第4章 米編
第13話 失われた宝
「うーん、暇だ」
ヒラタは暇していた。先日の怪我がまだ完全に治癒していないため、冒険に行けないのだ。一応、まだいくらか生活するためのお金は残っているとはいえ、暇を持て余すなどあってはならない。少なくとも彼の信条はそうだった。
「やることないんだよなー」
そう言いながらヒラタは左腕のあった方をプランプランさせる。隻腕の状態には慣れていないため、まだたまに左手で何かを掴もうとしてしまう癖が抜けていない。このままでは冒険者活動において、咄嗟の時に隙ができてしまうだろう。
「訓練場でも行くかなぁ……。でも血ぃ失いすぎたからあんまり動くなって言われてんだよなぁ……」
今のヒラタは絶対安静。訓練などもってのほかである。
「そうだペン。まったく、ちょっと見てない隙に大怪我して帰ってくるなんて、情けないにも程があるペンよ」
「はは、丸焼きにするぞ」
テイマーギルドはただいまヒラタとペン太の2人だけ。今日はルーンさんも仕事で出掛けているのだ。そのため本来テイマーギルドは鍵を掛けて封鎖しておかなくてはならないのだが、ヒラタは顔馴染みなので建物の合鍵を貰っていた。
「あーあ、なんか楽しそうなことないかなー」
「ないペンよー、大人しく寝とけペンー」
ため息をつきながらヒラタは辺りを見渡した。すると一際新しい貼り紙が目に止まる。それはどうやらヒラタが依頼で外に出ている時に貼られたものらしく、ルーンさんらしく乱雑にテープで留められている。どうやら戦士ギルドの催し物の案内のようだが……。
「相撲大会……?」
□■□■
「ニィッシィ〜! ヒラタの富士ィィィィィ!」
「ヒガッシィ〜! セブンスの海ィィィィィ!」
「「両者見合って! ハッケヨイ! のこった!」」
戦士ギルドの相撲大会にて、隻腕の関取が出現したと大きな話題になった。
「うおらあああああああ!!!」
「ぐっ……体幹が強い……! ぐえー!」
「勝者! ヒラタの富士ィィィィィ!」
「「「「「うおおおおお!」」」」」
ヒラタは持ち前の身体能力で、バッタバッタと相手をなぎ倒していった。相撲などやったことのない彼だったが、始めて数回目ですぐにコツを掴んだ。要は相手の重心を崩してしまえばよいのだ。パワーでゴリ押すより、そっちの方が彼には合っていた。
「すごい! これでヒラタ富士は5連勝だ! ヒョロガリなのになんて勝率! これは新たな横綱誕生かァ〜ッ!?」
異世界になぜ相撲があるのかなど、彼には些細なことであった。とにかく楽しそうだったから参加する。それだけである。なお、ペン太にはおもくそ止められた。
「さてお次は……戦士ギルドの中でも最強クラスのお相撲さんが登場だァー! 2ヶ月前に突如として現れ、なんとここまで勝率94%! 誰もが度肝を抜かれた怪物が今宵もやってくるゥー!」
ヒラタの次の対戦相手は、異世界では珍しく真っ当なお相撲さん体型だった。だが歳は今のヒラタと同じくらいに見える。
「ニィシィ〜! 大ノ山ァァァァァ!」
体格差は圧倒的だった。相手の足は丸太のように太く、腕はヒラタの2〜3倍はある。特徴的なのか異世界人特有の派手な髪色であり、なんとこの関取は緑色の髪をしていたのだ。デコを出すように髪を上げ、頭頂部の少し後ろらへんでまとめてある。風貌は奇抜だが、お相撲さんらしくはあった。
「ヒガッシィ〜! ヒラタの富士ィィィィィ!」
対するヒラタは右腕だけで戦わねばならない。厳しい戦いになることを覚悟し、手を床についた。
「「ハッケヨイ! のこった!」」
開始と共に戦車のような突進をかましてくる大ノ山。それに対しヒラタは、なんとその場で飛び上がった。
「!?」
そしてそのまま大ノ山の上を飛び越え、背後に立つ。そしてガラ空きの背中を全力で押す!
「ッ!? なんだこれ!?」
だが、動かない。ならばと足を刈ろうとしてみるが、てんでダメ。まるで本物の山のようだった。
「どっせい!」
悪戦苦闘しているうちに、大ノ山から凄まじい張り手が飛んでくる。だがヒラタもガード。1歩後退りしたが、まだリングの外には出ていない。
「なんと……!」
「ヒラタの富士、大ノ山の強烈な張り手を耐えたァーッ! ヒョロガリなのにすごいぞ!」
「細マッチョと言ってほしいんだが……」
しかし張り手は相当な威力。内臓の方にも響いてくる。痛みに耐えながらヒラタは大ノ山を睨みつけ……。
「あっ……」
その場で膝を着いた。貧血による目眩がしたのだ。もともと体力が減っていた状態で、そこに張り手を喰らったのだからそうなってもおかしくない。
「勝者! 大ノ山ァ~ッ!」
「「「「「うおおおおおお!」」」」」
ヒラタは敗北した。なんということだ。目の前が真っ暗になった。そしてそのまま……。
「はっ! ここは!?」
「医務室でごわす」
目を覚ますと、そこは知らない天井。そして知らない声。起き上がってみると、そこは学校の保健室みたいな場所であった。そしてヒラタはベッドに寝かされ、そのそばには、ヒラタを倒したお相撲さんの姿があった。
「まさかあなたが俺を運んで……?」
「そうでごわすよ。お主の戦いぶりに感銘を受けて……というのとはちょっと違うでごわすが、まぁ運んだのはおいどんでごわす」
低い声と特徴的な一人称、そして面白おかしい語尾。一般人から見ればなんかすごい人だな……といった感想を抱きそうだが、ヒラタは違う。彼は相棒のペン太でそういうのに慣れているのだ。だからこそスムーズに受け答えができた。
「そ、そうだったのか。いやぁありがとうございます。実はつい最近ポカやってちょっと貧血気味で……」
「礼には及ばないでごわす。……実はお主に話があるのでごわすよ」
お相撲さんはなんだか神妙な面持ちで語り始める。両手を組み、顔に影を落として、まるで詐欺師みたいに小さな声で。
「白米を、食べたくはないでごわすか?」
「!?」
言葉の威力は絶大だった。白米。それはヒラタが異世界に来てから一度足りとも口にしていないソウルフード。異世界なのだから当然存在するはずないと思っていたのだが……。
「おいどんの名前は、オオヤマ テツロウ。お主と同じ日本人でごわす。そして――」
「――白米の在り処を、知っている者」
オオヤマは首肯。これは話が変わってきた。ヒラタは飢えていたのだ。米に飢えていたのだ。考えてみてほしい。日本人が2ヶ月も米を食べない生活を続けていたらどうなるか。答えは簡単。死だ。白米欠乏症になって死ぬ。日本人は皆そうなのだ。
「少し、話を聞こうじゃないか」
それはヒラタも同じこと。彼は失われた白米を再び口にするために、オオヤマの話を聞くことにした……!
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