大賢者の学園 IV
そこには1人の妖精がいた。
黄金のような髪を有し、森の声を聞く為の長い耳。
彼女は悲観していた。この世界を。
同じ人類のはずの人間に迫害される運命を呪っていた。
神々がまだ健在していた頃から受けていたとされる迫害は、差別は、一体どの世代で断ち切られるのか。
私達が滅ばない限り続くのか。
1人の妖精、否少女はこの世を憂いていた。
そんなある日、とある一人の人間に出逢う。
今まで出逢ってきた人間はその全員が自分達一族に害を成してきた。
少女は警戒していた。
この人間もその一人なのではと。
その人間は異質であった。魔力だけでなく、その心までも、今まで出逢ってきた人間と違っていた。
妖精種が人間に魔法を教えることはあっても教わることはなかった。
少女は幼いながらにも感じ取ったのだ。
この人間はどのエルフよりも妖精種よりも魔力が、魔法が、技術が桁違いであると。
少女はその人間から魔法を教わったのである。
そして世界は広いのだと知った。
人間全員が妖精種を迫害するのではないと。
その賢人から学んだのである。
今は無き羽を羽ばたかせたいと、世界を知りたいと望んだ。
そして少女は目指した。この人のような賢者、いや大賢者を。
学園に入学して四日目の朝を迎える。
小鳥の囀りも今となってはアラームになり、清々しさすら覚えるほどだ。
ノルドは枕に顔を埋めたくなる気持ちを堪え、上体を起こす。
眠たい眼を擦りながら、準備に取り掛かる。
さして時間も手間も掛からないので、すぐに準備は終わってしまうのだが、どうしてか面倒臭いのは長短に関わらず、変わらない。
いつも通り部屋を出て、いつも通りの場所に、いつも一緒にいる人物達がいる。
きっと朝からうるさく騒がしいのだろうが、それがノルドにとっては気に入っていて、その為に面倒臭い朝の準備も頑張れていると言っても過言ではない。
ノルドが歩いてくる姿が見えたのか、二人の少女は手を振ってくる。
長い金髪に長い耳の少女フヴィルとショートの黒髪黒眼の少女へーラルだ。
朝の挨拶を交わし三人で登校する。
日常と化した光景。
まだ四日しか経っていないのに、もう何日も何週間も一緒にいたかのように感じる。
教室に入る時の視線は相変わらずだが、誰かが何かをしてくる訳でもない。
朝のホームルームを終え、今日も授業を受ける。
「本日の午前は魔道学基礎、午後は基礎体術だ」
レーナが今日の予定を伝える。
一年生は特に魔道に対する知識も経験も少ない。
必然と魔道学基礎の時間数が多くなる。
基礎ができていないのであれば、応用や演習などできるはずもない。当然と言えば当然である。
特に一年生は学科、つまり知識分野がメインとなる。
半日、下手をすれば一日椅子に座り、机に向かう日が存在する。
その中で基礎体術や今後行われるであろう基礎体術は数少ない身体を動かす授業となる。
むしろノルドは身体を動かす方が好きだ。
基礎体術。剣術や武術など、文字通り体を使った術。
魔法を使用せずに基礎的な体術のみの授業。
ノルドには基礎的な体術なら誰にも負けないと自信がある。
伊達に山の中に籠っていない。
子供が買ってもらった玩具を見せびらかしたいのと同じようにノルドも唯一自慢できる科目にワクワクしていた。
「ではこれより魔道学基礎を始める訳だが......昨日の復習だ」
頭の中で色々な妄想を膨らませていたノルドはレーナの授業開始宣言により現実に引き戻される。
昨日に引き続き、やはりノルドを除く生徒達は皆、メモを取らんと必死の姿勢である。
それを父が見ていたら何と言うか。
それを想像すると少し笑いそうになる。
恐らく“馬鹿正直に メモを取るな。真面目であれば良いというものでは無い”だろう。
何も全部をメモすれば魔法が上達する訳では無い。
要はコツ。要点を押さえる。ということだ。
知っていること、当たり前のことをメモするなら、その分耳を傾け、聞いた方が頭に入る。
「昨日説明した通り魔法の三要素。魔力、魔術式、技能。昨日は魔力について学んだな。魔力とは魔法を発動させる為の動力源だ。個々人で保有する魔力量も違い、何よりも魔力には色......つまり属性が存在する」
相変わらず凛とした表情、佇まいで昨日の復習の要点を読み上げるレーナ。
昨日あれほど真面目に必死にメモを取っていたことなどこの程度の復習で終わってしまうのだ。
そして何よりも復習でさえ、メモを取っているのを見ると最早お笑いだ。
ノルドが学園生活三日目にして感じたこと。
ここの生徒は勉強の仕方がなっていない。
真面目すぎるし、純粋すぎる。
故にその反対を見れば、ただ一人の例外ノルドを除き自ずと好成績の人物が割れてくる。
フヴィルがそうであるように。
昨日一日ノルドは一切メモを取っておらず、後ろの席を利用し、生徒の様子を観察していた。
フヴィルを含め数名の生徒はメモを取る回数が少ない。
恐らくその生徒達は先の試験の上位勢だろう。
「では本日の本題“魔術式”についてだが、魔術式は三種類存在する。ノルド答えられるか?」
復習が終わったかと思えば、挑発的な笑みでレーナがノルドに問う。
昨日といい、レーナに目をつけられるようなことをしてしまったのかノルドは考えたくなる。
ノルドは溜息を漏らし頭を掻きながら席を立つ。
「はぁ......放出系統、付与系統、設置系統です」
「正解だ」
またもや正解を口にするノルドに教室内はざわめき始める。
いや、流石に最下位でマイナス点数とは言え、基礎ですからね?ちょっと失礼すぎませんかね?
どれほど馬鹿にされているのか、または過小評価なのかはさておき、無事答え終えたノルドは席に座る。
左隣のへーラルは密かに拍手を送っている。
少し気恥しいノルドは拍手には目を向けず、レーナの続きを聞く。
「この三つは基礎三系統と呼ばれている。では何故基礎と付いたのか......」
食い入るように生徒達が授業へ耳を傾ける。
それをレーナは教科書から生徒へ一瞬視線を向け、続ける。
「それは複合系統と呼ばれる基礎三系統を併用して扱う魔法......つまり応用ができたからだ」
生徒達から“おお”という感嘆の声が漏れる。
誰もが未だ知らぬ領域に目を輝かせ、その領域に至らんと期待する。
この学園を入学する生徒の殆どは自分もヴィース・ロプトールのような魔法士、つまり大賢者になりたいと切望する。
しかし、現実は甘くない。
「まあ、複合系統を発案、開発したのは君達のよく知る人物であり、君達と同じ歳の頃にヴィース・ロプトールが身をもって成功させた」
魔法技術の進歩。
それにより補助でしかなかった魔法は戦闘において絶対的存在になったのだ。
近代戦闘技術は魔法技術に等しいとまでされた理由でもある。
魔法における三要素のうち魔術式、技術の進歩はヴィースの発案により為された。
その術式の発案が基礎の三系統に加えた複合系統であり、齢十五にして魔法の才覚を現した少年の発明である。
感嘆を漏らしていた生徒達はレーナの発言に自分達が目指そうとしていた人物の功績の一端を垣間見、絶句した。
今の自分達との差を痛感させられたのである。
夢は夢。理想は理想に過ぎないと。
「この複合系統については二年以降で学ぶことになるだろう。今は基礎の三系統について学を修めてもらう」
基礎を固めて応用を学ぶ。至極当然の流れだ。
応用とは基礎の集合体。基礎が複雑に絡み合って出来上がったものである。
ノルドは昨日より生徒のメモを取る回数が増えたなと思いながら、昨日と変わらず頬杖をついていた。
先程のレーナの発言を受け、感化されたのか。
どちらにせよ今のまま、ただひたすらメモを取ることに必死になっているようでは到底無理だろうとノルドは思っていた。
その程度でなれるような領域ではないと。
紙に筆を走らせる音が聞こえる中レーナは授業を続けた。
結局ノルドは本日もメモを取ることなく、午前の終了を告げるチャイムが響くのを待っていた。
やはり上位勢だと思われる人物達は圧倒的にメモの回数が少ない。
既知なのか要点を捉えているのか、どちらにせよ上位勢たる理由だろう。
フヴィルについてもメモの回数は昨日今日とで片手で数える程しかメモを取っていない。
反対にへーラルは終始メモを取っていた。
(後で要点だけ教えてあげるか......)
最下位でマイナス点数の人間から言われても説得力がないかもしれないが、友達の好として教えてあげたい。
それにノルドはへーラルに可能性を見出している。
得意魔法が“召喚術”であるへーラル。
そもそも召喚術は名門オルキヌス家とは言え、高等魔法に分類される。
放出系統、付与系統、設置系統の基礎三系統全てを用いて発動させる。
先程レーナが言及していた応用。
複合系統の中でも基礎三系統を使用した魔法はそう多くはなく、仮に名門のオルキヌス家であったとしても扱うのは容易くはないのだ。
ノルド、フヴィル、へーラルは集まり、昼食を摂りに学食へ向かう。
「あんた、座学に関しては凄いけど一体誰に教わったのよ」
また嫌味のように痛いところを突いてくるフヴィルにノルドは最早気にすることもなく、というか諦観したように答える。
「父さんだよ。幼少期から叩き込まれてたからな」
「ふーん。あんたのお父さん凄い人なのね」
「ま、まあな」
(確かに凄い人だけど、言ってもしょうがねぇしな)
座学のことを言われ、ノルドは先程考えていたことを思い出す。
魔道学基礎の授業が始まって二日目になるが、そこまで重要なことは言っていない。
正直言って、メモを取らないのが普通である。
へーラルの可能性を信じるなら、今のままでは成長は望めない。
視線を左隣のへーラルに移す。
「そうだ。へーラル、授業の時いつもメモを取ってるよな?」
その発言に驚いたようにノルドを見上げてくる。
子供が悪さをしたのをバレた時のようにバツの悪そうな表情をしている。
「そ、そうだね。ノルド君は逆に全然メモを取らないよね?」
「ああ。それに俺だけじゃない。見たところフヴィルもメモの回数は片手で数えるくらいしか取っていなかった」
急に振られたフヴィルは動揺したかと思えば、また得意気な顔をしている。
鼻の伸びきったフヴィルには目をくれず、へーラルを見たまま本題へ入る。
「メモを取らないってのは何も聞いていないからじゃない。寧ろ聞いて必要ないと判断したからだ」
「う、うん?」
「つまり俺もフヴィルも知っていること、当たり前のことはメモを取っていない。知らなかったこと、なんなら今後魔法を扱う上で重要な部分だけをまとめているんだよ」
まだ理解ができていなさそうな顔をしたままノルドを見つめているへーラル。
「へーラルがメモでまとめたものを後で見返した時、分かりやすいと思うか?どれが重要か分かりずらいってならないか?」
「確かに!」
「昨日今日見ていて思ったことだけど、この学園の生徒は真面目な割に......いや、真面目すぎるんだよ。最下位の俺が言えることじゃないけど、それじゃ魔法は上達するのには要領が悪い」
へーラルはうんうんと首を縦に振り、それすらもメモを取ろうとしようとしている。流石に辞めさせたが......
そこで黙って聞いていたフヴィルが口を開く。
「確かにそうね。要点を押さえた方が効率よく魔法を使えるようになるし、上達も早いわ。座学だけの人もいるから何とも言えないけども」
助け舟かと思いきや、沈没させに来たフヴィルにノルドは今度こそ撃沈させられた。
そこまで言わなくたっていいじゃないか......
へーラルは素直で真面目だ。
それは決して悪いことではない。
ただそれが空回りをすることだってある。
その時は友達として助けてあげるのが普通だとノルドは友達ができたことがないながらも思っていた。
余計なお世話かもしれないが、やらない善よりやる偽善だ。
とりあえず、へーラルの勉強については明日と言わず午後からどう変わるか様子見だ。
「てか、ずっとメモを取らずにクラスの皆を見てたわけ?流石に気持ちが悪いわ」
あるぇ?良い流れで終わるんじゃなかったのか?
このままへーラルが成績も上がってノルド君ありがとうで終わる流れじゃないのか?
思わぬ方向からキモイ発言と視線を向けられ、ノルドの心はズタズタにされていた。
ノルドもそれには何も言い返せずに落ち込み、へーラルは笑っていた。
へーラルが笑ってくれるなら良いかと心を慰め、食堂にて昼食を摂る。
三人別々のメニューを頼み、あっという間に平らげてしまった。
学食ともなると生徒の数は教室の比ではない。
その分視線を感じる訳だが、当の本人は何も気にすることなく、至って普通。
どころかいつもより態度が大きい気がする。
いつもこんな感じかとノルドは心の中で呟き、食堂を後にする。
午後の基礎体術は演習場で行われる。
その演習場はというと、校舎と校舎に挟まれた中庭に存在している。
丁度「ロ」の字になっている校舎のど真ん中に用意されたそれは演習場というより闘技場の方が似合うくらいだ。
基礎体術は1クラスだけの授業ではなく、2クラスまたは3クラスで行うらしく、相当な人数が演習場に集まっている訳だが、ここは貴族が投資する程の学園。
演習場も広く六十名程の生徒が集まっているが窮屈さを感じない。
「定刻だ!これより基礎体術の授業を始める!」
定刻を告げる大きい声が演習場に響き渡る。
校舎に囲まれたせいか反響し、いつもより大きい。
もう時間になったら出てくる時計の鳩なんじゃないかというくらい定刻通りのレーナに生徒達は視線を注ぐ。
その横にはもう1クラスの担任であろう男性の教師が立っている。
「まず基礎体術の授業の説明だが、我々から特に教えることはない。闘いの中で学べ。以上!」
皆が思ったに違いない。
いきなり雑過ぎん?
確かに体術となると体格、スタミナ、柔軟さ等人により使える技も変わってくる。
よって教わるというより自分で学ぶが良いのだが、いきなりそう言われても生徒にそれは酷だろう。
困惑に各々が顔を見合わせている。
「まあ、ルールは設ける。その中で自由に闘いたまえ。まず魔法は一切使うな。使った場合は私が自ら制裁を加える」
その発言にゴクリと何かを飲み込んだ生徒達。
「次に攻撃は軽い打ち身程度にしろ。できるなら寸止めだ。怪我をさせたらこれも分かるな?」
言わずもがな。またゴクリと何かを飲み込んだ。
最早恐喝に近いルール説明をしているレーナは何故か楽しそうだ。
あまりこの人を怒らせるのは辞めよう。
この場にいる隣の男性教師含め全員がそう思った。
「最後に武器は何でも構わん。そこに用意したから自由に使って良い」
指を差した先には、山積みになった木製の武器が置かれている。
男子は男子同士、女子は女子同士でペアを組み基礎体術の授業が始まる。
とは言っても余りものになってしまったノルドは
「いや、レーナ先生はほら女子ですし、俺は男子な訳で......」
「私では不満だと?」
「身に余る幸せにございます」
抵抗虚しくレーナとペアを組まされることになってしまった。
ノルドは山積みになった武器の中から木剣を手に取る。
生徒も同様に各々自分に合う武器はどれかと手に取っていく。
ペアのレーナは迷うことなく木剣を拾い、ノルドと相対する。
あまりの似合わなさ、意外さにノルドは驚いていた。
レーナはどちらかと言うと小回りの利く短剣や、ナイフの方が似合いそうなものだ。
「意外と長い獲物使うんですね」
「ああ、これは生徒には本気を出すのは大人気ないからだよ。本気を出させたなら本来の武器を使うさ」
疑問には挑発の文言とその笑みで返され、俄然やる気が出てくるノルド。
レーナも一流の魔法士だが、それだけではヴィース・ロプトールの仲間としてやっていける筈もない。
基礎的な体術も一流に近しいことは想定される。
経験値、技術においても生徒は遠く及ぶはずもないだろう。
故に先の発言だろうが、それが余計にノルドのやる気を闘気を掻き立てる。
「それを言い訳にしないでくださいね」
精一杯の皮肉と挑発を込めレーナにぶつける。
それにレーナはフッと笑い、演習場の生徒全員を見渡す。
「各人、武器は持ったな。それでは基礎体術を始める!」
その言葉を合図に演習場には生徒同士の殺気が交錯し、闘気が満ち溢れ、基礎体術の授業が始まる。
レーナは相変わらず毅然とした態度のままである。
一つ違う点があるとすれば、ノルドが感じている全身を針で刺すかのような殺気だけだ。
基礎体術と名目上そうなっているが、ルールを設けられた対人の殺し合いをさせられているということだ。
レーナは構えることなく、殺気だけを放ち立ち尽くしている。
あくまで本気は出さないという意思表示だ。
ノルドはレーナの殺気を押さえ付けるかのように木剣を構える。
両手に伝わる柄の感触を忘れる程の集中をレーナに向け、今レーナとノルドの殺し合いの演習が始まる。
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