第7話 登場! 森の怪人
「アレ怪人じゃなかったのぉ!?」
ヒラタはショックを受けた。どうやらただの冒険者に喧嘩を売っていたらしい。
「ひぃん……後で謝らなきゃ……。しかも時間を大幅ロストしちゃったし」
「落ち込んでるペン? 珍しいペンね。ざまみろペン」
ペン太をしばき回しながら、ヒラタは森の探索を続ける。しかしこの森自体かなり大きく、なかなか件の怪人は見つからない。そこでヒラタは考えた。
「逆に見つかればいいんじゃね?」
突然だが、この世界にはスキルというものが存在する。スキルは人間やモンスターが持っている不思議な力のことで、人間は誰しも1人1つスキルを持っている。ヒラタは〈グッさん流剣技・居合〉という技を使うが、これはスキルではなく技術の賜物。ヒラタのスキルは別にあるのだ。それでそのスキルというのが……。
「〈
ヒラタの手のひらに、ごうごうと燃え盛る球形の炎が現れた。これこそがヒラタのスキル、〈
「こいつを打ち上げて空中で爆発させたら、怪人さんの目にも止まるんじゃね?」
そう言ってヒラタは遥か上空へ炎の球をぶん投げた。そして森に燃え移らない程度に、爆発させる。綺麗とは言い難い花火となって、昼空を彩った。
「なんか、思ったより目立たなかったなぁ」
とはいえかなり大きな音はしたはず。これで怪人が寄ってきてくれれば儲けもんだ。
「よし、待ってる間暇だしトランプしようぜ」
「大統領選だペン?」
「そっちじゃねぇよ」
などと会話していると、一陣の風が吹き荒ぶ。思わずヒラタもペン太も目をつむってしまった。そして再び瞳に光を映すと、そこには……。
「黒い……女の子……?」
少し離れたところに、華奢な女の子が立っていた。黒い革製の服を着用しており、さらに緑の黒髪……つまり非常に艶やかな光沢を放つ黒髪だったのだ。今日は黒髪によく出会うなぁと思いながら、ヒラタは女の子に近づいて声を掛けた。
「Hey、お嬢さん。こんなところで何やってんの? ここは悪い怪人が出る危ないところだから、早くお家に帰ることをオススメするね」
「見つけた……」
黒髪の少女は黒く濁った眼でヒラタを見た。近くで見ると、色白で整った顔立ちだと分かる。表情は不気味なほど真顔であり、幼気な雰囲気から察するに15歳か16歳くらい。そしてその少女は小さな口を開くと……!
「結婚しなさい!」
いきなり指を突きつけて叫んだ。
「……? 俺、耳がおかしくなっちまったのか?」
「結婚しなさい!」
「なぁペン太、さっきから幻聴が聞こえるんだが……」
「結婚しなさい!」
「奇遇だペン。ペンにも何やら幻聴が聞こえるペン」
「結婚しなさい!」
少女は表情を一切変えることなく叫び続ける。根負けしたヒラタは聞き返した。
「えと……、誰と誰が?」
「私と! あなたが!」
「なんで!?」
「なんでじゃないわよ! あなたを私の逆ハー要員にしてあげるって言ってるのよ!」
まずい。ヒラタはそう思った。見てくれだけで油断していたが、どうやら相当な狂人に出くわしてしまったらしい。
「えーと、丁重にお断りすることは……」
「くっ……あなたもそうやって私から逃げるのね……。この世界の人間はみんなそう。私が声を掛けてあげているのに、ある人は逃げ、またある人は襲いかかってきた。なんて野蛮なの……!」
「もしかして、森の怪人ってこの人なのでは?」
見たところ何の武器も持っていないようだが……それでも黒い姿だし、辻褄は合う。
「なんでよ! 私、可愛いでしょ!?」
「多分態度の問題じゃないかな……?」
「私はただ結婚を申し込んでいるだけなのに……!」
「初対面の人に結婚を申し込むから逃げられるんだよ!」
「やはりこの世界の人間は信用ならないわ……。こうなったら……!」
「こうなったら……?」
「結婚!」
「結婚できない!」
「あああああー!!!」
一切顔を変えることなく、あくまで無表情で騒ぎ立てる少女。ヒラタは考えた。まずは話を聞くしかないが、どうすれば彼女とマトモなコミュニケーションが取れるのだろうか。少なくとも、まずは結婚から意識を逸らさなくては。
「えと……まずさ、自己紹介から始めない?」
「結婚?」
「しないよ」
「なら話すことは何もないわ!」
ダメだ。取り付く島もない。
「うーん、無理矢理気絶させて冒険者ギルドまで引っ張っていくか……? 相手は無手だし、なしではないよな……」
だが、森の怪人は腕利きの用心棒を倒すほどの実力だと聞く。ひょっとしたら素手でも十分強いかもしれない。
「まぁ俺が負けるようなことはないだろうが、怪我でもしたら嫌だしなぁ……」
「さっきから何をブツブツ言ってる? ようやく結婚する気になった?」
「いやならないよ。えーと、そもそも君はいったいなんで結婚したいの?」
「そんなの、一妻多夫の逆ハー人生を歩むために決まってるじゃない!」
「泣きゲーのヒロインみたいな面からは考えられない言葉が出てきたな」
そもそもこの世界は普通に一夫一妻制である。少なくともヒラタが見てきた人の中に、ハーレムみたいなのを作ってる人はいなかった。そういうのが許されない世界なのだ。
「早く、早く私は顔のいい男達に甘やかされたいの……! それなのにもう2ヶ月もこの森を彷徨ってるのよ」
「表情筋をピクリとも動かさずによくそれだけ感情を込めて喋れるよな尊敬するよ」
「ということは結婚!」
「結婚しません!」
「ああああああ!!!」
このままでは会話は堂々巡り。ペン太も若干飽きてきてる。
「よし、一旦落ち着こう。俺の名前はヒラタ イヨウってんだ。まずは君の名前を教えてくれ」
「ようやく結婚する気に……待って。あなた今、なんて言った?」
「え? ヒラタ イヨウだけど……?」
ヒラタの名前を聞いて、少女は目を見開く……わけではなく、ただピクリとも顔色を変えずに驚いた。
「あなた、もしかして日本人……?」
「そ、そうだけど……。まさか君は……!?」
「私の名前はカレキ サクラ……。東京生まれ東京育ちよ」
「マジ!? 君も転移者なのか!? 俺も東京出身だぜ!」
なんと、少女は日本からの来訪者であった。ヒラタは異世界に来てから、ずっと自分以外の転移者を探していたのだが、それが今日、遂に達成された。
「マジか。嘘だろ! 俺以外の日本人をここで見つけるなんて!」
「こ、こっちも信じられないわ……。その赤髪は、やっぱりそういうことなのね」
転移者あるいは転生者。どちらが適切な呼び名かは分からなかったが、少なくとも2人は同郷の者であることに間違いはなかった。
「そう。異世界に来る時に、体は作り替えられちまった。俺、本当に48歳なんだ」
「48!? それは……でも今が若いからいいわ!」
「どういう納得の仕方だよ!」
しかし同じ日本人であると分かれば話は早い。ヒラタはこれまでの経緯を話した。
「かくかくしかじかでな。俺は今、王都で冒険者やってるんだ」
「冒険者。やっぱりイケメンはいる?」
「イケメン……」
ヒラタは異世界にいるとある友人を思い出した。彼は貴族だが、確かにイケメンだ。そして冒険者でもある。
「ああ。いるよイケメン」
「いいわね。なら私も冒険者になるわ」
「おっ、話が早い。じゃあさっそく冒険者ギルドに行こうぜ」
とは言ったものの、多分このままいけば彼女は商人を襲った怪人として確保されてしまうだろう。それはダメだ。今や、彼女は数少ない同郷の者。捕まるわけにはいかない。
「……よし、ルーンさんに相談するか」
ヒラタはテイマーギルドの受付嬢、頼れるルーンさんのことを思い出した。まず、ペン太に伝言を頼み、エンブレムでギルドまで送り返す。そして長い旅路を経て、ヒラタ達は王都の門までやってきた。
「そんなわけで、森の怪人を倒しにいったらその正体が俺と同じ転生者だったんで連れ帰ってきました」
ペン太から伝言を受け、門の外で待機していたルーンさんはヒラタからそう説明を受ける。
「カレキ サクラです。よろしくお願いします」
「ふーん、礼儀正しくていい子じゃん。ヒラタっちとは大違いだね」
「くっそー、こいつ同性相手には猫被るタイプか」
結婚願望が彼女を狂わせているのであれば、同性に対しては普通に接することができる。カレキの厄介さはあくまで顔のいい異性にしか発揮されないのだ。
「ま、いいじゃん。とりあえずあたしに着いてきなよ。こう見えて名前は通ってるから顔パスで行けるんだ」
ルーンさんの言った通り、門番は彼女を見ると深々と礼をして、カレキのことなど気にも止めなかった。それでいいのだろうか。
「あー、でもこれって依頼達成とはならないよなぁ。金貨……欲しかったなぁ」
ヒラタはそんなことをぼやく。カレキはルーンさんが連れて行ってしまったため、既に王都の夜の中だ。ヒラタはペン太を頭に乗せ、今日のタダ働きについて唸っていた。
「……とりあえずメアリー捕まえて交渉してみるか」
貴重な休日を返済してまで働いて、それで無給とはわりに合わない。こうなったらメアリーから無理矢理金をむしり取ってやろう。ヒラタはそう決心し、彼もまた王都の夜の中へ消えていくのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます