神々に嫌われし者 Ⅱ
フヴィルは爆発による爆風と衝撃により意識は朦朧としていた。
体が軽く、浮いているような錯覚すらする程に身体にはダメージを受けている。
(ああ......そうか。死んだんだ)
自身の死を感じ取った反面、それを否定するかのように未だに感じ取れる肌を焦がす程の熱気が届いてくる。
フヴィルは消えかけの意識の中にぼんやりと男性の横顔を視界に映し、そこで意識は途切れた。
押し寄せる熱波も収まり、巻き上がっていた土煙も消え視界が開けてくる。
生徒達はその現場に凄惨な爪痕を残した威力に、人一人が消し飛ばされた事実に言葉を失っている。
へーラルは力が抜け、その場に座り込んでしまった。
友人が目の前で魔法により殺されたという事実に絶望するしかなかったのだ。
「お、おい。あそこに立ってるのは誰だ」
言葉を失っていた観客の中の誰かが言った。
まさかフヴィルがあの魔法を受けて立っている筈もないと、レーナも止めようと駆け出していたが、恐らく間に合ってはいないだろうとへーラルは思っていた。
そこでへーラルはあることに気づく。
魔法の爆発とその衝撃に気を取られていて気が付かなった。
横にいる筈のノルドがいないことに。
恐る恐るへーラルは顔を上げ、未だに残った熱気により陽炎すら見える焼け焦げた地面の上に立っている人間。
舞い上がった土煙の中でも目立つ程の青い髪の青年。
その青年にもたれ掛かるように抱きかかえられたフヴィルの姿があった。
「ノルドくん......!」
意識はないようだが、目立った外傷もないことから死んではないことは推察できた。
へーラルはフヴィルが生きていたことに泣きそうになるのを必死に堪え、声を振り絞った。
あの距離を、あの短時間でどうやって移動したのかはわからないが今は安堵と嬉しさで考える余裕もなかった。
試合はオリバーのルール違反による失格。
土煙も明け、オリバーはフヴィルが死んでいないこと、ノルドが謎にフヴィルを抱えていることを知り、驚愕する
ノルドは意識のないフヴィルを抱えたままオリバーと相対する。
「何故貴様が......いや、それより殺せなかったか」
明らか殺意を持ったオリバーの発言にノルドは怒りではなく意外にも冷静であった。
ルールに関係なくフヴィルに勝てるわけがないとノルドは知っていた。
魔法の威力制限がなければフヴィルはレーヴェンの魔炎砲より強力な魔法を使用しているだろう。
フヴィルはルールに則って制限していただけでルール無用であれば相手にすらならない。
とりあえず今はフヴィルを保健室に連れていくことが最優先事項だ。
後で殴られるかもなと覚悟しながらノルドはフヴィルを抱える。
そしてその場を立ち去ろうとした時であった。
「おい、どこへ行く」
歩き始めたノルドの背にオリバーが声を掛けた。
こいつは馬鹿かとノルドも呆れそうになる。
「保健室に決まってるだろ。お前のせいで意識失ってんだからよ」
そう言いながらノルドは振り返った。
驚くことにオリバーはこちらに向かって掌を向けている。
それは魔法を放つという意味であった。
ノルドはつくづくこいつは馬鹿なのだと再認識する。
「やってみろよ。言っとくがそれじゃ俺には当たらないぞ」
ノルドはただ一言挑発するように放った。
放てば停学、最悪の場合退学だ。
それはいくら貴族であろうとこの学園では関係ない。
例え放たれてもノルドは避けられるという自信もあった。
オリバーはその発言に明らか血が昇っている様子だ。
「そこまでだ!」
一触即発の二人を制止したのはレーナの声であった。
おっとこれは俺にも当たるぞとノルドは少し焦る。
背中から鬼を出したようにブチ切れのレーナがこちらに向かって歩いてくる。
ノルドは全くもって全然一ミリ足りとも悪いことをしたわけではないのに冷や汗をかく。
これが本能かと悟りを開いてしまいそうだ。
レーナは真っ先にオリバーの元へ向かう。
ノルドは分かっていたことであったが安堵する。
レーナがオリバーに対して注意をしている間にノルドはその場から立ち去る。
へーラルも走ってノルドに追いつき、三人で保健室へ向かった。
「フヴィルちゃん、大丈夫かな......」
道中へーラルがフヴィルのことを心配していた。
無理もない。
直接受けてなくとも衝撃によるダメージは計り知れない。
「まあ、大丈夫だろう。いつも煩い程元気なあいつがあんなことでは死なないだろ」
「それも、そうだね」
日常を思い出したのか少し笑いながらへーラルは答えた。
保健室は1階にある為、あまり時間も掛からず保健室に着き、扉を開ける。
中に入ると、机に突っ伏した白衣の女性がいる。
まさかだとは思うがこの人が養護教諭とは言うまいなとノルドは思った。
ノルド達の気配を感じ取ったのか、その養護教諭は上体を起こし寝惚け眼を擦りながら欠伸をする。
夕陽を照り返す輝くような銀髪をボサボサにしながら養護教諭はノルド達を見るなり、また突っ伏そうとする。
「いやいやいや、この状況で寝ますかね......」
フヴィルを抱えているのを見た筈の養護教諭の思考回路が読めず、睡眠を阻止する。
「寝ながら賃金が発生するなんて最高なのに......」
「本当に教師かこの人は......」
文句を言いながら渋々起き上がる養護教諭に対してノルドは呆れながら事の顛末を説明した。
一旦フヴィルをベッドに横たわらせ、養護教諭が容態を確認する。
ノルドにできることはもうない。
そう判断し、カーテンを閉めて保健室を後にする。
まだ授業が終わるまで時間もある。
へーラルと相談し、授業に戻り、終わった後に保健室に寄ることにした。
あの惨劇と言うべきか、戦闘があった後も演習は続けていたらしく、現在進行形で試合を行っている。
やはりフヴィルとオリバーの試合は他の生徒の試合と比べてもハイレベルだったようで、正直今の試合も地味である。
(まあ、降参してる俺が言えることじゃないけどな.....)
時間的にもこの試合が最後だろう。
夕陽で紅く染め上げられた校舎が放課の終わりを告げるかのようである。
結局この試合は呆気なく終わってしまい、予想通り魔道演習は終了となった。
レーナが最後締め括り、その場で解散となる。
各々帰り支度をしようと教室に戻る中、ノルドとへーラルは保健室に戻り、フヴィルの様子を見に行く。
渡り廊下の中にも夕陽は差し込んでくる。
まだ夏ではないとは言え、陽に照らされれば暑い。
「貴様、あの時どうやって間に合わせた?」
歩くノルドの背に声が掛かる。
正直執拗過ぎて嫌になる程聞きたくない声だった。
「またお前か......」
呆れながら振り返れば、やはりオリバーである。
ノルドの様子には気にすることなくオリバーは返答を待っている。
「まあ......頑張った。ただそれだけだよ。生憎魔力がマイナスだから魔法も使えないんだわ。これでいいか?」
「ふん。真面目に答える気はないか......まあ、良い。そこを退け」
いや、真面目に答えたんだけどなと心の中で訴えたくなる。
ノルドの回答に鼻で笑ったかと思えば、そのままノルド達が向かおうとしている方向へ進もうとする。
「フヴィルなら休んでる。放っておけよ」
行き先を塞ぐ形でノルドがオリバーの前に出る。
予想が正しければオリバーはこのままフヴィルの元へ向かい、試合を申し込むだろう。
そしてフヴィルはそれに応える。
絶対とは言いきれないが、フヴィルの性格からして負けたまま終わらせるなんて出来ない筈だ。
「貴様には関係のないことだろ?それともあのエルフに惚れてるのか?何でも良いが、あのエルフは
(フヴィルのことは色々調べ済みということか......)
正直オリバーがどうしてフヴィルに、否エルフに固執するのかは理解ができないが、危険であることに変わりはない。
そこそこの貴族ということもあり、無闇に制止できる人間も少ないというのも相まって厄介である。
「もっとも?あの
「おい。それはどういう意味だ」
ノルドは頭に血が昇っていくのがわかる。
そのノルドの様子を面白く思ったのかオリバーは続ける。
「聞けばここ数年は姿を晦ましているそうじゃないか。最近耳障りな平民のニュースが聞こえなくて良いと思っていたが、分不相応な称号を手にするからこうなるのだ。結局はただの凡人、ただの平民ということだ」
ノルドは勘違いをしていた。
オリバーはエルフや妖精種を見下しているのではない。
平民含めた貴族より下の階級を見下し、蔑んでいるのだ。
「お前、俺と決闘しろ」
「何か言ったか?」
聞こえていなかったのか、それとも本気かという意味かオリバーはノルドに聞き返す。
ノルドは明らかにいつもと様子が違っていた。
目には敵意を、体からは殺気を放ち、普段から気にしたこともないへーラルですら冷や汗をかく程感じ取れる。
「俺と決闘しろ」
その言葉と共に腰に携えている剣を引き抜き、オリバーへ突きつける。
装飾などないシンプルながらも深く蒼い輝きを放つ誰が見てもわかる名剣。
普通であればノルドから放たれる殺気に合わせて剣を突きつけられれば腰を抜かすだろう。
「平民如きが図に乗るのもいい加減にしろよ。良いだろう。いつにする?」
オリバー引き下がるどころか寧ろ怒りを顕にノルドの誘いに乗った。
「明日放課後。場所は演習場でルールは特にない。始めの合図とともにどちらかが降参か倒れるまでだ」
「ふん......せいぜい死ぬなよ?今日はここまでにしといてやる」
そう言ってオリバーは踵を返し教室に戻って行った。
取り残されたノルドとへーラルはと言うと
「やべ......勢いで言っちまった」
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