第3章 商人の護衛編

第9話 パーティーを組むということ

「……」


 ここは冒険者ギルドの酒場。中世ナーロッパらしく、木製の建物だ。酒の匂いがひたすら漂うここは、酒場であると同時に冒険者達のメイン拠点でもある。それはつまりどういうことかと言うと……。


「……7時になりました」


「「「「「うおおおおおおおおお!!!!!」」」」」


「戦争じゃあーッ!」


 受付嬢の合図と共に、たむろしていた冒険者達が一斉に掲示板に突進した。


「ぐえー! 離せ! どけ! 依頼は俺のだ!」


「待て! やめろ! それは俺が先に目をつけてたんだ!」


「邪魔だ!!!」


 掲示板には多くの依頼が貼り出されている。そして群がる冒険者達は、その依頼を取り合っているのだ。


「マジで、少ないパイの奪い合いだぜ……」


 今日はヒラタもその戦争に参加している。他の屈強な冒険者達に揉まれながら、掲示板に貼り出された依頼に手を伸ばすのだ。


 そもそもなぜこのような、依頼を取り合うような事態になるのか。その理由は単純で、冒険者の数に対して依頼が少ないためである。当たり前だが、モンスターの討伐依頼や護衛任務は毎日貼り出されるとはいえ限度がある。数に限りがあるのだ。そしてその数は冒険者の数に比べて少ない。


「だが! ここで引いてはまた常設依頼をこなすだけの毎日になってしまう! そんなのは嫌だ!」


 毎日7時の合図と共に、多くの冒険者は依頼を取り合う。それがルールでありマナーであり様式美なのだ。だが、それでは多くの冒険者が路頭に迷ってしまうため、冒険者ギルドは常設依頼も出している。薬草採集なんかがそれで、駆け出しの冒険者はそういった常設依頼で生計を立てているのだ。


「常設依頼はな! 少ないんだよ! 報酬金が!」


 だが、常設依頼は報酬金が少ない。1日を凌げるくらいの稼ぎしかないのだ。文字通り泡銭である。そのため多くの冒険者が常設依頼ではない依頼を求め、朝7時からギルドに集まり、律儀に毎日取り合いしているのである。


「しゃおら掴んだ!」


 そして幸運にも、ヒラタは貼り出されていた依頼の1つを掴むことができた。奪われないように抱えながら、そそくさとその場から離れる。そして依頼文を確認するのだ。


「なになに……Dランク依頼、商人の護衛、報酬金は銀貨3枚……」


 薬草採取が1日働いて銀貨1枚なのを考えれば、この依頼は破格である。しかもちょうどいいことに、Dランク冒険者のヒラタでも受けられるDランク依頼。


「馬車も出るのか。歩かなくていいのは楽だな。これにしよう」


 報酬金も高いし、護衛だけならかなり楽に終わりそうだ。ヒラタはこの依頼を受けることにした。受付嬢に持っていき、申請をする。契約書を交わし、出発の時刻を教えてもらう。


「8時出発? 南門付近で待機しとけばいいんですか?」


「はい、そうなります。それと、今回の護衛ですが、ヒラタさん以外にも2名の冒険者が同行する形になります。つまり、パーティーを組んでもらいます」


「パーティー……」


 冒険者はソロで活動することもあるが、その多くはパーティーで活動する。理由は単純、パーティーの方が死亡率が下がるからだ。この世界のモンスターは、対処をミスすれば1発アウトみたいなものもざらにいる。そういった厄介なモンスター相手だと、ソロではどうしても限界が来る。


「分かりました。じゃあ8時に南門付近にいますね」


 ヒラタもそのことを理解しているから、パーティーを組むことに特段抵抗はなかった。8時まで時間を潰し、契約書通り南門に向かった。


「馬車……馬車……あれか」


 南門付近にて、商人が馬車に荷物を運び入れているのを発見。ヒラタは声を掛ける。


「すみません。冒険者のヒラタです。護衛任務で来たのですが……」


「む、冒険者か。すまないが、もうすぐで荷物を運び終わるから、馬車の中で待機しといてくれ」


 商人のおじさんはぶっきらぼうにそう言った。こういった態度に思うところがないわけでもないが、冒険者をやるとなったら避けられないことではある。ヒラタは大人しく、商人が指を差した馬車……荷物が積まれている方とは別の馬車に乗り込んだ。


「おっ、兄ちゃんも護衛任務に参加する冒険者か?」


 馬車に入るなり、金髪の子供が顔を近づけてきた。クソガキさながらの八重歯をニィと見せつけ笑っている。


「う、な、なんだね君は。もしかしてパーティーメンバー……?」


「そうだぜ。俺の名前はキンツテ! 兄ちゃんは?」


「あ、あぁ。俺の名前はヒラタ イヨウ」


「ヒラタ イヨウ? なんか変な名前だなー」


 キンツテと名乗った子供はヒラタから離れると、馬車の奥の方でくたびれたように寝ている男に声を掛けた。


「ベルト、3人目来たぞー。いい加減起きろよー」


「寝てない。うるさい。やかましい。高い声でキンキン喚くな」


 ベルトと呼ばれた男は、痩せた中年といった容貌だった。キンツテは派手な金髪だが、ベルトは地味な暗い茶髪。革で作られた鎧を着ており、歪曲した刀を腰に差している。


「……Cランク冒険者か」


「その様子じゃ、お前も金髪のガキと一緒でDランクかよ。こりゃ戦力には期待できねぇな」


 ベルトはどこからか取り出した酒を呷り、口を拭った。ヒラタやキンツテと違い、十全な装備を所持しているこの男は、間違いなくCランク冒険者。冒険者の中でも最も数が多く、毎年最も死人が出るランク帯。


「初めましてだな。俺はヒラタ。短い間だけど、よろしく」


「ん、あぁ。くれぐれも足は引っ張るなよ」


 ヒラタは容姿こそ17歳かそこらだが、中身はアラフィフなのだ。そのため経験から分かる。この男は、ダメな男だと。


「キンツテ、お前はあんな風にはなるなよ……」


「えーなんでだよ。俺もCランク冒険者になりたいぞ」


 キンツテはクソガキらしい反応をしながら、どっかり座った。荷台の余ったスペースに3人も座ればかなり狭い。とはいえ立っているわけにはいかないので、ヒラタもゆっくり腰を下ろした。そこに護衛対象の商人が顔を出す。


「冒険者、そろそろ出発する。準備はいいな? 今回はアキナイ・フォレストを通るから、それなりにモンスターと出会う可能性がある。払った金額分は働いてもらうぞ」


 ヒラタはなんとも言えない顔になる。だがこの程度のことでイラついていては冒険者などやってられない。商人は馬に股がり、馬車を発進させた。緩やかに荷台が動き出し、南門を通って王都を出る。


「何ともなく終わればいいけどな……」


 空は曇りだった。白と黒の混じった雲が、ヒラタ達の行く末を暗示しているようで、薄気味悪く感じた。ヒラタは目を逸らし、ひとまず何かがあるまでは体を休めようと考え、目を閉じていることにした。

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