神々に祝福されし力 IV
「まだ神々が健在であった頃、神々の大戦に人類は協力し、そして功績と繁栄を願う祝福として魔力を与えられたま......これが現在判明している魔力の起源だ」
余りに突拍子もないスケールの違う話をレーナはしている。
それはノルド含め生徒全員が思っているだろう。
何故この話を.....?と。
「今現在産出された文献の全てにおいて、そう記述されている」
教室はレーナの声が響くのみで、他に音はない。
生徒達は黙り込んでしまっている。
反論した生徒までも反論するまでもなく理解が追いついていないらしい。
しかし、中にはそのことをレーナの口から出るより前に知っている生徒もいる。
ノルドがそうであるのと同じように。
「不思議には思わないか?どの文献を読み解いても全て神々から賜ったものだと言うのだ」
一つくらい別のことが書いてあってもおかしくないと。
しかし現実は全ての歴史書には神々に祝福され、賜った力であるという違和感をレーナは言いたいのだ。
その判明した事実を信じていいものなのか、それは本当の真実の起源であるのかと。
「ですが、それが歴史を学ぶ理由には......」
「まあまあ。最後まで聞きたまえ。我々はこのことを理解せず、知らずに魔力を、魔法を使うということは正体不明な力に身を任せることであり、危険だと思わないか?」
その生徒は再び黙り込んでしまった。
意味もわからないものが自分の体の中にも存在し、そしてそれを媒介して正体不明な技を、つまり魔法を使うということ。
その事実を認識した時、今まで何も考えずに使用していた魔法に対しての不信感、不安感が思考を埋め尽くす。
恐らく魔力というものが何なのか考えたことがなかったのだろう。
魔力は魔力であるとそういうものだと認識していたのだろう。
故にそのタイプの生徒は魔力というものに対して信じきれなくなる。
「そもそも歴史とはどうして学ぶものだと思う?まあ、それが理解できないから最初の質問に至るのであり、君達の態度として出るのだろうが......」
図星を突かれた故に生徒からの反論はない。
それが理解できているならそもそも質問はなく、いつも通り授業を受けている。
「歴史とは先人達の知恵だ。我々が今効率良く、そして安全に魔法を扱えているのは先人達の失敗と試行、犠牲と努力により成り立っている」
レーナは淡々と告げる。
反論する隙も与えないように矢継ぎ早に続けていく。
「それを学ぶのが歴史であり、そして先人達が培ってきた魔法を学ぶこともまた歴史を学ぶことである」
歴史を学ぶ意義。
それは先人達の続きを自らが繋ぎ、そして後世へ伝える。
ゼロからスタートするより予め進められていたものを再スタートする方が圧倒的に早く、失敗例から学び、より良いものへ昇華させる。
それが歴史を学ぶということであるとレーナは言いたいのだ。
ぐうの音の出ないとはこのことかと生徒は反論できない。
レーナの言いたいことを理解したからこそ反論する内容すらない。
「わかったら、教科書を開きたまえ。まあ、先程の質疑応答で魔道史の序章については触れているが......」
歴史とは過去であり、過去を振り返らない主義についてノルドも賛成であるが、同時に現在も未来もまた過去へ成り果て、それらは過去が介在するからこそ、約束されているのである。
魔道学もまた歴史の勉強と同じであり、過去に数多の時間と試行を繰り返し大成した魔法の歴史である。
そのことをレーナは伝えたかったのであり、それを理解した生徒は歴史という安易な情報の記憶ではなく、その背景や因果関係等、追求していくだろう。
そこまでを狙っているのであれば、とんだ食わせものだろうとノルドはレーナの手腕に苦笑いする。
教室内はいつもの光景へと戻る。
それを確認したレーナは授業の本題へ入る。
「魔道学基礎では序章の魔力の起源から中世後期の魔道黎明時代まで修めてもらう。基礎が終了すれば近現代魔法、そして十数年前に世界各地に突如として出現した“扉”についても触れることになるだろう」
その言葉を合図にしたかのように筆を走らせる音が聞こえ始める。
先のレーナの発言に触発された生徒達はノートを開き、いつも通り筆を走らせる。
生徒達は無垢なのだ。
それ故に無知でもある。
「それでは序章の魔力の発現であるが、数十年、それこそ数百年程前から人類の魔力の起源について言及なされてきた」
それにしても授業への入りが滑らか過ぎる。
あのやり取りすら授業の一環として最初から計算されていたのではと疑いたくなる程だ。
「しかし当時は文献の解読も進んでおらず、宗教も均等に分かれていた」
宗教という単語を聞き、ノルドは王都の大通りにいた宣教師を思い出す。
父から聞いていた内容では宗教は現在一つになってしまったらしい。
「根拠がないので信じる人間も全員ではなかったからこそ宗教も己らが信じたいものを信じていた。時を経て解読が進むに連れ、魔力には神が大きく関係しているという説が有力になってきた」
それはレーナが口にしていた“神々に祝福されし力”のことだろう。
「それにより宗教の勢力図に多大な影響を与えた。端的に言えば、三神教が国教となった」
大通りの宣教師が口にしていた宗教と一致する。
父によると主要三柱の神を崇拝する宗教らしいが、ノルドとは無縁だろう。
しかしそれはあくまでノルドが例外なだけである。
殆ど外と隔絶された生活を送っていた超が付くほどの引き籠もりのノルドには宗教に触れる機会などない。
ノルド以外の人間であれば、宗教に触れる機会はいくらでもある。
ましてや王都では宗教、商売、政治等々、様々な分野において盛んである。
国教とまでなった三神教の信徒もこの中に一定数いるだろう。
特に貴族は宗教と政治についての絡みも考えれば、三神教に入信している可能性が高い。
「魔法の、魔力の起源......それは神々に祝福されし力。つまり神により与えられた力である。それは数百年前、否その更に前から人はそう信じ、伝えてきた。そしてそれは文献を読み解いた結果、正しいとされた。故にその主要三神を崇める三神教の勢力は増し、国教となった」
そして三神教では魔力とは神々に祝福されし力と教わるらしい。
レーナはそのことについて言及していないが、ノルドが父から教わって知っていたように、三神教に入信している生徒はこの授業の前から知っている。
「神から賜ったのであれば、その前の人間には魔力がない、ということでしょうか?」
ここまでの流れで気づいた生徒が質問をする。
「良い質問だ。文献によれば、魔力はかつて神々が顕在し、動乱の争いの果てに我々に祝し与えたもうたとされ、それ以前に魔力は存在しなかった。しかしこれは憶測だ」
何故ならとレーナは続ける。
「我々が魔力を持つ前についての記述は一切文献には記されていないからだ。全て神により魔力を与えられた以降のことしか文献には記されていない」
奇妙だとノルドは思った。
先の全ての文献に神々から賜った力と書かれていることに加えて、それ以前のことは一切記録に残っていない。
これが不自然だと思わない方が無理だろう。
珍しくレーナもこれについて確信を持って喋っている雰囲気ではない。
ただこう考える方が妥当であるという考えだろう。
「故に一部の人間からは魔力が神から与えられたという説に対し作り話であると言われている」
魔力の起源について記されているが、それ以前については何もないというのは何者かが策謀して隠蔽していると言われてもおかしくはない。
都合が良すぎると言いたいのだろう。
しかし、それでは説明出来ない点が存在する。
「もし作り話であるのならば、何故国内だけでなく世界中全ての文献に神から与えられたと統一されたかのように一致しているのか説明が難しい。仮に作り話だったとして世界各地の文献を統一させることは不可能に近い。それこそ神業だろうな」
最後は有り得ないという笑みを残しレーナは話し終える。
文献により謎を解き明かしていけば、その文献について謎が生まれるというループに入っている。
「しかし悪いことばかりではない。不自然に思うということはそれすらも解消した新たな説というのが立てられる」
黒板に文字を書きながら淡々と授業を進めているレーナ。
いつも以上に情報量の多い授業に対して板書を必死になっている生徒達に対してノルドはやはりメモは取らない。
(というか何故、こんなおとぎ話に近い話を長々と説明しているんだ......?)
唯一の疑問。
確かに貴族や宗教の信徒であれば、食いつく話であるが、あくまでそれは切り口としての話である。
スタートを切ってしまえば、この序章は流して次の章へ入った方が魔法の文明としての進化について触れられ、先人達の歩みを理解できる。
それが歴史を学ぶことの本質だと先程も言及していた。
「その説だが......なぜこの章を飛ばさないのかって顔をしているな、ノルド」
ノルドのギクッ!と肩が跳ねた。
鋭すぎるというより心が読めてるに違いないと感じさせられる。
「ま、まあ......そうですね......」
ノルドの声は尻すぼみに小さくなる。
「何故こんなおとぎ話のような昔の話......ましてや嘘か本当かもわからないレベルの話を授業や教科書で教えるのか......」
ニヤリと笑いレーナは続けた。
「正体不明な力を使うことに不信や不安を持つからというのもあるが、何よりも何かすら理解できていないものを極められる筈がないからだ」
確かにとノルドは思ってしまった。
剣を速く振る為に身体の構造を理解しないで練習しても極められない。
どの筋肉が、関節が重要で、体重移動等気にしなければならないことを知らなければ、型は疎か、まともに振ることもままならない。
そして極めるにはそれらを鍛え上げなければならない。
逆にそれらを鍛えずして極められないのだ。
これは魔法も同じである。
魔力がどうして生まれたのか、どういうものなのか、何故人間だけが保有できているのか、それらを解明しなければ魔法の極地へは辿り着けないだろう。
「まあ、これは奴の......ヴィースが言っていたことであるがな......」
しれっと奴呼ばわりしたことよりあのヴィース・ロプトールが、大賢者が、魔法の極地へ辿り着いたと誰もが思っていた人間が、まだ先があると言っていたのである。
魔力の解明、つまり歴史を読み解き、人間と魔力の真実に辿り着いた時、魔法を極められる者が現れる。
それが何年先か、何百年先かはわからないが、いずれ来るその日の為に現代の人間が歴史を繋がなければならない。
故にレーナは存在したかすらわからない大昔の話を授業で話している。
父はどこまでそれを知っていたのかとノルドは思う。
「話が逸れたな。先の説であるが、それは魔力が先で人間が後に作られたという説だ」
本線に戻り、またレーナは黒板に書いては教科書を読み、授業を進めている。
「しかし、これにも問題があり、これが正しいとなると神々より与えられた力という話に矛盾してしまうのだ」
卵が先か鶏が先かの話である。
人間が先であれば宗教上問題ないが、文献に対して不自然さが残ってしまう。
逆に文献の不自然さを解消すれば、人々が信仰する宗教の根幹を揺るがす内容となってしまう。
どちらも説として根拠が薄い。
故に人は信じたい方を信じる。
特に敬虔な信徒であれば、神により与えられた力と信じる。
食堂の男子生徒がそうであるかはわからないが、ノルドを見下したのも、神へ善行を働かず、魔力という賜物を贈られなかったからである。
魔力の大きさが前世の善行であり、魔力の低いものは神に見放されているとでも言うかのように、信じたいものを信じるというのは理屈では説明できないものもそうだと思い込むのである。
しかしこれも矛盾していることに気づかないのが実に理論的ではないとノルドも思う。
(魔力の大きさだったらフヴィルに勝てる生徒の方が少ないんだけどな......まあ、話が通じる奴とは思えないしな)
しかしノルドにとってあの緑髪の貴族については警戒せねばならないことがある。
(あいつの顔はしばらく忘れられねえな......)
勿論自身を馬鹿にされたことでも、フヴィルを人種として差別しようとしたことでもない。
思い出すだけでも胸糞悪くなる嫌な記憶。
気分が落ちそうになっていた矢先であった。
授業の終わりを告げるチャイムが響き渡る。
外はいつの間にか紅色に染められ、夜の訪れを知らせている。
「本日の授業はここまでだ。ホームルームは手短に......」
ノルドの脳内は考え事で満され、レーナのホームルームの内容は一ミリも入ってきていなかった。
ノルドの考えでは恐らく緑髪の貴族生徒は今後絡んでくるだろう。
あまり関わらない方が良いというのがノルドの本音だ。
ホームルームも終え、帰路に着いているというのにノルドはその考え事とやらで二人からの投げかけも上の空であった。
そして翌日。
ノルドの予想は見事に的中した。
ノルド達はいつも通り集合して登校していたが、校門の前で待ち伏せるかのように先の緑髪の貴族生徒が立っていた。
そして取り巻きも昨日とは違う二人を添えて。
勿論素通りさせてくれる筈もなく......
「オリバーさん、オリバーさん、こいつらでしょ?昨日言っていた生意気な奴っていうのは」
三人同時に同じことを思ってしまった。
((うわぁ......))
「うわぁ......」
フヴィルに関しては口から漏れてしまっている次第である。
しかし、なんとも絵に書いたような取り巻きなんでしょうか。
絵から出てきたんじゃないかと思わせる程に。
「ああ、特にそのエルフの奴がな、生意気なんだよ」
(おっと.....俺ではなく、フヴィルに来たか)
やはりこの生徒とは関わらせるべきではないとノルドは再認識した。
昨日の発端はノルドの話であったが、それはあくまできっかけに過ぎず、フヴィルに言えたなら何でも良かったのだろう。
そして緑髪の貴族生徒。名はオリバーと言うらしい。
取り巻きが先程口にしていた。
「ほら、二人とも行きましょ?」
オリバーに対してフヴィルは冷静だ。
相手にしないを一貫して通そうとしている。
ノルドもそれが正解だと思っている。
「劣等種が良い態度じゃないか?」
侮蔑する言葉に嘲笑を重ねたオリバーはどうしてもフヴィルの態度が......というより妖精種という存在が気に食わないように思える。
ノルドは隣のへーラルの様子がおかしいことに気づく。
やたらオリバーという貴族がいる時は大人しいというか、隠れるように佇んでいる。
「名家の落ちこぼれを連れて貴族の仲間入りとでも思っているのか?図々しい奴め。劣等同士仲良......」
「口を閉じなさい......命の保証はできないわよ」
オリバーの言葉を遮ってフヴィルは敵意と共に魔力を剥き出しにする。
空中に漂う魔力の粒子は先の魔道演習の時と同様の筈であるが、何故か綺麗というより怒りという感情を露わにしているように見えた。
フヴィルは自分を馬鹿にされることよりも友達が馬鹿にされたことに対して許せなかったらしい。
食堂の時より殺意剥き出しの目をしている。
その様子に取り巻きはヒッと声を出し狼狽えるが、オリバーは微塵も動揺していない。
寧ろ好戦的な態度は加速する。
「ほほう?お前如きが俺を?笑わせるなよ......お前より試験の順位は上だぞ」
驚愕の事実を口にしたオリバーにフヴィルは顔が引き攣る。
フヴィルは十位である。
それより上というのも中々いない。
しかし、ノルドはオリバーが上だということを知っていた。
というよりそうだろうと踏んでいた。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
一触即発の二人の間に割って入ったのは先日同様ノルドである。
「フッ落ちこぼれ、嫌われ者同士傷を舐めあって過ごしているがいいさ。行くぞ」
「は、はい!」
そう言って取り巻き二人を連れてオリバーは学園の方へ歩いていった。
へーラルは貴族という立場からオリバーが嫌なのだろう。
ノルドには理由も、ましてやへーラルとオリバーの家の爵位も知らない。
当人同士しか理解できない事柄なのだろうと敢えて触れはしなかった。
フヴィルはというと先のオリバーの発言から珍しく歯噛みし、屈辱と悔しさが顔に書かれていた。
絶対の自信があった魔法で、順位という明確化されたもので敗北をしたことが許せないのだろう。
その後、ノルドはフヴィルとへーラルと共に教室に向かった。
道中もフヴィルは相変わらずの様子だ。
席に着き、ノルドはフヴィルの様子を心配していた。
「これで終わってくれたら良いんだがな......」
溜息と共にそんなことを零したノルドであったが、この日ノルドとオリバーは学年中に知れ渡る程の衝突をした。
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