第12話 迸る紅

 魔王。それはなんかすっげーつよい奴。神出鬼没であり、一度出ると恐ろしいほどの被害を出すと言われている。過去にはたった1体の魔王によって人類の領土の約半分が奪われたという話もあるくらいだ。


「クッソ……なんでこんなとこにいんだよ」


 目の前の魔王……デューラと名乗った紅の騎士は、ヒラタと対峙していた。後方では慌てて他の者が馬車へと乗り込もうとしている。


「おい魔王! お前の目的はなんだ!」


「……我の目的は、ない」


 ヒラタは考察する。大抵の魔王には知性があるとされている。目の前の魔王も人語を理解する辺り、相当高い知性を有している。見た目は騎士のようだ。おそらくこれはナイト系モンスターが変異したのだろう。そして名前と風貌から察するに、デュラハンと何かしら関係がありそうだ。ヒラタが知らないだけでそういうモンスターがこの世界にいるのか、はたまた偶然か。どちらにせよ……。


「おい! 馬車には乗れたか!?」


「の、乗れた! 全員だ! だが馬が……」


「なんとかして走らせろ! 全速力だ! 隙を作るから、合図したら走れ!」


 ヒラタは背後を見ない。見る余裕がない。一瞬でも魔王から目を離せば、死ぬ。本能で理解できる。


「さて、楽しませてくれよ……」


「クソッタレ……」


 魔王デューラはにじり寄る。その様子に一切隙はない。だが……。


「〈炎球ファイヤボール〉!」


 ヒラタは木刀を腰に戻し、両手でスキルを放った。


「〈炎球ファイヤボール〉! 〈炎球ファイヤボール〉! 〈炎球ファイヤボール〉! 〈炎球ファイヤボール〉! 〈炎球ファイヤボール〉! 〈炎球ファイヤボール〉! 〈炎球ファイヤボール〉! 〈炎球ファイヤボール〉! 〈炎球ファイヤボール〉! 〈炎球ファイヤボール〉! 〈炎球ファイヤボール〉! 〈炎球ファイヤボール〉!」


 『紅』の魔王に負けず劣らずの炎。それをグミ撃ちし、ヒラタはデューラの視界を塞いだ。


「や、やったか!?」


 巻き上がる土煙。ヒラタは思わずそう口にした。だが希望は儚く消える。一瞬にして紅の鎌が、土煙を切り裂いたのだ。


「脆弱」


「クソッタレ!」


 魔王デューラには傷ひとつない。ヒラタの〈炎球ファイヤボール〉とて、弱いスキルではないのだ。だというのにこれとは。まさにレベルが違う。


「どうした? 手品は終わりか?」


 だがヒラタは諦めない。奴の動き、そして姿形を見て、必死にこの場を切り抜ける策を考えていた。ヒラタの強みは豊富な知識。モンスターの知識だけなら随一だ。そんなヒラタだからこそ可能な打開策。彼はそれを探っていた。


「いいや、まだだね」


 ヒラタは魔王デューラを観察し、ある仮説を思いつく。だがあくまで仮説。それを証明するために、彼はまだ見せていないカードを切る。


「エンブレム!」


「!?」


 ヒラタは天高くエンブレムを掲げた。


「ペン太! 凍らせろ!」


 そうして顔を空に向け、叫ぶ。それを聞いた魔王デューラは上体を僅かに反らし、上を向いた。


 そう、のだ。首のないその体で。


「〈グッさん流剣技・居合〉」


 もちろん空にはペン太などいない。ヒラタはエンブレムを発動していないからだ。端からブラフであった。だがその効果はてきめん。魔王はヒラタの仮説を自ら立証してみせたのだ。


「遅いッ!」


 ヒラタの音速の剣も、『紅』の魔王の前では児戯に等しい。凄まじい反応速度で鎌が振るわれる。だがヒラタはギリギリのところで踏みとどまり、右方向に半歩だけ避けた。


 そして、鎌が振るわれる地点、その直線上に


「!?」


 驚きによって吐息が漏れる。だが魔王は躊躇わない。そのまま鎌は振るわれ、容赦なくヒラタの左腕が切断されて飛ぶ。


 失われた手足が戻ることはない。人間でもモンスターでも、仮に魔王であってもそれは同じこと。だからこそ魔王デューラはヒラタのわざと左腕を切らせたような動きに困惑し、僅かに身を固くした。ただその一瞬さえあれば、ヒラタには十分だった。


「血の目潰しだ!」


 鮮血迸る左腕の切断面。それを肩の関節を使い、魔王デューラの存在しないはずの首の方へ向けた。血液はシャワーのように降り注ぎ、そして――。


「ぐっ…バカな!?」


 そして、血がべっとりと付着したことで、魔王デューラの頭部が露になった。そう、魔王デューラの首は、なかったわけじゃない。透明だったのだ。


「顔がないのに見えるし音も聞けるってのはおかしい。オマケにお前は俺のブラフに引っ掛かり、首がないにもかかわず空を見上げた。その行動が決定的だったぜ」


「おのれ……目が……!」


 血が目に入ったことで魔王デューラの視界は塞がれた。これ以上ない隙だ。ヒラタは叫ぶ。


「走れぇぇぇぇぇ!!!」


 そうして最後の力を振り絞り、〈グッさん流剣技・居合〉を使って高速移動。自身も馬車に飛び乗った。


「くっ、はははははッ! 面白いぞ人間! 貴様、名はなんと言う?」


「俺の名前はヒラタ イヨウ! 陽気でヤンチャな日本人だぜ! もう二度と面見せるなよバカヤロー!」


「ヒラタか! その顔と名前、覚えたぞ!」


 魔王デューラは遠ざかっていく。血の目潰しもそこまで万能ではない。おそらく、ヒラタの勇気ある行動に免じて見逃してくれたのだろう。そのことに感謝しながら、ヒラタは左腕の切断面を見た。


「お、おい、それ……」


 キンツテは恐ろしいものでも見たかのような顔で、声を掛けてくる。だがそれを制したのはベルトの震えた声だった。


「お前、イカれてんのか……? 正気の沙汰じゃない。なんで左腕を捨てたんだよ」


「捨てたんじゃない。使ったんだよ、ベルト」


 ひとまず服を使って止血を試みる。痛みはあるが無視できる程度だ。ヒラタにはちゃんと応急手当の知識がある。傷口を圧迫することで止血はできた。


「なんと……あんなものが出るとは……」


「我々奴隷解放軍も、1歩遅れれば大惨事に……」


 馬車の荷台は、奴隷解放軍が乗ったことで狭くなったかと思いきや、意外とそうでもなかった。荷物をいくらか捨てたようだ。賢明な判断だったと言えるだろう。


「ま、まさか魔王が出るとは……。不運にも程がある。冒険者がいなければ今頃どうなっていたか……」


 馬車の中は重苦しい雰囲気だった。誰も何も言えず、気がつけば王都がすぐそこまで来ていた。どうやら無事に戻ってこれたようだ。一行は南門を通って王都の中に入り、ようやく馬車から降りることができた。


「私はギルドに報告に行ってくる。こうなってはもう商売どころではない。アキナイ・フォレストは封鎖だ。早くせねば次の被害者が出る!」


 商人は馬車を率いて冒険者ギルドへ向かった。残されたのは冒険者達と奴隷解放軍達。


「我々は奴隷解放運動を続けたい……が、当面は家で大人しくした方がいいような気がするよ」


 彼らも青白い顔で去っていった。よほど今回のことが堪えたのだろうか。もう盗賊紛いのことはやめてほしいものだ。


「じゃ、俺は教会に行って傷を見てもらおうかな。ひょっとしたら回復魔法でニョキッと生えてくるかもしんないし」


 ヒラタはわざとおちゃらけた風にそう言った。当たり前だが、回復魔法はそんなに万能ではない。いくら異世界と言えど、失った部位を再生させる術は普及してないのだ。さらに言えば、地球よりも技術の発展は遅れているため義手や義足といったものはまだ開発されていない。ヒラタは今後、ずっと隻腕で暮らしていくことになる。


「お前は……まぁ、いい。だが惜しいな。Dランクにさせてはスジのいい奴だった。お前が引退しなければかなりいいところまでは行けていたはずだ」


「いや俺引退しないけど?」


「……まさか、片腕を失くした状態で冒険者を続けるつもりか!? 無茶だ! そういった奴の死亡率は五体満足の奴と比べても格段にはね上がる。せっかく拾った命だぞ!? どうしてそこまでして冒険者を続けるんだ!」


 その問いを答えるのを、ヒラタはほんの少し躊躇った。一瞬だけ目を伏せて思案した。だが、すぐに顔を上げると、笑顔で言った。


「俺は異世界から来たんだ」


「……は?」


「俺のいた世界は平和で、楽しい場所だった。この世界もいいけど、俺は元の世界に戻りたいんだ」


 ヒラタ イヨウの目的。それは元の世界に戻ること。それだけをモチベーションに、彼は異世界での2ヶ月を耐え忍んできたのだ。


「同じ世界から来た奴らを集めて、みんなで協力して元の世界に帰る。それが俺の目標なんだ。だから冒険者はやめない。俺と同じ世界から来た奴らはみんな冒険者になるだろうから、冒険者でいることが仲間探しに繋がるんだ」


 だからヒラタは冒険者であり続ける。仲間を探し、いつか日本に帰ることを夢見て。


「でもこの世界もそんなに嫌いじゃないんだぜ」


 彼はそう言ってこの場を去った。後に残された2人はなんと言ったらいいのか分からないまま、彼を見送った。


 □■□■


「というわけで俺、隻腕になったから!」


「あのさぁ……」


 テイマーギルドでルーンさんにしこたま怒られるのは、また別のお話。

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