パンケーキ

sui

パンケーキ

目が覚めると外は明るかった。

カーテンを閉め忘れた窓の向こうに、曇りない青空。


響く物音も少なく、遠くに車の気配を感じるばかり。

ぼんやりとそれを聞いているうちに、再び瞼が落ちかけて大きく体を伸ばす。

息を吸う。


馴染んだ手触りのタオルケット。気に入り過ぎて色褪せたそれは人目に入ると少し気恥ずかしいけれど、手放す気には中々ならない。

勧められて買い替えたクッションは枕にしていても具合が良い。

それらを一撫でして、漸く床の上から立ち上がる。


喉の渇きを覚えてキッチンへ向かい、水を飲みながら湯を沸かす。

火を眺めるうちに、口寂しさを覚えて時計を見上げた。


時間は昼食時を過ぎて、夕食にはまだ早い頃。

「どうしようか」

零れた言葉は誰に届くでもなく、部屋の中で溶けて消える。

目に入るのは何となく買って残ったキャラメルの箱、誰かに貰ったチョコレート。冷蔵庫や戸棚を開ければ果物、野菜といった食材。

少しばかり悩んで小麦粉を取り出し、それから他の物も掴んで台の上へと出した。


ボウルの中に粉類を混ぜ、卵と牛乳を合わせて注ぐ。

フライパンを火にかけ油を塗り、一度下ろしてから材料を焼き始める。

やがて上がって来るポコリポコリとした泡。ターナーでそっと持ち上げパタンと返せば淡い色。暫く待ち、膨らんできたら同じ事をもう一度。焼き色がしっかりしたら皿へと上げる。

完成したのは薄めのパンケーキ。それを一枚二枚と重ね、余分も全て焼いてしまう。

食べない分は網の上で粗熱を取って、後で冷凍庫へ。食べる分にはバターとジャムを添えた。

支度が出来たら机へ向かう。

物足りなさは既に空腹感へと変わっていた。



時計の針は進んで行く。


思いついて音楽をかける。新しい曲も良いけれど、気に入った曲を何度も聞くのも良い。

椅子に座れば机の上に、小さな喜び。


パンケーキをナイフで切る瞬間の高揚感。

溶けたバターが流れる勿体なさ。

ジャムの色が皿の中をじんわり染めていく。

フォークに刺さったケーキでくるりと掬いながら口元へ。


焼き上がった表面の少しの固さ。内側の柔らかさ。とろりと鼻に甘い。

ぐしゅりと口内に広がる果物の風味と突き抜けるような砂糖の甘味。そしてほんの少しの塩味。

噛み締めて、飲み込む。


共に淹れた紅茶の香りが部屋を満たしている。



ささやかだろう。

けれどもこれ以上はない、とある日。

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パンケーキ sui @n-y-s-su

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