神々に祝福されし力 Ⅱ
王立ウールヴ魔道学園中庭、もとい演習場にノルド達を含めた二クラスの生徒達が集まっていた。
入学して以来初めての魔法の実習となる為、生徒達からの期待も高く、その気持ちは活気となって現れる。
まだ授業が始まっていないというのに生徒達は楽しそうに会話に華を咲かせ、祭りのような騒がしさになっている。
やはり魔道学園を入学するだけあって魔法の授業を楽しみにする生徒は多い。
基礎体術の時より生徒達の目は輝いて見える。
ただ一人を除いて。
「早く終わってくんねーかな......」
「アンタ、何しにこの学園来てんのよ......」
明らかにテンションが下がり、項垂れている青髪の青年・ノルドとその様子に呆れている金髪ロングのエルフの少女・フヴィルである。
肩から上の筋肉が衰えたように垂れている。
というか溶けていると言った方が正しいか。
「確かに魔法を使わないなら魔道学園って言えないよね......でもノルド君の気持ち分かるかも」
ノルドの様子に苦笑しながらも若干いつもよりテンションが低い黒髪ショートの少女・へーラルはノルドに同情していた。
その二人を除けば、生徒達はいつもよりテンションが高い。ノルドからして見れば煩わしい程に。
時として。否、時は残酷にも止まることを知らず、ノルドにとっての地獄の時間は訪れる。
例の如く、ノルド達のクラスの担任・レーナが定刻前に現れた。
なんならレーナの登場こそ授業の始まりだという合図になっている。
レーナのクラスの生徒はレーナの姿を見るや否や、開いていた口は塞がり、姿勢を正して授業の開始を待つ程に入学一週間で調教されていた。
「これより魔道演習を始める!」
その一言を合図に他のクラスの生徒達も一斉に静まり返る。
最早訓練された軍隊のようである。
敬礼する生徒が出てきてもおかしくないだろう。
確かにレーナは教官みたいなところもあるので強ち間違いでもない。
レーナは生徒達を見渡し、静かになったのを確認すると授業の説明を始める。
「基本的に魔法の実技になる訳だが、撃ち合いをしてもらうということでもない。まずは的に向かって各々魔法を撃ってもらう」
ノルドは安堵のため息を漏らす。
流石に撃ち合いは死人が出かねない。
いくら魔道学園の一年生だからと言って、できるやつはできる。
人によっては実戦でも通用するレベルの魔法を扱えるだろう。
「使用する魔法については問わないが、的があるんだ。放出系統魔法のみとしよう」
そう言い終わると生徒達は的に相対するように並ぶ。
的は全部で十程度といったところか。
一列七名の生徒が並び、順々に魔法を撃っていく。
各々自分の属性に合った放出系統魔法を撃つが、的を破壊する程の威力ではない。
距離が足りないもの、単純に出力が足りないもの等々、一年生なだけあって魔法はまだまだ未熟である。
しかし中には的を破壊する生徒もごく稀にいる。
その大体が貴族の生徒であるが、貴族の中でも地位の高い部類なのだろう。
取り巻きが褒めて見事に鼻が高くなっている。
現状、的を破壊する程度の威力を出せるのであれば成績も上位の生徒だろう。
だが、それは魔法の才に恵まれているというわけではない。
貴族、特に地位の高い貴族であれば、幼少から英才教育を施されている。
スタートラインが他より早いというだけだ。
魔法に失敗する生徒、的を破壊できなかった生徒はその光景を目の当たりにし、肩が落ちているのが分かる。
しかし、落ち込むこともない。魔法はこれからだ。
現在の不可能と未来の不可能は違う。
赤ん坊では立てなくとも、成長し立てるようになるのと同じで、まだ一年生は魔法士の卵なのだ。
言うなれば貴族は生まれるのが少し早かった故に、皆より先に立てるようになっただけで、訓練すればあの程度には余裕でなれるだろう。
本当の才能とはそれだけでは埋まらないものがある。
それをノルドは知っている。
目の前に並んでいるフヴィルもそうだが......
「レーナ先生!お手本とか見せてくれないんですか?」
誰かがレーナに振った。
初回ということもあり、大先輩としても憧れの存在としてもレーナの魔法が見たいという生徒が多いようだ。
基礎体術であれほどのものを見せられたわけだ。
魔法ならと生徒達の期待が高まる。
それにヴィースと共に歩んだ魔法士の魔法がどのレベルなのか気になるところでもある。
その発言により魔法を撃っていた生徒達の手が完全に止まる。
期待の視線と生徒達の手の止まった様子にレーナは仕方なくといった様子で中央の列の最前に来る。
「見せるのは一度だけだ。もう一度見たくば、それなりの実力を見せてみろ」
そう言うとレーナの顔つきが変わった。
基礎体術で見せたあの表情とも違う。
いつもの凛とした雰囲気ではなく、もっと冷たく、殺気を色濃く放っている。
そして右手を前に翳した瞬間、周囲の空気が重くなったような錯覚に陥る。
ただの殺気ではない。
ノルドはこの感覚を前にも感じたことがある。
そこにレーナ自身が発する魔力も加わり、重圧となって生徒達に降りかかったのだ。
魔力とは魔法を使用する際のパーツであり、それ単体に効力はない。
あくまで現実に事象として影響を及ぼすのは魔法である。
つまり魔力をどうこうしても実際に影響を及ぼすことはないのだ。
しかし目の前のレーナは魔力を表に出しただけで他人に重圧という錯覚をさせたのだ。
魔道学基礎を学び始め、そのことを理解している生徒達はその事実に感嘆の声すらも出ない。
魔力からして次元が違うと。
レーナは更に集中力を高め、魔力を注ぎ、魔術式の外殻を構築していく。
藍より出でて美しく、深海とは違った深みを宿しているのにどこか澄んだ蒼の粒子が鮮やかにもレーナの周りを漂い始める。
魔術式を構成する要素として意味を成した魔力はそれぞれの属性の色となり光の粒子として可視化される。
魔法の兆候。
入学式の連携魔法と同じである。
本来その現象は、戦場では警戒すべきサインであるが、今はただ美しいの一言に尽きる。
構築に無駄がなく、魔力の純度も生徒の比にならない程高く澄んでいる。
その場の誰もが見蕩れ、圧倒されている。
魔術式の完成に近づくにつれ魔力の粒子は一つまた一つと増え、レーナの体をも包み込む程まで増える。
蒼色のドレスを着るかのように身に纏っていた魔力の粒子がレーナの翳した右手の前に収束し、魔術式は完成へと至る。
編纂時間、この規模での使用する魔法を考えれば、かなり簡素な魔法であることは推測されるが、その推測さえ疑うほどに目の前の魔法は美しく力強さを醸し出していた。
そしてレーナは完成された魔術式に詠唱という終止符にて魔法を発動させる。
「魔は水。式は放出。的を射る1本の水の矢となれ」
詠唱を進める度に魔術式は形を変え、深く蒼色の水矢となる。
「アクア・サジッタ!」
覇気の籠った声と共にその矢は一直線に的へ放たれる。
パンッ!と音を立てて的は砕かれ、破片となり地面に落ちる。
数秒の沈黙。
そして生徒達は止まった時が動き出したかのように拍手喝采した。
拍手が沸き起こり、鼓膜にその手と手の破裂音が届く中、ノルドは戦慄していた。
拍手で収まっていい芸当ではないと。
魔法自体もシンプル且つ威力も抑えた魔術式である為、的を破壊するだけに留まったものであるが、問題は魔力の純度がもたらした効果である。
魔力の純度は魔力の色を見ればわかる。
純度が増す程、深みを帯び、そして澄み渡ったような美しさを有する。
そして純度が増せば威力だけでなく魔力効率も良くなるという利点が存在する。
少ない魔力での同等の効果、威力を持った魔法が発動可能になるという点だ。
しかしそれは体内の話であり、魔力総量の多い人間からすれば関係のない話である。
今ノルドが震え上がる理由にはなりえない。
先の魔法の問題。
魔力の純度を高めた者だけが知りえる純度の副次効果。
魔法の擬似ランクアップである。
アクア・サジッタで言うなら射出速度である。
レーナの魔法は本来のアクア・サジッタに比べ、余りにも速すぎたのだ。
魔法の威力を上げるには魔術式自体をランクアップ。
つまりより高度な魔法へ切り替えた方が早い。
しかしそれには欠点もある。
魔術式の複雑化により編纂時間の増大、発動失敗のリスク等々、リターンを得るにはその分のリスクとコストを要する。
より簡素で、より威力の高い魔法を使う。
魔力の純度を高めるメリットは主にここにある。
同じ魔法であっても純度により、威力はおろか魔法自体の速度も強度も天と地の差が生まれる。
一つ上のランクの魔法と衝突したとしても勝つことさえある。
純度とは高めるための難易度も高く、時間も要するが、そのリターンは大きい。
そしてレーナのアクア・サジッタは使用魔力を絞っている為、本気で魔術式に注いだ場合、威力を更に数倍、矢の大きさも数倍にすることが可能だろう。
加えて速度である。
高純度の魔力により速度が飛躍的に上がっている。
飛距離がどの程度かは想像もつかないが、身体強化魔法を施した人間でも半径十メートルから放たれれば、認知することなく貫かれるだろう。
瞬きをした瞬間には穴が空いている。
そんな感覚に近い。
反則的な速度である。
基礎体術にて剣を交え、戦ったノルドだからこそ分かる。
戦闘技術にあの魔法が加わり、身体強化を使用すれば、更に剣技も体術も格段に上がるというのだ。
これが戦慄せずにいられる筈もない。
次元が違うと魔法で知らしめたものだ。
レーナは恐らくわざと威力を生徒と同等レベルに抑え込み、使用したのだろう。
魔法を習いたての生徒なぞ威力に注目しがちであり、この純度による効果に目を向けられるか試す為に。
見事にノルドは試され、まんまと違いを見せつけられたわけだ。
そこから生徒のやる気は最高潮に達し、的に魔法を撃っては並び、また魔法を撃つ。
ひたすらそれを繰り返していた。
魔法が届こうが届くまいが、的を破壊しようがしまいが、生徒達は嬉々として魔法を打ち続ける。
見事にレーナの魔法に感化されている。
それはフヴィルも同じであった。
「レーナ先生もやるわね......」
「やっぱりお前もわかったか。格が違うな、あれは......」
ノルドは己との差を見せつけられたようであった。
正反対にフヴィルは闘志を燃やしている。
負けず嫌いの良いところが発動しているようだ。
「私だって負けないわ。次は私が魅せる番ね!」
テンションマックスのフヴィルはいつもより活き活きとしていて、目も輝いている。
「そんなに楽しみかね。まあ、魔法上手そうだもんな......」
ピタリと先程の興奮が一時停止したかのようにフヴィルは固まる。
その様子の変化を察知したノルドはフヴィルの顔を覗き込む。
「あれ......?フヴィルさん......?」
「上手そう......?おい、笑える」
うわ言のように発しながら、フラフラとまるで生気を失った屍のように列の先頭へ歩いていく。
(やべ......やらかしたか)
フヴィルはそのまま先頭へ出ると肩幅程に足を開いて両手を前へ翳す。
「上手そう?冗談じゃないわ......!刮目しなさい!」
闘志というよりブチギレだった。
先程のノルドの発言がそれ程まで癇に障ったのか、フヴィルは殺意と共に魔力を込める。
そして驚愕した。
レーナと同様、魔力を表に出した瞬間重圧が襲ってくる。
高純度の魔力による作用。
まさかフヴィルもかと。
込めている魔力が違うからとは言え、重圧感を出す程の純度。
一年生の魔力とは思えない程の純度に生徒のみならず、レーナも驚愕に目を見開いた。
「ほほう......?良い挑戦状だ。どんなものか見せてもらおうか」
フヴィルはレーナ同様、魔術式の外殻を構築し、中核へ情報を編纂していく。
若葉のような緑でありながら、その芯は深くも澄み渡っている。
レーナの比ではない程の魔力をフヴィルは魔術式に込めている。
それは魔力の粒子を見れば、一目瞭然であった。
レーナよりも粒子の数が圧倒的に多い。
目を奪う程麗美な翠緑の粒子が漂い、フヴィルの体を包み込み、両手に集中する。
膨大な数の粒子は一点に集まり、凝縮され、魔力に意味が足されていく。
気の所為か風の流れを感じる。
フヴィルの方へ風向きが変わり、魔力の粒子だけではなく、風も集まっているかのように。
高純度かつ、高濃度、高出力の魔力により自然にまで影響を及ぼしたか。
しかしそのことよりもノルドにとって今は目の前のフヴィルに目を奪われていた。
レーナとは違った魔法の美しさに。
予想以上の魔法の腕前に。
そして自分では到底手の届かない領域の才能に。
かつて父に抱いた憧れと羨望と嫉妬と絶望と。
まさかここでそれを思い起こされるとは思ってもみなかった。
ノルドは歯噛みしながら、今から放たれるであろう魔法をただ見ることしかできなかった。
才能という壁をただ見ることしか。
魔術式の構築と編纂を完成させ、魔力を注ぎ込み、フヴィルは魔法完成として詠唱の段階へ入る。
「魔は風!」
詠唱を開始すると魔術式が粒子と同様、翠緑に染め上げられる。
「式は放出!」
次の詠唱により魔術式は崩れ、光の粒子へと姿を変える。
「敵を穿つ一本の風の槍となりなさい!」
光の粒子は即座に成形へと至り、フヴィルの詠唱した通り、風の粒子により作り上げられた一本の槍になる。
「ヴェンタス・ハスター!」
魔法名を叫ぶと同時に風の槍は射出され、的へと一直線へ向かう。
純度はレーナに劣るながらも構築から編纂まで一年生とは思えない練度で魔法を完成し、レーナより明らかに魔力を込めた一撃。
レーナは魔力をかなり絞り、抑えることにより速度がありながらも威力を的を破壊する程度まで抑えた。
しかしフヴィルのヴェンタス・ハスタはそもそも魔法としてのランクがアクア・サジッタより上。
そして込めた魔力も多いときた。
その魔法がもたらす結果は......
バゴーン!と学園に響く程の轟音と共に砂塵と風を巻き起こした。
「やりすぎだ。あのバカは......」
レーナはこめかみを押さえ、嘆息に一言呟く。
当然だろう。
フヴィルの放ったヴェンタス・ハスタは的へと一直線。
そして矛先が的に当たると同時に的をまるで豆腐に穴を開けるかのように容易く貫いた。
勿論、魔法は止まらない。
そして的を貫いた槍はそのまま校舎の方へ。
結果として校舎をも貫き、校舎に新しい出入口を二つ作ることに成功したわけだ。
幸いな点は貫いた校舎は渡り廊下で、人が誰一人歩いていなかったことだ。
「あれ?ついムキになってやりすぎちゃった......?」
こいつを怒らせるのは辞めようとノルドは密かに誓った。
「フヴィル・アールヴァル!」
ピシッとフヴィルの名を呼ぶ声。
それに反応するかのようにフヴィルは肩をビクッと跳ねさせ恐る恐る振り返ると、そこには雰囲気こそ普段と変わらないが明らかに冷たい何かを放っているレーナが立っていた。
「いくら好きに撃てと言われてもやりすぎだ。お前ならそれくらいわかるだろう」
「はい......」
初めて見る萎んだフヴィルの様子にノルドもへーラルも犬が飼い主に怒られているように見えて仕方がなかった。
打って変わってその他の生徒達はざわついている。
無理もないだろう。
同じ一年で、迫害の的である妖精種の少女があのような魔法を放ったという事実を受け入れられないといったところか。
貴族が多いこの学園ではプライドの高い人間も必然と多い。
家名や地位は己だけでなく、家族にも響く。
己の魔法の出来不出来が家名や地位に幸も不幸も与えるのだ。
そしてそれを脅かすのが迫害していた妖精種とくれば心身穏やかではないだろう。
口々に文句や愚痴を零しているが、それこそ家名に泥を塗っているというものだ。
レーナにこっぴどく叱られたフヴィルは肩を落としながら、とぼとぼ歩いてくる。
「フヴィルちゃん、凄い!」
そんなフヴィルに声を掛けたのはへーラルだった。
気遣いや励ましを一切含んでいない真っ直ぐな目でフヴィルを見ている。
「あんな魔法、私は撃てないよ!それに凄く綺麗だった」
へーラルはなんていい子なのでしょうか。
萎れた花のようなフヴィルはへーラルからの賞賛という栄養素でみるみる回復していった。
終いには胸まで張り、いつも通り自慢気な態度になっている。
少しフヴィルの扱いが上手くなったのだろうか。
「まあ?あれくらい?余裕なんですけど?」
ここまで来ると清々しい程のウザさだ。
イキリ倒しているフヴィルはへーラルに任せるとして、ノルドは自分の番が回ってきたことの憂鬱に苦虫を噛み潰したような顔をしている。
足取りが重い。
いっそのこと腹痛で帰ってしまおうか。
「ほらノルド、お前の番だ」
まるで心を読んでいるかのようにレーナはノルドへ促してくる。
しかもニヤリと不敵な笑みを浮かべて。
ノルドの事情を知っててあの態度なのだろう。
悪魔としか言いようがないとノルドは思う。
的の前へ歩を進めたノルドはレーナやフヴィルがやっていたように手を前へ翳す。
立ち姿こそ芯の通った風格を醸し出しているが、どこか魔法の所作はぎこちない。
ノルドは目を閉じ、魔力を込め、術式の構築を始める。
心を鎮め、脳は邪念を払い、集中力を高めていく。
レーナやフヴィルがしていたように詠唱により魔法を完成させる。
ノルドは目を開き、叫ぶ。
「魔は火!式は放出!的を穿つ一本の矢となれ!フランマ・サジッタ!」
・・・・・・。
数秒の沈黙。
的には傷一つなく、形跡もない。
それは魔法は発動しなかったという何よりの証拠であった。
やはりかとノルドは肩を落とす。
ノルドはわかっていた。
魔法が失敗することは想定通りだと。
「ちょっと......ちゃんと魔力は込めたの?」
流石に心配になったフヴィルが耳打ちしてくる。
ああ、勿論したともと言いたいが、現象として起きていないのであれば疑われても仕方ない。
「やはりか......」
レーナの声が近くで聞こえる。
顔を上げると、レーナがいつの間にか目の前に立っていた。
先程の笑みは消えているが、代わりに難しい顔をしている。
何が狙いだったのか余計にわからなくなるが、結果的に魔法は失敗、否発動しなかったのだ。
「もう一度やってみましょ?ね?」
フヴィルが優しいと逆に怖いなと、そう思えるくらいにはこの事実にも慣れてきた。
ノルドは返事をしようとするが、レーナがそれを遮る形で話した。
「いや、終わりだ。先程の魔法で分かった」
「なんでですか!たまたまかもしれないじゃないですか!」
レーナのその言葉に吠えたのはフヴィルだった。
見捨てるように吐き捨てたレーナにフヴィルの堪忍袋の緒が切れた。
「たまたまではない。君も見ただろ?」
ヒートアップしているフヴィルとは対照的にレーナは冷静に返答をする。
「魔法が失敗する時の原因は概ね三つ。そしてそれは既に授業で教えた筈だ」
レーナの言う通り履修済みだ。
しかしフヴィルはまだ納得がいっていないという様子だ。
「それがなんですか?それこそ偶然、たまたま、運が悪く失敗したかもしれないじゃないですか!現に他の生徒だって失敗はしています!」
フヴィルは食い下がる。
ノルドの代わりに怒ってくれているのはありがたい話だが、ノルドはこの事実に対して諦観している。
だからこそ心苦しく思ってしまうのだ。
「ああ。それも見ていた。それと同時にノルドと他の生徒では同じ失敗でも明らかに違う点が一つあることもな」
「......っ!」
ノルドもレーナが言わんとしていることが分かっていた。
それに目を背けていたのだ。
歯が軋む程歯噛みし、悔しさだけが口の中に広がるような苦い思いを胸に、ノルドはレーナに続きを促した。
「魔法の前兆“魔力の可視化”と呼べる粒子が出ていないことだ。だから魔術式の構築という過程も踏めない」
「でもそれは魔力が込められなかっただけで......」
「ノルドの実力不足で魔力が込められないと思うか?」
尚食い下がるフヴィルであったが、レーナの一言により完全に黙り込んでしまった。
ノルドは魔法に対する知識、戦闘技術からして魔法の技術が劣るとは考えにくい。
それでもその線を疑うならノルドに対する侮辱とフヴィルは悟ったのだ。
「いいよ......わかってるんだ、先生。俺は魔力がゼロなんだろ?」
ここまで黙っていたノルドが遂に口を開く。
目を背けていた現実に向き合うために。
「ん?そんなもんじゃないさ」
レーナが再び不敵な笑みを浮かべている。
本当に何を考えているのか分からないとノルドは心底思う。
何がしたいのだと。
「今年の入学式試験では前代未聞のマイナス得点が出た」
急にレーナの声量が大きくなる。
まるで皆に伝えるかのように。
「そもそもマイナスの点数とは?」
確かにノルドもフヴィルもへーラルもその他生徒達も疑問であっただろう。
試験であるならマイナスの点数が存在するのかと。
「入学式試験では魔力、魔法、戦闘力それぞれ100点ずつ配点を用意したが、魔力が高ければ100点、少なければ0点へ近づく」
ノルドは入学式のことを思い出す。
確かにその三要素で合計300点になっていた。
「まあ、魔力が0......つまり魔力がない者など聞いたことがない。つまりそこの点数は低くても10点やそこらだ」
魔力とは生まれたばかりの赤ん坊ですら保有している。
そして例外なく太古より人類には魔力が備わっている。
レーナはノルドを真っ直ぐ見つめて続ける。
「そしてこのノルドは魔力、魔法の得点がマイナス200点......つまり......」
ノルドは自分の顔が引き攣っているのがわかる。
そしてこの後続く言葉も内容も何となく察してしまう。
ハハと乾いた笑いすら出る程の思いもよらなかった最悪のケース。
「ノルドの魔力値はマイナス10000だ」
レーナは不敵な笑みを崩さず言い終える。
何が狙いなのか、最早どうでも良いと。
それよりもノルドすら想定していなかった自分の体質の前では全てどうでも良いと。
悪魔としか思えないようなレーナから出された結論。
魔力がないどころかマイナスに振り切っている。
「は......?」
遅れて声を漏らしていたのは隣にいたフヴィルだった。
まだフヴィルは現実として受け止めきれていないらしい。
そりゃ聞いたことないよなぁとノルドは他人事のような感想を抱いている。
「はーーーーーーー?!?!?!」
フヴィルの理解が現実に追いついたと同時に出た、ありえないという叫びが中庭に響き渡り、波乱の第一回魔道演習の幕は閉じることとなった。
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