第22話 優しさ

 真昼の目つきは鋭さを持ちつつも優しさを隠すことが出来ないものだった。そんな瞳を捉えて引き込まれて、勇人は話すことができないでいた。

「なにかしら、なにか用かしら」

 口を塞ぐ感情をどうにか払いのけ、口を噤むことなどやめて言葉を紡ぐ。

「ああ、怜に連れて来られたんだけど」

 その様を見逃すほど怜の眼はぼやけていない。会話の開始を見つけては当然のように加わり声を交え始めた。

「そうだな。許してくれ、勇人は魔法使いになってまだ数か月の初心者なんだ」

 そう、勇人は魔法の世に足を踏み入れて一年も経っていないという初心者だった。怜の言葉に誰が返事をぶら提げただろうか。掛けられた言葉の主は、高くて明るい声の持ち主は、勇人の知る誰のモノでもなくて。

「若葉家の息子がやっと若葉マークつけ始めたって話かな」

 そこに現れた人物はその目にニヤけを浮かべながら左側に纏めて肩に提げた髪を撫でて会話の続きを架け始めた。

「で、今更急に魔法使えるようになるなんてどうしたのかな、そういうのは三十になってからにしないか」

「うるせ、刹菜」

 刹菜、そう呼ばれた女は更にニヤけを強めて情の色を声にする。

「ふふふ、私の魔法界隈での名は伊万里 刹菜。刹菜は本名だけど苗字はどうだろうね」

 その情の色合いは愉快一色なのだろうか。刹菜にはその笑顔しかなかった。

「私みたいなのがこういうウブな子的に話しやすそうだろうから、ほら、私に話しなよ。魔法の戦いからプライベートのあれこれに寝る前のいやらしいルーティンまで心をすっぽんぽん」

 勇人の心は晴れ渡った。澄み渡り、言葉の引っ掛かりさえ消えてなくなっていく。まるで刹菜の言葉は魔法のようで、夢のような心地だった。

「そこまでは話さないけど、若葉家の女の子が魔力をたくさん持つ子に育つ一方で魔法の才能が開けないから魔女に狙われやすい。で、才能の分断先の男に魔女のチカラと同じものを無理やり開く薬を飲まされてね」

「なるほど、魔女のチカラと魔法の才能のない女の子……今がそのタイミングってことは女の子は今のとこ小学生とかだね」

 勇人は思い出していた。確かに成長期に魔力がよく伸びるという話。刹菜はそこをしっかりと分かっているようだった。

「女の子、鈴香って名前だよ。鈴に香りで鈴香」

「いいね、音を嗅ぐことが出来そうだ」

 聞きだされた情報はすべて活かす、全員が可能な限り幸せになれる結論を目指して。

「でも俺、大丈夫かな。もう味も匂いも感じられなくなってね。気温も誰かの肌の感触もきっともう得られない。感じるのは極端な痛みへの警告だけなんだ」

 そう、もはや戦いに適応した身体への進化はそこまで来ていた。そこまで離れて持っていた感覚も戻っては来ない、そのままでは解決しても一生を不便と共に駆け抜けていくしかないのだろうか。

「安心して、全部、結びついた魔女のチカラを引きはがせばあらあら不思議、元通り。おめでた君の頭に戻ってけるはず」

「どこまでも煽ってくるね」

「諦めろ勇人、刹那って女はそういうものなんだ。だから一生独身」

「わーわーやめろ、いじめだよう。私もまだ二十七だしこれからいい出会いあるかも知れないだろう……そんな余裕ないから要らないけど」

 一から十までふざけてみせなければ気が済まないのだろうか。そんな馬鹿なこんな刹菜、彼女の瞳に宿る嬉しそうな光を見つめながら勇人は言葉を振り絞る。

「楽しそうだね、そんなに明るいなら大丈夫。ホントウに怖いのは感情すら見えなくなることだから」

 勇人がこの数か月で音を上げてしまいそう程に実感し続けたこと、そう、これ以上感覚を、心と世界が繋がる手段を、鈴香や怜、洋子たちと同じセカイの視点を失いたくなどなかった。

 受け入れ始めていた変化だったものの、洋子との関わりを経て言葉にすらならない未練が泡となりふつふつと湧いて辺りを満たしていた。

 それから軽い雑談を交わしつつも刹菜は紙と万年筆を取り出しては何かを書き綴って真昼に手渡した。

「これらでどうにか解決できればいいけど」

「行けるって、これだけ情報が集まれば何を差し引いて何を加えてやればいいか、それを分かった上で研究を進めればどうにでもなれるよ」

 そこから更に追加で盛られる言葉は勇人に向けてのものだった。

「世界なんて、案外テキトーに回ってるんだ。ちょっと一族の秘密を味方に話したくらいで罰は当たらないさ」

 刹菜の表の表情に隠された本心は見えてこないものの、声に込められた本心を聞くことはできた。

「実は優しいんだね」

 勇人の言葉に頬を温める。その口から出てきた言葉は少しだけ震えているようにも見えた。

「は、はは……人の心が読めるんだね、覗き見ないでえっち」

 会話は全て周囲に筒抜け、塞いでみせるものも遮って見せるものもなく、空気もまた彼らを隔てるものにはなり切れなくて会話を垂れ流しにしていた。

「ニヤニヤして表情は隠れてるみてえだが声で丸分かりだ」

 怜が踏み込んで割って入ったことで勇人の中に新たな愉快感が生まれ落ちた。一方で刹菜の方は表情を崩して、ニヤけ面を微笑みに変えて勇人に向けて明るみに充ちた視線を思い切って射る。

「優しさのない人間なんて完全に損だね、せっかくヒトが色とりどりの独特な感情を持ってんだから全部味わってその中から綺麗な感情を見つけて大切な人のために向けなきゃね」

 きっとこれからこの家族の力を借りて、若葉家だけでは得られなかった新しい希望の道への歩み寄り方を覚えるだろう。

 みんながみんなそれぞれの不器用さと人生で創り上げた笑顔で明るく過ごし始める日。勇人はその日が楽しみで仕方がなかった。

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