第56話

「聞こえません」


「イエス以外は聞こえないって?」


「違います」


「じゃあどういう――」


「先生の本音が聞こえません」


「……」


「私が先生を好きになったのは、誰も信じられない私なんかに、いつも本音で話をしてくれたからです」


「……」


「それがどんなに下らない世間話でも、大学での愚痴話でも、過去の恋愛話でも、先生は見栄も張らずに話してくれました」


「……」


「私はそんな、裏表のない先生が好きなんです」


「そのころの俺はもういないんだよ」


「います!」


「……」


「先生が私のことを忘れてたのはショックでしたけど、そのおかげで先生とまたゼロからの関係で話すことができました。そして、その時にまた思ったんです」


「……」


「やっぱり私は先生が好き」


「……」


「その時の先生はやっぱり本音で話をしてくれてましたよ」


「……」


「だからわかります。先生が今、本音を隠してるって」


「……」


「先生は私に負い目を感じているんですね」


「なっ」


「図星みたいですね」


「……」


「私が10年も先生のことを想っていたから?」


「………………はい」


「だから10年も縛り付けてて申し訳ないって?」


「はい……」


「馬鹿にしないでください」

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