第10話 木々のただなかで
「ん……」
馬車がゆったりと停まる感覚で、ヒラタは目を覚ました。何事かと外を覗けば馬に股がる商人が頬を掻きながら唸っていた。
「うむ、どうしたものか」
ヒラタは荷台から飛び降り、何があったのか確認する。そこにはわりと大きめの渓谷。それと、壊れた橋。
「あちゃー、橋壊れてんだ」
「そのような情報はなかったはずだが……モンスターが支えのロープでも引きちぎったのかもしれん。しかし困ったな」
アキナイ・フォレストの中でも目印となるようなその渓谷は、かなり大きく、そして深かった。万が一落ちれば確実に命はないだろう。橋は無残にも中央から破壊されており、直せそうにはない。
「この渓谷を迂回するとなると、かなりの時間を要する。それは出来れば避けたい。商売とは時間が命なのだ」
商人は荷物の方を見ながらそう言った。劣化の早い食物でも運んでいるのかもしれない。
「とはいえ、橋が壊れてるんじゃ先には進めないっすよ」
「それを何とかするのが冒険者だろう」
「んな無茶な」
冒険者の仕事はあくまで護衛。無事に護衛対象を目的地まで運べれば何の問題もなく仕事は完遂できる。だが、冒険者にとっても時間が命なのは変わらない。仕事はなるべくその日のうちに終わらせるのが、デキる冒険者なのだ。とはいえ、この渓谷をなんとかするのは……。
「んおー、なんかすごいことになってるな!」
「えーと、キンツテだっけ。実は橋が壊れてて進めないんだ」
「橋が壊れてるなら橋を作ればいいだろー」
「さらに無茶な」
キンツテは荷台から飛び降りると、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡した。かと思うと、周囲でも一際大きな木に向かって歩き、幹に正拳突きをかました。するとなんということだろう。ミシミシと音を立てて、木が倒れていくではないか。
「お、おおおお」
あまりの光景に商人はため息を漏らして驚いた。もちろんヒラタも驚きはしたが、商人の驚きとはまた種類が違っていた。
「意外と……やるな」
冒険者はそれならに腕が立つから冒険者なのだ。それは大人だろうと子供だろうと同じこと。だが、分かっていても自分より遥かに小さいクソガキが、大木を正拳突きでへし折るという光景は常軌を逸しているように見えた。
ズシンと音を立て、大木はまるで橋の役割を果たすように、渓谷に倒れた。太さは少々心もとないが、まぁ馬車で通れないこともないだろう。
「へっへーん、どんなもんだい」
「素晴らしい。さすがは冒険者だ。さぁ、時間が惜しい。早く荷台に乗れ」
商人は機嫌を直して馬に指示を出す。調子のいい奴だな、と内心で思いつつ、ヒラタはキンツテに話しかけた。
「お前すごいな。ガキなのに大した筋力だ」
「当然だぜ。なんたって俺はいずれSランク冒険者になる男! この程度朝飯前だ!」
馬車は倒れた大木の上を進んでいく。多少ガタガタしているが、途中で横転してしまうといったことはなさそうだ。
「へぇー、キンツテはSランク冒険者になりたいのか」
「あぁ! Sランク冒険者になってな、俺は世界一強い男になるんだ!」
ヒラタは片目をつむった。ただの子供が言うことなら世迷い言だが、今しがた見たキンツテのパワーを考えれば、それも不可能ではないかもしれない。おそらく、今のヒラタがキンツテと腕相撲をすれば負けるだろう。推定12歳かそこらに見えるというのに、凄まじい筋力。将来が楽しみだ。
「だけどなぁキンツテ。冒険者は力だけじゃ成り行かないんだぜ」
「えー、なんでだよ! 力こそパワーだろ!」
大木を進み、馬車は渓谷を越えることができた。馬はゆっくりと木から降り、荷台は冒険者達で降ろすことにする。ヒラタは眠りこけるベルトを起こし、荷台から降りた。
「ほら、俺の筋力があれば荷台だって簡単に降ろせるぞ」
キンツテは大量の荷物が積まれた荷台を軽々持ち上げる。何の苦もなく、息も切れていない。まさしく恵体。天よりのギフトと言うしかない。だがヒラタはそんなキンツテに、冒険者として大切なことを教えることにした。
「確かにキンツテ、お前の力があればきっといい冒険者になれる」
「そうだろそうだろー」
「でも、最強にはなれない」
ヒラタとベルトが、腰に下げた得物を抜く。そして2人、ほぼ同時に商人の方に向かって駆け出した。
「な、なんだね!?」
「動くんじゃあねぇ!」
ベルトが酒臭い口でそう言い、薄い刃の剣を商人に向かって振りかざす。そして――。
「うおおおお!」
商人を襲う木の枝を、容赦なく切り飛ばした。
「カバー!」
「もろのちん!」
続く枝の強襲を、ヒラタは木刀で打ちつけていなす。商人は腰を抜かし、目をかっぴらいた。音もなく忍び寄ってきた襲撃者を瞳に焼きつけているのだ。
「き、木が動いとる……」
商人の呟きは的を射ていた。襲撃者の正体。それは枝をうねうねと動かす木であったのだ。根を土から出し、足のようにしてこちらに向かってくる。
「えっ、えっ?」
奇襲を防ぎ一段落したところで、ようやくキンツテが我に返った。ヒラタとベルトは動く木を睨みながら情報を共有する。
「ウッドマンか。厄介だな」
「木に擬態して奇襲するモンスターだ。本体は木の中に潜む寄生虫だから、木をいくら攻撃しても効果はないぞ」
テイマーギルドに所属しているだけあって、ヒラタのモンスターの知識は非常に豊富。そんな彼の情報によると、ウッドマンはCランクモンスター。パワーもスピードもないが、奇襲攻撃を得意としており、毎年何人もこのモンスターによって命を落としている厄介な奴。亜種や希少種なんかもいるらしく、世界中の森に生息しているらしい。
「ヒラタとか言ったな。お前、右から回れ。俺は左から攻撃を仕掛ける」
「嫌だね。断る」
「……っ!? 今はふざけている場合じゃ――」
「冷静になれよベルト。周りをもっとよく見てみろ」
「……?」
ヒラタは感じ取っていた。辺りの木々のざわめきを。これはおそらく……。
「ウッドマンの最大の特徴は擬態。周りに何体ウッドマンがいるか分からねぇんだ。俺の感覚で言えばだいたい3~5体はいておかしくない」
「まさか、群れか?」
「だろうな。おそらく、さっき木を倒した音を聞きつけて集まってきたのかもしれない。いずれにせよ、まだ潜んでる奴がいる以上……」
「商人への攻撃をガードする奴が必要ということか」
「そういうこと。キンツテは多分、まだモンスターの気配とか分からない感じだ。ベルトが指示を出して、一緒に商人を守っておいてくれ」
「ガキが……。だがお前はどうする。Dランクなんだろう。1人でウッドマンを倒せるのか?」
ベルトの疑問に、ヒラタは首肯する。そして左手をかざしてスキルを放った。
「〈
燃え盛る炎の球はまさに、木に寄生するウッドマンにとっては天敵。ウッドマンはいくつかの枝を編み込んで、即席の盾を作り出した。そしてそれを幹のある一点に被せる。その行為が意味することは、ただひとつ。
「そこか」
〈
「〈グッさん流剣技・居合〉!」
踏み込みによって爆発するような音がした。ヒラタは一瞬にしてウッドマンの背後に立つ。そして一拍遅れて、ウッドマンの木が真っ二つに割れた。そしてその割れ目には、握り拳くらいの虫が体を裂かれた状態で泡を吹いている。
「今だ! 正面突破!」
ヒラタは正面のウッドマンを倒した。この場合、無理矢理突っ切った方が早いに決まっている。ヒラタは後方のパーティーメンバーに指示を出した。
「商人! 馬を走らせろ!」
ベルトとキンツテが襲いくる枝達を必死に迎撃するなか、商人は怖がる馬に鞭を打つ。いななきと共に、馬はヒラタの方に猛突進。ヒラタは馬車とすれ違いざまに飛び乗る。狭い荷台に飛び乗ったため、荷物が少しばかり崩れたが、まあ気にしないことにした。それよりも……。
「みんな無事か? 追っ手は?」
「今のところない。どうやら仲間がやられたんでまごついてるようだな」
後ろでは、木々が困惑するようにうねっている。モンスターとはいえ、彼らも生物なのだ。仲間がやられれば悲しむ。
「なるべく殺したくはないんだけどな」
しかし、モンスターは人間を襲う。抵抗しなければ、殺されるのは人間なのだ。なるべく殺したくはないが、殺されるのは嫌だし、誰かがモンスターによって苦しめられているのを指を咥えて眺めているのも性に合わない。
「危ない危ない……。いやはや、護衛をつけて正解だった。もし1人で移動してたと考えるとゾッとするね」
その言葉がヒラタの罪悪感を少しでも薄めることになる。自分の力で誰かが救えたなら、それは素晴らしいことではないか。しかし、モンスターを殺したという事実は消えない。所詮自己満足なのだ。とはいえいくら考えていても、人間とモンスターが共存できる世界はそう簡単に訪れない。ヒラタはこれからも、罪悪感を誤魔化して生きていくしかないのだ。
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