EXエピソード 後日談

第43話 正世界線より

 そこに並んで歩くのはふたりの男。

 鋭い目は本来恐怖を思い描いてしまうものだが彼の端整な顔立ちを形作るには必要なもの。不完全な美をもって完全なる美を体現して見せていた。

 そんな彼は今日は左髪だけを上げて後ろへと回してヘアピンで留めていた。右は伸ばしたまま視界を妨げるカーテンに変えていた。気分次第で髪型を変え続ける男、日之影 怜は隣を歩く子どもっぽさ全開の顔立ちを咲かせた女のような骨格が浮き出た男に今この場で共に歩いている理由を、目的を告げる。

「勇人は戦いの場に身を投じる際に魔女の秘薬を飲んでしまったんだったよな」

 魔女の秘薬、勇人のチカラを目覚めさせるために親の手によって投じられた貴重品。

「その成分取り除いたら性別の境界が曖昧な状態から抜け出せるかと思ってな」

 推測で話し続ける怜、しかしながらそれは否定するほか無かった。勇人の身体は生まれながからにして背負った本人の呪いのようなものだった。

「洋子はどう思ってるか分からねえけど勇人がもっと男らしくなったら関係ももっと明るくなるかと思ってさ」

 きっと変えることなど出来ないだろう、昔から性別すら分からせないものの中性的という言葉を当てはめるのも不適切な子どものような顔と声は日頃から自分が遺伝子からしてはみ出し者なのだと告げていた。

 もはや家系全体に掛けられた異様な色彩の祝福だった。

「でだ、俺たちは今から〈東の魔女〉の所に行こうと思う」

 唐突に解消不可能な課題を出される魔女が可哀想で仕方がない。対面する前、目的地へと向かっている今の時点でそんな想いを繰り返し続けていた。

「俺は子どもっぽい勇人が好きだが彼女はどう思ってるかって話だしな」

 勇人は昨日の出来事を脳裏いっぱいに広げる。勇人と積極的にいちゃついて大きな瞳で顔を覆い尽くしてふたりでお菓子を頬張りながら楽園に住んでいるような心情を時間いっぱい語り合い共有していた。

 確か洋子は〈お菓子の魔女〉の作用で一気に痩せた時に向けられた男の視線によって男に対して苦手意識を収穫していたはず。怜ほど清々しいかっこよさを持っているのなら別だったものの、勇人がそれを得られるとは到底思えなかった。

 つまるところ、今の行いは完全に逆効果と言って問題ないはずだった。

「昨日洋子は……俺とかわいらしさ共有できて嬉しいって言ってたっけ?」

「言葉選べよあの女、流石に見てるだけで苦しいぞ」

 怜の口から零れ落ちた言葉は完全に勇人と洋子のふたりの想いの道からズレていた。

 そうした考えの違いもまた人であるがために避けられないこともあるものだろう。きっと怜にとっては男は格好良くあってこそというモノなのだろう。

「今回会いに行くのは表の〈東の魔女〉じゃなくて裏の方、他所の世界から来て偽ってる方だ」

 そう、今この世界には並行世界から訪れた人物が数人残っている。ドッペルゲンガーのような似通った人物による成り代わりの企みは向こうの世界が滅びてしまったがために立てられたものだと言うことまでは勇人も知っていた。しかしながら偶然なのだろうか、他所の勇人だけは父親似の凶暴な顔つきをしていたということも記憶に新しい。

 世界を巡る太陽は、長く果てしない時間たちは、そうしたことをいつまでも忘れ去ることを許してくれない。

「でもさ、裏の方の魔女ってまだいるの?」

 投げかけられた質問を受け止めて怜はにやりと鋭い笑みをこぼして見せた。堂々たる態度の中に差し込む鋭い輝きは独りよがりの美しさを色濃く塗り立てる。

「当然、何なら元の世界だかなんだかに帰す代わりに聞き出そうかと思ってる」

「元の世界って」

 もしも彼女が元々住んでいた世界がドッペルゲンガーの出来事と同じであれば実に恐ろしい発言だった。

 何せ、世の中の死の後追いを強要する行いなのだから。

「それとな、勇人とそれなりに関係のある面識無き人物も呼んでるんだ」

 果たして誰なのだろう。勇人には心当たりが一切無かった。

「楽しみにしてくれ、時代が時代なら恨み合うこともあるかも知れないが、多分それもないだろ勇人なら」

 そこまで告げられることでようやく何者に会わせようとしているのか見当が付いた。かつての出来事、勇人が初めて魔法に触れた日のこと。

――確かにおじいちゃん凄く怒ってたな

 憎しみ一色という感情をあの日初めて拝んだ勇人、恐らくメガネをかけた男かその子どもだろう。

 話しながら歩き続けても黙っていても同じ事、やがてはその場所へとふたりの身体はたどり着いていた。〈東の魔女〉の家、この家自体からは何ひとつ魔力の動きを感じられない。しかしながら意識を研ぎ澄まし、世界を切り替えるような感覚を描きながら呼び鈴を鳴らす。ただそれだけの条件で。

「はい、真奈です」

 この通りの結果を生む。

「本当なんだな、怜くんの言う通りだな」

 いつの間に立っていたのだろうか、勇人の隣にはいつの間にやらメガネをかけた長身の男が立っていた。

「だろだろ、あとビニール傘持ったガキンチョに注意な、あいつ本気で娘さん狙ってるからな」

「那雪なんか本気で狙っても仕方ないだろ。あの子は本気より優しく着飾らずの方が」

「ひっでえ言い様と思ったら後半が本命かよ」

 そうした会話についていくことが出来ない、そんな自分がいることに歯がみという行為の方法を教わっていた。

 そんなさんにんの様子を窺うように微かにドアが開かれる。顔をコソリと覗かせた水色の髪の女はどこか可愛らしく、元の世界に帰すのはどうにも可哀想に思えていた。

「何か用でもあるの?」

「勇人の顔から体つきまで男らしく」

「無理」

 清々しく断ち切られた。特に望んだことではなく、これと言って考えたこともないものではあったものの、ここまですっぱりと切り裂かれてしまっては勇人の自信は欠片ほどにも残らない。

 何も考えることも、それどころか言葉のひとつも出すことも状況が許してくれないままに周囲から全容を用いて淡々と傷つけられている気分だった。言葉の鋭さは鈍く連続した細かい刃のよう、繰り返し引いて押して切りつけてくる様はまさにノコギリのようだった。

「どうかな、案外出来るかもよ、真女、アナタは出来る女、by真昼」

「無茶言わない。それが出来るなら整形業界でぼろ儲けよ、正反対の顔だなんて」

「あのさ、俺理由もなくずっといたぶられてないか」

「大丈夫だ、俺自身は子どもみたいな勇人が大好きだ」

 そうした言葉はまたしても勇人の心に刃を押し当てて引いてくる。ギザギザとした痛みは恐ろしいまでに心の底に残るもので、妙な味を噛み締めながら眉をひそめる羽目にあっていた。

「なあ、呪い屋の俺は何で呼ばれたんだ」

「ヒ・ミ・ツ」

 男が述べたところで可愛さの欠片も残らない、そんなどうでも良いことを学んでいた。

「私は無理って答えたわ、だから今から水でも買ってきて」

 無駄な会話がひたすら流れ続ける空気を真奈は思い切り裁ってみせた。容赦という言葉は並行世界の向こう側にでも置いてきてしまったのだろうか。

「分かった、ならやることはひとつだな、オヤジさん、出番だ」

「呪わない、祈るぞ」

 これは後に和菓子屋で抹茶を啜りながら、一方で怜の方は甘酒をがぶ飲みしながら語る事ではあるのだが、唐津一族の魔法の本質は呪いでなく祈りなのだという。負の感情積もりし祈りを呪いとして扱っているだけなのだという。

「彼女が元の世界へと帰れますように」

「やめて」

「祈りよ、天まで届け、この手でカンチョーするぞ」

「いい年して中学生みたいなこと言わないで娘が泣くわ」

「届け届け我が想い、並行世界の壁を貫きたまえ」

 真奈の顔は黒々とした手によって包まれ始める。その出来事の意味すること、これから起こる出来事、それを悟ってか真奈の顔には恐怖の色が滲み出ていた。単純な魔法の震えと怯えが混ざり合い、不快なリズムとメロディを形作っていた。

「いやよいやよいやよいやいやいやいや、水が欲しいって言ったけどあの水だけは」

 この先に待つもの、真奈の向かうところは破滅の水に充たされし世界、つまるところ、真奈自身の破滅の運命だった。

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