大賢者の学園 Ⅱ

春の清々しい風に吹かれた良き入学式になる。そのはずだった。誰も彼もがそう思っていた。

先程の静寂とは一転。会場はざわめき、不安に駆られる生徒を気にする様子もなく、例の『試験』の説明がされようとしている。


「ではこれより試験の詳細を説明をする________」


鉄仮面のように表情が変わらない女性教師は最早こちらなど見向きもせずに読み上げ終えた。

理解できた生徒の方が少ないだろう。


1.実技のみで、死ぬことはない。

2.魔力、魔法、戦闘力の100点ずつの300点満点。

3.試験会場は教師陣の連携魔法で作られた仮想空間であり、そこへ精神体のみを摘出し移動させる。尚、服装や武器等も付いてくる。

4.仮想空間の中での記憶は覚醒後に失われる。


要約すれば、こんな感じである。


(なるほど......どおりで誰も試験が実施されることを知らないわけだ。)


やはり生徒はまだ納得していないか、呑み込めていないか、騒がしい。

口々に不満を零す生徒の中、1番騒いでもおかしくない人間が静かであることにノルドは気づく。

フヴィルだ。当の本人はむしろ試験を喜んでいるように見える。自信満々と言いたげな表情をしている。

片やへーラルは固まっている。時が止まったかのように動かない。それほど嫌なのか...


「では始めるとしよう」


生徒の様子など見えていないのではないかと言うくらい、試験の準備を始めようとしている。

ノルドは最早諦め、覚悟を決める。

教師達も集まり始め、連携魔法の準備が始まる。

一点を取り囲むように円陣を組み、詠唱と共に会場全体を包み込むほどの術式が浮かび上がる。

地面から魔力の粒子が浮上し、蛍のように輝き、空気中に滞留する。それだけ高密度の魔法という証拠である。


「武運を祈る」


ニヤリと笑みを浮かべ、先程の女性教師が一言発した瞬間、視界は光に包まれ、魔法が作用する。視界が眩む。手で覆いたくなるほど眩しい。

ノルドは固唾を飲み、試験が始まるのを待つ。


これから試験が始まる!!


誰しもが、そう思っていた。ノルドも例外ではなく。

視界が光に覆われたかと思えば、一瞬にして視界は開け、先の会場の光景に戻る。またしても生徒全員が状況を呑み込めていない。

 生徒達は疑問を口にし始め、再び会場はざわつき始める。

 それに笑ったのは例の女性教師だった。


「フフ......毎年見ているが、どの年も皆そのような顔をするな。無理もない。君達からすれば瞬きをするかのような感覚だったであろうからな」


心底楽しそうな表情を見せた。入学式が始まって以来、鉄仮面のように表情が変わらず進行していた所為で意外な一面を見た。

 円陣を組んでいた教師陣が解散し始める。

そこでフヴィルが理解したようで、手を打ち、納得する。


「そっか!記憶がなくなったから、試験前後がくっついて一瞬みたいに感じちゃうのか!」

(こいつ、意外と頭がいいのか?)


そんな失礼なことを考えているが、確かにとノルドも納得した。中抜けになれば瞬きと同然の感覚になる。

それに時計の針も先刻から一時間近く進んでいた。これが何よりの証拠だろう。

ただあれだけ不安になったり、緊張したのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。

ノルドは苦笑を浮かべ、横でへーラルは一息ついて落ち着いていた。余程不安だったのだろう。


「明日、結果を発表する。それと同時にクラス分けもだな。これにて本日は終了とする。」


先程の表情は消え、いつもの鉄仮面に戻る。長いようで短いような一日であったがメインイベントは終了し、今日は帰路に着く。

 と言ってもノルドは寮なので、そこまで移動時間はかからない。

ノルドを含めた辺境組は必然と寮に入ることになる。流石に毎日馬車で片道数時間は身が持たない。

自宅組は先に帰り、寮組はその場に残った。

フヴィルは予想出来ていたが、意外だったのはへーラルだった。


「あれ?へーラルも寮なのか?」


ノルドは疑問を口にする。オルキヌス家という名門貴族ならわざわざ寮ではなくとも王都に持ち家があるのではないかと。


「うん。家は居心地が悪いから......」


へーラルは苦笑する。貴族も貴族で色々大変なのだろう。寮の方が何も気にせずいられるのは確かだ。

 それに寮なら近い。登校時間も短縮できるし、不便ということもないだろう。


「じゃあ、あたしと一緒ね!」


胸を張り、そう発したのはフヴィルだ。

毎度毎度何故こんなに自慢気なのか、気になるところではあるが、今回は救われた。このままだとまた空気が重くなるところであった。

とりあえず、3人で寮へ談笑を交えながら、向かうことにした。主にフヴィルが自慢気に話していたが、よく覚えていない。というのもノルドには一つ疑問があった。

 断片的ではあるが、試験の記憶が残っている。先の説明では、試験の記憶は消去されるはずだ。嘘という事もあるまい。現にフヴィルやヘーラルは記憶に残っていないから試験が瞬きのように感じた訳だ。

 ノルドは考えながら、二人が話しているのを見やる。


 (てか、ずっと喋ってんな)


 気が付けば、フヴィルはへーラルに対する警戒も少し解けたように見える。

へーラルも少し打ち解け、話してくれるようになってきた。

二人、特にフヴィルは先入観が強く影響を及ぼしていた為に距離を置こうとしたのだ。害をなさないと分かれば、それも解かれよう。

今は考えても分からないと判断し、その疑問については考えることを辞めた。

長い廊下を歩き終わり、昇降口、校舎と順当に帰路に着く。寮は学園のすぐ隣にあり、1回校門の外に出なければならない。

門を潜った時も思ったが、王都の中ではかなり土地は広いし、整えられている。噴水と言い、芝生と言い、魔道学園に必要なのかと思う物がいくつもある。流石は貴族様の支援といったところだ。


「そういえば、ノルドはどこから来たの?全然あなたの話を聞いてないわ」

(いや、お前が喋りすぎなんだよ......)


こんなこと口が裂けても言えない。言ったらどんだけの量で返ってくるか、分かったもんじゃない。

 ヘーラルを挟み、ノルドにフヴィルが話し掛けてくる。


「どこって言われてもな......山から来たのは確かだ。」

「どこの山よ......」


呆れ半分と言った様子だ。だが濁しているわけではなく、ノルドは本当に分からなかった。地理に関しては本当に教養がない。

 挟まれたヘーラルはその様子に笑っている。笑っているのは教養のなさ加減にではないことを祈ろう。


「南の方の山なんだ。ヒューヴィ王国の国境に近い...と思う」

「え!それってここまで3、400キロは離れてるじゃない!」


後半自信をなくし、勢いを落としてしまった。

よくこの少ない情報でそこまでの距離が分かったなと感心していたが、確かにそんな距離移動してきたら驚きだろう。ノルド自身もそこまで移動したと思っていなかった。


「途中商人のおっちゃんに乗せてもらったからな。時間にして7時間とかかな。」

「よくそんな時間かけて来たわね。ビューヴィ王国の魔道学園の方が下手したら近いんじゃない?」

(確かにそうかもしれないな......)


あの気の良い男性に拾われ、馬車の荷台で揺られていた時のことを思い出しながらノルドは話す。

ノルド自身もわざわざ遠い学園に入学したのも勿論理由がある。


「まあ、入学試験がないからな。そうじゃないと俺、落ちちまうと思うし」

「あんた、そんなに自信ないの?へーラルもそうだけど、魔法なんてそう難しいわけではないわ」


事も無げに答えるフヴィル。それに対し二人は苦笑いでしか応えられなかった。

確かに入学試験がないからというのは本当であったが、もう一つの理由を言っても信じてもらえるかわからない。敢えて無難な方を選んだのだが、フヴィルが自信満々なのも頷ける。妖精種、特にエルフにとって魔法は得意分野なのだから、学園の試験なんて簡単なものだろう。


「流石エルフだな。魔法は専売特許って訳か」

「ふふん」


煽てておけば、フヴィルもこれ以上は追求してこないだろう。その証拠に鼻を高くし、上機嫌になっている。

そう思った矢先に口を開いたのはへーラルだった。


「私も魔法を上手く扱えるようになりたい。でも私は召喚術しか適性がなくて......」

「召喚術か......私も専門分野は風魔法だからなぁ」

「でも適性がわかっている分まだマシじゃないか。俺なんか適性が何なのか全く分からん」


へーラルは少し焦っているようにも見える。早く結果を出したい気持ちは分からんでもないが、一朝一夕に魔法が上達するほど世の中、甘くはない。それはノルド自身も同じではあるが...

考え事や話している内に寮の前に着いてしまった。 学園といい寮まで大きい。魔道学園の中で一番学生数の多いので納得ではある。

自分のネームプレートが下げられた扉を探し、中に入る。

 部屋は自室と言っても人一人が暮らすには十分な広さだった。机と椅子、ベッドに照明。意外とシンプルだ。それとど真ん中に木箱が置いてある。

開けてみると中には見慣れない衣類が入っている。広げるとそれは制服だった。

色々なことが起きていて忘れていたが、学園である以上、制服が支給される。

黒を基調とした制服であり、胸には学園を象徴する狼の模様が刺繍されている。

狼の模様にそれぞれの学年の色が制服には施されている。ノルド達一年生は青である。

 制服は生地もしっかりしており、袖を通したがサイズもぴったしだ。新品特有の匂いと生地の堅さがある。

ただ制服と言っても動きやすさや、耐久性にも優れているので、このまま戦闘を行うことも可能だ。なんて素晴らしい。学園様々だな。

緊張の糸も切れ、どっと疲れがノルドを襲う。


(明日から学園生活が始まる......今日はゆっくり寝るとしよう)


夜中から出発し、王都の門、入学式等々、初日で色々なことが起きていて、ノルドも疲れていた。

ベッドに横たわると、自分の体が押さえ付けられたかのように重く、到底起き上がれそうにない。

瞼が重くなる。目を閉じ、暗闇に意識を投じる。

ものの数秒でノルドの意識は夢の中へ落ちていく。

目の前は暗闇がずっと続いている。深く深く、底が見えそうにもない暗闇。目を開けているのか、閉じているのかさえわからない。

 ただそこにノルドが浮いているような感覚。何もすることはできず、そもそも手足の感覚さえ微妙だ。

疲れからか何なのかはわからない。今まで夢で暗闇を見ることもなかった。


(___の日はもうすぐだ。)


誰かが自分に語りかけている。何と言っているかはわからないが、ただどこかで聞いたことのあるような声だ。何かを思い出させようとしているのか......?

そこでノルドは夢から現実へ引き戻された。

 太陽がカーテンの隙間から部屋の中に差し込み、小鳥の囀りが聞こえ、朝を告げている。

 春と言っても朝方は少し寒い。だからこそ、部屋に差し込む太陽が暖かく、気持ち良い。


 「いつの間にか寝てたのか......風呂に入って準備しないとな」


 睡眠を取り、回復したノルドは上体を起こし、準備に取り掛かる。

 準備中は夢の中のことを考えていた。いつもなら夢で終わらせていたが、昨日のは夢だけで終わらせていけない気がする。何か大事なことを忘れている。そんな感覚さえしてくるのだ。

 歯磨き、洗面、着替え等準備を終え、荷物を持ち、玄関へ向かう。

 考え事をしていると準備があっという間に終わった気になる。実際の時間は変わらないが、体感時間が早くなるなら、それでいい。だから風呂や準備の時はよく考え事をする。

 寮を出て、学園に向け足を運ぶ。

 昨日は気づかなかったが、通り道には桜が満開に咲いており、まるでノルド達を歓迎しているかのようだ。

 視線を前に向けると、女子生徒二人が話しているのが見える。

 この桜が咲く中に金と黒の髪が彩る。フヴィルとヘーラルだ。


 「遅いわよ!」

 「おはよう、ノルド君」


 開幕早々吠えたのは安定のフヴィルである。ヘーラルは相変わらず大人しい。

 ノルドは状況がいまいち掴めず、きょとんとしている。


 「ワリい、ワリい。てか待ち合わせの約束とかしてないよな?」


 そんな記憶など一ミリとてない。吠えられ、反射的に謝ってしまった。

 不機嫌そうなフヴィルと少し緊張も解け、表情が柔らかくなったヘーラル。まるで対を為しているかのよう。


 「普通昨日もいたんだから今日もいるでしょ。ねえ、ヘーラル?」

 「え!?う、うん」


 普通という曖昧かつ定義されていないことを急に振られ、出会って一番大きい声をヘーラルは出していた。というか、圧に負けて肯定するしかなかった。

 これにはノルドも呆れる。


 「ヘイヘイ。俺が悪かったですよ」

 「分かればいいのよ」


 こうなったら折れるしかないが、なんだかむかつくな。ヘーラルもこんなのと一緒にいると疲れるだろうに。

 とりあえず、フヴィルの普通とやらで三人で登校することとなった。

 校門を抜け、相変わらず豪華な庭を通り、昇降口に差し掛かろうとしていた。

 学園の昇降口前は人だかりが出来ており、昨日の入学式より騒がしいことになっている。


 (何をそんな見ているんだ?)


 文字通り人の壁が出来ており、遠くが見えない。

丁度玄関口を塞がれ、中に入ることができない。間を縫っていくのも面倒だ。


 「私は......10位、280点だわ!やったー!」


 珍しく静かだったフヴィルがぼそっと呟いたかと思うと急に隣で大声を出し、驚いたが、そうか昨日の試験結果が掲載されているらしい。10位とは結構良い成績ではないか。

 だがそれも頷ける。彼女は今、魔法を駆使し、その試験結果を覗き見ているのだから。


 「なるほど。身体強化魔法か」

 「よく分かったわね」


フヴィルはノルドが魔法の正体、原理を一発で看破したことに驚いている。確かに魔法に慣れていない者なら何の魔法なのかわからなかっただろう。

 身体強化魔法。文字の通り体を強化する魔法である。主に戦闘面で役に立ち、俊敏性、筋力を底上げするのが定石である。ただ彼女は身体強化の“身体”という概念を筋肉に視野を置くのではなく、視力...目に置き、強化魔法を掛け、遠視を可能にしている。その証拠に左目に魔術式が浮かんでいる。

 柔軟な思考とそれを可能にする技量を考慮しても、その順位は納得だ。いつも自慢気なだけはある。

 相変わらず人の壁で遠くが見えないが、フヴィルが遠視でノルド、ヘーラルの順位も見てくれている。

 

 「ヘーラルもあった!えっと......順位は104位、215点よ!やったじゃない!」


 まるで自分のことのようにはしゃぐフヴィル。

 確かに300人近くいる生徒の中で100位は上位30%だから結果として悪くない。あんなに不安になることもないだろうに。ただ当の本人は浮かない顔をしていた。


 「まあまあ、これから順位上げていけば良いじゃんか。最初なんだしさ」


 ノルドは励ましの一言を添える。それに落ち込むほどの順位でもない。

 笑顔を向けるノルドにヘーラルは元気づけられる。


 「そう......だよね。これからだもんね。ノルド君、ありがとう」


 そう。これからだ。まだ始まりに過ぎない。


 「あ!ノルドのもあったわよ!」

 

 大丈夫。まだまだこれからだ。


 「げっ......あんた最下位よ」


 フヴィルはドン引きという表情でノルドを見る。というかゴミを見るような目だ。

 励ましが必要なのはノルドの方かもしれない...

 ただノルド自身は想定内という顔をしている。というか取り繕っている。


 「大丈夫だよ。これからだよ」


 さっきの励ましが返ってきた。へーラルの顔が少し笑顔に見えてくる。幻覚であって欲しい。仲間を見つけたみたいな表情をしないで欲しい。

 だが、フヴィルは更に追い打ちを掛ける。


 「うっわ.......−100点。どうやったら、この点数取れるのよ」

 「ん!?マ、マイナス......!?」

 

 ノルドも状況が掴めていない。点数は悪いだろうの予測を超えてきた。

 顔が引き攣っているのがわかる。嫌な汗も出てきた。

 フヴィルは呆れに変わり、ヘーラルは先程と打って変わり、心配そうな顔になるが、今のノルドにそれを認識しているほど、余裕はなかった。今はただ天を仰ぎ、思考停止に入っている。

 前代未聞の点数に驚かされ、初日に引き続き、とんでもない二日目になろうとしていた。

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