第8話 タイム、プレイス
「……ペン太。俺の見間違えでなければ、あの人は……」
夜の王都。メアリーを探すヒラタの前に、思いもよらぬ人物が姿を現した。
「そうだペン。ヒラタが怪人と勘違いして攻撃を仕掛けた、あの人だペン」
それは昼に、ヒラタが早とちりで切りかかった黒髪の青少年であった。幸い、まだこちらには気づいていないようだが……。
「あ、謝った方がいい……よな?」
「当たり前だペン。むしろこのままスルーする方がおかしいペンよ。人の心がないペン」
「だよなぁ……」
後ろめたい気持ちがあった。だがペン太の言う通り、ここは素直に謝った方がいいだろう。仮にも同業者。また顔を合わせる機会もあるかもしれないのだ。
「あ、あのー、すみません……」
ヒラタは頬を叩いて気合いを入れ、声を掛けた。黒髪の青少年はゆっくりと振り返り、目を見開く。
「あ、昼の……」
「え、えと……その、昼はすみませんでした……。俺の早とちりで……」
「え、あ、ああ……」
気まずい沈黙が訪れる。それもそのはず、2人はほとんど初対面。会話も続くわけがなく……。だがヒラタはコミュニケーションに関しては自身がある方だった。彼の灰色脳細胞は最適解の行動を叩き示す。
「とりあえず! なんか食いません? 俺今ならちょっと金持ってるんすよ」
王都にはさまざまな露店が立ち並んでいる。それは夜であっても同じこと。今もほら、芋を焼いた美味しそうな匂いが漂ってくるではないか。
「ほら、石焼き芋食べたいって言ってたじゃないっすか。サツマイモはないっすけど、それに似たアマーイモって食い物ならあるんで、食べに行きましょう」
ヒラタの言葉に、黒髪の青少年は片眉を上げた。それを見たヒラタは仕草の真意を図りかねる。もしかしたら、既にアマーイモを食べた後で、今はお腹が空いていないのかもしれない。だとしたらコミュニケーションの一手をミスったぞ。ヒラタはそんなことを考えたが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。
「サツマイモ……?」
「サツマイモ……あぁ、こっちの世界にはサツマイモって名称はないのか。えーと、サツマイモはアマーイモに似た芋で……」
「いや待て、そうじゃない。お前今、こっちの世界……と言ったか?」
今度はヒラタが片眉を上げる番だった。言葉の意味を咀嚼し、もしやと思い口に出す。
「お、俺の名前はヒラタ イヨウ……。日本人だ……」
「ッ!? 日本人と言ったか!」
「そうだ。まさかお前も……?」
「あぁ! 俺の名前はコクザン ムカイ。鹿児島生まれの29歳、職業は弁護士だ」
なんと! ヒラタが勘違いで襲った青少年は、日本人だった! しかもヒラタより19歳も下で、さらに弁護士と来た。確かによくよく見れば、頭のよさそうな顔つき。ヒラタとは大違いである。
「マジかよ! いや……マジかよ!」
「マジだ……。すげぇな。まさかこんな偶然会えるだなんて」
ヒラタが2ヵ月……厳密にはもう少し短いのだが、とにかく長い間探し続けてきた地球人が、まさかこんなにあっさりと見つかるとは。しかも今日だけで2人。
「やはりこれは何者かの陰謀が働いているに違いない……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや何も。いやぁそれにしてもまさか日本人だったとは。ちょっと腰据えて話さないか? 実は、お前以外の日本人とも今日出会ってさ」
「ちょ、マジかよ。俺はあんだけ探しても見つからなかったってのに」
道の真ん中ではしゃぐのも迷惑なので、2人は場所を移動することにした。その際、今まであったことの情報共有を済ませておく。
「てなことがあってな、俺は日本人の仲間を集めるために活動してたんだ」
「なるほど。すげーよく分かったよ。でもお前はなんでそんなに仲間を集めてるんだ?」
「え、そりゃお前、当然――」
口を開きかけたヒラタ。だがそれをコクザンが制した。何事かと思い彼の視線の先を見ると……。
「メアリーじゃん」
ラフな格好に身を包んだ、異世界貴族のおてんば娘が目に入った。ヒラタは声を掛けようとする。だが、その言葉はコクザンの意味不明な発言に遮られてしまった。
「……おっぱい」
「……なんて?」
「おっぱい」
ヒラタは困惑した。気でも狂ったのかと思った。いや違う。ひょっとしたら自分の耳がおかしくなってしまったのかもしれない。ヒラタは改めて聞き返そうとしたが、コクザンの更なる追撃がそれを許さない。
「おっぱい、デカくないか?」
「あのさぁ……」
コクザンの視線は明らかにメアリーの方を向いている。ヒラタは彼の言わんとしていることが分かった。分かったが……。
「TPOを弁えろよ。ラノベじゃないんだからさ」
「なんだ、嫌に冷静だな。おっぱいだぞおっぱい。もしかしてお前性欲ないのか?」
「性欲なんて40で枯れ果てたわ!」
「枯れ……!? EDか!? いや待て40!? お前何歳だよ!?」
「イィィィィィィティィィィィィィ!」
「やめろつつくな! お前はなんなんだ!」
「元気ペンねー」
などと騒いでいると、メアリーがこちらに気づいた。彼女は近づいてきて、それからいまだにコクザンをツンツンしまくるヒラタを見てジト目になる。
「何やってんねん」
「おーメアリー! ちょうど探してたんだ。実はかくかくしかじかで」
「何? 森の怪人の正体が同郷者だったから依頼の達成ができない?」
「そうそう。でも一応事態は解決したわけだし、報酬金ってもらえないのかなーなんて思って……」
「いや普通に無理でしょ。依頼文にはちゃんと怪人の討伐もしくは捕縛が条件って書いてあったし」
「くそっ、さすが貴族の娘! 目ざといぜ……」
「えへへ、それほどでもある」
「褒めてないペンよ」
どうやら無理らしい。ヒラタのただ働きが確定した瞬間であった。
「うわー! 冒険者の1日は高いんだぞ!」
「そう? 別にそんなことはなくない?」
「お前は貴族の娘だから資本主義の歪みを知らんのだろ!」
ヒラタは陰謀論者であった。そのため、資本主義のことを秘密結社が世界を征服するために流布した悪い経済だと信じてやまない。資本主義は格差社会を生み、それが支配と差別に繋がるのだ。
「やっぱり共産主義……政府をノックアウト……」
「しっかりするペンよヒラタ。冒険者も稼ぎ次第では支配者層になれるペン」
とはいえヒラタの心は回復しない。それどころか、もう用はなかったのかメアリーはどこかに行ってしまった。これではコッソリ報酬金をいただくこともできない。
「なぁ、今の金髪異世界人、お前の知り合い? 俺に紹介してくれないか?」
残ったのは、やたら下ネタ好きな同郷の者だけであった。それではヒラタの心に空いた傷は塞がらない。
だが一方で、2人も日本人と出会うことができたことは彼にとって僥倖だった。これにより、彼の企む秘密の計画はまた1歩進むことになったのだから!
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