第38話

 その日の夜、真鈴の父親が再び塾を訪れた。一度目の来訪時に見せた怒気を含んだ様子とは異なり、冷静さを取り戻した父親は、落ち着いた口調で自身の考えを述べた。しかし、言葉の丁寧さとは裏腹に父親の話す内容には怒りと拒絶の色が滲み出ていた。


 要約すれば、「娘をたぶらかす男性講師に憤りを感じている。学校よりも塾を優先することは看過できない。その上で塾では雑談ばかりしているなど言語道断」ということだった。


 父親の話す内容は俺にとって到底納得のできるものではなかった。彼女をたぶらかしてなどいないし、彼女は精神的に不安なため登校が難しいという現状がある。だからこそ勉強よりもまず人に慣れることを優先してコミュニケーションをとっていたのだ。


 それを俺は説明したが、俺の拙い討論力では彼女の父親を納得させることはできなかったし、それどころか言いくるめられる展開がほとんどで、学校に行くために真鈴が塾を辞める方向で話は進んでいった。


 彼女の父親の話は正しい。正論で清廉で、理想論だ。きっとこれまでも正しさを武器にして感情論を切り伏せてきたのだろう。人間的な苦悩や間違った行動を許さず、合理的な正解を求めてきたのだろう。ただ、それでも、彼の目が、言葉が、熱量が物語っているのは、娘のためを想う愛情が本物であるということだった。すべては娘のため。それが彼の行動の基幹であることを思い知らされた。


 だとしても、彼女の居場所を奪わせるわけにはいかない。

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