明かりならあるぞ。〈
ヒラタは右手に小さな〈
「む、これは……」
倉庫の中には見覚えのあるフォルムのものがびっしりと詰まっていた。そう、それは日本人であればほぼ全員が、実物こそ見たことがないものの知っているもの。昔話とかでよく出てくる、アレがそこにはあったのだ。
「俵だ……!」
倉庫は決して大きくはなかった。だがそれでも天井付近まで積まれた大量の俵から察するに、相当な量の白米が存在することは自明の理。
「す、すげぇぜ! これだけあればちょっとくらい食っても大丈夫だろ……!」
「ふっふっふ、こんなこともあろうかと、土鍋を用意してきたでごわすよ」
「おお! 土鍋ご飯!」
「カセットコンロもあるでごわす!」
「カセットコンロ!」
「まさか、食えるのか!? 約2ヶ月我慢させられた、俺達のソウルフードが!?」
「わ、私水持ってくるわ!」
ヒラタとコクザンは2人で俵を引きずり出し、それを開けた。すると中には純白に輝く穀物。
「「米だァーッ!!!」」
歓喜の瞬間である。
「とりあえずバケツを拝借して井戸から水を汲んできたわ!」
大量の白米を土鍋にセットし、カセットコンロの調整も終えた頃、カレキは両手にバケツを持って帰ってきた。
「ナイスだ! 早く土鍋にぶちこめ!」
「待てヒラタ! 米は水とのバランスが大事だ。だがここには計量器など何も……」
「こんなの目分量でなんとかなるわよ! 1.5倍量!」
乱雑に注がれた水。そのまま土鍋のフタで封! カセットコンロをカチチチチ! 誰も米を洗っていないという事実に気がつかないまま、時間は進む。
「土鍋だと早く炊けるでごわすよ。そろそろでごわすかね?」
「まだ10秒も経ってないわ。待ちなさい」
「そろそろいいんじゃねぇのか?」
「まだ15秒も経ってないわ。待ちなさい」
4人は誰も時計を持っていない。ゆえに分からない。時間が。だがここでカレキの精密さが発揮される。
「――今よ!」
まさに異次元。カレキのタイミングで火から下ろした土鍋の中には、焦げ1つない白米の姿が! それは僅かな光を反射して宝石のように煌めいている。
「う、美しい……」
思わずそう溢した。だが見惚れている場合ではない。
「ハッ! そうだ、温かいうちに食べねば」
「で、でも箸がないでごわす……」
「ええい箸とか言ってられるか! 異世界生活2ヶ月で手掴みには慣れたわ!」
コクザンを皮切りに、4人はそのまま手で白米を口に入れていく。
「う、美味い……!」
「五臓六腑に染み渡る……!」
「やっぱり私、料理上手いわ……!」
「うおおお! 食うでごわす食うでごわす!」
あっという間に土鍋の中の白米はなくなる。だが正気を失った4人はもう止まらない。次の米が土鍋の中に注がれた。間髪容れずに水が注がれ、カセットコンロに火がつく。
そしてまた炊き上がれば全員で食べ、次の米を。それも炊き上がれば次。そして次。次、次、次。4人は狂ったように食べ続けた。2ヶ月も米を食べなかったのだから仕方ない。そして……。
「完食!」
倉庫の白米を、食べ尽くした。
「いやぁ、満足満足。とはいえ全部食べずにいくらか取っといてもよかったんじゃねぇかな」
「いや、取っておいても馬車とかがないから運べないでごわすよ」
「胃袋に仕舞うしかなかったわけだな」
4人は食い荒らした倉庫に手を合わせ、そのまま去っていく。外は既に夕暮れだった。空がオレンジ色に染まっている。
「いやぁ、綺麗だなぁ」
「久方ぶりの米で腹を満たした後だ。そりゃあ綺麗に見える……」
「今ならどんなことでも許せそうだわ……」
「白米……美味かったでごわすなぁ」
しみじみしながら村の出口まで向かう。4人は幸せの絶頂であった。このまま無事に帰って、暖かなベッドの中で何も考えずに寝れればなお最高だ。彼らは踵を返し、村に背を向けた。その時、比較的若い村人が、村全体に聞こえるような声で叫んだ。
「大変だ! 倉庫に保管してあったはずの、大蛇様への捧げ物がなくなっているぞ!」
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