第14話 支離滅裂
暗闇は遠ざかる人々の姿を隠して星空だけしか視ることを許してくれない。
冬の気温に包まれて、厳しい寒さの波に襲われて一真はひとり言葉をこぼしていた。
「はあ、那雪が魔法に触れるのいつなんだろう、メガネの女の子とかサイッコーの彼女なんだけどな」
「未来を覗いた者のうわさでしかないのだが」
本来返って来ることの無いはずの声が飛んできて、首は自然と声と向かい合っていた。
「待て、名前なんだったか」
「名などない。名前の無い在籍者とよく呼ばれている」
確か別々の道を、それぞれの未来に向けて歩んだはずだったにもかかわらず、なに故其処にいるのだろう。暗闇という目隠しをして声を聞いた途端一真の中にひとつの疑問が湧いていた。そこに在るモノは果たして人なのだろうか。支離滅裂のバケモノが脳裏の像からその目に浮かぶ新しき追憶となって蘇る。何故だかそこに在るモノが人でない、そう思わされていた。
名前すらない男は話を続けた。その声からは嘘くさい平静な感情をつかまされていた。
「あくまでうわさ話。未来を見通した者はこう語ったのだ。メガネをかけたどこにでもいそうな少女が茶髪の少女といちゃいちゃする未来が視えているのだと、それは女の子同士で永遠の愛を誓っているようにも思えたのだと」
「はあ何言ってんだよ、そのメガネの子が那雪とは限らないだろ」
しかしながら名前の無い在籍者は更なる言葉で一真の心を刺して去って行った。通り魔を連想させる行動の末去った男の手にはある未来が書かれた紙が挟まれていた。その未来には『〈東の魔女〉とメガネの少女』といった名を記していた。
「正世界線の未来でも一真と那雪が結ばれることなどない」
男はこの話題をひとりで締めて支離滅裂なバケモノとなってしまった菜穂に言葉を浴びせてみた。
「やあ、菜穂。元気にしてるか」
「悲しい、私の可愛い顔が」
「そうだね、俺も流石にここまで酷くなるなんて……分かってたけど」
「嬉しい、ああ、今の私の顔」
「言ってることが滅茶苦茶だな。見た目だけじゃなくて心までやられてるのか」
それから男は菜穂の手を引いて歩き始めた。
「すまないな、あまり人目につかないとこに置かなければ。霊感の無い無感野郎には姿すら見えないだろうが、あの学校にはそこそこ視えるモノが有るからな」
引き摺って、何処へと向かうものだろうか、暗闇は行き先さえも見通すことを許してはくれない。
真っ暗闇の中で菜穂を導いたそこ、向かった先は加工された石が大量に並べられていてその石それぞれにかつてこの世界で生きた人々の名を、生きた証を刻み込んで人々がそうした死者にお参りする場所、墓場だった。
ふたり歩く異形はその墓石たちの中に何を見ただろう。男は知らぬ者の名などに興味を示すこともなくただ墓石の並んだおどろおどろしく飾られたドロドロな心を持った種族が埋まったこのひとつのセカイを眺めていた。菜穂に至っては歩くというより引きずられていた。このままの姿ではまともに歩くこともままならなかった。
墓石の並ぶ中、そのひとつにひとりの男がしがみついていた。
「世界って狭いね」
「人が何人収まるくらいの広さだと思ってるの」
菜穂の頭にはもはや冷静な思考も平静な施行も許されていなかった。何も行なわずに出来る限り何も考えない。そうでなければ存在を保っていられる自信などなかった。エネルギーを使い果たしてしまえば今にも崩れ落ちてしまう。それが分かっていた。
墓石にしがみつく男、それは見るからに先ほど見かけたあの教師だった。その汚らわしき罪を抱く手によって抱かれているものは恐らく罪を生み出した原因。
「いつまで過去の人にしがみついているんだろうな、いいか、魂というものはな」
名前の無い在籍者は一生徒は魂の説明を、五大元素とその原型を用いた解説を教師に対して振るっていた。
「アイテール、いわゆるエーテルだな、この世界の天井をも超えた天上の輝きの元素、それとアーエールの混合物なんだ」
つまるところ、ヒトには創り上げることもつかみ取ることも不可能。たかだか紙に書かれた理論ごときでは神を超えることなど出来ない。そう教え込んでいた。
「あとこれはこの世界のみ。法則の異なる世界観では通用しない理論なのだが、ヒトはというより生命は死後あの世という処に落ち果てる」
この男の解説によればこの法則が適用される世界でのあの世の果てでの出来事はエーテルとアーエールの切り離しなのだという。
「どうだ、魂の分解は。エーテルとアーエール、混ざり合って魂となる。それが分離されるときの痛みはいかなものだろうな。人によっては豪華なる業火に焼かれる苦しみのような痛みにも感じられるだろう。人によっては身体の一部を、舌でも抜かれるように感じられるだろう。もしかすると緩やかな苦しみを、血の池を泳ぐような重みを感じるかも知れない。針の山を歩く感触の者もいるだろう」
感じ方は人それぞれ、個性と同じで素晴らしいと思わないか。そういった言葉で締めてはみせたものの、どれを取っても味わいたくない地獄と呼ばれる場所そのものだった。
「そうさ、墓石にしがみついたところでそこに貴様と彼女の愛の交差の証など残ってはいないのだ、一般的な彼の世、そこにももう遺されてはいないのだ」
震える教師の姿を目にして、話している内に弱っていったことに気が付いた。
「菜穂、何を食った。魔力を繰って存在を保つ気か」
「私いなくていい、存在し続けるために食べる」
菜穂の言葉には筋が通っていなくて、名前の無い在籍者の口から盛大にして鮮明なため息を引き出した。
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