第11話 騒ごうぜ、MYU-JIKARU
「さ、さっきのやつ……」
馬車に揺られてる最中、キンツテはおもむろに口を開いた。
「さっきのやつ、なんで2人はいるって分かったんだ?」
「うーん、そうだなぁ」
ヒラタはあの時感じたことを必死に言語化しようと頭を悩ませる。だが、上手くいかない。彼は学ぶのは得意だが教えるのは苦手なのだ。
「えーと、なんていうかー……」
「動いてるのを見たからだ」
その様子を見あぐねたのか、ベルトが口を突っ込んできた。
「馬車を降ろす時にな。ウッドマンは音に反応する。周りをよく見ていれば、風もないのに木々が揺れているのに気づいたはずだ」
「そうそう、それが言いたかったんだよ」
「そして奴らの、枝を伸ばしてくる攻撃には特徴がある。攻撃する時、必ず伸ばしてくる枝を引き絞るんだ。これもよく見てれば分かる」
ベルトはヒラタの言いたかったことを全て言語化してくれた。どうやらヒラタよりもベルトの方が、そっちの能力は高いようだ。
「そうそう、それが言いたかったんだよ」
「へぇー! すげぇな。冒険者ってそういうことも考えないといけないんだ!」
「そうだぜ。だからキンツテ、パワーだけあっても最強にはなれない。全てのステータスを均等に伸ばせとは言わないが、最低限鍛えるべきところは鍛えとかないといけないんだぜ」
とはいえ、それを補うためのパーティーでもあるのだ。なんでも1人でやろうとすると、冒険者なんてやってられない。Aランク冒険者ですらソロの冒険は控えるくらいだ。
「なるほどなぁー! じゃあオレ、もっと賢くなんないとな!」
「ふん。その様子じゃ、10年経っても変わらなさそうだがな」
「な、何をー!?」
ベルトとキンツテのやり取りを見ながら、ヒラタは思案した。アキナイ・フォレストには多種多様なモンスターが生息しているが、そのうち注意しなくてはならないモンスターは数種類のみ。ウッドマンのそのうちの1匹だったが、意外にもベルトが要領よく対処してくれたおかげでなんとかなった。
「Cランク冒険者とは聞いていたが、意外にやるもんだな」
「おいおい、冒険者を舐めるなよ。Cランク帯じゃあ俺程度はゴロゴロいる。標準だ、標準」
「そうか? ウッドマンとの戦い方、結構上手かったと思うぜ」
「はん! ガキが、一丁前なことを言いやがる。あのくらい出来て当然だ」
ヒラタは首を傾げた。ウッドマンによって毎年Cランク冒険者がやられているのは周知の事実。逆に言えば、ウッドマンを簡単に倒せるかどうかがCランクとBランクの分かれ目ということだ。そう考えれば、ベルトの実力はCランクの中でも上位と言っていいはずだが……。
「まぁ、今は関係ないか。それより……」
「あぁ。次から次へと客が多いな」
2人が立ち上がるとほぼ同時。馬車が急停車した。キンツテは荷物に頭をぶつけながら、慌てて外を見る。
「止まれぃ、そこの馬車ぁ」
「な、なんだね君達は……」
ズラリと馬車を囲むように、白い装束の男達が立っていた。その中でも一際体格の大きな男が、威圧するように片手を前に出して喋っている。
「我々は奴隷解放軍の者です。あなた達の荷物を調べさせてください」
「ど、奴隷解放軍!? な、な、何をするつもりだ!?」
その名を聞いた商人の焦りようは、まさに火を付けられたカエルのようであった。とはいえ、ヒラタ達には商人の安全を確保するという仕事がある。外に出て、奴隷解放軍と対峙した。
「もしかして、断るつもりですか? まさか、その荷物の中には奴隷が入っているのではないでしょうね?」
「入ってるわけないだろ!? 人間を箱につめて運ぶ意味がないだろ!」
「怪しい。やはりあなたは奴隷を運搬している悪徳商人に違いない! 実力行使に出ますよ! さもなくば荷物を見せなさい!」
とはいえ相手は人間だ。ヒラタとてさすがに人間を攻撃するのは躊躇われる。そうこうしているうちに、白装束は勝手に荷台に上がって荷物をしっちゃかめっちゃかに開け始めた。
「あ、ちょっと! 乱暴に扱わないで!」
「ふむ……中はただの食料のようですね。おやこれは? 香辛料ですか。しかも栽培が難しいタイプの……」
商人は何とかして止めようとするが、奴隷解放軍は全員で10名ほどいる。止められるわけもなく、ただ大切な荷物が荒らされていくのを眺めるしかなかった。
「どうやら荷物に奴隷はいないようですねぇ……」
「ぐっ……おのれ奴隷解放軍め。貴様らのせいで商品達が台無しじゃないか」
「おや失敬。ですがこれも奴隷解放運動の一環だと思って……。そうだちょうどいい。台無しになったというのなら、その荷物、我々が貰ってあげますよ」
「は、はぁ!? 何を言っている! これは私が仕入れた商品で……」
「その大切な商品を、我々奴隷解放軍が使ってあげると言っているのですよ!? これはいわば、神に捧げ物をするのと同じこと。我々への貢ぎ物を拒むとは……さてはあなたは奴隷推進派の輩ですね!? 皆さん! 彼を拘束してください!」
奴隷解放軍達は一斉に武器を取り出した。隠してもっておけるようなナイフだ。それを商人に突きつける。
「おいおい、それはないだろー! やってることモロ盗賊じゃんか」
そこにキンツテが割り込む。商人にナイフを向けられたとなっちゃあ、冒険者は黙っていられない。
「盗賊と同じ? 分かってないですねこのガキは。我々がいかに慈悲深い活動をしているか、とくと教えてあげますよ!」
大柄の男は懐から四角い何かを取り出した。箱のようなものの側面をポチリと押すと、機械的な音が流れ出す。
「ミュージカルでね!」
「ミュージカル!?」
ズンチャ、ズンチャ、ズンチャッチャ。
「我~々はァ~、奴隷解放軍~♪」
「「「「解放軍~♪」」」」
「さすらう正義の義勇団~♪」
「「「「義勇団~♪」」」」
「蔓延る悪しき風習。それは奴隷制度! あぁ! あぁなんて~許すまじ~♪」
「許すまじ!」
「「許すまじ!」」
「貴族達は定めた~、人権~♪」
「「「「基本的人権~♪」」」」
「全ての人は~、平等!」
「平等!」
「「平等! 平等!」」
「だのに! 忌まわしき裏王都はいまだ奴隷制度を廃止していない! これがなんと愚かしいことか、あなたに分かりますか!?」
「え、お、オレ?」
「そう! 裏王都の貴族達は~、腐敗した貴族~♪」
「金や権力、挙げ句の果てには暴力! そんなもので得た貴族という称号を、あなたは信用するのですか!?」
ズンチャッチャ、ズンチャッチャ、ズンチャ、ズンチャ、ズンチャッチャ。
「あぁ~、だからこそ我々は活動する~♪」
「活動する~♪」
「「活動する~♪」」
「「「活動する~♪」」」
「奴隷制度のない、平等な社会を作るためにィ~♪」
「「「「平等な社会を作るためにィ~♪」」」」
盛り上がりはクライマックス! 今だ! 決めろバク転、ブレイクダンス!
「そのためにぜひとも寄付を! 献金を! 貢ぎ物を!」
「「「「寄付! 献金! 貢ぎ物~♪」」」」
「それがあれば奴隷制度はいずれ、消えて~ゆくので~~~す♪」
「「「「あああぁ~♪」」」」
デデドン!
「というわけで、食べ物を下さい」
「ただの乞食じゃねぇか!」
見事なまでの歌と踊りを披露した奴隷解放軍。多分それを王都で芸人としてやっていけば、生活できるくらいには稼げると思うのだが。
「……妙だな」
「何ィ? 妙ですと? 我々の活動にケチをつけるおつもりで!?」
「いや、そうじゃない」
ベルトは唇に人差し指を当てて、沈黙を促した。その様子があまりにも真剣だったために、皆は押し黙る。ベルトは数秒後、低い声で言った。
「静か過ぎる」
言われてみれば、そうだ。あれだけ音楽も流してどんちゃん騒ぎしていれば、モンスターが寄ってきても不思議じゃない……というより、寄ってこなければおかしい。ウッドマンはもちろん、ほとんどのモンスターには聴覚があるのだ。音楽が聞こえないはずがない。
「そう言えば、さっきからなんか変な臭いしないか?」
キンツテはそう言うが、ヒラタの鼻は何の臭いも感じなかった。だが何かヤバそうだ。こんな感覚は今までに一度も……いや、ある。それはヒラタが異世界に来てからすぐのことであり、出来ればもう二度と感じたくなかったもの。
「ヤバい……! 全員逃げろ!」
「に、逃げる? いったい何から……」
「いいから! すぐに王都の方に馬車を走らせろ! お前らも乗れ!」
ヒラタの叫びに、商人や奴隷解放軍達は困惑している。だがそうこうしている間にも、ヒラタの心臓は早鐘を打ってすぐにこの場から離れるよう言っている。
「ッ!? なんだこれは……?」
次に異変に気づいたのはベルトだった。半歩に後退りしたかと思うと、その場で腰を抜かしてしまった。だがそれを誰が責められるだろうか。次の瞬間には、その場の全員が気配の元と相対することになったのだから。
「……我は、魔王」
それは霧がちょうどその場に発生するかのように、不意に、忽然と、姿を現した。赤い鎧に身を纏い、血の色をした鎌を携える騎士。だが、その騎士には頭がなかったのだ。まるでそれは切り取られたかのように、頭だけがなかった。
「な、ん……」
その場の誰が漏らした言葉だったかは分からない。だが、血の色の騎士は赤黒いマントをたなびかせながら応答した。
「我は魔王……、『紅』の魔王デューラ。貴様らの命を刈り取って――」
「〈グッさん流剣技・居合〉!」
魔王デューラと名乗る者、その胴体を木刀が強襲。だが……。
「威勢や、よし」
「防がれた!?」
ヒラタの誇る音速の剣は、鎌によっていとも容易く弾かれた。力の差は歴然。それを察したヒラタはなりふり構わず咆哮。
「全員! 逃げろ!」
命懸けの撤退戦が始まった。
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