第2話桜の下で交わる、深い約束

「でも別に俺じゃなくても陽菜いくらでも教えてくれそうな人いるんじゃない? なんで俺?」



俺は少し訝しんで、眉をひそめつつ、内心漫画の続きが気になっていた。


正直勉強より今は、漫画読みたい。勉強俺が教える必要があるのだろうか?


俺と陽菜は、桜満開の街を歩いていた。街の至る所で、桜の花びらが空から舞い振り、歩道がピンク色に染まっていた。


新しい学期の始まりと共に、ワクワク感と春の訪れが、感じられてこの時期は人々の心も軽やかにしてくれる。


花粉症さえなければ…だが。


公園の隅では、家族連れが花見を楽しんでいた。

桜を背景にして、スマホで写真を撮っているのを見て、カメラはもう、あまり使われないのかなと思った。


時折、陽菜が拾い集めた桜の花びらを手に乗せ、それを風に乗せて飛ばす様子は、まるで妖精が遊ぶ様な仕草とその姿に、思わず見とれた。


俺は桜の花びらを集めて、彼女に被せたくなった。それを頭でイメージして、俺は満足して結局しなかった。


「先輩が優しいから、どんどん気兼ねなく聞けるんですよね〜。他の人に聞いたら、私イライラしちゃうかも。」

陽菜が目を輝かせて小さく手を叩いた。

他の人って…妹の小雪の事かな? スパルタだったらしいけど。


人が横を通り過ぎる。



少し立ち止まって、彼女に言う。


「教えて貰う立場なんだから、そこはイラッとしちゃ駄目でしょ?」

俺は彼女に穏やかに伝えた。彼女の表情を捉える為に視線を落とした。



「そうなんですけど、私先輩みたいに、人が出来てる訳じゃないので。と言うか先輩は、私に勉強教えたくない?」

不安そうな、とても悲しみを帯びた表情で、彼女が言う。陽菜は視線を地面に落として、小石を見つめ、再び俺に視線を戻した。


そんな顔で見つめられると…もちろん漫画読みたいからであって、勉強教えたくない訳ではない。


ええと、何て返すかな。俺は節目がちに、再度彼女を見た。


「そんなことないよ。勉強教えたいかな。」

苦笑いして俺は答えた。


彼女の顔がぱっと萎んだチューリップが一気に咲き誇る様だった。


「しょうがない、教わってあげますか。」

小悪魔的な微笑みで陽菜が話す。


「何だよそりゃ。」

ポンと彼女の頭に優しく撫でる様に触れた。

そうしたのは、やっぱり可愛い後輩だなと思ったからだ。


「あ〜先輩ってもしかしてツンデレ?」

髪を撫でたことに対して彼女が反応して言う。


「どっちがだよー。俺じゃなくて陽菜だろ?」

俺は笑いながら、彼女に反論する。


「私はデレしかない様な?」

陽菜が俺を見つめ、頬を膨らませる。


「ツンツンしてるだろー?」 

俺は陽菜に指摘して、軽く肩を叩いた。


「そうですか? じゃあもっとデレデレして欲しいとか?」

彼女は俺の反応を頼しむかの様に、尋ねた。


「なんでそーなる。俺は…さ。」

俺は言葉に詰まりながら、遠くを見ながらなんで返すか、考え込んだ。


「なんですか? 先輩隙あり!」

陽菜がツンと脇を突いた。彼女は俺の油断をついて、にっこり微笑んだ。



「おわっ、こら! 何してくれてるん?」

俺は思わずビクッとなった。彼女を見て叱った。おいたがすぎるよ。この子は。


「ふふ、先輩良いリアクションですね。悔しかったら、先輩もしていいですよ?」

陽菜が腕を上げて脇を見せる。


挑発かよ…まったく、子供じゃあるまいし、大体女子にそんなの仕返しできるかってんだ。


「あのなー、俺はその手には乗らないぞ。気安く女の子に触ったりしない。」

俺は首を左右に振り、彼女の提案を拒否した。


「うわぁー先輩大人っ。けどそれ言うなら逆に、私は気軽に男子に触った女子になっちゃいますよ? 先輩だからして良いんですよ?」


「あーそうゆうことか!」


「気がついたんです? 先輩!」

陽菜が拝む様に両手を合わせ、真珠の様に目を輝かせた。


「ああ、気がついたよ。俺を男として見てないって事ね。」


「なんでそうなる。はぁ〜、もういいです。」

顔を手で覆って、彼女が呆れる様に呟いた。


「なんか違った? ドッキリ! とか? そろそろこの道でお別れかな。別方向だよね?」



「はぁ…先輩言いたくはないんですけど…私に冷た過ぎじゃないですか? 泣きそうなんですが。」


えっ? 何かした俺? 全く身に覚えがない。

考えなきゃ…うーん分からん、取り敢えず謝ろう。いや…まてよ? あれかな? 高校合格した事にあんまり触れてない事かもしれない。



「ごめん、泣かないで。あの…陽菜高校合格おめでとう。合格祝いにご飯奢るよ。」


思わず言ったけど、ご飯2人きりになるんかな。だとすると断られるかも? 流石に2人では嫌だよな? 今更か。俺たちの関係で、断る訳ないな。


陽菜の家にも行って勉強教えてご飯食べたりしてたもんな。


「先輩ありがとうございます。先輩のお陰で合格したのに、奢って貰えるなんて。」


「でも先輩、本当は漫画読みたいんですよね? 責める様な事言って、先輩に気を遣わせちゃってごめんなさい。」


「いや、漫画はいつでも読めるよ。陽菜のが大事だし。」


つい大事だと言った。自分でも何故そんなことを言ったのか分からなかった。

照れ臭いな。でもそれは嘘偽りのない本当の気持ちだ。


「陽菜のが大事…陽菜のが大事!!」


陽菜が、2回も言うなんて…分かったそう言う事か!


「大事な事なんで2回言ったのか! まさに大事だな。」


「先輩! ギャグじゃないですよ! まったくもー。」

何故か顔を膨らませて、怒った様に言われた。


「ええっ? ギャグじゃないの? 何? ジョーク?」


「どっちも一緒! 先輩意味同じです。2回言った事をもっと深〜く、考えましょう。」

彼女が吹き出す様に笑った後、すぐに真剣な表情になった。


そう感じたのは、陽菜の真っ直ぐに俺を見つめる視線と、唇がダイヤモンドの様に硬そうに思われたからだ。


これは確かに、深く考えないと分からない。だが普通に考えれば、漫画より大事って言われたのが嬉しい意味に思われる。


けど陽菜は、深〜く考えろって言った。

つまりこれは違うって話になるな。


2回言ったつまりこれは、漫画を今度貸してくれって意味か? なるほど…それはめっちゃ深い意味を持ってるな。


陽菜のが大事なんだから、漫画ぐらい貸して、もしくはくれるよね? って意味だったか。


「分かったよ。意味が。」

俺は深く頷き言った。

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