大賢者の学園 Ⅲ
試験とは平等だ。
平等に不平等さ、現実を突きつけてくる。
平等と聞けば響きが良い。故にその点数というものが重くのしかかり、順位として現れる。
首席が存在するように最下位が存在する。
それは平等が招いた結果。不平等さの表れでもあると。
(どうなってんだ......)
人の壁を前にノルドは立ち尽くしていた。
フヴィルとヘーラルが見ているような気がするが、今は気にしている余裕が無い。
最早ノルドには周囲の音すら聞こえていなかった。
ノルドは試験の結果が理解出来ていなかった。
結果が良くないというのは想定済みであったが、点数がマイナスとは思ってもみなかった。
石化したかのうように固まるノルドを余所にフヴィルが続いてクラス分けを見る。
結果から言うとクラスは三人とも同じ五組だ。
ほら、行くわよとフヴィルに腕を引っ張られるノルドとそれに続くへーラル。
三人は人の壁を回り込み、なんとか昇降口へと至る。
学年毎に階層が分かれており、一年から順に上へ学年が上がっていく。
昇降口から見て右が教室。左が学科室となっている。ちなみに大講堂も左側である。
廊下では生徒同士が交友関係を築こうと会話に華を咲かせている。
ノルドは腕を引かれながら各教室の中を見た。
廊下とさして変わらない。皆それぞれグループになり、会話を弾ませている。
それは五組とて例外ではない。
ただノルド達三人が入った瞬間、こちらに視線が集まったような気がした。気のせいだろうか。
教室の内装は至ってシンプルであった。
木製の机と椅子に、白い壁紙。特に装飾等はなく、ただ部屋に人数分の机と椅子を用意したかのようだ。
黒板には貼られた座席表の通りに席に着く。
ノルドは一番後ろの窓際から二番目だ。
そして窓際にはヘーラルが座った。
「お!隣か!喋れる奴が隣で良かったわ」
「うん。私も喋った事のある人がいて安心した」
この調子でフヴィルも近くの席なら良かったのだが、現実はそう甘くない。
フヴィルは中央の前の方の席になってしまい、ノルド達とは少し遠い。
まだ朝のホームルームまで時間がある。寂しがっているだろうと、ノルドは荷物を置き、フヴィルの方へ行く。
「寂しくないか?」
不敵で悪戯な笑みを浮かべ、座っているフヴィルに声を掛けると同時にやはり視線を感じる。
「うるさいわね。あんたこそ寂しくて私に話しかけて来たんじゃないの?」
ノルドが辺りを見るより先にフヴィルが言い返してきた。
負けじと悪戯な笑みを浮かべている。
生徒も殆ど教室に入ってきたのか、人口密度が高い。
「皆、席に着け!」
突如聞き覚えのある大きい声が教室中に響き渡る。昨日の司会進行を勤めていた女性教師だ。
ノルド含め生徒達は自分の席に戻る。
扉を閉め、教壇の上に立つと全員が着席したのを目視で確認し、口を開く。
「本日より君達、五組を担当することになったレーナ・オルソンだ。改めてよろしく頼む」
言い終えると同時に拍手が湧く。
相変わらず凛とした表情は変わらない。
拍手が収まったのを確認するとレーナは口を開く。
「色々説明したいことがあるが、その前に君達に自己紹介をしてもらおう。簡単で構わない。名前と特技...それと学園で何がしたいかくらいでいい」
「その前に質問いいですか?」
レーナが言い終わるのを待ってたかのように一人の生徒が発言する。
レーナはその生徒を見つめ、続きを促す。
「レーナ先生ってあのレーナ・オルソンですか?ヴィース・ロプトールと冒険をしたっていうレーナ・オルソン」
「ああ。そのレーナ・オルソンなら私だ」
生徒の質問を聞き、昔を思い出したかのように笑ってみせた。
一瞬の静寂の後、生徒達から歓声が上がる。それはそうだ。あのヴィース・ロプトールの仲間が担任とは皆思っていなかっただろう。
ノルドは歓声の中、喜びというより驚いていた。
「静かにしたまえ。今はそれよりも自己紹介だ」
手を叩きながら、そう言うと生徒はまた静かになる。初日にして生徒を手懐けているかのようだ。
廊下側から順々に自己紹介がされていく。と言っても貴族が多い。
ノルド含め平民の出自なぞ、多く見積もっても三割くらいだろう。
聞いたことのない家名ばかりである。
ノルドは覚えることは諦め、頬杖をついて聞き始めた。なんなら興味がないと言わんばかりに外の景色を見始めていた。
気づけばフヴィルの番である。
「フヴィルよ。特技は風の放出型魔法。この学園には大賢者グランドセージになる為に来たわ」
緊張しているのか少し表情も声も堅い。そこにいつもの元気さ、強気な雰囲気はなかった。
ただノルドが一番気になっていたのは周囲の生徒が向ける視線である。教室に入った時と同じ感じ。
好奇、いや忌避の方が近いだろう。
そこで初めて気づく。ノルドは勘違いをしていた。
先程からフヴィルに向けられている好奇の視線。それはノルドに向けられていると思っていた。だが考えれば分かることであった。
入学式当日、フヴィルとヘーラルが初めて会った時の会話。そこにヒントはあった。
(妖精種への迫害......)
貴族が七割を占めている学園で妖精種が入学することは迫害を受けに行くようなものだ。
特にエルフであれば他の魔道学園でも合格はできた筈だ。
現に試験では10位とトップである。そこまでして入学をする理由...
「大賢者グランドセージのいた学園か......」
ノルドは溜息を吐くように呟いていた。
そこまで大賢者グランドセージのいた学園に固執するものなのか...これにはノルドも人のことを言えない。
自嘲に笑みが零れそうになる。
フヴィルが自己紹介を終えた後も続き、やはり知らない家名が続く。
ノルドは先程と同様、頬杖をついて聞いている。
前の席の生徒が言い終え、ノルドの番である。
「名前はノルド。特技は剣術です。この学園には...父を捜す為に来ました。」
簡素に言い終え、再び席に座る。
どこからかひそひそと声が聞こえる。
流石に簡潔過ぎたかと少し不安になるが
「あれが例のビリか」
「平民なら納得だな」
「あまり関わるのはやめましょ」
なるほどとノルドは納得する。
どうやらビリケツの噂は広まっているらしい。というかマイナス得点が一番の要因だろう。
この学園始まって以来、前代未聞の点数。
(てか噂広まるの早すぎだろ......)
余程暇なのか、それとも貴族の娯楽としてなのかは分からないが、最下位の人物は注目の的らしい。
ノルドの後も自己紹介は続き
「へ、ヘーラル・オルキヌスです。特技は一応、召喚術です。もっと魔法を上達させる為に来ました。よろしくお願いします」
いつの間にかヘーラルの番になっていた。
ヘーラルは弱々しいが丁寧な自己紹介を終え、席に着く。これで全員の自己紹介が終わった。
「自己紹介よくできてたぞ」
小声でフォローを入れるノルドに弱々しく笑顔で応えるヘーラル。
段々と笑顔が増えてきたことに少し安心する。守りたいこの笑顔。
「皆、自己紹介ありがとう。ここにいるのは全員仲間だ。身分、人種関係なく接するように」
最後にレーナが締め、学園の説明に入る。
一年生は特に選択科目は無く、全て必修となっているらしい。魔道学基礎、魔道史基礎、魔道演習、基礎体術の四つを学び、二年に上がるとそれぞれコースを選び、履修する科目も変わってくるらしい。
その後は校内を案内され、明日からの時間割等、配布物で終わることとなった。
ただ気になったのが......
「エルフが気安く触るな」
やはり貴族の差別であった。フヴィルに対する当たりが強い。
後ろの席にいた貴族がフヴィルの手を払った。
「じゃあ、どうやって配るのよ。次からあんたが取りに行きなさいよね」
(つ、強い......どんな精神力してんだよ、あいつ)
いつもの調子を取り戻したフヴィルは差別、迫害なぞに一切屈していなかった。むしろ怒気を孕んだ声に貴族の方が押されている。
ノルドはフヴィルの様子を見ていたが、度々貴族から差別的言動を受けてもその全てを悉く振り払っていた。
慣れている感じもあるが、フヴィルの性格の強さが大きい。逆に迫害や差別により、あの強気な性格が培われたのかもしれない。
帰りのホームルームを終え、三人でまた集まる。最早それが当たり前になってきている。
「お前つえーな」
開幕早々ノルドは先のことを思い出し、若干笑っていた。
それに対し、事もなげにフヴィルは返す。
「あんなのただ雑魚がほざいているだけよ。気にしていたら、学園なんかに入らないわ」
「良い性格してるわ」
メンタルで言ったら、学年一だろう。
ヘーラルもその態度にクスッと笑っていた。
本人が気にしていないのなら外野がとやかく言う筋合いはない。本当にやばい時だけ参入するとしよう。
その後は談笑しながら帰路に着き、三人共自室に戻った。
ノルドは風呂、明日の準備等を済ませ、ベッドで横になり、今日一日を振り返っていた。
フヴィルに対する差別意識、学園でのこれから...本当はノルドにも他人を気にしていられるほど余裕があるわけでもない。
(何せ最下位でマイナスだもんな......)
レーナ先生に点数の内訳でも聞いておけば良かったと少し後悔した。
ふと机に立て掛けられた剣を見る。父が残していった唯一の遺品。
ノルドの脳内は山奥で父親に鍛え上げられた日々に切り替わっていた。
父が居なくなった後もこの剣とはずっと一緒に鍛錬をしていた。
思い返せば、物心付いた時にはこの剣があった。
(最初の友達はこいつかもしれないな)
柄にもない考え事をしていた所為か瞼が重くなってきた。
明日から始まる授業に備え、就寝することにした。
二日目朝、昨日と同様小鳥の囀りが聞こえてくる。
ただ今日は夢は見なかった。昨日の夢はやはりただの疲れからか...
考え事を中断し、素早く身支度を済ませ、今日も待っているだろうフヴィルとヘーラルの元へ向かった。フヴィルに怒られると面倒だ。
案の定、二人は昨日と同じ場所で待っていた。
朝の挨拶を交わし、学園へ向かう。今日は怒られずに済み、一安心。
教室に着くとやはり視線を感じる。ノルドにではなく、フヴィルの方へ。
フヴィルはというと、我関せずといった態度で自分の机に向かう。よく気にせず居られるものだ。
関心しながら、ノルドとヘーラルも席に着く。
朝のホームルームまでそこまで時間はなく、開始五分前にはレーナ先生は教壇に立っていた。その表情や佇まいの通り、時間にもきっちりとしている。
「定刻になった。ホームルームを始める。」
出欠確認を済ませた後は、連絡事項を述べ、ホームルーム自体はあっさりと終わってしまった。
一限目は魔道学基礎である。
一年次の基礎科目の担当教諭は担任が務める為、ホームルーム直後、授業に移る。
「では一限目、魔道学基礎を始める。」
皆の顔つきが変わる。学園に来ているだけあって、授業に対する姿勢も良い。
七割が貴族なら納得かもしれない。教養、躾が違う。
教科書を開き、メモを取らんと、ノートも既に開いている。逆に開いていないのはノルドくらいだ。
「魔道学、つまり魔法を扱うには大事な三要素がある。分かるやつ...」
レーナは黒板に文字を書き終え、振り返り生徒を見渡す。
ノルドと目が合い、少しニヤつく。入学式の時に見せたあの笑顔だ。教科書開いていないのばれたか。
「ノルド。答えてみろ」
「...はい。魔力、魔術式、魔法技術です」
「正解だ。流石だな」
渋々といった感じで答える。
学年最下位、しかもマイナス得点の奴が答えられると思っていなかったのか、教室がざわつく。
フヴィルもこちらを見て、驚いた表情をしている。失礼な奴だ。
「凄いね、ノルド君」
賞賛を耳打ちするヘーラル。何故かヘーラルに言われると照れくさい。恐らく本心から言われていると感じるからだろう。
「ノルドが答えてくれた通り、魔力、魔術式、魔法技術だ。では魔力は良いとして、魔術式はなんだ?魔法技術とは何が必要なのか。それを学ぶのが魔道学基礎である」
今のは軽いジャブどころか試合のゴングすら鳴っていないと言われているかのようだ。
確かに、今の三要素なぞ基礎中の基礎。これで魔法が扱えるなら、魔道学園は存在していない。
「魔術式であるが、魔法の術式。そのままである。ただその術式には意味がある。」
生徒は皆、下を向き、必死にメモを取っている。後ろからだとその光景がよく見えるのだ。
(まだメモ取る所じゃないと思うんだけどな...)
メモを取る生徒など気にせず、レーナは止めることなく、説明を続ける。
「逆に言えば、意味を為さない魔術式は破綻し、発動されない。これがまず魔術式が発動しない一つ目の原因。二つ目は魔力が足りないだ」
ノルドはうんうんと頷く。やはりまだメモは取っていない。
この程度であれば、父から教わっている。ただの復習だ。
「メモ取らなくて大丈夫なの...?」
流石に心配になったヘーラルが横から声を掛ける。
「ああ。これくらいなら父親から教わっているからな」
まだ心配そうに見ているヘーラルを尻目に前を向き、レーナの話を聞く。
「魔術式を駆動させるのは魔力だ。よって必要な魔力を魔術式に注げなければ、魔術式は発動することなく、失敗する。そして三つ目。魔法技術は術式を組み立てる技能だ」
生徒は皆、一言一句漏らさずにメモを取ろうとしているんじゃないかというくらい終始ノートに筆を走らせていた。
その後も授業は続き、六時間という丸々一日を消費し、魔道学基礎の入門を学んだ。
結局ノルドは一度もメモを取ることはなかった。
それくらい、今日学んだことは魔法を扱う上でごく当たり前、基礎中の基礎だからだ。
むしろ初めて父親から魔法を学んだ時のことを思い出し、懐かしんでいた。
ホームルームが終わる頃には外は空が紅く染め上げられ、夜の訪れを告げている。
ノルドは荷物をまとめ、帰る準備を進めている。
先に準備を終えたフヴィルが隣にやってくる。
「あんた、座学はできるのね」
「うっ...…」
初手痛いところを突かれたが、事実なので仕方がない。というか“は”とはなんだ。
ノルドは平静を装いながらフヴィルの方へ向く。
「ま、まあな。父親から学んだんだよ。ずっと昔にな」
「そういえば、お父さんを探す為にこの学園に来たって言ってたわよね?」
「ああ。実は...」
口を開くのと同時にヘーラルが準備を終えたらしく、慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「ごめんね。遅くなっちゃった。何か話してた?」
「いや、大丈夫だ。フヴィルに座学しかできないって嫌味を言われていたところだよ」
「なんですって?!事実なんだから仕方ないじゃない!」
むきーと威嚇するようにフヴィルが怒る。
ヘーラルはその姿に口に手を当てながら笑っている。
なんとかフヴィルを落ち着かせて、三人で帰ることにした。
先程まで夕暮れだった景色がもう夜の顔に変わっている。
風も冷たく、桜も少しずつ散り始めていた。
(三人でこうして登下校を共にするのも悪くないな)
別れの挨拶を済ませ、各々自室に帰る。
そこからはいつも通り明日の準備等々を済ませ、就寝へと至る。
王都に来てからというものこれが日常、ルーティンになっている。
そしてまた朝を迎え、三人で登校する。
自分にとって非日常だった、想像すらできなかったものが日常に変わり、今までの日常が遠い過去のような非日常になる。
遠き過去を懐かしむ青眼青髪の青年は瞳を閉じて、意識を夢へと投じた。
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