第55話

 彼女の目は真剣だった。言葉にも偽りは感じない。


 彼女はこの10年間で、かつての対人恐怖症を乗り越え、自分の本音を他人にさらけ出すことができるようになっていたのだ。そして、彼女は俺の本当の気持ちを知りたいとさえ言った。他人の言葉の裏、表情の裏が怖いと言っていた彼女がだ。


 大きな成長を感じた。きっとたくさんの努力をしてきたのだろう。辛いことも苦しいこともあっただろうにそれらを乗り越えてここに辿り着いたのだ。


 俺のせいだ。


 俺が彼女の父親の方針を曲げ、余計な事をしたせいだ。俺が気休めに彼女へできもしない言葉をかけたせいだ。


『また、明日』


 それは呪いの言葉となって彼女の10年を奪ってしまった。俺にもう一度会おうと、間違った努力をさせてしまった。彼女の行動原理として俺の存在が刻まれて、進路も趣味も生活も蝕んで歪めてしまった。


 俺は最低だ。俺の軽率な行動のせいで彼女の人生を奪ってしまったんだ。どうしてこんなことに。俺はどうすれば良かったんだ。俺はどうすれば償えるんだ。


 俺と出会わなければもっと早く症状が改善し、もっと良い人と巡り会って、もっと幸せな生活を送っていただろう。俺のせいで。俺なんかのせいで、こんな健気で、純粋で、可愛らしい彼女の10年を奪ってしまった。


 だったらせめて、この先の数十年は彼女を自由にしてあげるべきだ。


 俺なんかのことを忘れて自由に生きるべきだ。


 俺なんかを好きになるべきじゃない。


「俺は、君とは、付き合えない……」

 

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