一筋の星屑
少し冷めてしまった缶コーヒーを飲みながら、僕は少女の身の上話を聞いた。
少女の名前は
この辺の公立高校に通う高校3年生だそうだが、今は高校に通う事もせず、毎夜こうしてふらふらと街を彷徨歩く日々を送っているらしい。
何故そんな事をしているのかは、本人でさえもよくわからないという。
「何故、あんな危ない真似を?」
そんな僕の言葉に、彼女はわからない、とだけ答える。
「そう……それじゃ、君はどうしたいの?」
その問いに彼女は虚ろな表情のまましばらく考え込み……そしてぽつりと答えた。
「死にたい……」と。
それは、多分僕の質問への答えなんかではないのだろう。
単純に口癖というか、そういう女の子なのだ。
今を生きる現代人にはきっと死にたくなる理由の一つや二つはあるだろうし、僕自身そんな気持ちになることもある。
だからそれを深く追及するつもりもない。興味もない。
所詮、赤の他人なのだし。
勿論、今さっき彼女がしでかそうとしたことを軽視して言っているわけじゃない。
そこには理由があるのだろう。
でも、その理由とやらがなんなのか……はっきり言って僕にはどうでもいい。
だって多分、彼女は本気で死にたいとは思ってはいない。
もっと言うなら、そこまで深く死について考えていない。
でも、さっきは本気で死のうとした。
矛盾しているようだけどきっとそれは合っている。
それはつまり、きっと……今の僕と同じような心境で、トラックの前に身を投げ出そうとしていたという事。
勿論、そんなの僕の勝手な憶測でしかないけれど……
人の命なんて、きっとその程度の重さしかないのだろうから。
人の思考なんて、きっとその程度の安直さなのだから。
彼女が自殺を思い立った理由なんて、僕が彼女の立場で感じる死ぬ理由とそう大して変わりはないはず。
……と、そんな事を僕は思っていた。
だけど……だからと言って目の前で死のうとしている女の子を黙って見過ごせるほど僕はまだ人生を達観してもいない。
だから、僕は少し考え込んでから、彼女に問いかけた。
「そっか、死ぬのはいいけど……それで、君は何がしたいの?」
僕の言葉に彼女は首を傾げる。
そんな少女に僕は淡々と語った。
「君が本気で死にたいって言うのなら別に止めやしないよ。それは君の自由さ。
……でも本当に死ぬつもりの人間は、さっきの君みたいにわんわん泣かないと思う」
そんな僕の言葉を彼女は黙って聞いている。
これは僕のエゴだ。
ただ単純に、彼女の乾いた瞳に興味を持っただけなのだと思う。
それについて知りたくて、僕はこんな自分勝手な思いを彼女に投げかけただけなのだ。
彼女はしばらくの間、虚ろな表情で何かを考え込んでいたようだったが、やがてゆっくりと口を開いた。
その彼女の口から語られたのは……言葉にならない、ただどうしようもない程の虚しさと孤独。
形があるわけではない。色もなければ香りもしない。ただ、どこまでも広がって行くような虚無感と寂寥感。
まるで広い世界の全てから置いてきぼりにされたような、そんな感覚。
そんな感覚がずっと続いていて……今のままではきっとそのうち堪えきれなくなってしまうという恐怖。
そう語る彼女の瞳は、まるで世界の全てを恨んでいるかのような色をしていて……
彼女はその瞳のまま、僕に問いかける。
「貴方は、私のこの感覚をわかってくれる?」と。
僕はその問いに即答することは出来なかった。
それは彼女のその感覚に共感出来なかったわけではなくて、単にその感覚の名前を知らなかったからだ。
だけど……僕は少し考えてから、彼女に答えた。
「そうだね。なんとなくだけれど……わかる気がする
でもそれは、死ぬ理由にはならないよ。
そんなことで死んだら、きっと後悔する」
僕はそう言ってから、自嘲するように笑った。
今言った言葉はそっくりそのまま自分自身に当てはまる言葉だ。
その感覚は、多分僕が日常的に感じる虚しさと同じ種類のもの。
今のままではいつかきっと堪えきれなくなるであろう、その感覚。
だからこそ、強く思う。人が死んだら、それこそ何も残らない。
彼女が何を思い、どんな風に生きてきて、どんな過去があるのかなんてわからない。
でも彼女は、倉田柚木という少女は今こうして僕の目の前で生きているし、こうやって僕に語りかけている。
今、彼女が何を思っていようと、どんなに傷ついていようと。
それはきっと……今を生きている彼女の証になるはずだから。
だから僕は彼女に生きていて欲しいと思うし、死んじゃダメだと思ったんだ。
そんな僕の答えを聞いた少女は……何を思ったのだろうか?
彼女は少し驚いたような顔をした後、ほんの少しだけ微笑んだ。
そして……多分、本人も意識してはいなかったのだろう。
彼女の頬を、一筋の涙が伝った。
僕はその時、彼女の瞳の中に一瞬だけ灯った光を見た気がしたのだった。
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