神々に祝福されし力 Ⅰ

先日の死闘、もとい基礎体術におけるノルドVSレーナの対決は決着を迎えずして終了した。

 しかし、生徒の間では専ら噂になっており、ノルドの元を訪ねる生徒が日を増す事に多くなった。

 ただ噂というのは重ねる毎に正確性を欠くという性質を持っている。

 それは意図してかどうかは定かではないが、質の悪い伝言ゲームだと思えば良い。

 休み時間には必ず数名の生徒がノルドの元に目を輝かせて訪れる。

 最初は同じクラスの生徒が。そして他クラスの生徒へと学年中に広まったのではないかと疑うレベルで生徒が絶えない。それも平民の出自が多く、貴族は少数である。

 そこまでは良い。

 別に彼ら彼女らが悪いことをしたわけではないのだ。

 一番問題なのは先述の噂の性質。

 つまるところ、何故かノルドがレーナに勝利したと誤った情報に切り替わっていることだ。

 確かにあのまま続けば勝てていたかもしれない。

 だが、それも偶然。

 実力で言えばレーナの方が上であることに変わりはない。

 ノルドは一日目二日目と良かったものの、三日目から誤った噂の訂正、とその対応に追われ疲弊していた。


「はぁ。なんで訂正した方の噂は広まらないんだ...」


 ポツリと机に伏し零したノルドにフヴィルは嫌味ったらしく返す。


「良かったじゃない。有名人になれて」

「ど!こ!が!いいんだよ!」


 他人事だからと平気でそんなことを口走るフヴィルであったが、少し不貞腐れているような気もする。

 へーラルはそんな二人の会話をただ笑って見ている。

 件の基礎体術から1週間が経ち、三人とも学園生活に慣れ始めていた。

 その間も魔道学基礎、基礎体術がメインとなって授業は展開され、魔道学基礎は魔力、魔術式の基礎の単元が終了しようとしている。

 魔力。魔法の動力源であり、火、水、風、土、雷、光、闇、無の八つの属性が存在する。

 要素として、魔力総量、属性保有数、純度の三つである。

 先ず魔力総量はそのまま魔力を保有する総量であり、先天的、遺伝的なものが強いが、成長過程で稀に増幅する者もいる。

 次に属性保有数は先の七つのうちの保有する数である。平均二属性であるが、ヴィース・ロプトールは驚異の七属性を唯一保有していた。

 最後に純度は魔力の練度とも言えるものであり、同じ総量、同じ魔術式であれば純度の高い方に軍配が上がる。

 総量、属性が先天的、遺伝的要因が強いのに対し、純度は後天的に培っていくものである。故に純度を上げる訓練というのが魔力において一番効率が良い。

 確かに先天的なものに比較すれば後天的要素である純度は効率が良い。あくまで相対的な意味である。

 絶対的に評価すれば、訓練により純度を高くするという行為は効率が良いとは言えない。

 魔力に限定して言えば効率が良いだけで一般的に魔法の上達を目的とするなら魔術式、技術面に注目する。

 言うなれば純度を高くするに至るのは魔術式、技術を極めた者が行き着く魔道の最終局地である。

 それほど時間も労力も必要になってくるということだ。

 魔術式。以前ノルドが授業で答えた通り基礎三系統、それを組み合わせた複合系統が存在する。

 魔術式には必ず必要になる情報を組み込まなければならない。

 逆に言うと情報が不足した魔術式では発動失敗か、発動しても出力が極端に落ちるだろう。

 基礎三系統の中では付与系統が一番組み込む情報が少なく、簡単と言える。主に身体強化等、自分に使うことが多く、その分必要な情報が削られる。

 逆に一番組み込む情報が多いのは設置系統である。発動条件等、設置系統特有の必要になってくる情報が増えるため難しくなってくる。

 そして魔術式において情報の次に重要になってくるのが術式構築である。

 術式構築とは簡単に言えば、必要な情報を術式に組み込む。

 ただ組み込みと言っても配列等バランスを考えなければならない。

 更に言うとバランスが良くとも自分の想像通りに発動するわけではない。

 魔術式とは文章であり対話である。

 文章には必要な情報だけでなく、順序があり、法則があり、ルールがある。

 それを誤れば、話し手と受け手の間に齟齬が生まれる。

 話し手の話したいことをそのまま理解して貰うには正しい情報と正しい順序で伝えなければならない。

 そして魔法において話し手は魔法士であり、受け手は魔法なのだ。

 故に魔術式は文章であり、対話であると。

 しかし、魔法が失敗するというのは自ら新しい魔法の開発をした場合である。

 既存の魔法であれば殆どが魔術式の開示をされており、その通りに組めば理論上魔法を発動できる。

 ただし、魔道学基礎の序盤に出てきた通り魔法が失敗するというのは魔術式だけではない。

 魔力が原因によるもの。

 属性の不一致や魔力供給不足等。

 そして技術不足。

 その技術こそ、この魔力と魔術式の基礎単元を修了し、これから履修するというわけだ。

 一週間の授業を総括すれば、この程度で収まる。

 補足や例など、生徒が理解しやすくする為に授業にはどうしても必要な無駄を付け加えなければならない。

 ただそれは理解のファーストコンタクトとして、理解するための潤滑剤として、その無駄を作っているだけで理解してしまえば要点で済む。

 へーラルはこの一週間でそれを理解したようで、前よりもメモの回数は減り、要点を押さえることができてきた。

 今までメモに割かれていた時間と脳の機能が理解に回せる分、魔法への理解力は一週間で大きく影響してくる。

 その証拠にへーラルは基礎単元で言えば満点が取れる程である。

 フヴィルも最初はその成長を一緒になって嬉しがっていたが、自分自身も感化され、より一層勉強に熱が入っている。

 今では自分で予習し、教科書を先に読み進めている

 へーラルの成長に追い抜かされると少し焦ったのも影響しているだろう。

 負けず嫌い且つ、自分の得意分野で負けるという屈辱がフヴィルに火を付けたところか。

 元々フヴィルの魔法への理解は生徒の中でもずば抜けている。

 でなければ、試験でトップ10には入れない。

 理解していない者に魔法は扱えない。理解しても魔法が扱えるわけではない。魔法が扱えても魔法を極めたわけではない。

 魔法士が魔法を学ぶ際に一度は耳にする文言だ。

 しかし逆を言えば魔法を極めることが魔法を一番理解できたことになる。

 つまりどの程度応用を利かせられているかが魔法の理解度を指している。

 フヴィルの魔法を一度だけノルドは見ている。

 身体強化魔法で遠視を可能にしていたあの光景を。

 付与系統魔法の初歩で習う身体強化魔法であるが、殆どの魔法士はそれを筋力と錯覚する。

 基本的な魔法であるが故に侮られがちである。

 しかし身体能力というアバウトなものを強化するのがこの魔法の効果である。

 その身体能力を定義付けているのは自身であり、効果範囲を狭めているの自身である。

 身体能力というアバウトで曖昧な定義だからこそ、広く捉えた方が良い。

 筋肉も五感も脳も身体に関わる全ての能力は身体能力であると定義付けたからこそフヴィルは身体強化による視力の強化、遠視を可能にしている。

 更に言えば視力だけでなく、視覚に関しても色々な能力が存在する。

 視覚の中の視力という能力を向上させただけで、色覚等を対象にすればまた別の魔法へ変身する。

 身体強化魔法は身体能力を強化、向上させるだけの効果でしかないが、その身体能力の捉え方を変えるだけでこの魔法は180度変わる程に変化する。

 効果内容は変わらない。ただ魔法の対象の認識を自分なりに解釈する。

 たったこれだけのことで同じ魔法でも別の魔法のようになる。

 そして自身が解釈し認識した対象を魔術式に組み込むだけである。

 フヴィルの身体強化魔法の場合であれば、魔術式は付与系統で身体強化魔法の定型文を構成し、魔法効果のの対象を視力にして組み込んでいるわけである。

 これが魔術式の練度であり、訓練となる。

 これが前述の“魔法が扱えても極めたわけではない”と言われている所以である。

 一週間の振り返りと言えばこんなところだろう。

 週初めの学園は流石に憂鬱さが一層増すが、今回から基礎単元が魔法技術に変わる。

 それに加えて今週から魔道演習等、実習の授業も少しずつ増えてくる。

 座学で一日中机に向かっているより実習の方がノルドは好きである。

 密かに楽しみにしているが、それはノルドだけではない。

 フヴィルやへーラル、クラスメイトも楽しみにしているのか、いつもより教室が騒がしい。

 一週間という時間が生徒達の緊張を解し、慣れ始めと実習の導入により生徒同士の会話を加速させている。

 いつも通りレーナは定刻前に教壇の上に立っている。

 この一週間を見てもそうであったが、基本的に休み時間等、授業以外に関してレーナがこちらに注意してくることはない。

 意外と教室内は自由になっている。

 勿論、いじめや問題行動については口を出すだろうが、それ以外は関わろうとすらしていないように見える。

 生徒から声を掛ければ、答えるという姿勢でいる。

 そんなこんなで定刻になり、ホームルームを終え、授業に入る。

 休み時間は騒がしいものの、授業になれば生徒達は姿勢や目付きが変わる。

 レーナも視線だけこちらに向けて、授業に入る。

 そこに言葉はない。


「では魔道学基礎、基礎単元の最後『魔法技術』に入るわけだが、技術と言っても最初は魔法を発動させる方法を学んでもらう。」


 ノートに筆を走らせる音が響く中、レーナは教科書から顔を上げて続ける。


「魔法を発動させる方法。つまり魔術式を組み立てる、構築させる方法である。ノルド答えてみろ」


 恒例行事のようにノルドが指名される。

 この一週間を通してもノルドが当てられることが多かった。

 最早生徒達は驚きもしなくなっている。

 回答担当となってしまったようだ。

 ノルドは流れ作業のように立ち上がり、回答する。


「記憶法、詠唱法、刻印法です」

「正解だ」


 家に帰ってくるまでが遠足のようにこのセリフまでが授業の流れになっている。

 そして他の生徒達は正解しても驚きもしなくなっている。

 レーナは授業のウォーミングアップが終わったかのように本腰を入れ始める。


「ノルドが答えてくれた三通りの方法が現在使われている発動させる方法だ。そしてそれぞれ特徴がある」


 筆の音とレーナの教室に響き渡る声を聞きながら、ノルドは相変わらず外を見ている。

 そして思い出していた。

 かつて父から教わったこと。あの風景。日常を。

 小さな小屋で二人で暮らし、毎日父から勉強と鍛錬を叩き込まれていた日々を。

 レーナの声は父の声になり、目の前があの小屋の風景へと変わる。

 魔法技術。

 簡単に言えば魔法を発動させる方法であるが、先程の三通りしか存在しない。

 というよりこの三つが一番効率が良い。故に他の方法は使用されていないが正しい。

 そしてその三つにはそれぞれ相性の良い魔術式が存在する。

 記憶法。三つの方法の中で一番速く発動できる方法であるが、魔術式を細部まで記憶し、正確に脳内で組み立てなければならなく、複雑な魔術式との相性は悪い。

 そして集中力や記憶力が鍵になるため、これを崩されれば魔術式は組み立てられないデメリットも存在する。

 相性の良い魔術式は付与系統である。

 その理由は前述の通り、複雑な魔術式との相性が悪い為、簡素な魔術式に限定される為である。

 付与系統の魔術式、特に身体強化魔法であれば、効果内容、対象等も自分に限定されるため必要な情報量も少なく済む。

 逆に身体強化魔法を詠唱法、刻印法で行うと必要な情報量が少ないために発動させるまでに時間のロスが多く、記憶法の方が速く発動できる。

 フヴィルがやってみせた身体強化魔法も詠唱や刻印等の痕跡もなく、記憶法でやっている。

 後述される詠唱法、刻印法が外部で魔術式を編纂するのに対して記憶法は内部での編纂により、魔術式の不可視化を可能にしている。

 つまり魔法が発動するまで、どの魔法が発動されるのかはおろか、魔術式が編纂されていたことにすら気づけないのである。

 しかし、多くの魔法士は記憶法による魔術式の組み立ては付与系統しかできない。

 これは最大のデメリットである『細部まで再現をする』という点において放出系統、設置系統では情報が多く、再現できずに失敗に終わってしまうからである。

 よって編纂速度、魔術式の不可視化という利点があるものの、付与系統のサポート魔法でしか記憶法は使われていない。

 次に詠唱法である。

 呼んで字の如く必要な情報を言葉として発し、それを基に魔術式として組み込むというものである。

 記憶法には編纂速度が劣るものの、刻印法よりは断然に速く術式が組み立てられる。

 そして記憶法のデメリットであった魔術式の範囲も付与系統、放出系統と広がる。

 しかし付与系統であれば記憶法を選択するため必然的に相性の良い魔術式は放出系統になる。

 主な攻撃魔法の殆どが放出系統であり、詠唱法にて編纂されている。

 記憶法より記憶力、集中力を必要としないため状況によっては詠唱法の方が扱いやすいというメリットも存在する。

 しかし詠唱法では放出系統がメインとなるため必要な情報も増える。

 前述の通り魔術式とは文章であり、対話である。

 必要な情報が増えれば、それだけ相手への伝わり方も増える。

 組み立て方がより複雑になり言葉である以上組み立ても難易度が上がる。

 詠唱法ではより魔術式への理解が必要とされる。

 最後に刻印法である。

 刻印と言っても何かに刻まなければいけないわけではなく、魔力を込め魔術式をそのまま書くということである。

 編纂速度は三つの中でも1番遅くなる分、多くの情報を組み込めるという利点がある。

 故に条件等、情報が多くなる設置系統の魔法と相性が良い。

 そしてこの刻印法は唯一魔力を発動前に消費し、術式を編纂する。

 そして刻印法では設置系統を主流とし、発動条件を追加できるため、任意で魔法を発動できる。

 つまり魔法のストックが作れるため、実戦では自分の魔力のキャパシティが実質的に増えるというメリットも存在する。

 しかしこの刻印法での編纂において、刻印できるものは限られている。

 その名の通り刻印、刻むという行為では地面、金属等、幅は広いが、書き記すという行為では特殊な材質で生成された魔法紙でしか効力を発揮しない。

 そして一度使用した刻印は消失する。魔法紙であれば、灰になってしまう。

 以上の三つが現在魔法士が使っている魔法技術となっている。

 ノルドは幼き日の回想を経て、授業に意識が引き戻される。

 思い出に浸っている間に黒板には文字や記号、イラスト等が羅列されていた。

 懐かしむように復習を行っていたが、概ね同じ内容が黒板に書き記されている。

 一通りの説明を終え、レーナは生徒の方へ視線を向ける。

 その間もノートに筆を走らせる音は止まらない。

 皆、メモを取るのに必死になっているようだ。

 そこで一人の生徒がスっと手を挙げる。

 レーナはそれに気づき、目線だけで質問を促す。


「必要な情報が多いことから設置系統の魔法は刻印法でしか発動できないのでしょうか?」

「良い質問だ。今まで説明した中で不可能という言葉、またそれに準ずる言葉を使用していない。つまり理論上可能ということだ」


 幼き日のノルドも同じ質問を父に投げた。

 父の返答も同じである。

 不可能ではない。

 できないのではない。やらないのだと。


「ただやらないだけさ」


 生徒達は皆、まだ理解ができていない様子だ。

 レーナはそれを汲み取り、質問を投げ掛けられる前に続けた。


「優れた魔法士であれば、設置系統だけでなくあらゆる魔法をどの魔法技術でも発動ができる。ただしそれでは効率が悪いのと発動確率が下がる」


 この説明も父はしていた。

 魔法は理論上、魔術式、魔法、魔法技術が揃っていれば、発動可能であると。

 例えそれが効率が悪く、どんなに時間がかかったとしても発動はできる。

 ただし実戦を考えるのであれば、効率と確実性は両立しなければならない。


「それだけ複雑な魔術式を記憶法で組み立てれば、それだけ記憶力に頼る部分も多く、集中力を少しでも欠けば失敗する。故に理論上可能なだけでやらないのだ」


 やはり説明も父と同じである。

 そして父は続けてこうも言った。


「その判断力も含めて魔法技術なのだよ。編纂技術ではなく、魔法技術と言われている最大の理由だな」


 明らかにノルドの方を向いて少し口角が上がりながらレーナは言った。

 正に一言一句違わずにレーナは父と同じことを言ったのである。

 やはりレーナはノルドの父含め知っている。

 当たり前と言えば当たり前だが。

 タイミングを見計らったかのように午前の終わりを告げるチャイムが響いた。

 思い出に耽っている時間が長かったがために午前中が早く感じる。

 生徒達は立ち上がり、それぞれ昼休憩へ入る。

 ノルド達もいつもの三人で集まり食堂へ向かう。

 気の所為かフヴィルがご機嫌な様子だ。


「午後から魔道演習よ!楽しみだわ」


 こちらから聞かずともフヴィルの方から言ってきた。

 魔道演習。つまり魔法の実戦である。

 ノルドが基礎体術を楽しみにしていたのと同じようにフヴィルも楽しみなようだ。


「大丈夫かな......やっぱり自信ないな......」


 対照的にへーラルは不安により授業が怖いようだ。

 ノルドはというと......


「帰っちまおうかな」

「何言ってるのよ。魔法なんて実技があってなんぼでしょ?」


 正論だ。

 理論だけなら学園など必要ない。

 それこそ書物で学べば良い。

 実技。実際に使えるようになってこそ学園の存在意義なのだ。


「ぐう」

「ぐうの音ってそういうことじゃないと思うのだけれど......」


 心底呆れたと言いたげな目だ。

 ともあれ、遅かれ早かれこの問題には直面する。

 ならば早い方が諦めもつくというものだ。

 ルンルンなフヴィルとテンションの下がったノルドとへーラルはそのまま食堂で昼食を摂り、午後の魔道演習に向け、中庭に集まる。

 基礎体術同様、複数のクラスで演習を行う。

 魔道演習最初の授業。

 フヴィルのように楽しみにしている生徒も多く、基礎体術の時より賑わっている。

 しかしこの授業によりノルドすら知らないノルドの秘密を知ることになる。

 前代未聞の点数。

 マイナス得点である理由が遂に明かされるのである。

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